閑話:七夕
季節もの。……作品的は、もうとっくに八月の半ばを過ぎてるんだけど、まあしーらね!
と言っても、宇月は流石にまだいないということで。
カレンダーを見ていたキョウが、ふと言った。
「そういや、今日って七夕か」
「七夕? ……そういやそうだな」
今日は、七月七日。
七夕に何かしたのなんて、小学生の時くらいなので、全然気にしてなかったわ。
「ふむ? タナバタとは?」
「……あのねお姉ちゃん! 七夕はね、織姫様と、彦星様が、一年に一回だけ会える日なの!」
「一年に一度? 何じゃ、そういう罰でも受けておるのか? その二人は」
「まあ罰だな。何だっけ、あんまりラブラブ過ぎて仕事しなくなったから、上役の神様に怒られてそういう風になったんだっけ?」
「すっげぇ端折りまくってるが、大体そんな感じだな」
大人になったから思うのだが、一年に一回会うというのは、意外と多い方なんじゃないだろうか。
いやまあ、恋人同士なら少ないかもしれないが、彼らも超長命種と言える訳だし、時間間隔的に、一年なんて俺達の一日とそう大して変わりはしないことだろう。意外とそれくらいの頻度で会うようにしていた方が、ラブラブな状態もむしろ長続きするような気がする。
その怒った神様は、二人に対してかなり温情を掛けたと言えるだろう。
「……それでね、短冊に願いごとを書いて、それを笹の葉に飾るの!」
「ふむ、ニホンの風習か。なかなか面白そうじゃの」
「優護、ウチの庭って笹生えてるっけ?」
「訓練場の方に生えてるな。んじゃ、今から短冊買ってきて、願ってみるか!」
――そうして、さっそくスーパーで短冊を買ってくると、皆で願いごとを書き始める。
近所にスーパーがあると、こういう時本当に楽だ。季節ものなら、大体売ってるしな。
「願いごと、願いごとのぉ……そう言われるとちと困るな。他者に願いか」
何だか真剣に悩み始めたウタを見て、キョウが興味深そうに問い掛ける。
「へぇ? ウタはあんまり、神様にお願いみたいなことはしたことないのか?」
「儂は、己でやれることは全て己でやってきたからの。他人に任せるべきは任せたが、己の能力次第で出来ることは、己で全力でやった故に、神頼みする暇などなかったわ」
「はー……流石だな」
「普通のことじゃ。手を尽くしたのならば、あとはそこまでの己の準備を信じて待つのみ。失敗したのならば、そこまでの過程に良くなかった点があったということ。成功したのならば、そこまでの過程が良かったということ。ただそれだけよ」
元魔王様らしいお言葉である。実際にコイツは、そうやって道を切り開いてきたのだという自負があるのだろう。
「……お姉ちゃん、そんな難しく考える必要、ないよ! こんな感じ!」
そう言って見せてくれたリンの短冊には、『これからも、みんなで幸せに過ごせますように』と書かれていた。
俺は思わずリンの頭を撫でていた。
「リンは本当に良い子だなぁ……」
「……んーん! みんなのおかげで、今があるから。当然の願いだよ! 杏お姉ちゃんも、書いた?」
「え? あ、あぁ」
「お、何々?」
キョウの短冊には、『強くなれますように』と書かれていた。
「……お前な。リンの後にこれか。小学生じゃあるまいに」
本人としても、これはどうかという思いがあったのだろう。ちょっと顔が赤くなる。
「う、うっせ! これがあたしの心からの願いなんだから、別にいいだろ! そういうアンタはどうなんだ!」
「え? 俺は――」
キョウはひったくるように俺の短冊を取る。
「……『のんびりゆっくり過ごせますように』? おい、アンタだって人のこと言えねぇだろ! 何だ、この老人みたいな願いは」
「俺だって心からの願いなんだから、いいだろ。割と切実なんだからよ。俺はただのんびりゆっくり過ごしたいんだ。平和な世界でな」
己で選択したこととはいえ、本当はもう戦うつもりなんてサラサラないというのに、気付いたらこれだ。
全く、面白おかしな世界で斬った張ったはもういいというのに、すでに緋月に頼りまくっている。今後ともよろしくお願いします。
ちなみにその緋月は、念力を使って器用にペンを動かし、『めしくれ』とだけ書いていた。
どうでもいいけどお前、もう普通に日本語覚えてるのな。今日の晩飯まではまだちょっとあるから、我慢してくれ。
「お、華月も書けたか?」
華月は、「書けたー!」と言いたげな様子で、ででーんと高らかに短冊を掲げる。
そこには、『みんなと一緒に、のんびり過ごせますように』と書かれていた。
「はは、おぉ、いい願いだな、華月! なあ、キョウ?」
「そうだな、可愛くていい願いだ」
「おっとキョウさん、俺もほとんど同じようなこと書いたんだが、大分反応違くないか?」
「当たり前だ。同じ願いでも、華月なら可愛いもんだが、良い歳した大人のアンタだと、当然どうなんだってなるさ」
「『強くなれますように』は、お前の歳ならいいのか?」
「…………」
「いてっ、いてっ、はは、待て、悪かった、悪かったって」
顔を赤くし、パシパシと叩いてくるキョウに笑っていると、リンが腰に手を当て、ぷく、と片頬を膨らませる。
「……もー。お兄ちゃん、人の願いを笑っちゃ、メッ、だよ?」
「はは、そうだな。ごめんな、キョウ」
「……ん。あたしも悪かった」
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、そっぽを向きながら、そう言うキョウ。
全く、可愛い奴だ。
お前がどんどん素直になってって、嬉しい限りだぜ。
と、そんな俺達の横で、何も言わずただジッと短冊を見詰めていたウタが、コクリと一つ頷く。
「ふむ……よし」
「お、ウタ、何を書くのか決まったのか?」
「うむ」
彼女は、俺達が見ている前で、サラサラと短冊に願いごとを書いた。
――向こうの世界の言語で。
「? これ、何語だ? ウタの母国語か?」
「……読めなーい」
「……おい、ズルいぞ、ウタ」
首を傾げる二人の横で、俺はウタにジト目を向ける。
俺は、向こうの世界で使われていた大陸共通言語を話すことは出来るが、学ぶ機会が一切存在しなかったため、読み書き自体は出来ないのだ。
本当に簡単な言葉ならわかるが、ちょっと難しい言葉を混ぜられると、もう完全にお手上げだ。
しかも、見ればわかるが、多分共通語とは少し違う、一部の魔族達が使っていた言語も混じっているようにようだ。長らく戦場で暮らしていれば、そういうものを目にする機会もあるが、あるだけだ。当然詳しいところは何も知らない。
本気で俺にも読ませないつもりだぞ、これ。
「かか、さて、何がズルいのかのぉ? ここにはしかと儂の思いを書き綴ったぞ?」
「……それじゃ、織姫様も彦星様も読めないだろうから、意味が伝わらんぞ」
「神様じゃという話じゃし、それくらいはこう、不思議力でどうにかしてくれるじゃろう」
「何だ、不思議力って」
「かか、何じゃろうな。――さあ、それじゃあ皆で、これを吊るしに行くぞ!」
「……ん!」
「あ、おい」
結局ウタは、何を書いたのか俺達に教えず、わいわいと話しながら皆で短冊を笹に吊るしたのだった。
――我は願わぬ。故に誓う。この平穏を脅かす者は、必ず滅す。その様、天から御照覧あれ。
その誓いを知る者は、書いた当人の他に、二柱の神のみである。
一巻買ってくれた方、ありがとね!!