元魔王との日々《2》
なろうに投稿を始めてから結構経つんだけれど、実はジャンル別ランキングとかでも、一位取ったの初めての経験だったりします。お読みいただき、本当にありがとうございます……シンプルにクソ嬉しい。
「――いいか、俺の言葉を復唱するように。私は魔族ではなく、人間です」
「私は魔族ではなく、人間です!」
「異世界? そんなものは知りません」
「異世界? そんなものは知りません!」
「魔法はちょっとだけ使えます」
「魔法はちょっとだけ使えます!」
「よし、これらの基本設定だけは忘れるな。それ以外で困った質問をされたら……まあ俺が何とかしよう」
「ほんに人間しかおらんのじゃな、お主の世界は」
「そうだ。ボロが出るとマズいから今日は大人しくしてろ。あと、人間の姿になれるって言ってたが、今見せてくれないか?」
「いいぞ」
ウタが頷いてすぐだった。
彼女が少しだけ魔力を練ったかと思いきや、見ている目の前で額の一本角が消えていき、ただの人間の少女のような姿になる。
おぉ……元々ウタが持つ魔族っぽい特徴は角くらいだったが、これなら完璧だな。
「どうじゃ、これならば問題なかろう?」
「あぁ。魔力消費は? 今のお前、相当消耗してる状態なんだろ?」
「この程度幾らでも、と言いたいところじゃが、今の儂では三日くらいが限度じゃろうな。困ったものよ」
「わかった、覚えとく。とりあえず今日のところはそれで頼むわ」
「任せよ」
――そう、今日、例のビルにウタを連れて行くことにしたのだ。
何もなかった、で誤魔化して終わりにすることも考えたが……金を貰って仕事を引き受けた以上は、あんまり適当なことをするのは、ちょっとな。
まあ、異世界関連とかは一切説明しないし、ウタの面倒をしばらく見ると決めた以上、おかしなことをしてきたらこっちも相応の対処をするつもりではあるのだが、田中のおっさんはそこまで短絡的な人ではないだろう。
と、そうしてウタと相談していると、家のチャイムが鳴らされる。
返事をして、すぐに出ると――そこに立っていたのは、キョウ。
「よう、キョウ。来るとは聞いてたが、学校はいいのか?」
「今日は休日だぞ」
あれ、そうなのか。
微妙に呆れたような顔で俺を見た後、キョウはそのまま部屋の中へと視線を送る。
「……で、そこの子が?」
「はい、私は魔族ではなく、人間です!」
「は?」
俺は吹き出した。
「あー……そ、そうか。えっと、名前を聞いても?」
「うむ、儂の名はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト! アルヴァスト魔国を治める――おっと間違えた。えー、私はしがない人間の少女です!」
「ウタ、お前もう黙ってろ」
「何でじゃ!?」
コイツ、さては魔王としての仕事以外、実はポンコツであらせられるな?
ちなみに、ウタは今普通に日本語を話しているが、それは左耳に付けたイヤリング型魔道具のおかげだ。俺のアイテムボックスに入っていた品の一つで、自身と相手、どちらもの翻訳を可能としている。
割と貴重な品なので、俺もこれ一個しか持っていない。
「……そうか、よろしく。あたしは清水 杏だ。あたしも杏でいい。……おい、優護」
「ウタはちょっとアレな奴なんだ。悪いが慣れてくれ」
どうしたらいいんだと言いたげな視線をこちらに送り、こそっと声を掛けてくるキョウに、俺もまたこそっとそう言葉を返す。
「……つか、優護。どう見てもその子、あたしより年下だろう。そんな子を家に連れ込むのは、流石にどうなんだ? もしかしてアンタ、ロリコンか?」
「人聞きの悪いことを言うな。それにコイツは成人してるぞ。キョウより年上だ」
「は? 嘘だろ?」
キョウはウタを見る。
この見た目だと信じられないのはわかるがな。性格も、今の見た目にしっくり来るような無垢さがあるし。
が、俺よりも遥かに年上である。確か、三百を超えていたはず。びゃあびゃあ泣いてた姿とか思い出すと、全然そんな風に思えないが。
「……と、とりあえず、隊長――田中支部長が待ってる。準備が出来てるんなら行くぞ」
◇ ◇ ◇
いつかと同じ黒塗りの車で移動し、やって来たのは例のビル。
ウタは興味深そうに車を観察して、窓から流れる景色も楽しそうに見ていたが、俺の「大人しくしてろ」という言葉を守ってか特に疑問等を口にすることはなかった。
「……この子が、観測された魔力の持ち主かね」
「そうです。俺の知り合いです」
キョウに連れて行かれたのは、応接間のような部屋。
そこではすでに、田中のおっさんがソファに腰掛けており、無表情だがどことなく戸惑っているのがわかる。
対面のソファに座った俺の隣には、ニコニコ顔のウタが腰掛けており、こうしていると『お人形さん』という言葉がピッタリ来るような奴だな。
キョウもこちら側に座って、ウタの隣でそれとなく様子を窺っている。ちょっと警戒しているようだ。
「……そうか。君の知り合いか。この国の子ではないようだが」
「えぇ、まあ。どういう知り合いかは言えませんが」
「……ふむ。お嬢さん、お名前を伺っても?」
「儂はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。しがない人間の娘じゃ!」
「……口の動きと、聞こえる言葉が違うようだが……」
お、鋭い。
「うむ、ニホン語じゃったか? 儂はそれを喋れんからの。ユウゴが持っておった魔道具を使用しておるぞ」
「……魔道具、か」
「えぇ、彼女の左耳のイヤリングがそれですね」
一瞬俺は、話すかどうか迷ったが、口の動きと言葉が一致していないことに気付かれている以上は誤魔化しても無意味なので、正直に教える。
まあ、キョウが使っていた『鳴獅子』とかって刀にも魔力が込められていたし、魔法技術は向こうの世界程発展していないようだが、こういう道具はこっちの世界にもあることだろう。
「……そうか。海凪君、頼んだら解析等をさせてもらえたりはしないかね? 無論、報酬は支払うが」
「申し訳ありませんが、これ一個しかないので。勘弁していただけると助かります」
「残念だ。気が変わったら言ってくれたまえ。――それで、ウータルト君は魔力が扱えると?」
「うむ、儂がその気になれば、大地や大海原をも割って――」
「ウタ?」
「――間違えた。ちょっとだけじゃ、ちょっとだけ! しがない人間の娘として、ユウゴに教わりました!」
枕詞みたいに『しがない人間の娘』って付けるの、やめてくんない?
