果たしてこれはバイトなのか
今日はレンカさんの店でバイトの日だ。
開店前に軽く店の掃除を行った後、裏に出てゴミを指定の場所に捨てる。
バイトで掃除とゴミ出し……平凡な感じですごくいい。
今の俺は、どこからどう見ても一般人の青年だろう。キョウも反論すまい。
『優護くーん、終わったらこっちちょっと手伝ってー』
「うーっす、すぐ行きます!」
厨房の方から聞こえてくる声にそう返事を返しながら、店内に戻ろうとしたその時、ふと俺の五感に――いや、魔力感知能力を合わせた六感に、引っ掛かるものがあった。
すぐ近く。……通りを挟んで反対側の、路地裏だな。
違和感の方向に顔を向けると――いた。
何か、コウモリのような生物だ。
ただ、どうやら『隠密』辺りの魔法を発動して己の身を隠しているらしく、気配が相当希薄だ。魔法が使えるとなると、どう考えてもただのコウモリではない。
真っすぐこちらを……いや、恐らく見ているのはレンカさんの店だろう。その体勢でジッと動かない。
――『使い魔』か?
使い魔は、主に二種類存在する。野生の魔物を調教して己の配下にするタイプと、何らかの目的のため、人が魔力を用いて生み出す人工魔物のタイプだ。
で、あれは……多分後者のタイプだな。生物にしては、魔力の流れ方が明らかにおかしい。
レンカさんの使い魔――じゃ、ないか。感じられる魔力の質が大違いだ。
特に害意が感じられる訳ではないので、使い魔も使い魔の主人も、恐らくこちらに対してどうこうするつもりはないのだろうが……役割は、監視、だろうか?
……何だかわからんが、まあいい。覗き魔ならば、排除しても構わないだろう。
俺は、手刀に魔力を纏わせ、刀で斬るように振るう。
すると、刃状に形成された魔力がその手刀から飛んでいき、狙い違わず目標を真っ二つに斬り裂いた。
少し前に、ウタがキョウに教えていた技、『魔刃』だ。俺も一応使える。緋月使ってると出番ないけど。
その死体は、地面に落ちる前に、空中に溶けるようにして消えて行った。
「……こうなると、レンカさんの素性が気になってくるな。聞きゃしないが」
とりあえず、魔道具設置して、こっそりこの店には結界張っとくか。
◇ ◇ ◇
「優護君はやっぱり、なかなかの不思議君だねぇ」
いつものようにお客さんが来ないので、カウンターで二人、暇していると、突然レンカさんがそう言った。
「え、レンカさんに言われたら終わりじゃないですか、それ」
「おっと、君の本音がよくわかる言葉だね」
「いや自覚してるでしょ、レンカさん。少なくとも普通の店長は『自営業だから』って理由で、業務中に堂々とテレビゲームやらないし、酒も飲みません。タバコは……まあ、中にはいるか?」
「お客さんいないしいいじゃん」
「それを言ったら元も子もないと思いますが……で、何が不思議なんです?」
「優護君って、家事炊事完璧っぽいし、かなりしっかりしてるから。全然年下の男の子って感じしないねって思って」
……まあ、こっちの世界だとまだ成人して数年の若造だが、向こうの世界の日々をプラスすれば、普通にレンカさんよりは年上だろうからな。
つっても、正直俺の方も、レンカさんより己が年上だなんて思えていないのだが。
何と言うか……この人程、敵わない感のある女性を俺は他に知らん。
「それなら、年下っぽくないってだけで、別に不思議ではないのでは?」
「いやいや、君を表す言葉は『不思議』だよ。良い匂いもするし」
すると彼女は、ヒョイと俺に顔を近付け。
「うん。やっぱり良い匂いだ」
スンスンと鼻を動かし、そう言ってにへらと笑った。
間近で感じられる彼女の甘い匂いに、思わず心臓がドキリと跳ねる。
甘く、クラッと来るような。
……彼女が、幼げな見た目ながらも、大人びて見える理由の一つである。
「……前は勘違いかもって言ってませんでした?」
「さあ、どうかな~」
何だか楽しそうなレンカさんの視線に、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、ぽりぽりと頬を掻きながら言葉を続ける。
「……そういや、今度知り合い連れて来てもいいですかね。レンカさんが作ってくれて、持って帰った料理食わせたら、すげぇ美味いって喜んでたんで」
「いいよ~。例の彼女さん?」
「例のってなんですか。違います。ちょっと縁があるだけです」
そう言うと、レンカさんはニヤリと笑みを浮かべる。
「ふーん? そう。でもその言い方だと、女の子でしょ?」
「ま、まあそうですけど。……何です、その笑みは」
「優護君、しっかりしてて、気も遣える子で、面白いもんねぇ。彼女くらいいてもおかしくないか」
「違いますからね?」
「でも同棲してるんでしょ?」
「……ちょ、ちょっと縁があって家に住まわしてやってるだけです」
「その説明は無理があるくない?」
実際それが事実なんで……。
「ま、わかったわかった。そういうことなら、お姉さんがしっかりと歓待してあげよー!」
ばばーん、とその大きな胸を張って、得意げにそう言うレンカさん。
微妙に目のやり場に困る。
「よーし、それじゃあ優護君には、是非ともお姉さんが、女の子と仲良くするコツを教えてあげるとするかな!」
「急に生き生きするじゃないですか、レンカさん」
「個人経営者だからね」
「いや絶対関係ないですよね?」
「間違えた。私はこれでも女だからね。女っていうのは、幾つになっても人の色恋沙汰が好きなものなんだよ」
「これでもって、レンカさんは普通に女の子らしい人ですが」
「……そう?」
「? はい。一従業員として、可愛い店長の下で働けて光栄ですが」
こちらを見上げてくるレンカさん。
「……ふーん。優護君は、そういうことをちゃんと言える子なんだ。それなら店長から言えることは何もないかな!」
「そうですか店長。……それにしても、暇ですね、店長」
「そだねー。よし、ゲームでもしようか。私が優護君をボコボコに出来る奴!」
「正直に言いましたね、店長」
そして俺達は、テレビゲームを始めた。
……果たして俺は、バイトに来ているのか、遊びに来ているのか。




