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後始末組

 感想等、いつもありがとね!!


 執務室にて、田中は言った。


「――で、貴殿らはいつまでいるのかね?」


「あら、酷いお言葉。幾つかお仕事をお手伝いしておりますし、多少はお役に立てていると思っていたのですが」


「その通りだ。特に情勢分析、情報提供に関しては、ナマの情報をお教えしてもらっている故、非常に助かっている。しかし君達が共にいることで、厄介ごともまた同時に抱えている。幾度欧州魔法協会からの問い合わせが来たことか。彼らもそろそろ、本格的に君達を連れ戻しに動き出すと思われるが」


「確かに私は、欧州魔法協会に属しておりますが、それはあなた方がニホンという国に所属しているのと、同じような意味合いです。である以上、組織に我々を縛る道理はありません」


 ニコニコ顔の聖女――エミナ=ウェストルに、しかし彼女の従者イータ=パーシヴァルが申し訳なさそうな顔で言葉を掛ける。


「いえ、聖女様。私としては、一刻も早く国にお帰り願いたいのですが……」


「貴殿の従者もこう言っているが?」


「しっかりと参考にさせてもらおうかと思います」


 全く気にした様子のない彼女に、田中は思わずため息を吐きたくなったが、小さく息を吐き出すだけに留める。


 ――彼女らの目的は、やはり海凪優護であったようだ。


 飛鳥井玲人から、白狐祭にて何があったのかはすでに報告が為されている。共に敵の排除に動き、だが飛鳥井玲人と岩永を一つ出し抜いて、海凪優護の戦闘を観察していたようだと。


 海凪優護からも多少の報告は受けていて、ダンジョンを形成していた狛犬をペットとして家に連れ帰ったと言っていた。


 全く意味がわからず、思わず「は?」と口から出そうになったが、どうやらシロ様の顔見知りの方が敵の罠に落ち、囚われて操られていたところを彼が救い、そのまま家に連れ帰ったらしい。


 ……まあ、彼のところの戦力がどれだけ強化されたとしても、今更の話ではあるため、そちらで問題がないのならばこちらが関与することではない。


 また、彼の家に厄介になっている部下からもつい先日報告を受けたのだが、その際に「家に帰ったら鯉が宙に浮き始めて驚きました」と言っていて、いったいこの部下は何を言っているのかと彼女を無言で見返してしまい、「まあそうなりますよね」と楽しそうに笑われてしまった。


 以前より、抑圧されていた少女らしさが少し、表に出るようになったと感じる。良いことだ。


 海凪優護達と共に過ごす時間によって、一人きりではなくなり、「戦うしかない」と張り詰めていたものが少しずつ解れてきているのだろう。


 ――とにかく、そういう訳で、彼の実力を目の当たりにしたであろう聖女達は、しかし今もまだ第二防衛支部にいた。


 近くのホテルを借り、こうして支部によく顔を出しているのである。


「それにしても、あなたは聞かぬのですね。ミナギユウゴのことに関して」


「何をかね」


「うふふ、表情を隠すのが得意な方なようです、タナカ様は。私が彼のことについて、多少は理解していることがあると、すでにあなたは知っているはず。しかしそれに関して、こちらに探りを入れてこない。彼が謎の存在であることは、我々以上に知っているでしょうに」


「…………」


「いったい、何故です?」


 その問いに答える義理はない。


 だが田中は、少し考えてから、何でもないかのように言った。


「必要ないからだ」


「ふむ? 必要ないとは?」


「海凪君がどういう者かは、もうわかった。何を思い、何を大事にしているのか、どんな性格なのか。彼は善性だ。戦うのが嫌だと最初は言っていたが、誰がために動くことが出来る。人々を守るために、力を振るうことが出来る。――十分だ。彼と付き合っていく上で、それ以上に知るべきことは存在しない」


「ミナギユウゴが、何者でも?」


「何者でも、だ」


 揺るがぬ、強い眼差し。


 それを受け、エミナはニコリと笑みを浮かべる。


「なるほど。あなたは、一見冷めているように感じられますが、胸の奥に熱いものを持っているようです。彼が従う訳ですね」


「従わせているのではない。協力をお願いしているだけだ。そもそも我々は、貴殿ら欧州勢と違って、遥か昔から人間ではない者達とも共に生きている。人間など及びもつかない、()と称しても問題ないような方々とだ。どんな謎があろうと、それを明らかにせず、そのままに付き合っていく。そういう文化なのだ」


 神を見てはならない。


 あるがまま、適切に距離を取り、敬う。それが、古くから日本人が行っている、神との付き合い方だ。


 全てをつまびらかにしようとすれば、良くないことが起こる。


 黄泉の国で、覗くなと言われていた妻を覗いてしまったイザナギノミコト。


 同じように、襖から覗いてしまった鶴の恩返し。

 

