ウタの一日
感想いっぱいありがとう!!
「じゃあ、俺バイト行ってくるから。何かわかんないことあったら電話してこい。スマホの使い方はわかるな?」
「うむ! ぴぴっと押して、ぽんじゃ!」
「おう、それは全然わからんが、覚えてるならいい。あんまり魔法も使うなよ。好きにしてくれりゃあいいが、この世界は人間しかいないし、魔法も一般的には存在しないことになってるからな」
「うむ!」
「あと、飯は冷蔵庫に入ってるから。適当に温めて食ってくれ」
「わかった!」
「……お前の元気の良い返事は、なんかちょっと不安になるんだよな」
「何でじゃ!?」
そしてユウゴは、「冗談だ」と笑いながら家を出て行った。
……あの男、こちらを見た目通りの歳だと思っていやしないだろうか。全く、舐められたものである。
確かに、まだまだこの世界の常識はわかっていない。
が、己は元魔王だ。物事の道理を見抜く洞察力は、鍛え上げている。
すぐに慣れて、それはもう完全な、しがない人間の少女になる予定である。いや、すでにどこからどう見ても人間の少女だろう。角も無くせるし。
……そうするとユウゴは、血が繋がっている訳でもない年頃の娘を家に囲っている、大分アレな男になってしまうが……まあ、構わないか。
近所の誰かに何か聞かれたら、「ユウゴの妻です!」とでも答えておけばどうにでもなるだろう。きっと。
うむ、完璧な作戦だ。こんなよくわからないピコピコの……遠距離通信用装置に頼らないでも何とかなるだろう。
それにしても、このピコピコを見てもわかるのだが、この世界は本当に魔力が使われていないらしい。
前世のものとは質が違うようだが、空気中にもこれだけある魔力というエネルギーを使わず、電力だけを利用してこのような文明を作り上げるとは、果たして効率的なのか非効率的なのか。
ただ、少なくとも前世より百年は技術が進んでいるだろうか。ユウゴの話では、戦争関連の技術は一面では前世の方が優れていると言っていたが、その戦いのための技術が日常に活かされると、こうも発展するのだろう。
羨ましいことだ。
そんなことをつらつらと考えながらウタは、コントローラーを手に取り、ユウゴに教わったゲームなるもので遊び始めたのだが……。
「……暇じゃな」
ポツリと、そう呟く。
ゲーム自体は、面白い。
前世には存在しなかった娯楽だし、時間を忘れて遊べるものではあるが……ユウゴが一緒にいる時の方が楽しい。
対戦ゲームとなると、思わず熱くなって、澄まし顔でニヤニヤしている奴をぶん殴りたくなってくるが、こんなくだらないことで一喜一憂出来るのが楽しいのだ。
一人用のゲームでも、ユウゴがやっているのを横から眺めたり、自分がやっているのを横からアドバイスしてもらったりと、そうやって会話をしながら遊ぶ方がウタは好きだ。
そもそも、己はアウトドア派である。
ユウゴがいるなら家に何時間いても退屈はしないが、一人ならばジッとしていてはつまらない。
――よし、散歩にでも行くかの!
ゲームをやめたウタは、幻術の一種である『人化魔法』を発動し、額から角が出ていないことを鏡でチラッと確認すると、ユウゴが買ってくれた女性用の少しお洒落なサンダルを履き、家を出た。
空は快晴の、冒険日和である。
ウタは、かなり好奇心が旺盛である。知らないものを知ることは楽しいし、さらにここは異世界だ。
目に映るもの、その全てが新鮮で面白い。
ユウゴの家があるこの辺りは住宅街らしく、今の時間帯はとても静かで、心が落ち着く。
綺麗で、整ったアスファルト製の道路。
等間隔に街灯と電柱が並び、整えられた緑があちこちにあり、時折『自動車』なる内燃機関の移動用車両が道を走り抜けていく。
これだけ整っていると軍が展開しやすそうだな、なんて考えがふと頭に浮かんでしまった辺り、己も大分毒されていると思い、苦笑を溢す。
「……平和か」
そうして、見慣れぬ街を見て、物思いに耽りながら歩いていた時、ふと視界に気になるものが映った。
「……お? 獣人がおるではないか」
狐の獣人だろうか? 綺麗な毛並みをした、獣人の子供が一人、公園の砂場で遊んでいた。
ユウゴの話では、この世界にいるのは人間のみという話であったが……と考えたところで、ウタは気付く。
――いや、この魔力量。獣人らしくは見えるが、恐らく精霊種じゃな。
どうやら、『隠密』の魔法らしきものをパッシブで常に軽く発動しているようで、本人は特に何もしていないようだが、その姿が朧げになっている。
あれだと、ただの人間では存在にすら気付けないだろう。
精霊種には、時折そういうことがある。
