スポーツの夏《2》
勝負は、白熱していく。
「審判! 今のは!」
「魔法の禁止はルールにない。フェアプレーだ」
「なーっ、おかしいじゃろ!? おい審判、贔屓は良くないぞ!」
「クックックッ、審判はいつでも公平だ! 変なイチャモンを付けるのはやめるんだなぁ! つか、そっちだって散々魔法使ってるだろ! 宇月が風魔法使って毎回シュートコースを調整してあげてんの、気付いてんだからな! おう宇月、顔反らすな!」
「違いますー! 儂らの地力でごーるしてるんですー! のう、お主ら!」
「いやさっき思いっ切り枠から外れてたのに、グオンってカーブしてゴールしてたが!?」
「秘儀、どらいぶしゅーとじゃ!」
「やかましいわ!」
「……宇月君、僕の時は絶対にフォローしてくれないんだけど……」
「クゥ」
「……玲人お兄ちゃんは男の人だから、自分でどうにかしろ、だって!」
「う、うーん、そっかぁ。何だかちょっと、嫌われてる気がするねぇ」
「自業自得だろ。宇月はアンタの数十倍生きてんだ。もうすでに見抜かれてんだろ、その性根を」
「はは、手厳しいねぇ、清水君。ズバリと思ったことを言ってくれるようになって、君と少し仲良くなれたようで僕は嬉しいよ!」
「ぶっ飛ばすぞサイコパス野郎」
「……アスカイさん、ニホンにおける魔法社会では、あの子達のような存在は、一般的なのでしょうか?」
「いいや? 全然ですねぇ。いない訳じゃないけど、人間を警戒して表に出て来ないことの方が多いです。けどこの子らには、海凪君とウータルトさんがいるから、何があっても大丈夫だと、そう判断しているのでしょう」
「……ん! お兄ちゃん達と一緒なら、どこでも大丈夫! 何があっても、きっと助けてくれるから!」
「勿論だ、リン! が、今は勝負の途中! 敵である以上、容赦は出来んな!」
「……あっ、お兄ちゃんにボール取られたぁ!」
「ミナギさん、パス!」
「お、いいぞ! 行け、エミナ!」
ボールを受け取ったエミナは、積極的には動かずとも、ちゃんとゲームに参加していたイータの前へと行き――。
「さあイータ、いいですか? 私は主人で、あなたは従者。言いたいことは、わかりますね?」
「……はい」
「んなっ!? おいエミナ! それはずるいぞ! イータも何当たり前のようにぶろっくを諦めとるんじゃ!」
「すみません、私は……聖女様には逆らえないのです……!」
「ふふふ、良い子です、イータ」
「聖女が全然聖女じゃないパワハラをしてる件について。けどいいぞ! そのまま突破だ!」
「任せてください! ええい!」
聖女がシュートしたボールは――しかし、全く見当違いの方向へ飛んでいき。
本来なら絶対にゴールにはならなかったのだが、どうも気を遣ったらしい宇月の風魔法によって、見事ゴールしたのだった。
「……ふふふ、まあ私に掛かれば、こんなものです!」
「いや何得意げにしとるんじゃ! おい宇月! お主儂らの仲間じゃろう!?」
「……クゥ」
「残念だったな、ウタ! 宇月は、意外と女性に甘いタイプなのだ!」
「お主と一緒じゃな」
「……お兄ちゃんと一緒だね!」
「間違いねぇな」
「やっぱりペットは飼い主に似るんだねぇ、優護君」
「えっ、お、おう……そ、そうか……?」
何も言えなくなる俺を見て、華月とレイトが、同時に俺の肩をポンポンと叩いた。
堅物と言っていいだろう田中さんが、ほんの少しだけ肩を震わせ、こちらから顔を背けていたのが印象的だった。
◇ ◇ ◇
なかなか楽しい時間だった。今日一日で、大分スポーツを堪能したと言っても良いのではなかろうか。
バスケ以外にも色々やった。バレーだったりフットサルだったり。リンと華月が殊更楽しんでいて、元気いっぱいに動き回っていたのが何よりも嬉しかった。
ん、この子らが喜んでくれたのなら、それだけでわざわざこの場所を借りた甲斐があったな。
我が家の庭だったらそんな苦労せずとも良かったが、バスケとかやろうとしたら、流石にちょっと狭いからなぁ。
そんな訳で、今日は朝から長時間運動し続け、良い時間になったので、昼食を食べることにした。
