魔法《2》
「――そも、お主は魔法をどう扱いたいのじゃ?」
話が逸れまくって、もうなんかドッと疲れてしまったが、ようやく本来の「キョウがウタに教えを乞う」という目的に立ち戻る。
「あたしは、刀での戦闘が主だ。つまり、近距離戦闘しか出来ない。遠距離攻撃手段として銃はあるが、魔物討伐で銃の効果は限定的だしな。……優護はなんか、おかしな威力のリボルバー使ってたが」
「あぁ、あの変態威力の試作型魔導りぼるばーか。確かに銃ならば、あそこまで振り切った威力がなければ大した脅威にはならんな。まあ、あれは頭のおかしな威力故、例外じゃろうが」
「お前、俺の『RSー10』まで知ってたのか?」
お前との戦いじゃ一回も使ったことないんだが。撃っても意味ないし。
「言うたじゃろう? お主のことは調べておったと。何を愛用して、どういう戦法を取るのか。おかげで、耳を疑うようなお主の武勇伝も多数知っておるぞ」
ニヤリと笑みを浮かべるウタ。
「……武勇伝なんて誇れる程のことをした覚えはないな」
「ほぉ、そうか? 敵対していた儂の陣営にまで、嘘のような話が色々と届いておったがの」
「……今更なんだが、二人はいったい、どういう関係なんだ?」
「長年殺し合った仲じゃ」
「そうだな。長年俺が一方的にボコられ続けた仲だ」
「…………」
何と言っていいかわからない様子で、数回口を開いたり閉じたりするキョウ。
まあ、そういう反応にもなるだろう。悪いが詳しく話すつもりはないので、深くはツッコまんどいてくれ。
「話を戻すぞ。お主の求めるものはわかった。――両手を出せ」
「? あ、あぁ」
少し戸惑いながらも、言われた通りに差し出したキョウの両手を、ウタは掴む。
そして、数秒で離すと、彼女は言った。
「……ふむ。大体わかった。お主、魔力量が少ないな」
「……そうだ。だから、身体強化の魔法だけじゃあやれることが限られる。継戦能力も低い。幸い、優護がくれた『雅桜』のおかげで、相当に戦えるようにはなったが……手数を、増やしたい」
そんなキョウの言葉に、だがウタは首を横に振る。
「いや、それは違うの。魔力が低いのならば、むしろ身体強化を極めるべきじゃろう。いたずらに魔法を放っても、魔力を消費するだけよ。それよりは場面場面で出力を調整可能な身体強化を鍛え、瞬間だけそれを発動出来るようになる、という風にした方が次に繋がると思うがの」
ん、俺もそう思うな。
ただ、キョウの手札が欲しいという気持ちも理解出来る。
多分、コイツは少し、焦っているのだろう。
「基礎能力が高いことは、確かにあどばんてーじじゃ。魔力が多く、使える魔法も多ければ、それだけで手札が増える。しかし、それ以上に大事なのは、戦い方よ。戦場で生き残る者は、皆機転が利くものじゃ。馬鹿はさっさと死ぬからの」
「……優護も、前に同じようなこと言ってた。大事なのは、考えることだって」
「かか、それでもやはり、何か手が欲しいといった顔じゃな。ま、良かろう。ではお主には一つ、遠距離攻撃手段を授けるとしようかの」
そう言ってウタは、片手でデコピンの構えを取る。
そのまま、ピン、と指を弾くと、「うっ!?」とキョウがちょっとだけ顔をのけぞらせ、驚いた顔をする。
彼女の額に、魔力を飛ばしたのだ。
……サラッとやっているが、あの程度の威力に魔力を抑え、それでいてしっかりとキョウのところまで飛ばした技量。
俺じゃ出来ないな。誰よりも精密な魔力操作が可能なウタだからこそ出来る技だ。
「いわゆる、『魔刃』じゃ。武器の刀身に魔力を纏わせ、飛ばす魔法。今はでこぴんでやったがの、これをお主の刀に纏わせて放てば、最低でも牽制程度には使えるじゃろう。お主の魔力量でも、慣れれば並の相手は斬れるはずじゃ」
ふと、キョウが俺を見る。
何だ? と思う俺だったが、ウタはその意味をわかっていた。
「ユウゴはこれを使わんぞ。というか、使えん。此奴の刀は特殊での、際限無く魔力を吸収し続ける故、己の魔力を流し込んだところで刀に吸われて終わりぞ。その分、呆れる程の斬れ味があるがの」
「……それで、銃使うのか」
「そうだな」
ちなみに、緋月に俺以外が触れた場合、限界までコイツに魔力を吸い取られて、死ぬ。
何故俺は平気なのかと言うと、緋月が化け物みたいな刀になる前から使い続けていたためで――要するに、俺は緋月の一部と化しているのだ。
すでに魔力の質が同化しているため、握ったところで『俺』という分の刀身が延長されるだけで、変化は生じない。
まあ、そんな俺でも魔力を流し込んだら、そのまま吸われるんだけどな。困った我が刀である。
「やり方は教えてやる。魔力の増やし方もな。あとは、己で鍛えることじゃ」
