悪意《2》
――二時間程走ったところで、岩永が走らせる車は停止する。
この先私有地、という看板が立った、分厚く古びた門。
森の中を行く道で、まだ昼なのだが薄暗く、キョウがかなり苦手なホラー風味がひしひしと感じられる。
いや、けど幽霊がダメなだけで、ただの暗闇はキョウ、別にそんな怖がったりしないし、今日は人も多いから問題ないかもしれない。いつか、土蜘蛛の軍団と戦った時は暗い中森を歩くことになったが、その時も緊張していてもそこまで恐怖を覚えてる感じはなかったしな。
そう、現地にはすでに、他の者達がいた。
「来たの」
待っていたのは、ツクモ。
そして、その部下らしき数人と――メイド服を着た、狐面を被った一人の女性。
全員、精鋭だな。
「ツクモ、敵は同じとはいえ、儂らを呼んだんじゃ。当然報酬は出るんじゃろうな?」
「くふ、勿論よ。西――じゃなかった、謎のメイド仮面X」
謎のメイド仮面X。
……俺達から顔を隠そうとする、ツクモの部下の女性。
そしてこの、魔力の質。
もしかして……い、いや、向こうが素性を隠したいなら、あえて暴くこともないか。
ちょっと話をしてみたいところではあるんだが……。
すると、メイド仮面は傍らから通帳らしきものを取り出し、無言でこちらに手渡した。
「そこの犬っころ……今は宇月であったか? も合わせ、まず一人頭三千万。計一億二千万。今回の作戦で鵺に関する重大な情報を得られた場合、成功報酬としてさらに倍。別で功があった場合は交渉も受け付けよう。あぁ、その口座は足が付かんから好きに使え。今後も何か仕事をしてもらった際には、そこに振り込むことになる」
……もう、広い土地でも確保して、そこに俺とウタが多少本気出しても問題ないような、魔法訓練場でも建てるかな。いやいらねぇか。
「俺にとっても鵺は敵だし、別に、報酬貰わんでも仕事はしたが……」
俺の言葉に、ウタが軽く小突いてくる。
「阿呆、こういうのはケジメが重要なんじゃ、ユウゴ。どこからが仕事、という線引きをしておかんと、なあなあになって後にしこりを残すことになる」
「その点は妾も同感であるの。友好とビジネスの差はしかと付けねば、互いに良くないことになるものよ」
「わ、わかった。……んじゃ、そこんところはお前に任せるよ」
「うむ、任せよ。お主の足りんところを補うのは儂の役目じゃ」
すると、ちょっと意外そうな顔でこちらを見てくるキョウ。
「……優護が叱られてるとこ見んの、なんか新鮮だな」
「此奴は、基本的に甘いからの。……いや、というより、これ、と一度決めると、他はこだわらん。ユウゴの中で、『ヌエ』を討滅することは決定事項じゃ。誰に何を言われようと、必ず行う。故に、ツクモ達からの仕事の依頼は、その手助けの一つとなる故、報酬を貰う対象ではないと考えておるんじゃろう」
「くふ、確かにそういうタイプであろうな、海凪優護は。意思の固い者は、得てしてそれ以外にこだわらず、前しか見ぬものじゃ。シロとよく似ておるよ、貴様は」
……二人の言う通りなのかもしれない。
鵺は、敵だ。
すでに因縁が生まれ、その存在を許容出来ない以上、斬らねばならない。
ならば、誰が何を言ってもそれはするつもりだし、にもかかわらずそれに関連して報酬をもらうとなると、ちょっと……という思いがあることは確かだ。
「俺は、普通の一般人なんだ。そんな額をもらっても、どう使えばいいのかって悩むんだよ。なぁ、キョウ」
「優護が一般人かどうかはおいておくとして……そうだな。言いたいことはわかるぜ。あたしも、この仕事を初めてから結構な報酬をもらってるが、使い道がなくて貯まってく一方だしな」
「ふむ、金の使い道に困っておると。ならば妾の会社に投資するといい! しかと金額分の見返りはあるぞ」
「何の会社だ?」
「表向きは探偵会社であるが、その実態は、日ノ本を中心とした裏社会の情報収集機関! 『黒狐』の下部組織、『百智』! あらゆる裏社会の生の情報を、随時お届けよ!」
ちょっと有用そうで微妙に悩むんだが。
「ほう、お主の持つ情報網の一端か。悪くないの。考えてやってもよい。具体的なところを後で聞かせてもらおうか」
「くふ、やはり説得すべきは貴様か。良かろう、この仕事が終わった後、妾が直接プレゼンテーションしてやる。ちなみに今だと、特典として違法ツールハッピーセットも付けてやろう!」
「いらんわ」
「それもはやアンハッピーセットだろ」
「今ならもれなく、違法ツールアンハッピーセットを三名様にプレゼント!」
「人数分用意しなくていいから」
「……あたし、ツクモってもっとこう……いや、何でもない」
「……クゥ」
「やかましい、犬っころ。貴様は今は、海凪家の飼い犬であろう。ならば口を挟むでないわ」
あぁ、宇月とシロちゃんには親交があったみたいだし、ならツクモともあるか。
……岩永がなんか緩いのって、意外とツクモの影響があるのだろうか。隣のメイドはメイド仮面だし。
そんなことを話しながら、準備を終えた俺達は、突入を開始した。
◇ ◇ ◇
どうやら、門から先は結界が張ってあって、侵入者をすぐに感知可能な造りになっていたようだが、それはすでにツクモ達の手によって解除されていたようだ。
