魔を払うは、固き意志《3》
物語が進む部分の話だと、全然筆が早くならない……く、悔しい。
――仮面を全て排除した後の、更なる敵の攻撃はなかった。
やはり、狛犬――宇月が一番の仕込みだったらしい。
彼の案内によってダンジョン外に出たところ、途切れていたレイト達との通信が回復し、互いの現状を報告し合う。
どうやら岩永が部下を連れて来ていたらしく、彼らの協力もあって、祭りに出現した人形兵は恐らく全て排除することに成功したようだ。
後から出て来ることも考えられるため、しばらくは警戒を続けるつもりのようだが、もう少ししたら岩永達は撤退し、そのタイミングでレイトは特殊事象対策課に応援を要請するつもりらしい。
俺達とはよく共闘しているが、表立って特殊事象対策課の前に姿を現すのは、岩永達にとってはやはり不都合が多いのだろう。
というかまあ、普通なら殺し合いが始まるかもな。バリバリの指名手配犯だし。岩永。
エミナとイータとも、ダンジョンを出たところで別れた。
せっかくだから、色々とレイト達と話をするそうだ。「うふふ、休暇中ですものね。我々はしばらくニホン国に滞在するつもりですので、またその内にお会いいたしましょう。細かいところは、この方達とお話ししておきますから」などと話していた。
レイト達――特にレイトもそのつもりのようで、通信越しに『……ん、そうだね。後のことは僕らに任せて欲しい』と言っていた。
まあ俺、本質的には特殊事象対策課の部外者だからな。他国の人間相手となると政治も絡んでくるだろうし、そうなると俺は完全に専門外だ。
後のことは、本人の言う通り、レイト達に任せるとしよう。
そうして俺は、宇月を連れてウチの連中のところに戻る。
彼女らは祭りを楽しみながらも、しっかり警戒してくれていたようだ。
ウタとキョウの腰には焔零と雅桜が差さっており、万が一の時のため、一応武装しておいたのだろう。どこかの店で買ったとでも思われているのか、真剣を帯刀しているのに誰も何も気にした様子がない。おもちゃだと思われているのだろう。
うん、平和って感じだ。
「ただいま」
「……お兄ちゃんおかえり――ワンちゃん!」
宇月を見て、すぐにリンが声をあげ、華月もまた興味深そうにリンのかばんから頭を出して、こちらを見ている。
現在の宇月は、俺と戦った時より二回りくらい小さくなり、デカいはデカいがいないこともないであろうという、大型犬のサイズになっている。ゴールデンレトリバーより一回りデカい、ってくらいの感じか?
やはり俺達とは違う在り方をしているため、どうやら肉体というものに関しても、血が通い肉がある俺達のものとは、大分違うようなのだ。
そこにあって、そこにはない。
肉体を非実体化出来ることは戦う中でわかっていたが、つまり現在の見えているそれも、仮のもの――いや、仮って訳じゃないか? 本物なのは間違いないし。
まあ要するに、肉体の大きさを変更出来るということだ。
「おかえり、ユウゴ。……ふむ、その様子からすると、もう問題ないのじゃな。其奴は?」
「宇月だ。色々あって家なくしちゃったから、ウチで一緒に住まないかって誘ってさ。だから、これから仲良くしてやってくれ」
「クゥ」
俺の言葉に続いて、挨拶するように一声鳴き、小さく頭を下げる宇月。
ポンと横に出て来た緋月が、「私の舎弟」と言いたげな様子で、皆に宇月を紹介するようにパシパシと軽く叩いている。
いつの間にか舎弟にされている宇月だが、大人な感じの対応で、特に何も言わない。大人だ。
「……おー、新しい子! 凛は、凛! この子は、華月! よろしくね!」
「クゥ」
ウチの子らと宇月が挨拶している様子を、少し微笑ましくなりながら見ていると、ウタとキョウが同じような呆れた顔を浮かべていた。
「……何だよ?」
「いや? 別に。お主はいつでもどこでも、お主なんじゃなあ、と思うて」
「……ま、これが優護の良いところか。あたしはアンタを尊敬するよ、ホント」
「そうじゃな。ここで放っておく、という選択肢は此奴には存在せぬし、そうやって儂らも共に過ごすようになった訳じゃからな。これが、ユウゴよ」
「……んふふ。お兄ちゃんは、いつでもお兄ちゃんなんだね!」
「…………」
何にも言えなくなり、ただ苦笑を溢していると、ウタはチラと俺の左腕を見る。
宇月に、噛み付かれた方の腕。
すでにエミナが傷を治してくれたし、夏で半袖を着ていたため、噛まれた部分の服が破れていたりする訳でもないのだが……。
「……ま、良いわ。今更じゃしな。――宇月と言うたか。儂はウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。こっちはシミズキョウ。実はの、立場としては、儂らは同じじゃ。お主もこの男の一端を見たのならば、多少はわかろう? つまり……ま、これから互いに、苦労するということじゃ。お主も我が家に来るのならば、その点は覚悟しておけよ?」
「――クゥ」
真っすぐ見返して、静かに一言鳴く宇月を見て、ウタは満足するように笑う。
「かか、良い目じゃ。なるほど、ユウゴが気に入る訳じゃの。――よし、ならばこれから、共に楽しむとしよう! この祭りをな! はい、ユウゴ。お主のお面」
ウタ達はどうやら、屋台でお面を買ったらしい。
その内の一枚を、俺へと渡す。
「……何故にひょっとこ面?」
お面はひょっとこ面だった。
「いやぁ、残念じゃったのぉ! 被りがないようにしたんじゃが、余りがそれしかなかったんじゃ」
「おう、随分ラインナップが少ない店だったんだな?」
「そう、さらんらっぷがな!」
「……ん、サラダラップがね!」
「そう、らっぷとっぷがな!」
「……ん、ラップ三週目! ゴールは目前!」
「俺、ツッコまないからな?」
「優護、アンタの役目だろ。収拾付けんのは」
リン、あんまりウタに染まっちゃダメだからな?
