悪意《1》
――約束の日。
俺達の家の前に、一台のバンが止まる。
「お、来たか。んじゃ、行ってくる」
リンと華月、さらに鯉達に見送られ、俺とウタ、そしてキョウと宇月はバンに乗る。緋月は「なう」とだけ鳴いて身体を消した。コイツ車が嫌いなのだ。
中は改造されており、まず窓は全てスモークガラスになっていて、映画とかで時折見るような、スパイとかが使ってそうな造りになっていた。車検通んないだろうな、これ。まあ多分、この車自体相当法を誤魔化して入手していると思われるので、そもそもの話ではあるだろうが。
結構広く、俺達三人とデカい宇月がいてもまだ少し余裕がある。
あんまり車に詳しくないから知らんが、バンというか、小型キャンピングカーって言った方が近いのか? もしかすると。
「おぉ、カッコいい。特殊作戦用って感じがバリバリするな」
「ツクモ様がこういうの好きでな。半分くらいあの方の趣味だ。と言っても、実用的には作ってある故、実際結構重宝している」
運転手は、岩永。多分、ツクモの組織で俺達に対応するのは、これからも彼になるのだろう。
「……なんか、当たり前のように付いて来ちまったが……ツクモの組織の人、なんだよな……?」
「そうだぞ、キョウ」
「そうだ、清水杏」
「つまり、テロリスト、なんだよな?」
「おう」
「全くもってその通りだ、清水杏」
そういやキョウは、岩永を知らないのか。
第二防衛支部が襲われ、岩永達と共に助けに入った時も、コイツらなるべく正隊員とは関わらないようにしてたっぽいからな。
「……そうか。まあ、優護が信用してんならそれでいいか。つか、何で二人はそんな恰好なんだ。なんかこれ、あたしだけ気合入ってる奴みたいじゃねぇか」
キョウは、特殊事象対策課の戦闘服。
俺はジーパンにティーシャツ。ウタも似たような感じだ。
「いや俺ら、お前みたいな戦闘服なんて持ってないし。そもそも物理的な防護は、俺達にはあんまり意味を成さないから、それよりは身軽に動ける方がいいんだよ」
俺達は防具を全く身に付けない。
というか、向こうの世界だと、防具はあんまり……という感じだった。
勿論一般兵は、軍人らしい装いをしていたが、やはり魔力があるため、極まってくると生身で鉄より硬いし、だが鉄くらいなら余裕で斬り裂ける攻撃力を持つ強者がそこそこいたため、重い防具を着けるより身軽に回避出来る装いの方が好まれていた。
防御力より攻撃力の方が高い、ということの方が多かったから、どこも「じゃあさらに固くなろう」ってより、「じゃあそれを避けられるようになろう」って考えが自然と広まっており、機動力重視がセオリーだったのだ。
固いけどそのせいで足が遅い、っていうのは、ただの的だからな。
なお、ウタは除くものとする。
「けどお前はダメだぞ。ちゃんとその戦闘服着とけ。あと、以前俺がお前にあげた、身代わりのリング。持ってるな?」
「ん、あぁ。ほら」
身代わりのリング。
以前『五ツ大蛇』討伐の際に彼女にあげた、一度なら致命傷を肩代わりしてくれる指輪。
今回は敵が敵だからな。今のキョウなら、多少難しいところに連れて行っても戦力になるだろうが、それでも保険は欲しい。
ウタとも少し話したが、実際キョウは実力自体は結構ある。足りないのは判断力――つまり、経験だ。だから、こういう時は積極的に連れて行くことにした。
それが結果的に、彼女の身を守ることにもつながるだろう。
「良し。今回は敵が敵だ。俺らもいるとはいえ、警戒するに越したことはないからな」
「……あたしも来て、良かったのか?」
「お前に足りないのは経験だからな。経験値をくれる敵がいるなら願ったり叶ったりだ」
「クク、古来から日本で暗躍している者を相手に経験値と言い切るのは、流石だな」
「正面から当たることが出来るのなら、敵じゃないからな。ツクモだってそうだろ」
鵺が厄介なところは、搦め手ばかりで、その正体が掴めないところだろう。
正面から一対一。そうなった時に負ける気はしない。だが鵺は、一対一にならないよう立ち回る。
そういう印象だ。己の強みというものを、よく理解していると言っていいと思う。
「ほれキョウ、そう緊張するな。この飴でも舐めておけ。糖分は、意外と馬鹿にならんぞ。栄養補給は軽視されがちじゃが、効果的な戦闘を行う上でかなり重要な要素じゃからな」
「いやあたし、出る前にウタの料理しっかり食って栄養補給してるが。……でもまあ、貰っとく。あんがと」
「そこの下の棚に菓子類が入っているから、好きに食べてくれていいぞ」
