凛《2》
よく考えたら、アスファルトタイヤを切りつけながら走るんだから、道路はアスファルト製の方が多いか……。
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就寝準備を終えた後、寝落ちする前にリンに歯を磨かせ、程なくして眠気が限界を迎えた彼女は、寝た。
流石に予備の布団はもうないので、いつもウタが寝ている、床に敷いた布団に今回リンを寝かせ、ウタには俺のベッドで寝てもらい、で、俺自身はキッチンの方で適当に転がって寝ようかと思っていたのだが、「……一緒に寝てくれれば、いい」とリンが気を遣ってくれた結果、ベッドはいつものように俺が使い、ウタとリンの二人が同じ布団で寝ることになった。
軽く片付けを終え、俺が風呂に入った後、俺達もまた横になる。
「……のう、ユウゴ」
「あぁ」
頬杖を突いて頭だけ起こしながら、眠るリンを隣で眺めるウタが、囁くような声で口を開く。
「……何でもない」
「何だよ」
ウタは、誤魔化すように小さく笑う。
「かか、いや、リンが可愛い寝顔をしておると思うただけじゃ。それより、どうする? この子、放っておけんじゃろう?」
「……そうだな。リンにはウチの合鍵、渡しとくか」
最初に出会った時から、気にはなっていたのだ。
精霊種の幼女。
きっと、俺以上に長く生きているのだろうが、精霊種は最初に生まれたその形から、精神的にも肉体的にもあまり大きく変化しない場合の方が多い。
いや、変化自体はするが、寿命が非常に長いために、時の感じ方や成長の仕方が、俺達とは全くと言っていい程違うのだ。
つまり、俺より圧倒的に年上でも、幼女に見えるリンは、幼女そのものなのである。
俺の言葉を聞き、ウタはニヤリと笑みを浮かべる。
「お主ならばそう言うてくれると思うたぞ。それでこそ、儂を負かした勇者じゃ!」
「負かしたってか、相打ちだけどな。ウタ、お前も気に掛けといてやってくれ」
「うむ、軽く魔力の扱い方でも教えておくかの。素質は大いにある故、人化けの術もすぐに使えるようになるはずじゃ。そうなれば、あまりこそこそせんでも良くなるじゃろう」
「いいな、頼んだ。相変わらず面倒見が良いな、お前は」
そう言うと、ウタは何故か変な顔になる。
「? 何だよ」
「……いや、お主が言うかと思うただけじゃ」
よくわからないが、ウタと話している内に一つ思い出す。
「そうだ、忘れてたけどお前、今アイテムボックスの中何にも入ってないんだよな?」
「あいてむぼっくすと言うと……あぁ、空間変異の収納の魔法のことか。うむ、空っぽじゃ。最初に何も入ってないことに気付いた時の心細さと来たら……お主は違ったのか? ……いや、そう言えば収納の魔法からこの翻訳の魔道具を取り出しておったな」
「俺は残ってたな。全部」
「ずるい!」
「ずるいって言われても。とにかく、それなら一本武器渡しとくわ。こっちの世界は基本的に平和だが、魔物は出現するみたいだからさ」
日本は平和な土地だし、魔物が出ると言っても、ぶっちゃけウタならほとんどの相手を素手で殴り殺せるだろうが……今、彼女が相当弱体化していることは間違いないのだ。
念のため、武器くらいは渡しておいた方がいいだろう。
「む……良いのか?」
「あぁ。今のお前でも、そこらの魔物程度なら簡単に素手でぶっ殺せるだろうが、全盛期と比べれば考えられないくらいに弱体化はしてるだろ?」
「……そうじゃな。では、か弱い乙女である儂のために、武器を見繕ってくれるか?」
「なんか微妙に渡すのが嫌になってきたな」
「か弱く美しい、儚げで清楚な乙女である儂のために、武器を見繕ってくれるか?」
「何でそれで行けると思った?」
いやまあ、見た目だけはその通りなんだけどさ。自分で言うな、自分で。
冗談もそこそこに、ウタに渡す武器に関して話し合う。
「お前、大剣使ってたよな? どうする? お前の『禍罪』並のは流石にないが、肉厚の大剣も幾つかあるぞ。それとも、今の肉体に合った武器を使うか?」
「んー……本当は慣れた大剣がいいんじゃが、今の儂ではちと持て余すな。魔力が減って、身体強化魔法の使用に制限が掛かっておる以上、手足のように扱える時間は限られるからの」
コイツは向こうの世界で、己の背丈程はあろうかという肉厚の大剣を使用していた。
俺の『緋月』と同程度の魔力を秘めた、世に二つと存在しない魔剣である。俺の内臓を貫いてグチャグチャにしたものもそれだ。