ここは訓練場だからな、午後の長い時間を取るのは流石に特殊事象対策課の正隊員達に申し訳ないので、午前だけ借りていた訳だ。
「さ、お弁当作ってきたから、みんなで食べよー」
「――にゃ!」
「おう緋月、飯時になったらしっかり出て来たな」
「わかりやすい奴だなぁ、緋月は」
「にゃあう」
「ふふ、緋月ちゃんが私の料理を気に入ってくれているようで何よりだよ」
「悪いのぉ、レンカ。全て作ってもろうて……」
「いやいや、なんか出しゃばっちゃったみたいで私の方こそごめんね。今、お弁当を勉強してるんでしょ? 優護君が、『アイツはいつも俺達のことを考えてくれてる』って、嬉しそうに褒めてたよ」
「ほほぉ? 優護が、のぉ?」
「……さーて、お前ら飯の準備だ! レンカさんのごはんだ、美味しくいただこうぜ!」
田中さん、レイト、エミナとイータ達は、もういない。多分、俺達に気を遣ってくれたんだろうな。
キョウのこともあるし、実は田中さんは呼びたい思いがあったのだが、どうも本当に仕事が忙しい中で俺達に付き合ってくれていたらしく、流石にこれ以上時間を取るのは申し訳ないだろう。
場所は、訓練場から移動して、ビルの休憩室の一つ。
レンカさんが作ってくれたお弁当の準備をした後、皆で「いただきます」と声を揃え、食べ始める。
「……ん、漣華お姉ちゃんのお弁当、とってもとっても美味しい! あ、勿論お姉ちゃんの料理も、いっつも美味しいよ!」
「いや、そう気にせんでえぇ。儂もレンカの料理に及ばんのは自覚しとるでな。うーむ、玉子焼き一つとっても、儂のより美味いな……違いは味付けか……?」
「ふふ、ま、私もそれで生計立ててるからね。今日の料理の味付けの仕方とかは、あとで教えてあげるよ。使ってる調味料とかね」
「うむ、是非頼む!」
「……その、漣華さん、あたしも一緒に、教えてもらってもいいか……?」
キョウの言葉に、ニヤリと笑みを浮かべるレンカさん。
「いいよぉ。優護君に美味しい料理を作ってあげたいんだね?」
「いっ、いや、別に、そういう訳じゃ……、み、みんなに美味しいごはんをあたしも作ってあげたいだけだから! 凛とか、ウタの料理食ってる時、すげぇ幸せそうな顔してるからさ。毎日そんな顔をさせてあげたいって思うだろ、そりゃ」
「……ごはん食べる時は、いっつも、しあわせ~、だよ!」
「ほう? ごーやが出た時もかの?」
「……ゴーヤ以外の時、しあわせ~、だよ!」
俺達は、同時に大口を開けて笑う。
「あっはっはっ、ゴーヤは苦いもんねぇ。ま、それもその内、美味しいって思えるようになる日が来るさ。コーヒーとかと一緒でね」
「……杏お姉ちゃんも、コーヒーは苦手だもんね!」
「嬉しそうにすんな、嬉しそうに。あたし、カフェオレは結構好きだからさ、この前ウタが出してくれたブラックも飲んでみたんだが、やっぱどうしても苦くてな……」
「レンカさんのコーヒーはマジで美味いぞ。コーヒーって、こんなに味に差があるものなんだなって実感したわ」
「まあウチの店、これでも喫茶店だからねぇ。美味しいコーヒー出せないと、お店潰れちゃうよ。みんな、近い内、優護君と一緒においでよ。歓迎するから」
「うむ、レンカの店は、落ち着いていて良いところじゃぞ! 落ち着き過ぎて客が少ないようじゃが」
「忙しいと面倒くさいからね」
「とても店長の発言とは思えないですね」
「店長も仕事が面倒くさい時はあるし、のんびりしたいんだよ」
さいで。
「……ん! 漣華お姉ちゃんのコーヒー、凛も飲んでみたい!」
「おう凛、どうせ無理して飲むことになるんだから、あたしらのをちょっと飲んでみるだけにしな」
「……むむむ、そんなこと、ないもん。凛も、しっかりお姉さん」
「お姉さん、からあげ食べるか?」
「……わーい、からあげさん!」
そんな無邪気な凛に、また皆で笑った。
俺達の横では、緋月がご機嫌に自分の皿によそわれた昼食を食べ、伏せ状態の宇月がパクリとからあげをつまんで小さく笑みを浮かべ、動き疲れたらしい華月がその背中に乗っかって眠っていた。
良い夏の一日だった。