ウタとレンカ《1》
――西条 漣華。
喫茶店、『ユメノサキ』の店長で、今年で二十八となる。
女性の中でもかなり小柄で、淡いピンク色の髪に童顔も合わさり、中学生と言われても納得しそうな外見をしているが、醸し出す雰囲気から年相応にも見える、不思議な色香を有している。
彼女自身は生まれも育ちも日本であるが、欧州出身である祖母が明治成立の頃に日本にやって来て、そこで祖父と出会い、この国に根付いたと聞いている。
――そう、祖母である。曾祖母や高祖母ではなく。
父は普通の家系だが、母方の一族は特殊な血を持つ、いわゆる『魔女』と呼ばれる家系であったため、人よりも寿命が長いのだ。連華の見た目が幼げであるのも、その血筋の影響だったりする。
日本に来たのは、『魔女狩り』から逃れるためだったと数年前に他界した祖母からは聞いている。
その頃の欧州は、表向きは魔女勢力と教会勢力とである程度の和解がされ、中世暗黒時代程の魔女狩りは行われていなかったそうだが……人の恐怖、そして悪意というものは、そう簡単にはなくならないものらしい。
裏ではまだまだ、魔女と思われる者に対する弾圧や差別が横行しており、聞く話によると、今の時代においても欧州ではそれが続いているようだ。
仕方のないことだと、生前祖母は言っていた。何故なら、何の罪もない人間で人体実験を行ったり、政府要人を操って国を混乱させたりと、魔女側は魔女側で悪辣なことを仕出かしていたからだそうだ。
勿論、全ての魔女がそういうことをしていた訳ではなく、魔女の中でも一部の悪人達がそれらの所業を行っていたそうだが、しかしただの人間からはその区別が付かない。
結果として、魔女狩りなどという所業が行われ、祖母は一家で極東の地へと逃げ出したのだという。
ただ、魔女の一族の血を引いていても、漣華には魔法はほとんど使えない。
簡単な魔法陣を張ったり、古いおまじないが使えるくらいで、国に登録自体は行っているものの、局に勧誘などもされない程度の能力しかない。
大した魔法が使えないのは少し残念ではあるが、まあもう夢見がちな歳はとっくのとうに過ぎているため、今はどちらかと言うと、この厄介な血筋に付随する諸々の方が面倒になっているくらいである。
こんな、全く繁盛していない喫茶店で一人のんびり生きているのも、それが理由であった。
正直、漣華は祖母のおかげで、死ぬまで働かずとも生きていけるだけの財産がある。だから、こうして店を経営しているのは、道楽というよりも血筋のため――もっと言うならば、生きるためだ。
漣華は、他者がいなければ生きられない。そういう存在である。
ちなみに、両親はわからない。父は己が大分幼い頃に他界したようだが、母はそういう訳ではないようで、しかし行方知れずなためよく知らない。記憶もあまりない。
母の話になると、途端に祖母の口が重くなるので、深くは聞いていないのだ。
大人となった今だから、割り切れるし察せられるが、まあ恐らくは子供に聞かせられないような諸事情でもあるのだろう。それをわかったから、もう聞くことはやめた。
そんな生い立ちであるため、苦労することは本当に多かったし、どちらかと言うと人付き合いも好きじゃないのだが……今日に関して言うと、彼女は割と張り切っていた。
雇ったバイトの子、優護が、友人を連れてくると言うからだ。
――海凪 優護。
不思議な雰囲気の、美味しい魔力をした青年。
彼の持つ、清廉で、良い匂いをした、大きく包み込まれるような心地の良い魔力は、側にいるだけで安心感を覚え、気分が安らぐのだ。
連華は、バイトの求人票に、少しだけ魔法を掛けた。
祖母に教わった、幸運を呼び込むためのおまじない。
そしてやって来たのは、彼だった。
だから、初めて会った時から、彼に対して警戒は抱かなかった。
あの求人票を見てバイトに応募に来た時点で、この人は自分にとって助けになる存在だと、わかっていたのだから。
今日の彼はお客さんなので、タバコを吸いながら、普段は優護がやってくれている細々とした用意等を進める。
――優護君は気にしないけど、連れの子がタバコ嫌だったら申し訳ないからね。今の内に吸い溜めしとこ。
このタバコも、祖母に教わったものだ。
軽い魔除けで、良くないものを遠ざけるためのもの。今は普通に、好きで吸うようになってしまったが。
そうして歓迎の準備を行っていると、ふと店の外から、がやがやと声が聞こえてくる。
「――いいか、レンカさんは俺が世話になってる人だ。ウチの家計を支えてくれていると言ってもいい。だから、お前も失礼のないようにしろよ」
「わかっておる、レンカとやらの作った飯は美味いからの! 作る飯が美味い奴に悪い奴はおらん」
「……まあ、それはそうかもな」
――お、来たかな?
タバコを消し、少ししてカランカランと音が鳴り、店の扉が開く。
現れたのは、予想通り優護と、銀の髪をした、目を見張るようなとてつもない美少女。
「レンカさん、こんちは。連絡した通り、ウチの奴と遊びに来させてもらいました」
「うん、いらっしゃい、優護君。それで、その隣の子が――」
そこで漣華は、優護の隣の少女をよく見て――気付く。
少女もまた、漣華を見て、面白そうに眉を動かす。
「ほう? お主……ただの人間ではないな」
「……あなたもね」
――この子は、人間じゃない。
漣華に流れる血が、そのことを、直感的に理解させた。
◇ ◇ ◇
……ただの人間じゃない、か。
ウタは、レンカさんを見た瞬間、そう言った。
「へぇ、やっぱそうなのか」
「へぇ、って。優護君、もうちょっと反応ないの?」
ちょっと呆れた顔で俺を見るレンカさんである。
「あ、いや、すいません。俺の身の回りそういう奴ばっかりなんで。まあウチの店長さんが何者でも大丈夫です、俺はレンカさんの下で仕事するだけなんで」
予想はしていた。
が、別に、レンカさんが何者であろうと、今更の話だ。実際、「へぇ、そうなんや」くらいの感想しか浮かばん。
「……君は大物なのか、抜けてるのか、果たしてどっちなんだろうね」
「抜けておるの方に一票じゃな」
「お前にだけは言われたくねぇな」
レンカさんはクスリと笑い、ウタを見る。
「それで……ウタちゃん、かな?」
「うむ、儂の名はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストじゃ。そのままウタと呼ぶがよい。お主の美味い料理、いつも助かっておるぞ!」
「ふふ、そ。美味しく食べてくれてるなら良かった。私は、西条漣華。優護君の雇い主だよ。――さ、それじゃあウタちゃん。あなたは、私が何の種族だと思う?」
ウタは、言った。
「サキュバスの一族じゃろう? お主」