「ふむ、そうじゃな……あのー、お主の使っておった、片刃で反りがある……カタナじゃったか? あれがよい!」
「え、刀? いいけど、大分クセがあるぞ?」
刀というのは、割と特殊な部類の武器である。
ちゃんと魔力で覆ってさえいれば、刃毀れも刀身が折れることもほとんどないのだが、慣れていないとまともに斬ることすら難しい。
まあ、それはどんな刀剣でも同じことかもしれないが、『叩き斬る』がコンセプトであるため割と雑に扱っても問題ない大剣に対して、刀は正しく斬ることが求められるのだ。
「大丈夫じゃ。実はお主の戦い方を研究して、カタナ自体も幾度か試したことがあるでな」
「へぇ? わかった、そんじゃあ……コイツがいいか」
ウタの強さは知っている。本人が大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。
俺は、己のアイテムボックスから一本の刀を取り出した。
彼女は、寝転がったままだが慎重にそれを受け取り、鞘から丁寧に刀身を引き抜くと、まじまじと眺める。
「これは……」
「銘は『焔零』。魔法がよく乗る刀だ」
赤い刀身が特徴の、美しい波紋を持つ刀。
斬れ味は勿論のこと、コイツが優れているのは刀身への魔力伝導率で、刃に魔法を乗せる際のスムーズさが他とは段違いなのだ。
俺とは比べものにならないレベルで魔法を使いこなすウタなら、上手くこの刀も扱えるだろう。
なお、俺の緋月は魔力を際限無く吸収し続けてしまうので、刃に魔法が乗らない。
敵の魔法も、刀身が触れればそこに含まれる魔力を吸い取って無力化してくれるので、これはこれで強いんだけどな。逆に言うと、これくらい尖った性能がないと、ウタとは戦えなかったのだが。
魔力を吸えば吸う程、硬く、しなやかで、鋭く。
そして、美しくなっていく。
それが、俺の刀だ。
まあ、斬れ味に関しては割とマジでもう十分だと思っている。今なら十トントラックに踏み潰されても、一切刃が欠けないことだろう。コンクリートとか、紙みたいに斬り裂けるし。
「……前世においても、上から数えた方が早いくらいの逸品じゃな。よいのか? 自衛用の武器じゃ、鈍らとは言わんでも、そこそこのでよかったのじゃぞ?」
「コレクションとして持ってただけだから別にいい。元魔王様には、それ相応の刀を持っててもらわないとな」
実際、俺が持っている刀の中では、緋月に次ぐ強さを持つ刀だ。
いや、刀身に魔法を乗せた遠距離攻撃を行える以上、一面ではこちらの方が上かもしれない。
「そうか……わかった。ありがとう、ユウゴ」
「おー、しっかり感謝しろ」
しばし眺めた後、ウタはそれを己のアイテムボックスの中にしまう。
そして、何やらニヤリと笑ったかと思いきや、リンを起こさないようにゆっくりと布団から出て――こちらのベッドに、潜り込んできた。
「お、おい、何だよ?」
「おっと、あまり大きな声を出すでないぞ? リンが起きてしまうからの」
思わず起き上がろうとする俺に、腕と足を絡ませて止め、ニヤニヤしながらそう言うウタ。
「感謝しろと言うたのはお主じゃ。じゃから、こうして感謝の心を示そうと思うての。それに、儂はちんちくりんなのじゃろう? ならば同衾しても、お主にとっては何も問題ないのではないか?」
間近で感じられる甘い吐息。
囁かれる声。
絡む足。
彼女の長い髪が俺の腕をくすぐり、触れた肌から体温が伝わってくる。
ドクンと心臓が跳ねる。
「……ま、そうだな! そんじゃあお前の感謝もわかったし、もう寝るか」
こんな、とてつもない美少女が横で寝ていて、平然としていられる程俺も枯れてはいないが、しかしウタにその様子を見せることだけは何だか無性に嫌だったので、『勇者』と呼ばれた者の理性を総動員し、感情を押さえ付ける。
「……おい、流石にもっと反応をせぬか! 何をさらっと流しておる!」
「おっきい声出すなって。ほら、寝るぞー」
「ぐ、ぐぬぬ……やはり背が縮んだのが良くないか……今に見ておれ、儂がしかと魔力を取り戻した暁には、お主などけちょんけちょんじゃ!」
「いやけちょんけちょんは違くないか?」
ウタはフンと鼻を鳴らし、俺に背を向けた。
が、ベッドからは出なかった。
……え、コイツ、本当にこれで寝る気か?
俺は、無駄に意地を張ったせいで、隣から体温と柔らかな感触を感じ続け、なかなか寝付けない夜を過ごしたのだった。