お面というか……仮面には今、あんまり良い思いがないのだが、まあいいか。
やれやれだという思いながら、ニヤニヤするウタから仮面を受け取り、俺もまた頭に付ける。
「うむ、よく似合っておるぞ!」
「おう、カッコイイぞ、優護」
「よし、お前らを俺の敵として認定する」
「……もしかしてお兄ちゃん、他のが良かった? 凛のと交換、する?」
「い、いや、大丈夫だぞ、リン。俺はこれでいいさ」
「そうじゃ、口では何だかんだ言いつつ、嬉しいのを照れ隠ししてるだけだからな、此奴は!」
「……んふふ、なら良かった」
「ウタ、お前後で覚えてろよ?」
そんな冗談を言い合いながら、俺達は祭りの中へと――俺は、ウタを見る。
ウタもまた、俺を見ていた。
「――っと、すまん。そういやちょっと、レイト達にまだ話さなきゃいけないことがあるんだった。ウタ、お前も関係あるから付いて来てくれ。キョウ、悪いが少しの間だけこっちを頼む。宇月も、ちょっと頼むな。すぐ戻るから」
「? わかった」
「何じゃ何じゃ、面倒じゃな。さっさと終わらせるんじゃぞ?」
「わかってるって」
俺の意図を汲み取って、顔を顰めてみせるウタに肩を竦め――俺達は、その場を離れる。
「こっちか? ん、こっちだな」
「そうじゃな」
歩く。
自然に、無造作に、何も気にしていないかの如く。
――瞬間、俺とウタは、同時に刀を突き出していた。
刺し貫いたのは、歩いていた一人の男。
ブシュウ、と血が爆ぜ――ない。
まるで、ゴムでも刺したかのような妙な感触。
「――ほぉぉ? 大したものですねぇ。これだけの偽装でも、わかりますか。狐のお嬢ちゃん達相手ならば、これで騙せると思っていたのですが」
特徴の何もない声。
借り物のような、数時間後にはもう、思い出せなくなっているかのような。
その表情には、笑みが浮かんでいる。
仮面を思わせる、無機質で、偽物くさい笑み。
「お前は人間の個々なんて見てないんだろうがな。俺達はそれを、見分けんだ。――その、ヘドロみたいな気色悪い魔力。誰が忘れるもんかよ」
「性根の悪さが魔力に滲み出ておるの。ドス黒い、へばりつくような悪意。ヘドロとは上手く言うたもんじゃ。溝川からでも生まれ出でたか?」
「ククク、酷いことを言いますねぇ。これでも身綺麗にしているのですよ? まあこれ、人形兵なので、別に湯に浸かったりはしないのですが!」
俺とウタに刺し貫かれ、もはや何も行動は出来ないだろうが、それでもニタニタと笑う男。
いや、人形兵。
実際、ここまで排除した人形兵と比べ、その性能は段違いだ。
まず、初見であったのならば、俺でもただの人間にしか見えなかったことだろう。
魔力の流れは正常、肉体動作には一切の違和感がなく、完全に人込みに紛れ込んでいた。
こちらの世界では、間違いなく精鋭と言えるであろうレイトや岩永達が、「人形兵は全て排除した」と判断してしまったくらいには、完璧な出来だ。
これだけの無個性となれば、あまりにも強大過ぎる魔力と気配を持つシロちゃんやツクモでは、己の存在で掻き消されて、確かに捉え切れないかもしれない。
大海原に紛れた水の一滴に、果たして気付けるのか、ということだ。
だがコイツは、宇月のダンジョンにて、一度俺の前に姿を現している。
どれだけ薄く、どれだけか細いものでも、その気配を忘れることなどない。
一度浴びた悪意の感覚は、残り続ける。
にもかかわらず、こんな近くに現れやがった。
端的に言って、舐めているのだろう。コイツは、俺を。
ちなみにウタの方は多分、普通に素の感覚で、ほんの微かな違和感を捉えたのだと思われる。コイツなら、それくらいはやれるからな。
