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元勇者はのんびり過ごしたい~地球の路地裏で魔王拾った~  作者: 流優
地球ってこんな不思議惑星だったっけ
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目覚めたら地球


 カーテンの隙間から差し込む陽射しで、俺は目を覚ました。


「…………」


 布団からゆっくりと身体を起こし――布団?


 ってことは、ここは安全地帯か。あれ、けど、今は最後の戦いに向けて遠征中のはずで、となると安全地帯なんてどこにもないはず――。


 捉えた違和感が、急速に俺の意識に覚醒を促し、肉体が一瞬で戦闘態勢に入った。


 ガバリと飛び起き、肉体に染み付いた反射的な動きで『アイテムボックス』を開くと、中から俺の主武器、妖刀『緋月』を引き抜いて構え――そして、周囲の光景を見て、固まった。


「ここは……!?」


 俺がいたのは、部屋。


 自室。


 国から与えられていた、数回しか帰ったことのない家ではなく――地球の自室(・・・・・)


 1DKの、決して広いとは言えないが一人暮らしには十分な広さの家。


 一瞬呆け、しかしすぐに脳味噌が再起動して、この状況に対する考察を行う。


 考えられるのは幻術系統の魔法――いや、魔力の揺らぎは感じられない。


 俺の耐性を突破してこの光景を見せているのならば大したものだが、俺の五感は今、正常に機能しているのが体感でわかる。


 つまり、ここは、現実である可能性が非常に高い。


 理性が、そう告げている。


「帰って……きた?」


 周囲を見渡す。


 やはり、間違いない。俺の部屋だ。


 数年ぶりに戻ってきた訳だが、見間違えることなどない。


 ――何で、ここに?


 まだ混乱している頭で、最後の記憶を思い出す。


 確か、決戦に出て……そうだ、魔王と戦って、相打ちで死んだのだ。


 全部、夢だった?


 ……いや、そんな訳はないか。今普通にアイテムボックス開けたしな。


 俺は、先程取り出した、己の手の中にある武器を見る。


「……よぉ、相棒。元気そうで何よりだ」


 我が刀、妖刀『緋月』。


 飾りは皆無に等しく、武骨で、ズシリと重いが、それら全ての印象を覆すような美しい波紋が漆黒の刀身に浮かんでいる。


 今は黒一色だが、コイツは俺が本気で戦っている時に呼応し、刀身の奥底に、燃え盛る炎のような赤が走るのだ。


 向こうの世界には、聖剣やら魔剣やら、凄まじい武器がたくさんあったが、というか俺のアイテムボックスの中にはそういうものが百数十本くらいコレクションとして入っているが、俺は最後の最後まで、この刀だけを主武器として使っていた。


 コイツが持っている能力は、ただ一つ。


 ――『魔力食い』。


 魔力を吸収する、という力のみ。


 派手な能力を持った他の剣と比べると地味なものだが、それでも一兵卒として戦場に送り込まれ、そして最終的に魔王を倒すまで共にあり続けてくれたおかげで、今ではどんな屈強な敵とも、どんな名剣とも打ち合うことが出来る程に成長している。


 そう、成長、だ。


 斬った相手の魔力を吸収し続けた今では、『神鉄鋼』という別名のあるオリハルコン、それで造られた聖剣と比べても決して斬れ味が劣らず、というか魔王と最終決戦をする頃には、戦艦すら一振りで両断出来るようになっていた。


 折れず、曲がらず。


 俺の命を守り続け、俺と共に成長し、全てを斬り裂いてきた我が愛刀である。


 しばし己の武器を眺めた後、アイテムボックスに戻すと、次に俺は人差し指を目の前に出す。


 いつものように肉体に魔力を巡らせ、魔法を発動し――すると、思った通りにボッと、人差し指の先に小さな火が出現した。


「はは……出たよ」


 俺の中には、確かに魔力がある。


 そして、それが空間にも満ちているのが今ではわかる。


 なるほど、気付かれていないだけで、地球にもちゃんと魔力があったんだな。


 ――そうか、地球に帰ってきたのか、俺は。


 その実感が、奥底からジワジワと湧いてくるが……ただ、当然疑問は尽きない。


 最後の、魔王と刺し違えた時の感覚。


 あの時俺は、確かに己の死というものを感じた。


 全てが急速にゼロへと向かう中、しかし確かな満足感を感じて、死んだはずなのだ。


 死んだ後、再びこちらの世界で肉体が再構成される、なんてことがあるのか?