また、共に進むツクモの部下達だが、特殊事象対策課だとバックアップチームに当たる存在のはずだが、コイツら、最低限だが魔法を扱えるだけの魔力が全員にあるようだ。
身体強化魔法なら、ある程度行使出来るんだろうな。
ただ、その中でもやはり岩永と、あとメイド仮面Xだけは飛び抜けている。
岩永が強いことはとっくに知ってたが、レンカさんの母――オホン、メイド仮面も、同程度には戦えるのだろう。
レンカさんの魔力量自体は、純人間よりは多いが一般的な範疇に留まっていたのに対し、この人の方はハッキリと多い。戦闘用に、相当鍛えたのだということがわかる。
人間じゃない血が混じっている以上、本気で鍛錬を重ねれば、相応の実力が身に付くんだろうな。
そうして、ツクモ達と共に山道を進んでいく内に、目の前に現れる建造物。
レンガ造りで、あちこちに蔦や草が生い茂っており、外観だけ見れば放棄されて長いことが窺える。窓は幾つも割れており、まさに廃墟そのものだ。
ただ、通り道だけは、割と綺麗にされているのがわかった。というより、人通りが絶えていないから、草が踏み固められている、といった印象だ。
なるほど、確かにこの施設は、まだ稼働中であるらしい。
突入部隊は、ツクモとメイド仮面を除いた全員。俺とウタがいれば中の戦力は十二分に足りるだろうという判断で、二人は出入り口付近を固め、外から状況の変化を窺う役目だ。
ゲームとかだと、何で二手に分かれる? みたいな場面があったりするが、退路の確保は、かなり大事なんだよな。戦力を集中させてても、退路がないせいで囲まれて全滅、というのは戦場だと時折あることだ。
「キョウ、気ぃ抜くなよ」
「キョウ、儂らがおる。必要以上に緊張せんで良いからな」
「お、おう。……アンタらって、意外と過保護だよな。いやまあ、あたしが弱いからなのはわかってるから、油断はしねぇよ。二人を、ちゃんと見てる」
「フフ、そちらは問題なさそうだ。――では、行くぞ」
俺と岩永を先頭に、内部への侵入を開始し――変化は、すぐにわかった。
へぇ……ここ、ちょっと面白いな。
魔力によって空間が変質しており、つまりダンジョン化しているということなのだが、元の通常空間とも大きく繋がったままになっているのがわかる。
半ダンジョン、と言うべきだろうか?
完全な異空間にはなっておらず、しかし見ればわかるのだが、廊下一つ取っても空間自体は拡張されている。これは、外から見た以上に広そうだ。
手前から幾つか部屋があるので、順番に見ていく――前に、俺は緋月を構える。
現れたのは、恐らく番犬。
いや……番熊。
だが、当然ただの熊ではない。
まず、首元に植え付けられている、剥き出しの機械。そこからチューブやら何やら飛び出て、全身の肉にぶっ刺さっており、拒絶反応でも出ているのか、常に体液が流れ出ていて、酷い臭いだ。
……いや、コイツ……死体か。淀んだ魔力で、瞳に生気が感じられない。バ〇オハザードに出て来ても違和感ない気持ち悪い敵である。
その姿を視認した瞬間、即座に俺は排除に動き出し――が、俺より機敏に、宇月が動いていた。
向こうが通路へ姿を現すのとほぼ同時に、彼はすでにその懐に入り込んでおり、低い姿勢から一息に片足を食い破って、熊の体勢を崩す。
そうなれば、もう簡単だ。
突然の攻撃で、全く迎撃態勢を取れていない機械熊の頭部から胴体の中程までを、一太刀で斬り裂く。
普通ならもう動かないが、ただあの鵺の用意した門番だ。何が仕掛けてあるのかわからないので、一応もう一刀放ち、十字の形に身体を捌く。
ボトボトと肉が崩れ落ち――ん、大丈夫そうだな。
何も出来ず、出オチで機械熊は、動かなくなった。
「はは、ナイス、宇月」
口から血を滴らせながら、プッと食い千切った肉を吐き出す、ワイルドな宇月を軽く撫でてから、俺は隣の岩永へと声を掛ける。
「さて、これで多分、俺達の侵入はバレたな」
「うむ、迅速に行動する必要があるが……」
岩永は、機械熊の死骸の検分を始めたウタを見る。
「……ウタ、何してんだ?」
「キョウ、死体とは情報の塊よ。――ふむ、此奴、本来はただの熊じゃな。恐らくは、後天的に魔法能力を付与しようとした実験体じゃろう。侵入者の排除という命令を聞かせるところまでは、上手くいったようじゃな。……世界が変わっても、同じことを考える馬鹿者はおるらしい」
後半の部分は、俺にしか聞こえなかっただろう。
……なるほどな。向こうで同じことをやった奴を知ってるのか。
「ユウゴ、このタイプの敵の弱点は、これよ。わかるか? 魔力の受信機じゃ。これがなければ、此奴らは動けん。死体が動いておるように見えても、アンデッドとは造りが違う。弱点を突かれんよう大分散らしておるがの、お主ならば見抜けよう」
「了解、次からはそこを斬ろう」
「イワナガとやら。受信機があるということは、送信機もあるということ。当然、儂ならばそんな大事なものを無防備にはしておかんし、であればそこにはそれ相応の重要な設備、情報があるはずじゃ」
「理解した。それを念頭にここからは行動しよう」
「ウタ、熊から辿れるか?」
「大元を隠すため、中継器を用意して誤魔化しておる可能性もあるが――」
ウタは、人差し指を立てた。
「上じゃ」
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