「この車、普段からアンタらが使ってるんだよな?」
「悪党でも腹は減るし、菓子は食いたい。そういうことだ」
「…………」
何事か言いたげな様子のキョウだったが、何も言えずに口を閉じる。
気持ちはわかるぜ。
「あと、詳細を話しておけとツクモ様から仰せつかっている。これが、現在わかっている情報を纏めた資料だ。食べながらでいいから目を通してみてくれ」
岩永が運転しながら渡してきた資料を受け取ると、ウタとキョウが俺の左右から覗き込んでくる。
これから向かう先は、どうやらとある研究所跡地のようだ。
元は、特殊事象対策――というより、『旧家』と呼ばれる陰陽大家が所有する研究所の一つだったようだが、事故があったらしく昭和中期に破棄。
その後、建物は解体されたと記録に残っていたようだが……。
「解体されてなかったのか?」
「そうなるな。と言っても、そう珍しいことでもない。『退魔師』以前の陰陽師どもは、総じて秘密主義の根暗どもだ。手の一つや二つ、隠したがるのはよくあること故、大方、これ幸いにと何か秘密の研究でもしていたのだろう」
おっと、珍しく岩永が毒吐いたな。
何か思うところがあるのだろうか。
「問題は、その秘密の研究所が、我々のスカウト部隊が秘密裏に調べた時には廃墟と化しており、そして濃密な鵺の魔力が漂っていたことだ。そちらのウータルト殿が、スーパーボールに込めてくれた鵺の魔力と、同じ質の魔力がな」
「……いつの間にか、研究所が乗っ取られてたってことか?」
「どうやらそういうことらしい。そして、元の所有者の一族は、現在遠い分家を残して没落している。つまり、情報の断絶があるのだ。いつまで秘密研究をやっていて、いつから廃墟と化し、そこにどう鵺が関係あるのか、全くわからない。故に今からそれを調査する」
……なるほど。
「鵺の痕跡があるのはわかった。けど、そこが今も拠点の一つだって判断した理由は?」
「どうやらその廃墟、現在も稼働中のようだ。電力の使用が確認されている」
まだ使われている廃墟か。それはそれは、怪しいもんだな。
「罠の可能性は?」
「十分にある。だから万全を期すため、今回声を掛けさせてもらった」
すると、ウタが意外そうな表情を浮かべる。
「ふむ……ちと意外じゃ。この段階で儂らを呼ぶのか。ツクモは結構慎重なんじゃな」
「フッ、勘違いされがちだが、ツクモ様はまず計画ありきで動く人だ。大胆なのは、昔からシロ様の方だと聞いている。いつか、『彼奴、人間どもと共におる時は、良き母みたいな顔をして大らかなくせに、妾とおる時はわんぱく小僧みたく突っ走るのよ。妾が後始末するものじゃと思うておるからの』と愚痴っていた」
あー……そういう感じはあるな。
ツクモは計算高く、要領良くやっていくイメージだが、意外とシロちゃんなんかは、その場の直感に従って動いて、大成功する時もあれば大失敗する時もあるような、そういうイメージだ。
相変わらず仲が良いことで。
「だからこそ今回、ツクモ様は君ら一家に声を掛けたのだ。罠の可能性もあり、何が起こるかわからない以上、万全の態勢で挑めるようにと」
「かか、うむ、よくわかっておるな! 我らミナギ一家がおれば、何が出て来ても鎧袖一触よ!」
「……一家」
「ウィゼーリア一家でもいいぞ」
コイツの名前、ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストの中で、実は家名の部分は『ウィゼーリア』だからな。
ウィゼーリア家で、王位を継いだので国名の『アルヴァスト』が後ろに付いた、という感じだ。
「ま、お主が『ユウゴ=ウィゼーリア』と名乗るのも良いがの! 日本で生きるなら、ミナギよ! ミナギウタ! 良いじゃろう?」
「……良いけど」
俺がそう答えると、ウタはにひー、と笑みを浮かべ、こちらに一歩身体を寄せる。
……お前はいつも、本当に良い顔で笑うよな。
「……海凪杏」
「? 何だって?」
「なっ、何でもねぇ」
「まあ好きに名乗ってくれていいが、田中さんがいる時は勘弁な。ぶっ殺されそうだ」
「聞こえてんじゃねぇか!? アンタいっつもそれやるよな!?」
照れ隠しにパシパシ叩いてくるキョウだった。
お前は一々可愛い奴だな。
宇月が、「まあまあ、落ち着きなさい」と言いたげな様子で、ポンとキョウの膝に前足を置き、キョウは心落ち着かせるように宇月のモフモフに顔を埋めた。
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