スポーツの夏《1》
な、なんか無駄に長くなったな……。
俺は、思った。
夏だから、思いっ切り運動がしたい、と。
だが、俺達が思いっ切りとなると、色々と問題がある。
まず、メンツ。当然ながら、俺達が外で遊ぶとなると、人目を気にする必要がある。リンや華月に、尻尾と耳を消してもらったり人形形態であんまり動かないようにしてもらわないとならない訳だが、出来ることなら余計なことを考えずに遊びたい。
あと暑い。外。夏だから。当然だけど。
そして、俺とウタだ。俺達が本気で動くと、普通に人間離れした動きになってくるので、どうしてもある程度セーブして動かないとならない。少々ストレスが溜まる。
という訳で今日は、そういう面倒なことを比較的考えなくてもよいであろう、例のビル――『第二防衛支部』の訓練場を借りて、遊ぶことにした。
参加者は、宇月を含めた我が家の面々全員と、誘ってみたらノリノリで来てくれたレンカさん。あ、我が家全員と言っても、流石に鯉達はいない。
加えて、何故か第二防衛支部にいた聖女エミナに従者のイータ。あと人が多い方がいいからと思って呼び出したレイト。
聖女達もノリノリ――正確には聖女のみノリノリで、イータは色々言いたいことがありそうだったが、無言で聖女に従っていた。レイトは苦笑していたが、まあそれでも来たということは、奴も乗り気だということでいいだろう。
奴も、なんか小難しいことを色々考えているようなので、たまには頭を空っぽにして楽しめばいいと思うのだ。
本当は、ツクモの部下たる岩永も呼びたいところだったのだが、ここは彼にとって敵地と言える場所だろうから、それは流石に自重した。
俺からすると、気の良い変なおっさんでしかないが、社会的にはしっかり犯罪者らしいからなぁ。
「海凪君、ここは、あくまで訓練場なのだがね」
「いやぁ、すいません。けど、色々考えると、俺達が普通に遊ぶにはこういう場所じゃないと難しいところがありまして」
「……まあ、確かに隊員達がレクリエーションでここを使うこともあるため、構わないが。監視カメラの映像は切ってあるため、出る時は一声掛けてくれたまえ」
「助かります。田中さんも一緒にどうです?」
一瞬、田中さんは咄嗟の様子で、「す」という口の形をし、だが、何事かを考えるような素振りを見せる。
多分、最初は「すまないが」からの、断り文句を言おうとしたのだろう。
「……競技には参加せんが、審判くらいはやろう」
「お! ならお願いします。キョウも喜びますよ」
「そうか。嬉しいか、清水君?」
「あたしを何歳だと思ってんだアンタら」
フフフ、そんなこと言って、嬉しいくせに。お前が田中さんに大分懐いてるの、もうわかってんだぜ、キョウ。
と、俺達がそう話している横で、エミナ達と話すリンと華月。
「……アップルの人!」
思わずといった様子で声をあげるリンと、驚きの様子を見せる華月。
うむ、二人にとってエミナはもう、アップルの人なんだな。
「うふふ、いつかの幼子達ですね。こんにちは」
「……な、なるほど、不思議な魔力だとは思っていましたが。狐獣人と動く人形……もう普通に人社会に溶け込んでいるんですね……」
耳と尻尾を出しっ放しのリンと、当たり前のように宙に浮いている華月に対し、聖女は全然気にした様子もなくニコニコ返事をしていたが、イータの方は普通に驚愕していた。
「改めて。私は、エミナと言います。こちらはイータ。お二人のお名前を教えてくれませんか?」
「……凛は、凛! この子は、華月! 凛は狐で、この子は、我が家なんだよ!」
「我が家?」
「……ん! 付喪神なんだって!」
「ツクモガミ……ニホンにおける、モノに憑依するタイプの神に近き者でしたね。まあ何だかよくわかりませんが、とりあえず可愛い子達なので、それで良しとしましょう!」
「……私はこの国に来てから、おかしくなりそうです、聖女様」
「慣れなさい!」
「……はい」
もう全然ぶっちゃけちゃってるリンだが、彼女は人の悪意には敏感だ。恐らく俺よりもその点に関しては鋭く、加えてウタもまた、彼女らに対して警戒を見せていない。
