日常の一コマ《2》
午後は、少し暇になる。
大体いつも午前の内に、家事等のやるべきことを終わらせるので、午後は趣味の時間となるのだ。
午後にやるのは、庭の菜園の管理だったり、魔法の研究だったり、ニホン語の勉強だったり。
魔法の研究は、特に魔力特性の研究だ。現在の己の魔力は、多少回復してきて、全盛期の八百分の一くらいだろうか? 効率良くこの世界の魔力を吸収する術は研究し続けていて、肉体も少しずつ馴染んできているのがわかるが、まあまだまだ先は長い。
この世界のことやニホンに関しては、もう大分慣れてきたとはいえ、よく知っているとはとてもじゃないが言えない。
特に文化ともなれば、まだまだ触りにも立っていないことだろう。日々勉強だ。
「――という訳で、ウゲツ。お主は長らく引きこもっておったと聞いておるぞ! じゃから、儂らがお主に、今の文化というものを見せてやろう! そう、映画をな!」
「……映画鑑賞!」
リビングにて、ソファに寝そべっている宇月の横で、ウタはリモコンを操作する。
映画。それは、地球文化を知る上で、わかりやすい上に面白い良い教材である。宇月にも、是非とも色々と教えてやらねば。
ちなみにそのモフモフの身体には今、華月がくっ付いて乗っかっており、気持ち良さそうにしている。そして、我慢出来なくなったようで、凛も今ダイブした。
身体を小さくしている現在の彼でも、通常の大型犬より一回りは大きく、横になった大人と同程度のサイズ感なので、凛と華月は宇月を見る度に彼の毛皮に顔を埋めたがるのだ。
宇月は、特に気にせずいつも二人の好きなようにさせている。祖父のような眼差しで二人を見ていることがあるが、実際気分的にはそんな感じなのだろう。精神が成熟し切っているので、これくらいの子供達は可愛いものなのだと思われる。
「まあ、と言うても、悪いんじゃが今日観ようと思ってたの、思いっ切り儂の趣味の……いや、リンとカゲツも観る気満々のようじゃし、今日は無難にディ〇ニーにしておくか」
子供向けで、大人も楽しめるディ〇ニー、そしてジ〇リ。もうすでに何本かは見ているが、確かに面白かった。こちらの世界で人気がある訳だ。
「……お姉ちゃんが観たいので、いいよ!」
「む、本当か? 儂が観ようとしてるの、ユウゴのオススメではあるが、ちと難しい奴じゃぞ?」
「……ふふん、凛だって、お姉さん! それくらい、へっちゃら!」
「かか、そうか。では、お言葉に甘えて」
そうして、リビングに設置してある大型テレビで流し始めたのは、宇宙を題材にしたSF作品。
銀河戦争の宇宙映画は、優護と一緒にすでに観ているので、今日はもっと硬派な宇宙モノだ。地球が滅ぶ寸前であるため、人間が居住可能な別の惑星を探しに行くという超大作SF、と優護が説明していた。
全然ニホン文化ではないが、まあこの世界の映画文化だしこれも勉強だ。
――始まりは、野菜の収穫をするが、上手くいっていないという描写から。
登場人物は、全員英語なる言語で喋り、下に字幕が出ている。海外映画は、優護が絶対に字幕派なので、ウタも自然と字幕で見るようになった。
外国人なのに日本語を喋っていると、違和感を覚えて映画に集中出来なくなるらしい。気持ちはわからなくもない。
ちなみに、始まってわずか三十分くらいで、凛はウタにもたれ掛かってウトウトし始め、仕方がないのぉと苦笑してブランケットを掛けてやったのだが、華月の方は意外と真剣に鑑賞を続けていた。
どうもこの子の方は、こういう考えさせられる映画も好きらしい。多分だが、勉強がそんなに嫌いじゃないタイプなのだろう。
華月が、普通に年を重ねて大人になっていたのならば、いったいどんな成長をしていただろうか。……ふむ、仮に何かやりたいことがあるのなら、それをしっかり考えてあげないとか。
幸い己らには、普通の大人達よりも力もあれば、出来ることの幅も広く、金銭的な余裕もあるのだから。
かなり長めで、その上学術的で難解な映画だったが、やはり出来が素晴らしいからだろう。
三時間に近い映画だったが、ハラハラドキドキして見入っている内に、あっという間に過ぎてしまい、映画が終わった時には、もう夕方に近い時間になっていた。
――宇宙の概念か。
