ウタとレンカ《3》
「それじゃあユウゴ、レンカに存分に魔力を吸わせてやるがよい!」
「いや何がそれじゃあだ、何が」
「お主ならどれだけ吸われても問題なかろう? 儂のがやれれば良かったんじゃが、恐らく儂の魔力は、レンカには適合出来ん。理由はお主もわかるじゃろう」
む……なるほど?
ウタの魔力は、異質だ。異世界人故か、ウタ個人の体質かは知らないが、問題がないのならばこんな風に縮んだりなどしない。
である以上、この世界に適合しているレンカさんに渡すには、不都合か。
「それに、知らん者は生理的に受け付けんでも、その話しぶりならば、ユウゴの魔力であれば問題ないのじゃろうし。のう? レンカ。直接行為をせんでも、サキュバスならば魔力補給のやり方は幾つかあるじゃろうし」
「え、う、うん。まあ、その……あはは、ちょっと恥ずかしいね。確かに優護君ならいいよ。全然。むしろ嬉しい。本当に美味しい魔力だし」
「じゃろうな。此奴程透き通る魔力をした者は、そうはおらん。リンが懐いた一端も、そこにあろうよ」
「……俺の魔力って、透き通ってるのか?」
「うむ。悠久の大山脈から、流れ出でる清水の如くな。あるいは、万人を温かく照らす陽光か」
「とっても綺麗だよ。混じりっ気なんて全くない、本当にお日様みたいな魔力だね」
……評価が高過ぎて、微妙にこそばゆいな。
流石に俺は、魔力の質の差まではわからないし……レンカさんはそれがわかるのか。
これも種族差だろうか。まあ俺って、魔法の才能全然ないしな。
俺は、かなり道具に頼っている。刀は勿論のこと、魔法も、人間種が開発してくれた効率の良い魔法式があるおかげで、どうにか使えているようなものである。
戦場を駆け抜けたおかげで、感知能力だけはバカみたいに優秀だけどな。俺の魔法能力レーダーチャートがあれば、きっと相当に歪な形をしていることだろう。
「あー……わ、わかりました。レンカさんにはお世話になってますし、もう好きなだけ持ってってください。そもそも別に、俺の魔力くらいなら幾らでも吸ってもらって構いませんしね」
「い、いや、それは流石に悪いからしないよ。好きなだけなんて吸ったら、優護君干からびちゃうかもしれないし……」
「それだけは無いの」
「それは気にしないでもらって構いません」
「……薄々そうじゃないかって思ってたけど。優護君ってもしかして、バリバリに魔法使えるの?」
「表沙汰に出来ないくらいには使えます。なので、内緒にしといてください」
「遠慮するな、レンカ。お主のその目元の軽い隈、多少の栄養失調じゃろう? この店で補給出来ておると言っておったが、そのやり方が大分無理を重ねているのは間違いないはずじゃ。ユウゴならば、お主の一か月分の食事量を吸われても、何の問題なくピンピンしておるじゃろうし、その点は本当に心配せんでよいぞ」
……流石だな、初対面でそんなことまでわかるのか。
だからこそ、こんな急に「魔力をやれ」なんて言い始めたのか。やっぱり、人のことをよく見てる。
すると、レンカさんは驚くような顔をした後、少し悩ましげな表情を見せる。
「そこまでわかるんだ……ん、正直に言うと、多分そうなんだろうね。もうこうなって長いから、あんまり自分じゃわかんないけど。ここのところは、優護君から漏れ出る魔力を貰ってて、それで体調も良くなってたし」
彼女は、俺を見る。
「わかった、そこまで言ってくれるのなら、お言葉に甘えちゃってもいいかな? 優護君の魔力……いっぱい食べていい?」
「えぇ、勿論です」
「ありがと。――実はずっと、我慢してたんだ」
そう言ってレンカさんは、カウンターを出てこちらにやって来ると、背伸びをし。
キュッと、俺の身体に軽く腕を回し。
首筋に、顔を埋める。
そして――舌を這わせ始めた。
魔力の吸われていく感触。
ピチャリ、ピチャリ、と軽い粘膜の音。
首筋を這う小さな舌の感触に、ゾクリ、としたものが全身を走り抜ける。
――あ、これは、ヤバい。
恐らくは、サキュバスの体質によるものなのだろう。
レンカさんから甘い匂いがすることは元々知っていたが、こうして直に抱き合ったことでそれを強く感じてしまい、否応なしに身体が反応しそうになる。
まるで、全身を媚毒に侵されているかのような。
脳味噌が蕩け、理性が溶かされていくかのような。
押し付けられ、どうしても感じてしまう、彼女の大きな胸の感触。
どれだけそうしていたかは、わからない。
ただ、俺は必死に本能を抑え付け続け、レンカさんにされるがままでいると、ちょっと焦った様子で、横から挟まれる声。
「そ、それくらいでもういいじゃろ、レンカ! じゅ、十分吸ったはずじゃ!」
