異変《2》
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ダンジョン。
魔力によって空間が変質することで生まれる、特異な空間。
ダンジョン化すると、その場所は一種の『異界』と呼ぶべきものとなり、元の空間とは断絶してしまう。
本来では、あり得ないような空間が、そこには広がっているのだ。
向こうの世界では時折、それが発生していた。
俺も数回攻略したことがあるのだが、魔物が出現するようになったり、ただひたすらおかしな空間が広がっていたり、穏やかな大自然が広がっていたりと様々で、魔力の高まりによる自然発生や、非常に多量の魔力を有する遺物なんかが原因で発生することもあった。
で、今回は……まあ、間違いなく自然発生ではないな。
「取り込まれたな」
生成途中で中に取り込まれた。ここから脱出するには、出口を探すか、元凶を潰すか。
楽なのは後者だな。好都合だ、こういうのは外から解決するより、中から動いた方が容易い。
避難が遅れていたら、生徒達が全員取り込まれていた可能性もあったので、その点ではキョウと合流出来て本当に幸いだった。
「……スマホは圏外か。『異界化』だな。あたしは初めて遭遇したが……優護は?」
「俺は何度か空間の消失までさせたことがあるぞ」
「アンタの経歴が、ホントに気になるところだ」
「まあそこはツッコむな。それよりキョウ、武器は……あるな」
「あぁ、アンタがくれた奴だ」
キョウは、いわゆる竹刀袋か? 長い包みを肩から下げており、そこから以前俺があげた『雅桜』を取り出す。
キョウ、いつも真剣持ち歩いてるのか……クラスメイトも、街行く通行人も、まさかそこに竹刀じゃなくて真剣が入っているとは思わないことだろう。
「そういや今更だが、キョウ達は何の魔法が使えるんだ?」
「本当に今更だな?」
見る機会がなかったもんで。
「……陰陽家の連中とかなら、『呪法』っつわれる、護符を用いた攻撃とかが可能だが、あたしらみたいなヒラの隊員は、ほぼ身体強化だけだな」
「呪法?」
「昔は魔法をそう呼んでたんだ。呪いって字が入ってると印象が悪くなるからって理由で、明治辺りで『魔法』に統一されたが、今でも古い家柄の、陰陽師に連なる連中はそう呼ぶことが多いんだ。――まあそういう訳で、あたしとしちゃあ、媒体も何もなく発動出来てるアンタの魔法なんかを教わりたいんだが」
身体強化魔法は、戦士が使う魔法の中では基本中の基本のものだが、同時に戦いにおける核心でもある。
が、厳密に言うと、魔法ではなかったりする。
魔法式を利用して発動するような一般的な魔法とは違い、ただ魔力を全身に纏うことにより、まるで外骨格のように肉体を強化する術を、身体強化魔法と言う。
そのため、魔法式などを一切知らずとも、素質さえあれば、感覚的に発動出来るのがこの魔法なのだ。
魔力とは、身体に備わった機能の一つだ。走る、ジャンプするといった身体操作と本質的には変わらず、故に『魔力を動かす』という動作が出来れば、ただそれだけで肉体の強化が可能なのだ。魔力というパワードスーツを纏うようなものである。
ちなみに、『呪法』とやらは恐らく、その護符とかってのを魔法式の代わりとして利用しているのだろう。前世なら『魔導書』タイプなんて呼ばれていた魔法の発動形式だな。
「あー……じゃあ、今度ウチにでも来い。ウタに話しといてやるから。前も言ったが、本当に学びたいんだったらアイツに教わるのが一番だ。なんか美味いもんでも買ってやれば喜んで教えてくれると思うぞ」
「……わかった。つか、やっぱ同棲してんのな」
「いやだって、アイツそもそも戸籍ないから――おっと、何でもない」
「隠すつもりならしっかり隠してくんねぇか?」
「田中のおっさん、頼んだらウタの戸籍でっち上げてくんないかね」
「アンタあの人何だと思ってんだ」
「怪しいおっさん」
「……まあ、その通りか」
あ、納得するんだ。
キョウとそんなことを話しながら、俺もまた戦闘の準備を進める。
アイテムボックスから我が愛刀『緋月』を取り出して左腰に差し、そしてもう一つ取り出して、そちらは腰裏に差す。
「何もないところから武器取り出すのは、もうツッコまねぇが……意外だな。優護は銃も使うのか」
「場合によってはな。敵に人が想定される場合は、銃があれば楽になる」
緋月は、飛来する砲弾でも、戦車でも、戦艦でも、要塞でも――それこそ、艦隊の一斉射撃を受け続けても無傷で、「かか、派手な攻撃じゃの。では、次は儂の番じゃ!」とか言って逆にこっちの艦隊を単身で壊滅させたウチの居候でも斬ることが出来るが、その性質上、遠距離攻撃が出来ない。
