新たな家族
我が家の鯉達によって、些か話が逸れまくったが、今日の本題は、宇月の我が家への引っ越しである。
宇月は、リンと同じく精霊種だ。なので、緋月みたいに俺達と同じ飯を食べても平気だし、全てが魔力に変換されるので排泄もしない。何なら、魔力という霞を食って生きているので、千年何も物質を食べずとも生きていけるようだ。いやまあちゃんと毎食宇月の分の飯も用意するつもりだけど。
だから買ったのは、犬用ベッドとか爪切りとかブラシとか、そういうちょっとしたペット用品だ。……ベッドは別に、ちょっとしたものじゃないか。
元々、宇月には家の中で過ごしてもらおうと思っていた。犬だが、宇月に対して「じゃあ外で過ごしてね」というのは失礼だろうし俺も嫌だったからな。緋月に加えて、今じゃあ鯉達までも家の中に来られる訳だし。
が、どうやら宇月は『浄化』とかいう魔法が使えるらしく、常に綺麗なままでいられるようで、本当に家の中で飼っても何も問題ないようだ。
輝くような白の毛並みが綺麗だとは思っていたが、なるほど自分でそうやって手入れしていたのか。覚えてる魔法からして、大分綺麗好きであるようだ。
なお、犬用のおやつみたいな奴も買ってあげたら、礼を言いながら尻尾をフリフリしていて、やっぱりしっかり犬の一面もあるらしく和んだ。緋月も当然俺と一緒にいたので、緋月用のおやつとかも買うことになったが。
日本にいる長命種は、恐らく全員精霊種なんだろうな。純粋な魔力の塊である精霊種に、仮に人間の血とかが混じったら、純粋じゃなくなって長命じゃなくなるのだろう。
サキュバスの血を引いているレンカさんとかは、二百年は生きるだろうが、それでも二百年だ。千年をも普通に生きる精霊種と比べれば、あまりにも短い。そういやレンカさんへのお土産も買ってきたから、次の仕事の時忘れずに持ってかないとな。アイテムボックスに入れとこう。
ちなみに、俺は全然組織に関わっていないので全く知らん訳だが、特殊事象対策課の中で、昔の陰陽大家に連なる血筋――『旧家』、だったか?
レイトとかのお仲間には、そこそこ人間以外の血が混じった一族がいるらしい。
安倍晴明の母親が妖狐だというのは有名な話だが、そんな感じで狐の子孫だったり、天狗の子孫だったりがランク『A』退魔師の中にはいるのだという。
……ふと思ったのだが、旅行先で出会った聖女――エミナ=ウェストルは、もしかすると人間以外の血を引いていたのかもしれないな。
何だか雰囲気に、そんな面があったのはよく覚えている。まだ日本にいるだろうか。いやいるかそりゃ。旅行から帰ったの昨日だし。
「宇月、寝床はここがいいか?」
「クゥ」
宇月は、リビングにあるソファと、あと縁側が気に入ったようだ。夏だから縁側は今は暑いのだが、しかし風がよく通って気持ち良く、庭も一望出来て俺もここがお気に入りだったりする。
「わかるぜ。俺もここが好きだ。静かで、ゆっくり出来て。と言っても、ウチも結構人がいるから、騒がしいのは騒がしいんだけどな」
「クゥ」
「そうか? はは、そうか。なら良かった。ま、何かあったら遠慮せずに言ってくれよ? 遠慮は互いに良くないからな」
物静かな宇月の横で、買って来たものを広げていると――ピクリ、と彼が耳を動かした。
同時に、俺もまた反応する。
「クゥ」
「ん、何か出たな。そこまでの魔力量じゃないし、こっちの仕事になるかはわからないが――」
と、言い掛けたところで、いつものように仕事用スマホに着信が入る。
相手は、やはり田中のおっさん。
『――海凪君。魔物が出現した。脅威度は「Ⅲ」。感じ取った魔力量からして、そこまで強くはないであろうが、出現した場所が少し厄介だ。迅速に排除する必要があり、最も近場にいるのが君達だ。旅行帰りのところすまないが、対処を願いたい』
「わかりました。大丈夫です、やりましょう」
『よろしく頼む。では、ペアでの行動が原則ではあるが、清水君かウータルトさんを連れて行くかどうかは、君に任せる』
そういやこの仕事、そうだったな。
そうして電話が切れたところで、俺は少し考えてから、キョウの名を呼んだ。
「キョウ!」
「――何だ、呼んだか?」
ひょこっと、キッチンの方から顔を出すキョウ。
「仕事だ。せっかくだからお前も来い」
この魔力の敵なら、今のキョウならタイマンでも戦えるはずだ。
彼女が使える唯一の魔法、『身体強化』も以前より使えるようになってきたし、多少手加減すれば俺の走りにも付いて来られるだろう。疲れたらおんぶしてやるぜ? とでも言えば、意地でも走るだろうし。
「……ウタが何か変な反応してたのは、それか。わかった、すぐ行く」
「緋月、出るぞ。――ウター、俺達仕事行ってくるわ!」
はよ帰ってくるんじゃぞー、というキッチンからの声を聞きながら、俺は宇月に顔を向ける。
「すまん、宇月、仕事だ。残りを出すのはちょっと待っててな。すぐ帰ってくるから」
「クゥウ」
「え、手伝ってくれるのか? ……はは、わかった、じゃあ頼むわ」
宇月を撫でると、彼はてくてくと玄関から出て、そして大型犬サイズから、さらにデカい元のサイズに戻った。
