筋トレ
「フーッ……」
ベッドに両足を置き、床に両拳を付く形で、腕立て伏せを行う。
大きく息を吸い、吐きながら、筋肉に刺激が行っているのを十分に意識して一回一回を行っていく。
向こうの世界の俺より、今の俺は筋力が相当下がっている。
元々ムキムキな感じではなかったが、全盛期と比べれば、三分の一程度に筋肉量が落ちているだろうことは否定出来ない。
戦いを生業に生きるつもりはないし、身体強化魔法がある以上肉体を鍛えたところで実際の戦闘における変化はそう大きくないのだが、何だか気になってしまうのも事実なのである。
これはもう、俺に身に付いてしまった習性だな。鍛える、という習性。
決して、褒められるものじゃない。我ながら、呆れるものだ。
「ほーれ、まだまだやれるじゃろう? 勇者ならばこれくらい音を上げずにやれい!」
「くっ……こんだけ、衰えてるとは、な……というか、元に戻ったって言うべきかも、しらんが……!」
「人間は大変じゃのー。儂は筋トレなぞ、ついぞしたことはないぞ。いや、戦場で得物は振っておった故、別にしとらんという訳ではないかもしれんが」
「生まれながらの、強者種族、め……」
楽しそうなウタの声が聞こえてくるのは、俺の背中から。
彼女には今、重し代わりに背中に乗ってもらっているのだ。
背中に感じられる、ウタの形の良い臀部の感触が――何でもない。
「そも、お主も結構な強度の身体強化魔法が使えるじゃろう。肉体を鍛えたところで、大して変わらんのでは?」
「二十四時間、身体強化を、続けられんならな」
「いやお主はそれくらい余裕では?」
……まあ、余裕だが。
「フーッ……とにかく、肉体を鍛えてない、より、鍛えてる方が、マシだろ。ムキムキになりたい訳じゃ、ないが、せめて前世くらいの筋肉は、欲しいところだ」
「そうか。ま、確かにお主は、もうちっと筋肉があった方が良いかもしれんな。見たところ、ヒヅキを扱うにあたって上半身の全般的な筋肉が今のお主は少々足りておらん。が、あり過ぎても逆に振るう際邪魔になると見た。儂も見てやる故、程々にした方が良いぞ」
「……お前が言うなら、そうするか」
コイツの『見抜く目』は確かだ。俺よりも圧倒的に優れている。
コイツがこうしてアドバイスをくれるのなら……はは、もしかしたら向こうの世界の俺よりも、強くなるかもな。
ま、程々の強さがあればいいと思っているとはいえ、この世界もこの世界なりに物騒だということは、もうわかった。
なら、ある程度はやっぱり、鍛えておかないとな。
バイト先である第二防衛支部の訓練場――だと録画されそうだから、今度一人で山奥にでも行って、久しぶりに全力での訓練でもするか。
いや、ウタとリンを連れて、ピクニックなんかをするのも楽しいかもしれない。
……リンのところの山とか、お願いしたら貸してくれないかね。
半ばダンジョン化しているあそこなら、騒音なんて漏れないだろうし。
「――っし、これで、最後……!」
「もう一回!」
「ぐっ……おぉ!」
ウタの掛け声で、俺はプルプルと震えている腕に力を入れ、最後の一回を行う。
「よーし、よくやったの! よしよし」
「フーッ……」
ウタに頭を撫でられるが、本当に限界まで体力を使い切ったので、何も反応出来ない。この前に他の筋トレも一通りやっているため、クタクタだ。
……ウタの手のひらが、割と心地良いのがなんかちょっとムカつく。
「ほれ、たおるじゃ」
「おう、あんがと。……なあウタ、今度リンのところの山で、ピクニックでもするか」
「ほぉ、それはいいの! よし、では美味い弁当を作る練習をせねばな! 確か……弁当には、おにぎりなる米の食い物と、玉子焼きと、からあげと……あと、たこさんうぃんなーが良いんじゃろ?」
「お、おう、その通りだが。よく知ってるな?」
「儂も色々と調べてるでな。その中にあったのじゃ、盛り上がる弁当のれしぴ集なるものが」
「へぇ……それは俺もちょっと気になるな。あと、一般的にはおにぎりかもしんないが、リンが稲荷寿司好きだし、代わりにそれにしよう」
「良い案じゃ! ならば他には、お主の好きなものも入れよう。お主はー……刺身が好きじゃったな!」
「お前の心意気は嬉しいが、刺身を弁当に入れたら腐るのでダメです」
「……それもそうか」
本当に、人のことをよく見ているし、よく話を聞いている奴だ。
まあ刺身を嫌いな日本人はそんなにいないだろうが。
「俺はからあげ好きだし、それでいいよ。代わりにお前の好物を入れよう。お前が好きで、弁当に入りそうなものはー……からあげか」
「からあげじゃな」
俺達は顔を見合わせ、笑った。
「あとは、野菜辺りで終わりだな。きんぴらごぼうとか、ポテトサラダとか」
「なかなか美味そうじゃ! ……よし、さっそく今日から練習じゃな! ユウゴ、次ばいとに行く際は、儂が弁当を作ってやるぞ!」
「いや俺のバイト先飲食店で、しかも賄いもあるんだが……わかったわかった、んじゃ、午前からバイトある日には頼むわ」
「任せよ! よし、これで思う存分失敗出来るな」
「失敗する前提で作らないでほしいんだが?」
「けど、お主は残さずしかと食うてくれるじゃろう?」
「……そりゃ、お前が作ってくれたなら食うが」
「かか、儂はお主のそういう姿勢、すごく好ましいと思うぞ」
ニコニコ顔で、わしゃわしゃと再び俺の頭を撫でるウタである。
「……汗で手がグチョグチョになるぞ」
「気にするな、もうぐちょぐちょじゃ! ま、とりあえずお主は、しゃわーでも浴びてこい。着替えのしゃつも出しておいてやるからの!」
「……おう」
実際汗は気持ち悪かったので、俺はウタの勧め通りシャワーを浴びることにしたのだった。
……コイツって、本当に魔王やってたのだろうか。