宇宙と惑星は、流石にウタも知っている。前世でもそれくらいの天文学は発達しており、だが戦争のせいで宇宙進出ということは全然考えられていなかった。
そんな余裕など、時間的にも資源的にも人材的にも存在していなかったからだ。
この世界だと、「ロケットは完璧に動作したが、間違った惑星に着地した」などという言葉が残っているようだが、前世だとむしろ相手陣地へ飛んでいくロケットしか開発されていなかった訳だ。
もしかすると、我が故郷のあの世界は、この地球と同じ宇宙に存在しているのだろうか? 魔法の質に差は存在しているが、物理法則自体は全く差が存在しないことはもうわかっているのだ。
……いや、だが、重力までも恐らく一緒である以上、どこか遠い星に故郷があるというのは難しいか。それよりはやはり、一つ次元が異なる場所にあの世界があると考えた方が自然だろう。
パラレルワールド、などの方が近しいのかもしれない。
己と優護は、世界を超えた。そしてどうやらこの世界では、昔から異世界の品や生物が現れることがあると聞く。実際、ネットで調べた情報で、「これ、あっちの世界のものでは?」と思えるものを、己もまた幾つか見つけている。
である以上、そんなことが起こるくらいには、世界は意外と近しい位置にあると考えられるはずだ。
――ま、仮に世界を渡る術を見付けても、もう二度と戻ることはせんがな。
「はー、良かった……なるほど。これは教養として観るべき映画じゃな。あくしょん映画好きのユウゴがこれを薦めるとは意外じゃったが、彼奴、こういうのも好きなんじゃのぉ」
優護は、結構硬派なアクション映画が好きなのだ。スタイリッシュというよりも、もっと泥臭い、まあ簡単に言うとバンバン血が飛び出るし、肉を打つような重厚感のある、全くもって子供向けじゃないタイプのアクションを好むのである。
戦闘のリアルというものを嫌と言う程に知っているので、あんまりスタイリッシュな奴だと「うーむ……」という気持ちになるのは正直同感だ。吹き替えと同じように、優護も違和感が先に来てしまって、頭を空っぽにして楽しめなくなってしまうのだろう。
ウタの言葉に、「優護お兄ちゃん、この前はミュージカル映画観てたから、映画自体が好きなんだと思う!」と言いたげな意思を示す。
まあ、そういうことだろう。そもそも映画自体が好きなのだろうな、あの男は。付き合って己も結構観せられているし。
「クゥ?」
「いや、確かに人類は、近しい惑星ならば到達しておるようじゃが、ワープ技術までは流石に発見しておらんようじゃぞ。ま、さらに百年経ったらわからんがな。そこまで技術が発展したら、ツクモなどは大喜びしそうじゃ」
「クゥ、クゥウ?」
「うむ、会うたのは一度じゃがな。何じゃ、ウゲツも面識があるのか?」
「クゥ」
「かか、そうか。全く、面倒な女狐よ。考えておることはわかるし、なるほど根っこの部分はシロと一緒なのだなと感じるが、我らが旦那様を誑かさんでほしいわ。ユウゴは、頼られると断れんのじゃから」
やれやれと首を横に振ると、くつくつと上品に笑う宇月。
どうやら彼も、すでに同じ思いを抱いているらしい。
優護自身は、ことあるごとにのんびりしたいと言うが、力ある故にそれが許されない。本人の気質的にも、他者を見捨てることが出来ない。
そしてそれをツクモは見抜いている。あまり変に優護を利用したら己が相手をするぞとは伝えているが、ああいうタイプはその辺りの見極めが上手い。
こちらがキレない程度に、だが優護が「……仕方ないな」で済ませて協力出来るくらいのさじ加減で、利用してこようとするだろう。しっかり目を光らせておかねば。
「……きつねぇ? 呼んだ?」
目をしぱしぱさせ、身体を起こすのは、もうぐっすりと眠りこけていた凛。
「お。リン、ようやく起きたか。全く、そんなにぐっすり眠っておったら、夜眠れなくなるぞ?」
「……凛は精霊種だから、ちょっと寝不足でも平気だもん」
「ほほう? そうか。では明日の朝は起こさんから、しかと己で起きるんじゃぞ? よし、明日の朝食はほっとけーきにするかの! ふるーつを載せて、はちみつも掛けた奴じゃ!」
「……う、うぅぅ。ちゃんと寝る努力するからぁ。起きれなかったら、起こして」
「かかか、しょうがないのぉ。――さ、それじゃあ、そろそろ晩飯の支度をするかの! ユウゴはもう少し掛かるじゃろうが、キョウはそろそろ帰ってくるじゃろうしの」