「……そうか。海凪君との関係を伺っても?」
「妻です!」
「違います」
とんでもないことを言い出すウタに被せるように、俺は秒で否定した。
「……なるほど。まあ、仮に海凪君にあまり良くない趣味があったとしても、法を犯さない限りは私が言うことは何もない」
「違いますからね?」
俺の言葉には特に反応せず、田中のおっさんは言葉を続ける。
「それでは、魔力の登録だけお願いしたい。これはこの国の法故、ご理解を」
「構わんぞ。魔力持ちの管理をするのは至極当たり前のこと。儂の国では――」
「ウタ?」
「私はしがない人間の娘で、細かいことはわからないので、言う通りにします!」
……もういいや、これで。
「感謝する。では清水君、あとは任せても良いかね?」
「わかりました」
意外なことに、こんな怪しさいっぱいのウタに関して、田中のおっさんは詳しいところを何も聞いて来ず、後のことをキョウに託すとこの場からいなくなった。
「あー……そんじゃあ、二人ともこっちに」
キョウに連れられて移動した先は、少し前にも来た、地下訓練場に併設された計測用機械等が置かれている部屋。
そこでキョウは軽くウタに説明し、俺がやった時と同じように計測を開始する。
「俺の時と比べて、随分あっさりしてたな」
俺の疑問をすぐに理解したらしく、機械を操作しながらキョウは答えた。
「アンタは経歴におかしなところがなかったから、怪しくても勧誘が出来た。変な話だが、とりあえず勧誘してから見極めればいいっつー余裕があった。けど、あの子は明らかに色々おかしいから、知らないフリをすることに決めたんだろうよ」
「知らないフリ?」
「彼女の正体を、何も情報のない状況で下手に探って、知らなくてもいいことを知るハメになるのを避けたんだろ。この業界は、藪を突くと蛇どころか怪物が出て来ることがあるかんな。知らなければ、知らないフリが出来る。それに……あの子、かなり気位高ぇだろ。どっかの王族だっつわれても、納得するくらいだ」
「へぇ……」
気位が高い、か。
ここまでのウタの様子を見る限りだとそんな風には思えないだろうが……アイツの、王としての風格。
それをキョウもまた感じ取ったらしい。
「表面上はニコニコしてるし、あのおかしな言動もあって、人懐っこいような印象を受けるがな。瞳だけは、ずっとこっちをそれとなく観察してた。一挙手一投足を。あたしらに気を許してねぇわかりやすい証だ。アンタと話してる時だきゃあ、その警戒の様子も感じられないが」
よく見てる。
ウタは役職柄、人の観察もまた仕事の一環だったはずだ。それがもう、習性となっているのだろう。
「まあ、俺は付き合い長いからな」
「だろうよ。アンタがいるからこその、あののんびりした態度なんだ。そうじゃなかったら、もっと警戒されてたろうし、こんな風に協調的でいてくれることもなかったかもしんねぇ。隊長が――田中支部長が詳しくツッコまなかったのも、同じことを思ったからだろうさ。アンタの妻らしいし」
「妻じゃないからな」
「……そうかい」
何だその微妙な反応は。
「そう言えばキョウって、田中のおっさんのこと隊長って呼ぶが、あの人は隊長職でもやってんのか?」
「田中のおっさんて。……まあおっさんか。あの人は元々、現場に出て指揮採ってたんだ。自分も戦いながらな。今は昇進したから現場に出ることも少なくなって、隊長職をやるこたぁほとんどなくなったんだが、あたしは元々、あの人の率いる部隊にいたんだ」
「……ちなみにそれは、何歳の頃の話だ?」
「四年前だから、中二だな」
「……そうか」
中学生が、十代も前半の少女が、命懸けの戦いの世界に身を投じる。
そこに何か、深い事情を感じて、俺はそれ以上聞くことが出来なかった。
「おーい、いつまで話しておるんじゃ、お主ら!」
と、いい加減痺れを切らしたウタがこちらに声を掛けてくる。
「あ、失礼しました。もう計測は終わったから、そこから出てもらって問題ありません。――ランク『A』、か。やっぱりな、一握りの強者だったか……」
思った通りだと言いたげな様子でそう呟くキョウだったが、甘いぞ。
全盛期のウタだったら、あの測定器、普通にぶっ壊れて測定不能だろうよ。
――こうして、ウタの登録は終わった。
どうなることかと思ったが……とりあえずは無事に終わったと言っても良いだろう。
田中のおっさん側が、深くツッコまないで気を遣った対処をしてくれて助かったな。