元魔王との日々《1》
ウタを拾って、翌日。
この間に、田中のおっさんからは詳細を知らせるようにという連絡が来ていたので、早いところ報告をしないといけないものの、どう伝えたものか。
話を聞く限り、どうやらウタは人間に化ける魔法なんてものも使えるようなので、その状態で一回会ってもらおうとは思っているのだが……とりあえず素性に関しては、俺の知り合いって言っておけばいいか。
俺自身がまだ怪しまれてるだろうし、色々深読みされそうだが、ウタよりもこちらを怪しんでくれる分には問題ないしな。
俺には、戸籍がある。日本人としての経歴がある。ウタは異世界人なのでそんなもの存在しない。
まあ、なるようにしかならないので、今はコイツに日本での生活を教えるのが最優先なのだが……。
「……おい、ウタ」
「何じゃ、ユウゴ」
「包丁に魔力を纏わせんのをやめろ! そんなんしなくても、ちゃんと持ってちゃんと切れば、食材は切れるんだよ!」
「む? じゃが、刃には魔力を纏わせるものじゃろう?」
「料理に、まな板を真っ二つにする切れ味はいらねぇの!」
どんだけ本気でキャベツ切ろうとしてんだ! まな板の半分くらいに切れ込み入ってんじゃねぇか!?
「ふむ、よく切れた方が良いと思うが、お主がそう言うのならばそうしよう」
「……ちなみに、キャベツの千切りは別に、本当に千回切らなきゃいけない訳じゃないからな?」
「何、そうなのか!」
……危ねぇ、細切れのゴミみたいな千切りが出来上がるところだった。
全く、「刃物の扱いは得意じゃ! お主も斬ったし!」とか抜かしやがるから任せたってのに。そもそも、お主も斬ったしって何だ。
ウタは、やる気はあるし、こちらを手伝おうという意思もしっかりあるようで、声を掛ければちゃんと動いてくれる。
が、如何せん常識がない。
元々王族で、常に自分の世話をしてくれるメイドやら何やらがいる生活をしていたことは知っているので、ある程度はしょうがないのだろうが……ハァ、一つ一つ教えていってやるしかないか。
ちなみに、現在のウタは俺のシャツと短パンの恰好から着替えており、無地のワンピースを着ている。
ついさっき、朝一で下着と合わせてパパッと買って来た。サイズがちょっと心配だったが、ピッタリだったようで安心した。
……女性用下着を買うのが、微妙にハードルが高かった。勇者として戦い続けたことで身に付けた、動じない精神がなければ踵を返してたところだぜ……。
「ふふん、これで儂はまた、一つ賢くなった訳じゃ! お主は儂の成長具合に、驚くことになるじゃろう!」
「はいはい。それより早くキャベツ切ってくれ。こっちは肉、もう焼けるぞ」
「おっと、任せよ! ……それにしてもお主、その二本の長いので、よくまあ器用に焼けるものじゃな。朝食も似たようなので食うておったし」
「あぁ、箸な。今俺が使ってるのは調理用の菜箸だ。使えるようになると、スプーンもフォークもいらないから楽だぞ。あとで使ってみるか?」
「うむ!」
若干苦戦はしたが、どうにか二人で昼飯を作った後、ちゃぶ台に料理を並べ、対面するように座る。
「そんじゃ、いただきます」
「ふむ? いただきます、とは?」
「食前の言葉だな。食材の命に感謝とか、作ってくれた人に感謝とか、そういう気持ちを込めて言うんだ」
「ほう、良い言葉じゃな! うむ、では、いただきます! ――ユウゴ、ハシとやらの使い方を教えてくれ!」
「あぁ。まず、こうやって持つんだ。そんで、こんな感じで動かして――」
そうして箸の使い方を教えると、どうにか料理をつまめるようになったウタだったが……。
「……ユウゴ! これ、難しいぞ!」
「はは、おう、まあ最初はそんなもんだ。ほら、今日は大人しくスプーンとフォーク使っとけ」
「うぐぐ……仕方あるまい。しかし、儂は諦めぬ魔王――いや、もう魔王ではないんじゃった。あー……諦めぬ女! 見ておれ、必ず儂は、その内ハシとやらを使いこなしてみせよう! ……んお、ありがとう」
仰々しく語っていたが、俺がスプーンとフォークを渡すとすぐに礼を言うウタ。
お前のその、小さなことでもちゃんと礼を言う姿勢、嫌いじゃないぜ。
「……それにしても、こちらの世界は面白きものが数多あるのう。ここは、異世界なんじゃろう?」
「あぁ。こっちは世界大戦が終わって、平和になってから随分経ってるからな。その分、色んなところで余裕があるんだ。勿論、争ってるところも相応にあったりはするが」
向こうの世界も、技術的には結構進んでいた。
やっぱり戦争しているとそういうものが発展するのか、魔法技術に科学技術が合わさって、こちらの世界と大差ないか、あるいはこちらの世界より進んでいるものもあっただろう。
しかし、戦争に特化し過ぎていて、娯楽等に関して言えばこちらの世界の十分の一も発展していなかったように思う。
無線技術があり、銃があり、ミサイルなんかもあり、航空戦の重要性もすでに知れ渡っていたので、龍族と航空機でドッグファイトなんかが繰り広げられることもあったのだが……まず、映像技術があるのに一般家庭にテレビは普及していなかった。
ラジオが精々で、電気は地域によって通っていたり通っていなかったり様々。自動車は無く馬車が現役で、辛うじて鉄道が通っているという程度。
戦場には戦車とか飛行戦艦とかがあったのに、一般人の生活水準は近世を脱して近代に入るか否か、といったところだったのだ。
そんな、歪な発展の仕方をするくらい、向こうの世界では長い戦争が行われていたのである。
まあ、それでも最後に俺とウタが戦った際、決着を付けるのに使った武器が剣という辺りに、面白いものを感じるのだが。
あの世界において、極まった個は群を凌駕する。魔力を極めれば、一騎当千の活躍が出来る。
量と質ならば、質を選ぶというのが、魔力がある向こうでの常識だったのだ。
「……良いものじゃ。願わくば、ここまでの発展をさせたかったものじゃが……」
そう、ポツリと呟くウタ。
俺は、少し考えてから、肩を竦めて言葉を返す。
「お前を殺した身で言うのも何だが、お前がやれることは、もう、全部やったんだろうさ。だから、あとは……信じて任せるだけ、だろ」
ウタは、俺を見る。
そして、ほんの少しだけ押し黙った後、小さく笑みを浮かべる。
「……そうじゃな。ま、儂にもう出来ることはない以上、あとはこの余生を楽しむとしよう! ユウゴよ、お主と儂が揃えば、この世界の掌握も容易く行えようぞ!」
「いや今のお前じゃ無理だろ。鏡で見てみろ、自分の姿を」
「む、ちと威厳が足りんか? しょうがない、では世界掌握の代わりに、これからは勇者に手籠めにされた魔王として日々を過ごすとしようかの!」
「あのな」
楽しそうにからからと笑うウタに、俺は何も言えず、ただ苦笑を溢したのだった。