「……ん、凛も手伝う! やれることあったら言って!」
「うむ、ではお願いしようかの。ウゲツ、お主の分もしかと用意してやる故、待っておれ」
「クゥ」
そうして夕食を作り始めてすぐに、『あと一時間くらいするから、晩飯は先食っててくれ』と優護から連絡が入り、三十分程掛けて料理が出来上がった辺りで、「ただいまー」と玄関の方から声が聞こえてくる。
杏の声だ。
「おかえりー」
「……おかえり、杏お姉ちゃん!」
ふよふよと寄って来た華月の頭を撫でてやりながら、ダイニングに姿を現す杏。
「おぉ、もう晩飯出来てんのか! メチャクチャ美味そうだ!」
「……ゴーヤ」
「はは、凛はゴーヤ苦手だったな。すっげぇ美味いのによ。特にウタが作ってくれる奴は絶品だ!」
「かか、量はあるから好きなだけ食え」
「……杏お姉ちゃんの好物だから、凛の分もあげる!」
「おう、ありがとう。じゃあ代わりに、あたしの分を凛にあげるわ」
「……返ってきたぁ」
落ち込んだような声を漏らす凛に、杏と一緒になって笑い、「いただきます」と声を揃えて食べ始める。
じんわりと胸の奥に温かいものを感じながら、彼女らと今日は何があった、何をしただのと話している内に、また「ただいまー」という声が、玄関の方から聞こえてくる。
今度は、優護の声だ。
「優護、おかえりー」
「……おかえり、お兄ちゃん!」
「おかえり、ユウゴ。今温め直してやるから、ちと待て」
凛と華月、そして己はもう食べ終わっていたので、優護用に残していた別の分を、ウタはすぐに用意し始める。
「おう、助かるわ。もう腹ペコだ! 夏休みだからか、いつもよりお客さん多くてさぁ。レンカさんの店、地元じゃ結構愛されてるんだなってのをこの夏で実感したわ。緋月も、すっかりレンカさんの料理に骨抜きにされてるからな。すでに餌付けされてやがんの、コイツ」
「にゃあ」
ポンと宙に現れた緋月が、「漣華はなかなか強い。侮れない」と言いたげな様子で鳴く。
ふむ、まずは緋月の胃袋から掴もうということか。漣華もなかなかやることだ。彼女も、さっさと我が家に住めばいいのに。
「かか、レンカの料理はほんに美味いからのぉ。むしろ繁盛しない方がおかしいじゃろ。儂の目標でもあるしな。――ほれ、ユウゴ。出来たぞ」
「あんがと! いただきます。――まあ、店主があんまりやる気ないからなぁ。普通にタバコ吸うし。ゲームもするし」
「彼奴も長命種じゃからの。今の内に趣味を広げるようにしておるんじゃろ」
「超偏ってるから広くはなさそうだけど、趣味」
「お主も似たようなもんじゃろ」
「何を言う。俺は漫画、アニメ、ゲーム、映画、幅広く趣味にしてるぜ?」
「お主、そんなインドア派じゃったっけ?」
「いや、スポーツとかやってもいいんだけどさ。すげぇ自惚れてるようなこと言うが、多分普通に無双できるんだよな……勿論、競技にもよるだろうけど」
「あー……今のお主なら、別に身体強化使わんでも、球技なら球が見えまくるじゃろうし、もっと単純に、陸上競技とかなら世界記録連発か」
「そうなんだよ。俺の相手出来んの、多分お前くらいだ。あと、辛うじてキョウか。……今度庭で何かやるか? スポーツ。あ、それか例のビル――ええっと、第二防衛支部の訓練場でも借りるか。庭だとちょっと狭いし」
「ほほう、良いの! 今こそ勇者をボコボコにする時! 魔王の恨み、晴らさでおくべきか!」
「何の恨み?」
「この前、一つ多くせんべえ食べた恨み」
「おう、怖い恨みだな? いやけどお前、それより前は俺より一つ多くチョコ食ったろ」
「そういえばそうじゃったな。まあお主別に、そんな甘いもの好きじゃないからええじゃろ」
「それはそうなんだが。わかったわかった、次せんべえ食べる時は、リン達とは別で、ちゃんと等分な。二つに割って食おう」
「二つに割ろうとして、粉々になる未来が見えた!」
「……なりそうだな。けど、お前にやらせても粉々になりそうだが」
「多分なるのぉ!」
「自身満々に言うな、自信満々に」
一人遅い夕食を食べる優護の隣で、ゆっくりとコーヒーを飲みながら彼の話を聞き、共に笑い、夜が過ぎて行く――。
インターステラーが2014年の映画ってマジ……? もうそんな経ってたのか。普通にビビった。