 それとも、意識だけ乖離して向こうの世界に行っていた、とか? いや、流石にそれはないか。


 ――って、待て、なんか俺の肉体も違和感があるな。


「……傷がない?」


 視界に映る己の腕に、傷が見当たらない。


 向こうの世界では、戦争が常態化していた。


 俺のような異世界人を投入してまでの泥沼の戦争を行っていて、なので俺もまたそれなりの数の戦いに参加し、回復魔法を使っても傷が残るような深手を何度も負ってきた。


 だが、それらの一切が、なくなっている。


 俺は、すぐに洗面所に向かって、鏡で己の姿を確認する。


「……あんまりわからんが、もしかして若返ったか?」


 向こうで戦っていたのは、数年。


 正しい年月は、あまりにも濃密過ぎる日々のせいでちょっと覚えていないものの、少なくとも七、八年くらいは向こうで生きていたはずなのだが……もしかして今って、召喚された直後の日時か?


 いや、けど、妙な点はあるな。


 肉体に感じる魔力量が、向こうの世界で魔王と戦った頃のものと、変わらないのだ。


 肉体が若返っているということは、時が舞い戻っているってことになると思うのだが、魔力だけは全盛期のまま。


 ……筋肉は、少し衰えている気がするな。身体強化魔法があったので、元々向こうの世界でもムキムキだった訳じゃないが、体感として筋肉量が大分落ちているのがわかる。


 肉体だけ元に戻って、魔力は変わらず。アイテムボックスも変わらず開けた訳だし、地球に戻るに当たって、何かおかしな作用の仕方でもしたのだろうか。


 とりあえず筋トレはしよう。


「えーっと、スマホ……はは、スマホね」


 久しく口にしてなかったその響きに、思わず笑ってしまいながら、テーブルに無造作に置かれていた己のスマホを手に取る。


 何だか懐かしい感覚で操作し、アプリで確認すると、細かい月日は覚えていないものの、やはり思った通り俺が召喚された年と同じ年が表示されていた。


 もう、色々と謎過ぎて頭がパンクしそうだが……。


「……散歩でも行くか」


 無性に、久しぶりの日本を――争いのない地を感じたくなった俺は、心赴くままに、家を出た。



   ◇   ◇   ◇



 ――懐かしいな。


 閑素で静かな住宅街。


 この、何の変哲もない平凡で平和な光景が、何だか酷く美しく見える。


 平和万歳。


 今ではこれが、何よりも素晴らしいものだと俺は知っている。


 魔導砲撃の音で強制的に目を覚まさなくて済むし、暗殺者が出たと夜の間中警戒しなくて済むし、龍族の高高度爆撃で陣地ごと吹っ飛ばされて、後方にある味方陣地を泥に塗れながら数日間探し回らなくても済むのだから。

 

 あぁ、全く……思い出すだけで嫌になるわ。我ながら、よく生き残ったもんだ。世界大戦とかで生き残った兵士も、こんな風に思ってたんだろうな。


 ……この辺りで、思い出すのはもうやめておこう。


 割とマジでトラウマな記憶の数々を、(かぶり)を振って追い出す。


 そういや俺、こっちでは何をやってたんだっけか?


 俺の歳は……あー、こっちだと二十三、だったか?


 確か、三流だが大学は卒業して……そうだ、それで何もやりたいことがなくて、フリーターやってたんだったわ。


 典型的なダメ人間という感じだが、今の俺からすれば、そんな生活でも万々歳だ。


 なんせ、命懸けで戦わなくていいのだ。給料が低かろうが何だろうが、死が隣り合わせでないのならば万事オーケーである。


 貯金もわずかしかなかったと思うが、まあ最悪森にでも入って、猪とか鹿とか狩って食えば――いや、いや、待て。流石にその思考は蛮族が過ぎるな。


 そういう生活も、無理じゃない。今の俺ならば、五キロ離れた生物の気配でも余裕で感じ取れるので、本気で狩りをしたら獲物に困ることはないだろう。


 が、せっかく地球に戻ってきたのだ。ならば、最低限文明的な暮らしはしたいところである。


 贅沢じゃなくていいから、ただゆっくりと過ごせる環境が欲しい。


「……そうだな。ゆっくり、過ごせるのか」


 そうして今後のことを考えながら、のんびりと散歩をしていたその時、ふと視界に映ったのは、鳥居。


 道の傍らの、山の奥へと続く階段のある、古い鳥居だ。


 あれ……こんなところに神社なんてあったか?


 いや、ここにある以上は、あったんだろうな。やっぱ久しぶりに帰って来たから、ちょっと記憶が曖昧だ。


 まあ、その内思い出してくるだろう。


 そして、その鳥居の根元では、頭から狐耳を生やした幼い少女が、フリフリと黄金(こがね)色の綺麗な尻尾を振り、地面を木の棒で引っ搔いて遊んでいた。


 お、獣人の子供。





 いや日本に獣人いないが?


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