訓練《1》
リンは透明人間な訳ではなく、パッシヴで『隠密』の魔法を纏っている状態なので、身に付けたのなら鍵も消えます。己の一部という判断です。
神社が消えたら……どうなるんやろか。まあ多分大丈夫じゃないかな? リン別に、ダンジョンの魔物って訳でもないし。
感想ありがとう!!
キョウから連絡が来た。
と言っても仕事の連絡ではなく、「まだちゃんと施設の紹介してなかったから、暇なら基地に来い」という誘いで、そう言えば確かにあのビルのことはまだよく知らんなと思い、向かうことにした。
流石に今日は迎えはないので、彼女に最寄り駅を聞いたところ、その最寄りで待ち合わせすることになった。
で、ウタに「俺今日は出るから。晩飯までには戻ってくると思う」と言ったところ、「そうか。儂はリンの神社に遊びに行ってくる!」と言葉が返ってきた。
いつの間にか、リンと約束していたらしい。コイツホント、コミュニケーション能力の塊だな。
ちなみに、インドア派ではなくアウトドア派の奴は、家にいるよりも外に出る方が楽しいようだが、それでも日本の娯楽にはドハマリしており、最近はゲームの他に漫画なんかを俺のタブレットでよく読んでいる。
俺のベッドに寝っ転がってマンガを読んでる姿とか、元魔王だとはとても思えない。
料理も出来るようになりたいらしく、テレビの料理番組をよく見ており、それを真似して俺のいない時にもちょっとずつ練習しているようだ。
何と言うか……なかなか、理想的な隠居生活を送っているような感じだ。要領が良いとはウタのような奴のことを言うのだろう。
王として身の回りの全てをやってもらう立場だったが故に、やっぱり色んな面でポンコツなところが見え隠れするのだが、慣れない世界で、慣れない生活を慣れないなりに頑張っているのは間違いない。
……帰りに何か、菓子でも買って行ってやるかね。
「来たか、優護」
指定された駅で降り、駅前のロータリーに出ると、すぐにこちらに掛けられる声。
「キョウ。わざわざありがとな。今日は学校帰りか?」
「平日だ、当たり前だろ。――ほら、こっちだ」
待っていた制服姿のキョウに促され、隣を歩く。
ウタよりは背が高いが、女性の中では比較的小柄な背丈で、彼女が歩くのに合わせて、短めのポニーテールがユラユラと揺れている。
……何だか、リンの狐尻尾を思い起こさせるな。
そんな俺の視線に気付いたらしく、怪訝そうな表情でこちらを見てくるキョウ。
「何だよ?」
「いや……キョウって犬みたいだなって思って」
「は?」
「言われたことないか? 犬っぽいって」
「いや、ねぇよ。そんな愛想いいタイプに見えるか、あたしが?」
「悪くはないだろ。毎回律儀にツッコんでくれるし」
「そりゃアンタがそうさせんだろうが!?」
と、思わずツッコんでしまったところでハッとしたような顔になり、微妙に苦々しげな様子でこちらを睨むように見上げ、ハァ、とため息を吐く。
「ったく……いいか、アンタはあたしより年上だし、あたしより強いだろうよ。が、この業界はあたしの方が長い。つまりはあたしが先輩で、アンタが後輩だ。それ相応に敬え」
「へい、先輩」
「ん、よろしい。ほら、こっちだ、後輩」
そうして駅から歩いて十分程で、見覚えのあるビル――第二防衛支部に辿り着き、中に入る。
「そういや受付とかないよな、ここ」
「一般人は、ここに気付けねぇようにされてっからな。来るのは全員関係者だけだし、そもそもビルの見た目をしてるが、中身は基地だ。来訪者なんかほとんどいないから必要ねぇんだろ」
「そういうもんか。それにしては、勤めてる人数の割に建物がデカい気がするが」
基地としての機能だけ、という割には、ここはデカい。普通の商業ビル並とは言わないが、かなり立派ではある。
「あぁ、正直なところ、このビルの半分くらい、特に上階はレーダー関係の機械類が占めてんだ。出現した魔物を早期発見するためのな。地下は全部訓練場関係だし、だから実際のところ、あたしらが普段使ってる階は少なかったりする」
「へぇ? そうなのか。……まあ確かに、あの精度はなかなか凄いもんな。魔物の発生をほぼ瞬時に察知出来てるようだし」
土蜘蛛の一件や、ウタの一件とか、俺が感知して一分も経たない内に田中のおっさんから連絡があったのを覚えている。
機械でこの精度のものは、向こうの世界でもなかったぞ。同じことが出来るヒト種なら、それなりにいたが。
「アンタはそれがなくとも自分で気付けるようだがな」
「人の可能性は無限大ってことだ」
「また適当なことを……今更か。とりあえず、実際に見せてやる」