「流石、あの犬神を、殺しもせず無力化しただけのことはあります。同レベルの実力者がもう一人いるのは予想外に過ぎましたが。全く、この『生き人形』だけは、割と自信作だったのですがねぇ。見た目は普通の人間、でも中身は怪物! というのをやりたかったのですが。こうも簡単に失ってしまうとは」
「いい加減しつこい奴だ。とっととくたばりやがれ」
「うっふっふっふ、是非ともその恐ろしい刀で、私を斬れるといいですねぇ。では、今回はこの辺りで――」
「――いいや、逃がさぬよ」
仕掛けたのは、ウタ。
俺の隣で立ち昇る、莫大な魔力。
――意思なき人形兵。
つまりは、それを操る者がおり、糸が繋がっているということ。
ウタが辿るのは、その繋がり。
「! それはマズいですねぇ!」
己が何をされているのか、相手も気付いたのだろう。敵が接続を解除したらしく、人形兵が浮かべていた、ニタニタとした笑みが突然無表情に戻る。
そして、自動運転モードでも搭載されていたのか、ウタに向かって攻撃を開始し――。
「させると思うか?」
それより先に、緋月でその両腕を斬り飛ばす。
だが、当然ながらそれだけでは止まらず、他の人形兵とは一線を画すような機敏な動きでくり出される、ハイキック。
まともに当たったら、そのまま首の骨でも折られてしまいそうな鋭さだったが、見えている。
半歩だけ躱すことで横にすり抜け、伸ばされたその足に向かって緋月を振るう。
飛んでいく、足の一本。
反動で、人形兵の体勢が崩れたところで、俺は胴を袈裟斬りにしていた。
「宇月より倍は弱いな」
一刀両断。
我が愛刀に斬られ、魔力を吸われていてなお動くのは大したものだが、ならもう物理的に動けないようになってもらおうか。
そうして、流石に可動限界に陥ったのか、ぐしゃりと人形兵が崩れ落ちて動かなくなったところで――迎撃を完全に俺に任せて集中していたウタが、フゥ、と一つ息を吐き出した。
「……やりおる。儂の追跡から逃れおった。魔力を辿る途中の経路に、幾つか仕掛けが施されておった。その突破自体は出来たが、そこに掛かった数秒で無理やり繋がりを切りおった。意外と慎重な奴じゃな」
「……お前でも捉え切れない相手か。まあ、だからこそシロちゃんやツクモを相手にして今まで生き残ってたんだろうが……厄介な敵だな」
シロちゃんはともかく、ツクモは己の手足を広く日本に配置してるっぽいからな。
そこから逃れ続けているのだ。凄まじい生存本能だと言えよう。
その俺の言葉に、だがウタは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「おっと、侮られては困るのぉ。ほれ」
そう言って、ウタがポンと俺に放ったのは、濁った色をした、小さなスーパーボール。
祭りの景品だろうが……マジか。
ここから感じられる魔力。仮面野郎と全く同じものだ。
「奴の魔力の残りカスを封じ込めた。ほんにカス故、欠片のようなものだけじゃがの。ま、それでも手掛かりくらいにはなるじゃろう」
「……お前、今のやり取りの中でそんなことまでしてやがったのか?」
「かか、儂にかかれば、余裕も余裕よ! お主はこういう魔力の使い方、苦手じゃものな」
「苦手なのは苦手だが、これ、そういう次元の技術じゃないだろ」
「ま、ちと難しいのは確かじゃな。――さあ、今度こそ、祭りを楽しもうぞ! その人形兵は、お主のあいてむぼっくすの中にでも突っ込んどれ」
「そうだな、そうするか。……ウタ」
「ん?」
「お前がいてくれて、助かったよ」
「かか、儂は妻じゃからな! 夫の背を支えるのは儂の役目! 当然のことよ!」
からからと笑い、ポンと俺の肩を軽く叩き、そしてウタは歩き出した。
……コイツには、本当に敵わないな。