 正体が人ではないことを隠していたが、それを出産の際に夫に知られ、海へと帰ったトヨタマヒメ。


 田中の立場として、知っておくべきは知らなければならない。情報収集を欠かす訳にはいかない。


 だが、知るべきではないことまで知る必要はないのだ。


「……なるほど。それがあなた方の価値観ですか。羨ましいことです。我々は、そういう面では排他的なところがありますから。明確に改善せねばならない点でしょう」


「それより先に、今の荒れた組織内部をどうにかした方が良いのではないかね?」


「手厳しいですね。ですがその通りです。今すべきは、ぐらついた屋台骨の補修工事。皆でせっせと土木作業ですね」


「では、聖女殿も早々に戻って、作業に尽力した方がよろしいのでは?」


 聖女は、首を横に振った。


「いいえ、だからこそここに残るのです」


「……ふむ。いったい貴殿には、何が見えているのか」


「さて、何なのでしょうね」


 彼女は薄く笑みを浮かべ、それからふと思い出したかのように言葉を続ける。


「そう言えば……『ヌエ』、でしたか?」


 その名に、田中はピクリと反応する。


「何かね?」


「定かならぬ、という意味の魔物でしたね? 私も今回の一件で、直接存在を感じた訳ですが……果たしてこの者、本当に(・・・)魔物(・・)なのでしょうか(・・・・・・・)?」


「……どういうことだ?」


「あくまでイメージの話です。確たるものは何もありません。ですがどうにも、人間臭い(・・・・)ような気がしてまして」


「何だと?」


「中には、そういう魔物もいるのかもしれませんが、どうにも動き方、考え方が人間に非常に近しいように思えるのです。――ミナギさんのところにいるワンちゃんに、確か『犬は、尻尾を振るだけの能無しだから嫌い』だとか言ったと。果たして一介の魔物が、そんな思想を獲得するものでしょうか?」


「あり得ん、鵺はこの国で遥か昔から活動しているのだぞ」


「えぇ、ですからあくまでイメージです。ただ、私も多少は知っておりますが、悠久を生きる神に近き者達は、細かいことにこだわらないでしょう。我々とは流れる時間軸が全く異なっているためでしょうが、一々機微に心を動かさない印象があります。大事であればその限りではないのでしょうが、であれば『ヌエ』にとって犬とは、それだけ不快な印象を持つ対象ということになります」


「…………」


「人なら、子供の頃に噛まれた、自分よりも大きな身体で怖かった、などで苦手意識を持つのでしょう。しかし、そうでない者が犬を嫌いになる理由となると――」


「――犬のように扱われた過去がある、ということか。主人に尻尾を振って、喜んでみせた過去がある、と」


 聖女は、頷く。


「あなた方のトップのお狐様と、争える程の力を持つ者を相手に、いったい誰がそのように振る舞うのか。――全てを恨み、憎み、災厄を振り撒く。嘲笑う。どうにも人間らしい考えをしていると、そう思ったのです。ねちっこく、陰湿な嫌がらせをするのは、自然界において人間の十八番でしょう?」


 恨み、憎む。


 そして、遠回しな嫌がらせで復讐する。


 確かにそれは、人間のやることだ。人間しかやらない(・・・・・・・・)、と言うべきか。


 鵺のやっていることは、大きいかもしれない。下手をすれば、何千人も死ぬ可能性のある悪意だ。


 しかしその仕掛けは、陰湿だ。しかと調べねば発覚せず、ひっそりと、こっそりと、悪意を世に仕込む。


 如何にも、人間らしいことだ。


「……情報提供に感謝する。すまないが、私は少し考えることが出来た。今日はこの辺りでお帰り願いたい」


「えぇ、また来させてもらいます。私はアニメを観て――オホン、情報収集にこの後も励もうかと思います」


「日本文化を楽しまれているようで何よりだ」


「ふふふ、ニホンは面白い地ですよ? 良くも悪くも個人主義的で、だからこそ社会的規範を犯さぬ限りは、どんな趣味嗜好も許容される。昨今、自由や平等をはき違えた困った思想が色々と蔓延してますからね。是非ともニホンには、それに屈さずにいてほしいものです。――では、また」

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― 新着の感想 ―
欧州からの圧力<提供する情報を繰り返して滞在延長してるんか これは滞在を引き延ばせば(聖女にとっての)勝利条件を達成出来るんやろなあ くにへかえるんだな。おまえにもかぞくがいるだろう… とか言うと「…
田中さんかっこいい
役小角とか安倍晴明あたりの式神になってたことがあったり??
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