その後、しばらくウタの魔法講座は続いた。
ウタの説明はわかりやすく、横で聞いている俺でも「なるほどな……」と納得出来るものが多かった。
やっぱりコイツ、能力的にはかなり優秀なんだな……色々ポンコツだけど。
◇ ◇ ◇
「――二人とも、そろそろ終わりにしよう」
晩飯の買い物に行って、帰って来ても、二人はまだ魔法講座を続けていた。
色々言っていたウタだが、一度教えると決めた以上とことん付き合う姿勢は、嫌いじゃない。
俺にお人好しとか言っていたが、いったいどっちが、といった感じだ。だからこそ向こうの世界で、魔族どもはあんなに団結していたんだろうがな。
今日遊びに来ていたリンは、ずっと俺の手伝いをしてくれており、晩飯の用意も一緒にやってくれた。
ウチに来る時は、必ず手伝いをしてくれるんだよな。この子ホントに良い子だわ。
「む……もうこんな時間か。よし小娘、今日はこれで終いじゃ。基本は教えた故、あとは己で極めるがよい」
「わかった。ありがとうございました」
「うむ! 励めよ」
座ったまま深々と頭を下げるキョウに、ウタはふふんと威厳を見せるように胸を張ってそう言った。
……こうして見ると、キョウの方が年上に見えるから不思議だ。
キョウはそのまま、「優護、邪魔したな」と帰ろうとするが、俺はそれを止める。
「どうせだから、お前も晩飯食ってけ、キョウ」
「……いいのか?」
「というか、普通にお前の分の晩飯も作ったから、食ってくれないと困る」
「……ん。杏お姉ちゃんの分も作った」
「……そっか。ありがとな」
わしゃわしゃとリンの頭をキョウが撫でると、リンは嬉しそうににへらと笑みを浮かべる。
「……この子、最高に可愛いな」
「おう、リンの可愛さは世界を救うな。――さ、これそっち持ってってくれ」
「わ、わかった」
出来た大皿を、座卓の方に運んでいくキョウ。
「うむ、働かざる者食うべからず! しっかり働くんじゃぞ、キョウ」
「いや何偉そうにしてんだ、お前も手伝え。というかお前が一番手伝え」
「儂は今日、いっぱい教えて疲れたからの! ユウゴ、代わりに働け!」
「……ん。お姉ちゃんとっても頑張ってたから、凛が、代わりに働く」
「……い、いや、やはり儂も手伝おうかの。ほれユウゴ、何をすればいい?」
「確かにお前の言う通り、今日は頑張ってたな。しょうがないから代わりにやってやる。リンもちゃんと動いてくれてるが、お前はそのまま座ってていいぞ」
「ごめんなさい! 調子に乗った儂が悪かったです!」
「よろしい」
そんな、いつも通りのやり取りをする俺達を、キョウはぼう、と眺める。
「キョウ?」
「いや……何でもない」
押し殺したように、彼女はただそれだけを言う。
俺は、少し考えてから、口を開いた。
「キョウ、ギリギリまでウタに教わってたし、出来ればまだ教わりたいんだろ?」
「え? あ、あぁ」
「じゃ、明日でも明後日でも――は、普通に学校か。ま、キョウの都合が良い時、またいつでもウチに来い。俺はバイトで出てる日もあるが、ウタはウチで暇してるからな、存分に教えてもらえ」
「おい、そういうのは先に儂に断りを入れるものではないか?」
「キョウ律儀だから、来たらまたなんか美味い菓子買ってきてくれるぞ、きっと。俺よりそういうの、知ってるだろうし」
「我が家と思って、いつでも遊びに来るとよいぞ!」
それはお前が言っていいセリフじゃないんだが?
「と、言ったが、菓子は別に冗談だからな。お前学生なんだし、マジで無理はしないでいいぞ。そういうのは、だんだんこっちが悪い気がしてくるからさ」
「……はは、いや、買ってくよ。あたしも、学生には分不相応な給金貰ってるし。それか、あー……その、あたしの手作りとかでもいいか?」
「へぇ? キョウは菓子が作れるのか。すごいな」
「ちょっとだけだ。母が料理好きでな。んで、昔……あたしも教わったんだ」
「ほう、すごいの! 己で菓子を作れるとは、最強じゃな!」
「……杏お姉ちゃん、すごい」
手放しで称賛する二人に、キョウは少しくすぐったいような表情を見せる。
「はは、ま、じゃあ無理しない程度にな。ウタも言ってたが、別にそんなん気にしないで普通に遊びに来てくれりゃあいいからさ。――そんじゃ、飯にするぞ」
俺達は座卓を囲み、手を合わせる。
「「「いただきます」」」
「いただきます」
一拍遅れてキョウがそう言い、俺達はワイワイと話しながら食べ始めた。
「……優護」
隣に座ったキョウが、小さく声を掛けてくる。
「ん?」
「……ありがとう」
俺はただ笑って肩を竦め、箸を進めた。
ん、美味い。




