元魔王との日々《3》
我が家にて。
「……ユウゴ」
「何だ」
「儂は、この世界の面白きものに、なかなか感動しておる。人の発明は、無限大だとな」
「おう」
「この、てれびげーむというものも、面白い。前世にはなかったものじゃ。――が、ユウゴ」
「おう」
ウタは、言った。
「もっと手加減をせぬか、手加減を! こっちは、このこんとろーらーとか言うのからして、初めて触ったんじゃぞ!? 初心者をいじめて楽しいか!?」
「確かに、初心者をいじめるのは良くないな。俺もそう思う」
「じゃろう!? なら――」
「けど、お前の悔しがってる顔見ると、何だか俺……嬉しくなるんだ。おっ、レンカスペシャル決まった」
「ぬがーっ!?」
飛び道具での害悪コンボを決められて自キャラが沈み、頭を抱えて叫ぶ元魔王様である。
我が家はボロアパートで、つまり壁が相応に薄いのだが、今は結界を張れる魔道具を展開しているため、どれだけ騒いでも騒音問題は発生しない。
本来は密談用のもので、実はかなりの希少アイテムであり、間違っても騒音問題程度で使われるものではないのだが……まあこの世界で使う機会はほとんどないと思うので、良しということにしておこう。予備もあるし。
円で換算したら、多分一千万は軽く超える品ではあるが。
「おのれ勇者、やはりお主は儂の敵じゃ! そもそも、何じゃレンカすぺしゃるって!? 人名か!?」
「お、よくわかったな? 俺のバイト先の店長だ」
すると、ウタは怪訝そうな顔になる。
「ばいとぉ? つまりは非正規雇用じゃな? 何故お主程の男が、そんなこぢんまりしておる。将軍とか、参謀とか、それなりの地位で働かんか! お主程の男、魔王軍ならば即座に昇進させてやるというのに」
「で、扱き使うんだろ?」
「うむ! それはもう、血反吐を吐く程にの!」
最悪じゃねぇか。
「この世界の出世事情は、力でどうこうなるもんじゃねーんだ。それに、レンカさんの料理はマジで美味いんだぞ。近い内連れて行ってやる」
……いや、魔物討伐関連の仕事だと、出世とかも力でどうにかなりそうな気はするが、俺はこの世界でそんな戦うつもりがないので、そのことは黙っておこう。
まあただ、あそこで働けば死ぬまで食いっぱぐれないだろうな、とは正直思っているので、そういう意味では心に余裕を作ってくれている良い仕事かもしれない。
森の蜘蛛どもと、ウタの件で、すでに数百万稼いでるしな。ウタの件はなんか、これで金貰うのは若干詐欺っぽい気がしなくもないが、しっかり振り込んでくれていた。ありがたい限りである。
……ん、なるべく仕事が来たら、断らんようにするか。
「言ってるだろ。俺はなるべくのんびりしたいんだ。出世して大量の仕事に追われるよりは、程々の仕事で、こうしてお前をボコって悦に浸ってる方がいい」
「いや良いこと言ってる風で、後半最悪なんじゃが?」
「俺元勇者だから、元魔王を倒すのが天職だし」
「百歩譲ってそれは良いとしても、倒し方がみみっち過ぎんか!?」
対人のゲームって、極めるとそうなってくるんで。
つっても、俺も正直、飛び道具系のキャラは好きじゃない。面倒くさいし、ランク戦とかでそれが出て来るとイラっとする。
が、友人と遊ぶ時は、むしろそういうキャラの方が使いたくなるのである。多分、レンカさんも同じ気持ちだったのだろう。
「ぐ、ぐぬぬ……ユウゴ、お腹空いた! ご飯!」
「子供か。……まあ、確かに良い時間だな。何食いたい? ラーメンか炒飯。他のでもいいが、その二つだと早いぞ」
「んー……らーめん!」
「オーケー、ちょっと待ってろ」
「ありがとー」
さっきまで怒ってたくせに、緩い感じで礼を言うウタに俺は小さく笑い、飯を作り始めた。
◇ ◇ ◇
ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。
改め、ウタ。
彼女は、前世では見なかった床に直接座る形式の、背の低いテーブルに頬杖を突きながら、勇者――いや、元勇者のことを見ていた。
ユウゴ=ミナギ。
前世において、魔王軍に多大な被害を及ぼし、最後には単身こちらの陣地の奥深くまで乗り込んで、己を殺した男。
彼によって倒された同胞は数多くいたが……正直なところ、ウタは前世においても彼に対して悪い感情は抱いていなかった。