魔力で肉体が構成されているため、自然と全身に魔法属性を帯びることがあり、それがあの子の場合は『隠密』なのだろう。
人間しかいないこの世界で、己を守るための防衛本能によるものか。
少し考え、ウタは精霊種の子供――凛へと近付いていった。
「こんにちは、童女よ」
すると彼女は、突然声を掛けられたことに驚いたのか、ビクンとその大きな耳と尻尾を動かし、そしてこちらを見る。
ウタの存在に気付くと、慌てた様子でわたわたと動き、その姿がウタの目にも映らなくなる。
――ほう、さらに己で『隠密』を発動したか。ここまで見事に姿を隠す者を見たのは久方ぶりじゃの。
視界では捉えられなくなってしまったが、しかしウタはその気配を正確に把握し続けていた。
ユウゴは、一段階目の、凛が常に身に纏っている『隠密』にはすぐに看破することが出来たが、二段階目となると見失ってしまった。
だがウタは、その場に残る魔力の残滓から、視界から完全に消え去っても存在を感知し続けることが出来ていた。
持って生まれた、魔力能力の差による結果である。
「まあまあ、そう警戒するな。人間種ばかりの世界故、そうして身を隠す術を覚えたのじゃろうが、儂もお主と同じ立場じゃ。ほれ、角があるじゃろう?」
「っ!」
見破られたことに驚く童女を気にせず、ウタが己の肉体に纏っている魔法を解くと、その額に美しい一本角が現れる。
「……鬼の子?」
「オニ? ……うむ、きっとそうじゃな! つまり儂らは、人間じゃない同士で、仲間という訳じゃ!」
すると、ようやく警戒を解いてくれたようで、精霊種の子供は二段階目の隠密を解き、おずおずと、そしてとてとてと近くにまで寄ってくる。
「儂はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。ウータルト――いや、ウタと呼ぶがよい! 童女よ、お主の名は?」
「……凛」
「そうか、リン。よろしくの! まー、こんな世界じゃ。お主も色々と大変じゃろう。儂は近くに住んでおる故、何か困ったら頼って来い。あそこの、あのあぱーとじゃ!」
狐の童女――凛は、まじまじとウタのことを見詰め、そして呟いた。
「……お兄ちゃんの匂い」
「お兄ちゃん? ……ふむ、もしやユウゴのことか?」
「……! お姉ちゃん、お兄ちゃんの、お友達?」
「うむ! そう、儂こそが勇者を陰から支える魔王! 勇者が世界征服を企む際、その手足となり、生活を支え、この世に混沌と破壊を齎す者なのじゃー!」
「……おー」
ばばーん、とウタが胸を張ると、何だか感心した様子でパチパチと拍手する凛。
「そういう訳じゃ。奴とは同じところに住んでおる故、何か用があるならば伝えておくぞ?」
「……お兄ちゃん、前に良くしてくれて、お礼したい」
――ふむ、なるほどの。またどこかで手を差し伸べておった訳か。
ここでも彼の善行が見え、小さく笑みを溢す。
あの者は、勇者だ。
職業がどうの、という話ではなく、その心根が、勇ある者なのだ。
困っている誰かがいれば、助けてしまう。
自然と身体が動き、見捨てられない。
面倒見が良く、敵対していた己すら受け入れてしまう度量の大きさ。
魔王たる己を倒したのは、そんな男なのである。
よく、知っている。
「ほほう、良い心がけじゃの! ……よし、リンよ。今日は何か、予定はあるか?」
「……んーん。お暇」
「ならば、我が家で共に遊ぼうぞ! そうすれば、その内ユウゴも帰ってくるからの」
凛は、少し悩んだような顔をしてから、不安そうに聞いてくる。
「……お邪魔じゃ、ない?」
「かか、そんな訳があるか。お主のような、心根が綺麗で美しい魔力を持つ者を、歓迎こそすれど邪魔などと思う訳がなかろう。実を言うと、儂も今、暇しておってな。誰かと遊べたら、その暇も解消出来るんじゃがのぉ?」
朗らかに笑いながらそう言うと、凛はジッとウタを見上げ、そして頷いた。
「……ん。お姉ちゃんと、遊ぶ」
「よーし、我が家にれっつごー、じゃ! ……ところで、れっつごーというのは、どこの言葉なんじゃろうの。お主知っておるか?」
「……知ってる。確か、めりけん語」
「ほう、めりけんなる国があるのか。お主は物知りじゃのぉ!」
「……ん。これでも、長生き」
「かか、そうかそうか。では、お主に色々、教えてもらおうかの」
「……何でも、聞いて」
まるっきり子供みたいな動作で、得意げにえっへんとポーズを取る凛の頭を、ウタは笑いながら撫で、そして彼女を連れてユウゴ宅へと戻った。
片や数百、数千年を生きる精霊種であり、片や世界の半分を支配した王であるが、二人はすぐに仲良くなっていった。