エレベーターに乗ってキョウは、俺に見せられるところを順に見せていく。
彼女の言葉通り、上階の半分程がよくわからん機械で埋まっていて、何だか基地というより研究所っぽい造りの場所となっていた。
中階から下は事務所と宿舎として利用されているようで、こっちは割と普通の構造だった。宿舎は、今は三分の一程しか利用者がいないようだが、二十四時間の待機状態が求められる時とかに利用されるらしい。
基地と言っても、普段から隊員がここで暮らしている訳ではないようだ。
「――ここが指揮所だ。あたしらが担当している区域の、ほぼ全ての魔力的情報が表示される。ここだきゃあ、二十四時間常に稼働し続けてる。あたしらの組織の屋台骨だな」
一通り案内された後、最後に連れて来られたのが、このビルの頭脳であるらしい指揮所だった。
映画館かと思わんばかりの特大モニターに、様々な情報等が表示されており、リアルタイムで更新され続けているようだ。ちょっとカッコいい。
手前には何台ものパソコンが置かれ、今も事務職っぽい人らが何らかの仕事を行っている。
「へぇ……このビル、電気代ヤバそうだな」
「ここ見て出て来る感想がそれか……? いや実際ヤバそうだけどよ」
「え? じゃあ、なんか秘密組織みたいでカッコいい」
「アンタにまともな感想を期待したあたしがバカだったか……」
何でや。カッコいいじゃん。
「――あれ、先輩。と、あなたは……」
と、キョウに呆れた顔をされていると、横から声を掛けられる。
そこにいたのは、キョウよりも背が高く、しかし顔立ちにまだ幼さを感じさせる少女。
「花か。――優護、コイツは篠原 花。あたしの後輩で、情報収集、情報解析に長けたバックアップチームの一人だ。花、こっちは海凪 優護。例のふざけた兄ちゃんだ」
「この人が、あの……こんにちは、海凪さん。苗字が嫌いなので花って呼んでください」
「どうも、ハナ。ふざけた兄ちゃんだ。俺もユウゴでいいぞ。……キョウ、お前、他に紹介の仕方なかったのか」
「いや自覚してんだろアンタ」
「俺は至って真面目な、一般人の好青年だが」
「アンタが好青年なら鹿もカカシも好青年だっつーの!」
彼女のツッコミに肩を竦めていると、何やらニヤニヤと笑みを浮かべるハナ。
「なるほどなるほど……確かに優護さんは、先輩と相性が良い感じですね!」
「相性?」
「花の言葉は気にすんな。コイツは女子高生なんだ」
「キョウも女子高生では?」
「あたしはあたしだ」
なるほど、キョウらしい言葉だな。
「ふふ、優護さん、ウチの先輩は頑固で、ぶっきらぼうで、口が悪い人ですが、とっても良い子なので、そのまま仲良くしてあげてください」
「ぶっ飛ばすぞ、花」
「おっと、では私は仕事がありますので、この辺りで。優護さん、また!」
楽しそうにクスクスと笑いを溢しながら、ハナは逃げるようにこの場から去って行った。
「……花はあんなだが、情報を扱う分野のスペシャリストだ。バックアップチームの中でもトップクラスの腕前をしてやがる。ま、そんくらいじゃないと、子供が指揮所になんざ入れねぇけどな」
「へぇ……一種の天才か」
「あぁ。唯一無二だな。あたしなんかよりよっぽど貴重な人材だ。……それだけに、大変な思いもしてやがるんだが」
そのことについて俺が疑問を投げるよりも先に、キョウは切り替えるように言葉を続ける。
「それより、だ。優護。あたしは今、学校終わりで疲れてるところに、わざわざアンタのために時間を割いて、こうして案内してやった訳だ。先輩たるあたしが」
「ふむ? まあ、そうだな」
「つまり、アンタは今、あたしに一つ借りがあるってことだ」
「……なるほど? そうかもしれんな」
そうキョウに続きを促すと、彼女は言った。
「だから、優護。――あたしに剣術。教えてくんねぇか」
……そう来たか。
「俺のはほぼ我流だ。人に教えられる程、上等なものじゃないぞ」
最初の最初だけは、一般兵としてなんたら流剣術ってのを集団で教わったが、それ以降は全部、戦場で自分で覚えたものだ。
泥臭い、生き残るための剣。
多分、正規に剣を学んだ者は、俺の剣術はメチャクチャだと言うことだろう。
そもそも、俺が使ってたのは刀で、そのなんたら流剣術は普通に直剣の流派だったしな。
「けど、あたしよりは強い。だろ?」
キョウは、こちらを見上げる。
強さを求める、真摯な瞳。
感じられる強い意志。
少しだけ考え――俺は、言った。
「先に言っておくが、俺は人に剣を教えたことがない。上手く教えられるかはわからんぞ」
「あぁ、それで構わねぇ。頼む」
「……わかった。んじゃ、地下に行くか」