馬よりも、さらに一回りデカい姿である。
「わっ、で、でか……これが宇月の元のサイズなのか……?」
「あ、そういやキョウはこの姿を見たのは初めてか。そうだぞ、パワーはダンプカーの比じゃねぇぜ!」
「何でアンタが誇らしげなんだ?」
雅桜を腰に差し、すぐに出られる準備をしてきたキョウと外に出ると、「乗れ、二人とも」と言いたげな様子で宇月がクイ、と首を動かす。
「おぉっ、よっしゃ、頼むぜ! ほら、キョウ」
「お、おう」
俺は、馬に跨るようにして宇月の背中に跨ると、若干躊躇しているキョウの手を取り、ヒョイと持ち上げて俺の後ろに乗せる。
ウタやリンよりは流石に背が高いが、それでもキョウはキョウで背が低いからな。
「……ゆ、優護。これで街中走ってったら、注目集めまくって酷いことにならねぇか……?」
「もう隠密の魔法掛けたから大丈夫だ。さあ、行こうか、宇月!」
こくりと頷いた宇月は、グイ、と腰を大きく落としたかと思いきや――ギュンッ、と跳び上がった。
「ひぃっ!?」
「おぉっ、すげぇっ!」
一度の跳躍で三階建てビルより上の高さまで跳び上がり、そしてそのまま、宙を駆ける。
恐らくは風魔法だ。
「わはははっ、すごいぞ宇月!! お前は最高だ!!」
「ちょっ、は、はやっ、速いって!?」
「おうキョウ、変に縮こまってると逆にバランス崩すから気を付けろよ!! 落ちたらシャレにならんからな!!」
「ほ、ほ、ホントに洒落にならねぇから、一旦下下りねぇか!?」
「絶対下りない!! このまま駆け抜けろ宇月!!」
「アホーっ!! 優護のバカーっ!!」
俺の後ろで、ギュッと思い切り抱き着いてくるキョウ。普段なら恥ずかしがってこんなこと絶対しないだろうが、どうやら本当に余裕がないようだ。
意外と高いところが苦手なのだろうか。……まあ、これだけの速さで、生身で空飛んでたらそりゃ怖いか。
俺は仮にこの高さから落ちても、魔法でどうとでも出来るので問題ないが、キョウはそうもいかないだろうしな。
ただ、速さの割に、俺達の身体に抵抗はほとんど来ない。本来ならふっ飛ばされそうな強風が全身を襲っていようが、多少強い風を感じる程度である。
感じられる魔力の流れからして、恐らく身体の前方にバイクのカウルのような風除けを風魔法で生成し、抵抗を著しく減らしているのだろう。
豪快だが、それ以上に繊細な魔法の使い方である。流石だ。
「わはははっ、こんな空を走る機会なんて滅多にないんだから、景色でも見て楽しめ、キョウ!! 見ろ、人がゴミのようだ!!」
「ま、周り見る余裕なんてないっての!! よくそんなはしゃげるな!?」
「おっと、見ず知らずの人をゴミなんて言うのは、流石に失礼が過ぎるか!! じゃあ、サラマンダーよりずっとはやーい!!」
「アンタサラマンダーなんか乗ったことあんのか!?」
「ない!!」
「何なんだいったい!?」
逢魔が時の、夕空に響き渡るキョウの絶叫である。
お前の絶叫、俺かなり好きかもしれない。
きっとキョウは、この空の旅を無限の時間が如く感じていることだろうが、あまりの素早さのため、実際に空を疾駆していたのは恐らく一分か二分程だろう。
やがて俺達は、魔力の発生源らしき場所に辿り着く。
そこは、位置こそ人気のない路地裏だったが、思いっ切り街中だった。なるほど、迅速な排除を、なんて田中のおっさんが言う訳だ。
――敵は、二足歩行のトカゲのような魔物。
向こうの世界なら、『リザードマン』と判断しただろう。こっちの世界なら、何だ? 鰐っぽいから『影鰐』か?
……いや、けどあの妖怪確か、鰐じゃなくて鮫なんだよな。まあ別にリザードマンでいいか。
奴から周囲へと発されている敵意に、宇月が魔力を高ぶらせたのがわかる。
「よーし、そのまま行けぇっ!!」
宇月は、膝をクッションにすることで着地の衝撃を完璧に受け流し、そしてそれをそのまま、前方への突撃の勢いへとベクトル変更させる。
「グルゥッ!!」
一閃。
一撃必殺。
飛び掛かりザマにアギトで食い破り、見るからに硬そうな胴体を食い千切られた敵は、声もあげず、己が攻撃されたのだということにすら気付けず、死んだ。
うむ、この程度は宇月にとっておやつみたいなもんだな。同じ奴が千匹いても相手にならないだろう。
仮面野郎にこそ不覚を取ったようだが、宇月は脅威度で表せば、間違いなく『Ⅴ』だ。人間の基準では測定不能な強さと見ていいはずだ。
と、敵を両断し、ようやく宇月が停止したところで、この短い空の旅で大分消耗した様子のキョウが、俺の後ろで言った。
「……優護」
「おう」
「これ、あたしが付いて来た意味は?」
「……綺麗さっぱりなくなったな!」
「ふんっ!」
「ぐへぇっ」
頭を殴られた。痛い。
ごめん、お前に経験詰ませようと思って連れて来たんだけど、つい楽しくなっちゃって。
まあ、宇月の空の旅、楽しかっただろ? と言うと、「楽しくないわアホ!」ともう一発殴られた。
残念だが、俺が走るより今の方が速かったので、今後現場に急行する際は宇月にお願いして毎回これになると思われます。車なんて目じゃない速さだぜ。
あとで宇月に感謝のおやつ骨を与えねば。