ん、やっぱこの二人、信じて良さそうだな。俺達にどうこうなんてことは、全然考えてないようだ。
色々気になるところはあるが、善性であることは信じても良いのだろう。であれば、それ以外は些末事だ。
ちなみに、田中さんも色々聞きたそうにしていたが、グッと堪えた様子で何も言わず、ここに来て最初に挨拶させた時、コクリと頷いて「うむ、今日は楽しむといい」なんて言っていた。キョウが何だかニマニマしながら彼を見ていた。
「……海凪君、なんか君、全然隠さなくなったね」
そう、隣でこそっと問い掛けてくるレイト。まだ全然隠しまくってることあるけどな。
「いい加減面倒になってきたからな。大体みんなの性格もわかったし、問題ないだろうって思ってさ。仮にお前があの子らの正体を知って、悪いこと企むなら、それ相応の報いを受けさせるだけだし」
「おっと、突然怖いこと言うねぇ」
「レイトが本当にそういうことする奴だと思ってるのなら、そもそも呼ばんから安心しな」
「それはそれは、僕も大分信用されてきたと思っていいのかな?」
「田中さんと岩永の次にな」
「田中さんはともかく、岩永さんの次って大分微妙なラインじゃない、それ? あの人しっかりテロリストなんだけど」
「結局岩永は、何をやらかしてきたんだ?」
「そりゃ、大妖怪ツクモの指示に従って、悪いこといっぱいさ。と言っても別に、一般人に迷惑掛けたりしないから、全然マシな部類なのは確かだけどね。前に、特殊事象対策課の対人部隊が、魔法を悪用してる非合法組織の壊滅に乗り出そうとしたら、すでに岩永さん達が根切りにした後だったこととかあったよ。ちょうど良い見せしめだったんだろうね」
「根切り?」
「根切り」
「……そりゃ、容赦ないな。なるほど、ヤンチャをしたら岩永達が出て来るのか」
「おかげで魔法における日本の裏社会が、比較的安定してるのは間違いないね。悪いことしたら『黒狐』――あぁ、えっと、ツクモ傘下の部隊である岩永さん達が必ず出張ってくるから、悪党どもも細々としか活動出来ないんだよ。普通に人ぶっ殺しまくってるから、表社会じゃあしっかり指名手配なんだけども」
「へぇ……」
「おーい、いつまで話しておるんじゃ、ユウゴ! 来い、今日こそ儂がお主へりべんじを果たし、最強は魔王であるとここに証明してやろう!!」
「……リベンジだー!」
「魔王?」
「気にするな、レイト。ウタの口癖だ。――よっしゃあ、そんじゃあ、やるか!」
俺が手に持っているのは、バスケットボール。
そう、今日やるのはバスケだ。この訓練場自体にゴールは設置されていないのだが、併設された倉庫に、下にローラーが付いた移動式のゴールがあったので、すでにそれを設置してある。
先程田中さんが言っていたように、時折レクリエーションでスポーツなんかをやるためらしい。キョウに聞いた。
チーム分けは、まず俺とウタで別れる。俺のチームが、キョウ、レンカさん、華月、聖女。ウタチームが、リン、レイト、イータ、宇月だ。まあやっていく内にまた変えるだろう。緋月は興味ないらしく、出て来ていない。
当たり前のように参加している宇月に、レンカさんやレイトなどが微妙に物言いたげな顔をしていたが、「……ま、優護君達だしねぇ」「ま、海凪君達だしねぇ」とそれぞれ別で呟いていて、ちょっと面白かった。
「よーし、来い! 私はボールハンドリングの天才と言われたい女! 全てのボールを奪えたらいいなぁ!」
全部願望なんだよね。
張り切った様子のレンカさんに、俺は問い掛ける。
「ちなみにレンカさん、運動の経験は?」
「ウ〇イレならやったことあるよ」
「それサッカーです」
スポーツはスポーツでも、eスポーツだし。
「スラ〇ダンクも好きだからきっと大丈夫」
「それは俺も好きですが」
つまり経験はないと。
「まあまあ、見ててよ。私は、一つ秘策を思い付いたのさ! だから、早く始めよー! ジャンプボールは、華月ちゃんね」
「だってよ、華月。上にボールを飛ばすから、それを相手より先にキャッチするんだ。出来るか?」