死した同胞には悪いが、むしろ、ユウゴには親近感すら覚えていたと言えるだろう。
敵同士という関係ではあったが、長過ぎる戦争に嫌気が差し、どうにかしてそれを終わらせようと足掻いた、同志。
しかもユウゴは、あの世界に縁の無い、召喚された存在であるにもかかわらず、人間達の苦悩を放っておけず、血と泥に塗れながら戦争を駆け抜けていた。
彼とは数回殺し合った経験があるが、ずっと大した男だと、そう思っていたのだ。
――なるほど、こんな男じゃったとはのぉ。
エプロンをして、手際良く調理を行っているユウゴ。
前世で見た時は、擦り切れたような、尖った気配を纏っていることが多かったが……多分、こちらが彼の、本来の姿なのだろう。
あと、自分の知っている姿より、少し若返っているようだ。話を聞く限り、向こうの世界に召喚される前と同じ日時に戻ってきて、肉体もその時のものに戻ったらしい。魔力だけは全盛期のままだったようで、謎だと言っていたが。
筋肉も落ちたというか、鍛えた分が全部無くなったようなので、つい昨日も部屋で筋トレを行っていた。
のんびりしたいなんてよく言っているが、やはり衰えたのはちょっと許せないようだ。
己も、前世と比べると考えられないくらいに弱体化してしまったので、力を取り戻したいという思いはあるのだが……正直なところ、程々で良いとも思っている。
人間しかいないというこの世界にて、もう、己が魔王として立つ日は二度と訪れないのだろうから。
――何の因果か、死して終わったはずの生に新たなる道が生まれ、こうしてユウゴの世界で生きることとなった。
死した時には己の全てをやり切ったつもりであったが、こうして生が繋がってしまった以上、前世に未練がないと言ったら、嘘になる。
己が率いた魔王軍のその後は気になるし、放っておけば勝手ばかりする魔族達がちゃんとやれているのか、心配は尽きない。
だが、もう、己は死んだのだ。
出来ることは何もない以上、後のことは……少し前にユウゴが言っていたように、皆を信じて、任せるしかない。
ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストもまた、魔王としての生を忘れ、新たな生を生きねばならない。
何もわからぬ、道理すらわからぬ世界であるが……ただ、一つ、やりたいことは見つけたかもしれない。
この、ユウゴという男を、もっと見てみたい。
面倒そうな顔をしながらも、頼られたら放っておけない、殺し合った相手すら拾ってしまうお人好し。
言動の節々から、やはり勇者だなと感じるこの男を、隣で見て、生きること。
それは、何だかとても楽しそうだと、そう思ったのだ。
そもそもユウゴには、恩がある。
何もわからぬこの世界に割と参っていた時、ユウゴが現れ、彼の姿を見ていったいどれだけ安心したことか。
まさか魔王までやっていた己が、あんな心細い経験をする日が来るとは思わなかった。そこにユウゴが来て、家に住まわせてくれて、食事も毎日用意してくれて。
これはもう、己の名に懸けて恩を返さねば、元魔王の名が――いや、それ以前に女が廃るというものだろう。
おかしな形で始まった共同生活だが……ウタは今、前世の生では感じたことがない程に、ワクワクしていた。
「うし、出来た。ほら、野菜ニンニクマシマシ肉多め味噌ラーメンだ。女子は嫌がりそうだが、お前はむしろ好きだろ」
「ほほぉ、よくわかっておるではないか! うむうむ、最高に美味そうじゃ!」
「ほら、食べる準備手伝え」
「うむ!」
ま、先のことは、また先に考えればいい。
命は長い。ゆっくりと過ごしながら、生きることを模索していけばいい。
それよりも今は、ユウゴが作ってくれたこの料理を楽しむことの方が、優先である。
きっとそれが、彼が求めるこの世界での生き方なのだから。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
言い慣れてきた言葉を言いながら、まだまだ慣れないながらも、ほんの少しだけ使えるようになった箸を手に取り、ウタはラーメンを食べ始めた。
その様子を、ユウゴは少しだけ嬉しそうに眺め、それから己の分のラーメンを食べ始めた。