ウタとレンカ《2》
感想ありがとう!!
サキュバス。
その名が出て来ると、健全な日本人男子としてはエロいイメージが出て来るが、実際はそう単純な話じゃない。
サキュバスや、あと吸血鬼とかは根っこが同じで、要するに他者の精――他者の魔力を糧とする種族なのだ。
人の体液からそれを得たり、ただ触れただけで得たりと方法は様々だが、俺達のように飯を食うだけでは栄養が足りず、そのため魔力そのものを直接摂取する必要があるのだ。
と言っても、物を食って栄養が取れない訳でもないので、他者の魔力を必要とするのは週一程度だそうだがな。
普通の人間種と比べると、不便な身体をしているように思えるが、しかし彼らは肉体がより魔力に順応している状態であるため、ただの人間よりも長命であることが多い。
細胞が魔力に置換されている割合が多く、そして魔力は細胞と違って劣化などしないためだと向こうの世界での研究で出てたっけか。
魔力お化けのエルフとか、それこそ精霊種が圧倒的に長生きするのも、そういう理由だ。
「――でも、他人の精を吸って生きるって、気持ち悪いでしょ。普通に嫌なんだよ、私。生理的に受け付けない」
ウタと並んでカウンターテーブルに座り、レンカさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、彼女の話を聞く。
レンカさんは、母方の一族がサキュバスの血を引いているらしい。
欧州で生まれた一族らしいが、その血筋故に「他者の命を吸う魔女だ」と恐れられて『魔女狩り』の対象にされ、祖母が日本に逃げてきたのだそうだ。
サキュバスの他にも、魔女の種類は幾つかあるそうだが――というか普通の人間で、ただ魔法が使えるだけ、という一般人もいるそうだが、欧州では種族など関係なく『教会の奇跡によってもたらされた力以外は、全て異端で魔女』という差別意識が存在するらしく、裏の世界では割と今もバチバチにやり合っていたりするらしい。
これだけだと、何だか魔女側が被害者みたいに思えるが、そんなに拗れている以上は、まあ魔女側は魔女側で色々やったのだろう。
流石に現代は、割とマシになってはいるそうだが……。
「別に、マンガみたいにエッチなことしないといけない訳じゃないんだけどね。要するに魔力を得られればいい以上、やりようはいっぱいあるから。この店を始めたのも、そのためだし」
どうやらこの店には、人が食事をし、そして生成された魔力の余剰分をレンカさんが吸収するための魔法陣が組まれているらしく、彼女はそれを栄養源にして生活しているらしい。
効率自体はそんな良くないそうだが、そもそも毎日他者の魔力を必要とする訳ではないため、この客の少なさであっても、まあ何とか補給が出来ているようだ。これなら、ギリ気持ち悪くもないらしい。
なるほど、レンカさんのタバコによる魔法の他に、店からも何か魔法が感じられるとは思っていたが、それだったか。
「だから、ごめんね、優護君。黙ってたけど、君の余剰魔力も、実は大分吸っちゃってる。ホントに、すっごく美味しくいただいてます。言うべきかどうかもちょっと迷ったけど……『私、サキュバスなんだよね』って、何のエロマンガって話だし」
それはそう。
俺は、少し考えてから、肩を竦めて言った。
「なら、良かったです」
「? 良かった?」
「はい。だってレンカさんの料理、すごい美味いですから。そのお返しが少しでも出来てるなら本望です」
実際、レンカさんには大分お世話になっている。
あんな遊んでいるような仕事内容で、しかも毎回飯を作ってくれて、その上給料まで貰っているのだ。
魔力くらい、幾らでも貰ってくれていいが、というのが正直な感想である。有り余ってるし。
「……んふふ。そっか、そうだね。君はそういう子だったね」
カウンターで頬杖を突きながら、レンカさんは楽しそうに笑みを浮かべる。
「気を付けよ、レンカ。此奴は人の心にするっと入り込んでくるからの。惑わされるでないぞ」
「人をジゴロみたいに言うのやめてくんない?」
「あはは、そうだね、気を付けないと。でも、そうやって言うってことは、ウタちゃんもやられちゃった経験があるのかな?」
「うむ、此奴の甘い言葉に騙された儂は、毎日へとへとになるまで手籠めにされ――」
「お前のコーヒーに唐辛子入れるぞ」
「てろりずむは断じて許さぬ」
「とんでもない風評をまき散らすお前の行為の方がテロだ」
そんな俺達のやり取りにレンカさんは笑い、そして話が一段落したところで、彼女はウタへと問い掛ける。
「ウタちゃんは、何の種族なの?」
「儂はこれじゃ」
そう言ってウタは、人化の魔法を解いた。
彼女の額に現れる、美しい透き通るような一本角。
あまり正体をバラさせるのは良くないのだが、まあレンカさん相手ならいいだろう。
それに、ウタもバカじゃないしな。……いや、結構バカだが、真面目な時の判断は俺以上に信用出来るので、コイツがいいと判断したなら、構わないだろう。
「その角……なるほど、ウタちゃんは鬼の子なんだ。そんなはっきり姿が違うと、色々大変そうだね」
「実際にはちと違うんじゃが、まあそのようなものよ。ただ、別に大して苦労はしておらんぞ? 儂には人化けの魔法があるしの。どちらが難儀しておるかと言うたら、お主の方じゃろうよ」
レンカさんは、ウチの居候を見る。
その瞳には、少し思い悩むような色があり。
「……ウタちゃんは、自分の種族が他だったらとか、思ったことはない?」
「無いの」
ウタは、断言した。
「そうなの?」
「うむ、無い。お主の言いたいことはわかるぞ、レンカ。しかしの、儂は儂よ。死するその時まで、いや死したとしても、他の何者にもなれぬ。である以上、己を偽ってどうする」
ウタは、真っすぐレンカさんを見返す。
「ヒトとは元来、醜いものよ。醜く、汚く、決して美しいだけではない。その中身は、白や黒などというだけでは言い表せない、様々が複雑に絡み合った、面倒なシロモノで構成されておる。己の中のそれを見て、感じて、己を嫌いになることもあろう。己を殺したくなることもあろう。――それでも、己とは最期まで付き合っていかねばならん」
諭すように。
教え伝えるように。
ウタは笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「ならば、己を拒絶したところで、何にもならん。己の現状を良しとせず、向上心を持つのは良い。己に負けぬと、戦うのも良い。が、それにはまず、己のあるがままを受け入れねばな」
レンカさんは、ジッとウタを見詰め、そしてポツリと呟くように口を開いた。
「……ウタちゃん」
「うむ」
「師匠……って呼んでもいいかな」
「かか、構わんぞ。代わりに、儂に料理を教えてくれんか? お主の料理は、まっこと美味いからの! ユウゴもまあ美味いのじゃが、お主のは格別じゃ!」
「俺よりレンカさんの方が料理上手なのは、間違いないな。店長だし」
「あはは、いいよ。それじゃあ、私のことは師匠と呼びなさい」
「うむ! では、よろしくの、師匠」
「ん、よろしくね、師匠」
そんな冗談を言い合い、二人は笑った。
気が合ったようで何よりだ。
要するに、魔法使えたら、教会関係者以外全部『魔女』です。サキュバスでも吸血鬼でも、その他の種族でも、というか純人間でも関係なく『魔女』とされます。怖いねぇ。