向こうの世界の剣士は、剣に魔力を乗せてそこに魔法を発動したり、遠方に斬撃を飛ばしたりすることが出来る者が多かったのだが、『全ての魔力を吸収する』という能力があるコイツは、流し込んだら俺の魔力すら吸収してそのまま糧にしてしまうので、そんなカッコいい攻撃は俺にとって夢のまた夢だったのだ。
だから、俺は代替手段として、他の二つの遠距離攻撃を用意した。
一つが、俺自身の魔法。右手で刀を振るい、左手で魔法を放つ。
対多数戦闘だと、何だかんだ刀より魔法の方が殲滅効率が良いのだ。魔法で倒せなかった相手は、刀で斬る、というスタイルである。
そして、もう一つ。
――銃という武器は、向こうの世界にも存在した。
多くの兵士が使用していたが、しかし一線級の武器とは言えないところがあった。
そもそもの構造上の問題で、銃弾とは小さい。剣と比べ、そこに乗せられる魔力量は限られる。消耗品故、希少な魔法金属なども銃弾には使いにくい。
この地球で、魔物の討伐にあまり銃を用いられない理由と同じように、一定以上の力量を持った戦士を相手にする時、銃では火力不足になることがままあったのだ。
大砲とかにまでなると流石に話は別だが、魔力が多少乗るだけの銃弾と、それを刀身全体に満遍なく乗せられる剣じゃあ、後者の方が圧倒的に威力が出るのである。
故に――火力確保のため、コイツのような大口径の銃が、向こうの世界では主流だった。
試作型大口径魔導リボルバー、『RSー10』。
基本形は、名称通りリボルバー。ダブルアクション。
銃身の上と下にレール――こっちの世界だと、ピカティニーレールとか言われている奴とよく似たものが標準装備されていて、俺のはそこに、魔力を識別可能なでっかい特殊スコープと、レーザーサイトが付いており、かなり近代的なフォルムだ。
弾丸がライフル弾と同程度にデカいせいで、装弾数が最大五発と少なく、さらにコイツは特注品であるため、訓練を積んだ騎士が身体強化魔法を身に纏って撃っても、結構な割合で脱臼するという本当にアホみたいな強い反動がある。
なので、最大装弾数が五発でも、そこまで連射したら脱臼どころか普通に骨が折れる。『試作型』って肩書きだからこそ許されている感があるが、世に出そうものなら、ぶっちゃけただの失敗兵器である。
ちなみに俺も数回脱臼した。クソ痛かった。訓練を重ねたおかげで、今では何とか、五連射しても怪我せず、狙いを付けて撃てるようになったがな。
ただ、おかげで威力だけはバカ程にあるので、一発当てることさえ出来れば、仮に敵が物理防御の上に魔法防御を備えていても大体全員千切れ飛ぶため、大事なのは連射よりも初弾だったりする。
まあ、それだけの威力があっても、結局は魔法の方が高火力を出せたりする訳だが、やっぱり魔力を練り上げる必要もなく、引き抜いて撃つ、という動作だけで攻撃が可能な銃は、場合によってはそっちの方が強かったりするのだ。対人戦においては、十分に手札の一つになる。
なお、以前のウタはとんでもない出力の身体強化魔法を常に発動していたので、これで撃っても「痛い!」くらいの反応で血すら流さないことだろう。デコピンよりちょっと痛いくらいの感じではなかろうか。
銃弾は予備が数百発アイテムボックスに入っているが、補給手段が現状存在しないので、撃ち時は考えないとな。
「さて、攻略開始だ。キョウ、ダンジョンに入った場合はまず、そこがどういう特色をしてるのかの確認が必要だ。とにもかくにも最初に見るべきは、魔物の有無――」
その言葉途中で、俺は動いていた。
一歩で踏み込み、緋月を振り、斬る。
廊下の曲がり角から現れたのは、二匹のゴブリン。こちらの世界だと、小鬼だろうか? あるいは餓鬼か。
粗末だがしっかりと武器を有しており、大の大人でも一般人なら普通に殺される可能性があるだろう。
その内の一匹の首を、相手に一切の反応をさせる前に斬り落とした俺は、全く反応出来ていないもう一匹を返す刀で斬ろうとしたところで、ふと考えてやめる。
「魔物が出るタイプだったな。よし、ちょうどいいからキョウ、こっちのもう一体はお前が斬れ。危なくなったら助けてやる」
キョウは、俺を見て――そして、頷いた。
「わかった」
ダンジョンに現れる魔物は、ほぼ全てが敵性体であるということを知っているため、攻撃に躊躇はない。
コイツらは、ダンジョンに侵入した者を排除するための、防衛機構のようなものだ。生物ではあるのだろうが、コイツらもまた俺達とは根本的に存在の在り方が違う。
今回は、俺達のために、死んでもらうとしよう。
RSH-12というハンドガンがありましてね……これがクソカッコいいんですわ……。
ちなみに作者は定期的にタルコフ市でごみ漁りをしています。




