凛《1》
「お、帰ったか! おかえり、ユウゴ」
「……お兄ちゃん、おかえり」
バイトが終わって帰ったら、家に幼女が増えていた。
「ただいま。あーっと……いらっしゃい、リン」
とてんといった様子で床の絨毯に座り、ウタと遊んでいたのは、狐耳と狐尻尾を生やした、見たことのある女の子。
リンだった。
「……ウタ、ちょっとこっち来い」
ちょいちょいとウタを呼び、こそっと話す。
「おい、どこで攫ってきた?」
「人聞きの悪い。先程たまたま出会うての。獣人がおると思うて声を掛けたんじゃ。まあ、獣人ではなくて精霊種じゃったが。それで、お主にお礼がしたいと言うもんじゃから、儂も暇だし、連れて来たんじゃ」
「お礼? 特にそんなお礼してもらうようなことは……お菓子あげたくらいだぞ?」
「それが嬉しかったんじゃろう。あの子は、どうも長い間一人で生きておったようじゃからな。己を見て、己と話してくれる者がおる。その喜びは、お主もわかるじゃろう?」
「……そうか」
俺は、まじまじとウタを見る。
「? 何じゃ?」
「いや、久しぶりに魔王っぽいって思って」
「なっ、儂はいつでも魔王じゃ! ……いや元じゃが、心はいつでも魔王じゃ! 甘く見るでないぞ!」
心はいつでも魔王。
なかなか使い時のなさそうな日本語である。
「ということは、まだ世界征服企んでるのか」
「無論よ! お主を手駒にすることも諦めておらんぞ! 手始めにこの街を手に入れ、凡愚どもを恐怖と混沌の渦に叩き落してやろうではないか!」
「それはいいが、街を支配する前にまずはこの家の中を支配してくれな。具体的には自分一人で家事とかやれるようになってくれな」
「……そっちは鋭意努力中じゃ!」
おう、努力してるのは認めてやるよ。
そうして二人で内緒話をした後――と言っても、途中からの会話は聞こえていただろうが――、俺はリンの近くで腰を下ろす。
「遊びに来てくれてありがとな、リン。実はまたリンと会った時に、一緒に食べようと思ってた菓子があるんだが、もう晩飯の時間だから、それはまたにしようか。せっかくだし、このまま晩飯も食ってけ」
「……晩御飯、いいの?」
「おう、結構量があるから、いっぱい食べてくれよ?」
「ふむ、その美味そうな匂いをしておるのが、今日の晩飯か?」
「あぁ。家にお前がいるから、わざわざバイト先の店長が持ち帰れるものを作ってくれたんだ。感謝しろよ。その内店に連れてってやるから、礼を言え」
「まあ良かろう! お主が世話になっておる者じゃしな、同居人として、しかと礼はせねばならん」
「無駄に保護者面なのがツッコみたいところだが、そうしろ」
そう二人で話していると、リンは少し気恥ずかしそうにしながら、言った。
「……ありがと、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
俺は、ポンポンとリンの頭を撫でてやり、それから立ち上がる。
「うし、すぐ晩飯用意するから待ってろ」
「ではリン、ユウゴの手伝いをするぞ! こっちじゃ!」
「……ん!」
今日知り合ったようだが……基本的に喋るのはウタであるものの、言葉少なめなリンから上手く会話を引き出していて、それでリンも楽しそうにしており、すでに仲が良い様子である。
人たらしめ。
俺は、仲良くやっている二人の様子に小さく笑い、それから晩飯の準備を始めた。
◇ ◇ ◇
レンカさんが作ってくれた晩飯は、やはり最高に美味かった。
それはウタとリンも同じ感想だったようで、「美味い! 美味いぞ!」「…………!」と大満足の様子で食べまくっていた。
レンカさん、基本的に大量に作ってくれるので、リンが増えても量が足りなくなることはなく、ちょうどよい満腹感だ。
そうしてしっかりと食べた後に、ちょっと休憩してから、ウタが手を引いて二人は風呂に入った。
ウチの風呂、そんな広くないのだが、まあ女子二人なら問題ないだろう。きゃっきゃと楽しそうな声がこちらにまで聞こえて来ていた。
この様子だけだと、ウタもリンも、年頃の少女って感じなんだけどな。
入浴後、いつもの袴ではなく、最近買ったウタの部屋着の一つを着たリンは終始楽しそうで、ご機嫌そうに狐尻尾をユラユラとさせていたのだが……見た目通り、体力自体は子供相当のものであるらしい。
「…………」
半分くらい目が閉じており、頭をうつらうつらとさせ始めているリン。
ウチは乾燥機付きの洗濯機なので、一時間くらい待ってくれれば袴の洗濯も乾燥も終わるのだが、この様子じゃあ一時間待つのは無理そうだな。
少し考えてから俺は、問い掛けた。
「リン、親御さんはいるのか?」
「……家族、いない」
「……そっか」
精霊種だ。生まれ方からして、俺達とは違う。
そうだろうとは思ってたが、やっぱりそうだったか。
「それなら、今日は泊まってくか? その様子だと、家まで帰るのも一苦労だろ?」
リンは、眠そうに目をシパシパさせながら、こちらを見上げる。
「……いい、の?」
「あぁ。俺は、リンのことは友達だと思ってるからな。友達なら、家に泊まってくのも普通のことだろ? 勿論、リンの気持ち次第だが」
リンの顔に、少しだけ躊躇が浮かぶ。
それは、リンの人に対する印象というものを表しているようで、だが彼女は、俺を見て、ウタを見て、そして言った。
「……ありがと。泊まっても……いい?」
「おうよ。よし、それじゃあ寝る準備するか。リンも、手伝ってくれるか?」
「……ん!」
幼い少女は、乏しい表情ながらも、だが心からのものだとわかる笑みを浮かべた。