「んぅ、ん……そうだね。名残惜しいけど、お腹いっぱい。これくらいにしとこっか。私……こんな満たされた気分なの、初めてかも。ほんとにありがと、優護君」
「う、うす……」
「……吸うの、唇からじゃなくて、残念だった?」
そう言ってレンカさんは、チロリ、と己の唇を少しだけ舐め、いつもの気怠げな様子とは違った、妖艶な微笑みを浮かべた。
……勇者には完璧な状態異常耐性があると思っていたが、勘違いだったかもしれない。
◇ ◇ ◇
「ごめんごめんウタちゃん。つい夢中になっちゃった」
「そうじゃ! 此奴は儂のじゃぞ! お主にやるのは、ちょっとだけじゃからな!」
「あはは、ちょっとはくれるんだ。嬉しいね」
「色々ツッコみたいところだが……とりあえずウタ、茶ぁくれ……」
「う、うむ、今淹れてやるぞ。ここまで消耗したユウゴを見るのは久方ぶりじゃな……魔王軍の一個旅団で襲い掛からせた時でも、こうはなっておらんかったが。レンカ、やるのう」
バカ言え、あの時も死ぬ程疲れたわ。
ただ、肉体的な疲れなら慣れてただけで。
「え、ごめん、やっぱり吸い過ぎちゃった?」
「あ、いや、魔力自体は全然問題ありませんが……精神的な疲れが」
「ふぅん? 優護君、意外と初心だったんだ」
何だか面白そうな様子で、こちらを見て来るレンカさん。
「……ああなったら、誰だって同じような反応になるでしょうに」
「あはは、そっか。そうかも。ごめんね、ちょっとからかい過ぎちゃったね」
憮然とした表情の俺に、レンカさんはひとしきり笑い、それから己の身体を見る。
「うん、身体にすっごくエネルギーが満ちてる感じ。今ならフルマラソンも行けそう。……やっぱ嘘。フルマラソンは無理。五百メートルくらい走ったら吐きそう」
いやそれはもうちょっと頑張りましょうよ。
「あとは、この店の魔法陣の改善じゃな。ちと待っておれ、今解析して、組み直してやる。そうすれば、ユウゴがおらん時でも栄養不足になることは少なくなろう」
そう言ってウタは、軽く魔力を練り上げると、店にそれを這わせていき、魔法陣の改修作業を始める。
他人の張った魔法陣を、壊さず後から手直しする。
これも、ウタじゃないと出来ない芸当だな。
「何と言うか……二人とも、すごいね。仕事は何してるんだっけ?」
「フリーターです」
「居候じゃ」
「お姉さん、何だか二人のことがわかんなくなってきちゃったよ」
すいませんね、レンカさん。
我々も我々で、色々事情がありまして。
「――よし、出来た。これで、今までの一.五倍は効率良く吸収出来よう。ま、それも対症療法みたいなもの故、困ったら大人しく優護から魔力を貰うことじゃな」
「ありがと、ウタちゃん。……二人には、おっきな恩が出来ちゃったね」
「恩などと言うな。お主は師匠であり、もう友人じゃ。友が困っておるならば、助けるのは至極当たり前のこと。それも、儂らで十分解決可能な範囲内の事柄であったしな。ただ――」
「ただ?」
「どうしても気になるのならば、儂らに何か、美味いものでも作ってくりゃれ! それで、ちゃらとしようぞ!」
冗談めかして、フフンと笑みを浮かべながらそう言うウタ。
……キョウの時にも思ったことだが。
コイツは、俺に向かって勇者だのお人好しだのと言うことがあるが、いったいどっちが、って話だ。
全く、良い女だよ。お前は本当に。
ウタの言葉に、レンカさんはまじまじとウチの居候を見詰めた後、微笑みを浮かべる。
「……わかった。よーし、任せて! 二人の歓迎のために、腕によりを掛けて料理を作るから! 勿論、私の奢りで! お店も、もう閉めちゃおっと!」
「え、いや、流石に代金は払いますが――」
「野暮だよ、優護君。女がその気になった以上は、黙って受け入れないとね!」
「そうじゃぞ、ユウゴ! 女が甲斐性見せておる時は、男は大人しく受け入れることじゃ! それが悪いと思うたのならば、次の機会にその思いを返すと良い! それが男女の縁というものよ」
「いいこと言った、ウタちゃん!」
息ピッタリな二人である。
「あー……わかったわかった。それじゃあレンカさん、せめて手伝います。あくまでこっちは、お邪魔させてもらっている身なんですから」
「む……それもそうじゃな、では儂も手伝おう! レンカ、何でも言うがよいぞ!」
「わかった、それじゃあ優護君は、いつもみたいに閉店の作業お願い。ウタちゃんは、じゃあ私と一緒に、料理してみよっか!」
その後、店を閉めて俺達の貸し切りとなったことで、完全に飲み会となり、レンカさんの最強に美味い料理を食いながら、酒を飲んで夜遅くまで過ごした。
正直、メチャクチャ楽しかった。