こくりと頷き、両手を万歳させて張り切った様子を見せる華月。
「んじゃ、こちらはリンじゃ! 行け、リン!」
「……ん! まっかせて! 負けないよー!」
「それじゃあ田中さん、お願いします」
「うむ」
そんな感じで、プレイ開始。
ぽーん、と真っすぐ上がったボールに先に触ったのは、華月。というか、そのままキャッチしている。
「……むむむ、華月、強い!」
「さあ行けー! これが私の秘策さ! 華月ちゃん、そのままゴールだ!」
「あ、秘策って華月頼りのことだったんですね」
「うふふ、この競技なら確かに、彼女は無双出来ますねぇ」
そのまま華月は、得意げな様子で宙を飛び、ゴールへと向かって行くが、それを阻んだのは宇月だった。
「……! 宇月、すごい!」
ぐ、と身体に力を込めたかと思いきや、華月のいる高さまで一息で跳び上がり、優しくボールだけを弾き飛ばした。
それをキャッチしたのは、ボールの動きを先読みしていたウタ。
「かっかっかっ、流石じゃウゲツ! さあ、儂らの反撃の時! 見よ、我が秘儀! 超絶ぼーる回しじゃあ!」
そう言い放つと同時、ウタの手元のボールが分裂を始め、それぞれがまるで本物であるかのように、ウタの周りで跳ね始める。
「んなっ、なんという高度な幻影――ウタ」
「うむ」
「本物らしい一個、横に転がってったぞ」
「……これ、どりぶる、意外と難しいの。やれば出来そうな気がしたんじゃが……」
「隙ありっ、スティール!」
「ぬああっ!」
ウタが溢したボールをゲットした俺は――これをスティールと言って良いのかどうかは謎だが――それをキョウにパスする。
「持ってけ、キョウ!」
「お、おう!」
「自らの失敗は自らで挽回する! ここは通さぬぞ、キョウ!」
「むむ……レンカさん、パス!」
「うむ、任せ――ぐへぇ」
無理はしなかったキョウから投げ渡されたボールを、しかしレンカさんは全然上手く取れず、跳ねて転がるボール。
……決して取りにくいパスじゃなかったのだが、手を出すタイミングが全く遅過ぎた上に、なんか、バインって、胸に弾かれていた。
ぽよん、って動く胸の様子を思いっ切り見てしまって、ちょっと気まずい。
「フンッ」
「いてっ、な、何だよ、キョウ」
「ったく、これだから男ってのは……ヘンタイ」
「ふ、不可抗力だろ、今のは」
なおもジト目を続けるキョウである。
「……漣華お姉ちゃん、大丈夫~?」
転がったボールを取ったのはリンだったが、寄って来た華月と一緒に、少し心配そうにレンカさんを見ている。
バインって跳ねたボール、変な身体の動かし方でもしたのか、よりにもよってレンカさんの顔面に向かって跳ねてたからな。
何て言うか、予想通り、レンカさんはあんま運動神経が良くないようだ。
「う、うーん、流石にちょっと恥ずかしいね……大丈夫~、凛ちゃんと華月ちゃんは優しいねぇ」
「……んーん、無理しないでね! でもここからは、凛のボール! それ~!」
ボールを持って、一生懸命ドリブル、のようなことをしながら、こちらにやって来るリン。
ちなみに思いっ切りトラベリングだったが、可愛いので誰も何も言わない。審判の田中さんも何も言わない。
「ははは、やるな、リン! だが俺という壁は厚いぞ! さあ、俺を超えていけるかな?」
「……むむむ! でも、ゴールは目前! 今は、勝負を掛ける時! よいしょ~!」
ぽーん、とリンが放り投げたボールは、綺麗な放物線を描き――見事、ゴール。
……いや、今のボールの動き、ちょっと不自然だったな。魔力の質の感じからして、どうやら宇月が風魔法辺りで軌道調整を行ってあげたようだ。
「おぉ、すごいな! リンはスポーツの天才だ!」
「……んふふ、やったぁ!」
「なるほど、ミナギさん、あの子に甘々なんですねぇ。可愛いから気持ちはわかりますが」
「家でもずっとあんな感じですよ、聖女様。凛と華月相手には、極端に甘くなるんで、アイツ」
「まあ、その辺りは優護君とウタちゃんでバランス取れてる感じだから、いいと思うけどね。あの二人なら、甘やかしっ放しってこともないと思うし」
うるさいぞ、そこ。