魔を払うは、固き意志《1》
ちょっと書き直すかも。
「ふむ」
木々。
明かりのない、人の気配が欠片も感じられない、連なる軒。後ろを振り返ってもそれがあり、まるで鏡合わせで写し取ったような街並みが広がっている。
少し奥に見えるのは、鳥居と山の奥へ続く石階段。そして一人でに浮いている灯篭。淡い光が、遠くまで見えている。
先程までは発生していなかった霧が立ち込めており、真昼間であるにもかかわらず少し薄暗く、何より特徴的なのは、空間の異常な魔力量だ。
「ダンジョンか」
人形兵をシバいて回っていたところ、何やら空間の揺らぎのようなものを感じ、そこに向かってみたところ――気付いたら俺は、この場所に立っていた。
なるほど。これが敵の本命か。
つまり目的は、威力偵察だったってことか? こちらのリアクションや、手勢を確認するための攻撃。
空間の揺らぎに気付いたら、こうやって誰かしら跳び込んでくるだろうしな。
ただ、このフィールド……一から敵が用意したものなのか? それにしては、おかしな感じの気配だが……。
ダンジョンなので、先程までの人込みは当然ながら存在しておらず、周囲には人っ子一人いない――いや。
「何だ、アンタらも来たのか」
「ダンジョンですか。うふふ、何だかワクワクしますね」
「迷宮……聖女様。決して私の傍を離れないでいただきたく」
「わかってますわかってます。私、戦闘能力はありませんし」
「それを自覚しているのならば、こんなところまで来るなどと仰らないでいただけませんか」
「無理です」
「…………」
息ピッタリな様子で話しているのは、欧州勢の二人。
エミナ=ウェストルと、イータ=パーシヴァル。
空間の揺らぎに気付いたのか、それともエミナの『未来視』とかって能力で察知したのか。
ちなみに、いつの間にか護衛であるイータの腰には、先程まではなかった剣が差さっていた。空間魔法を、二人のどちらかが使えるのだろう。あるいは魔道具か。
大きさと長さは両手剣の部類で、形状からして恐らく、エクゼキューショナーズソード。
処刑人の剣。
確か、エクゼキューショナーズソードは本来、片手剣程度の長さだったはずだが、あれははっきりと両手剣のサイズだ。
その刀身には、ビッシリと紋様――魔法式が刻まれており、かなりの業物であるというのが一目で理解出来る。……どんな能力なのか、ちょっと気になるな。
「にゃあ!」
と、俺が彼女の剣にちょっと気を引かれているのがわかったのか、突然緋月が足元に現れ、パシパシと猫パンチを食らわせてくる。
「いてっ、いてっ、待て、悪かった、悪かったって。どんな能力をしてるのか、気になっただけだ。敵って訳じゃないが、完全に味方って訳でもないんだから、その能力を気にするのは当然だろ?」
「……にゃう」
「わっ、可愛い猫ちゃん!」
「……魔獣剣の類ですか。面白い武器を使っているものです」
出現した緋月を見て、瞳を輝かせるエミナが、ススス、と近寄ってきてウチのを触ろうとするが、緋月はぷい、と顔を逸らし、ピョンと跳び上がって一息に俺の肩の上に乗る。
「あらら、嫌われちゃいました……残念です」
「悪いな、コイツ結構気難しいんだ。俺にも普通に噛んだりパンチしたりするし。――それより、緋月、戻れ。来たぞ」
肩の感触が消えると同時、俺は緋月を斬り上げる。
そこにあったのは、影。
犬っぽい、狼っぽい四足歩行のシルエットをしているが、影なので細かい形状がわからない。仮名として、『影法師』とでも呼ぼうか。
感触は非常に薄く、空気でも斬ったんじゃないかというような感じで、実際ただの刀剣だったらすり抜けるだけだったと思われるが、同時に緋月が魔力を吸い取ったことで消滅する。
だが、いつの間にか俺達の周囲には、同じような個体が数十と出現しており、薄暗闇の中からこちらを見ていた。
「アストラル系の魔物です。イータさん、そっちは大丈夫ですか?」
「問題ありません。こういう者達を浄化させるのは、むしろ本職です」
……考えてみればそれもそうか。聖女なんて呼ばれてるのもいるし。
そして俺達は、声もなく攻撃を開始した影法師を迎撃する。
連携など何もない、まるで機械のように定められた行動のみだが、斬った傍から次が補充され、数が減らない。
全然弱いし、多分百や二百出て来られても余裕で対処出来るが、これ、大本を斬らないと延々と出続けるタイプだな。
時間があるならキョウでも連れて来て特訓させたいところだが……そもそも俺達、旅行中なのだ。
『……にゃあう』
それに、どうやら影法師の魔力、美味しくないらしい。緋月が、微妙に不満げな鳴き声を漏らしている。味が薄いようだ。
……何だか、腹が立ってきた。
せっかく倒されるなら、もっと美味い魔力してろよ。それなら緋月も喜ぶし、まあええかってなるのによ。これだと残るのは徒労だけだ。
「……さっさとボス倒して、帰るか」
『にゃあ』
このダンジョンで怪しいのは……まあ、どう考えても、あの奥に向かって連なっている鳥居だな。
一人ならもう、奥に突っ込んでるところだが、今は同行者がいるので、多少はそっちも気にして――と思ったが、大丈夫そうだな。
護衛であるイータも、この程度はどれだけいても余裕らしく、エミナを守りながら次々と襲いくる影法師を捌いている。
そのエミナの方も、先程見せていた人払いと同じ系列の魔法を発動させているのだろう。
まるで透明人間かの如く、影法師達は彼女を気にした様子がなく、完全に無視している。
俺やウタなら感知出来るが、多分キョウだと気付けないな。レイトならギリ気付けるだろうか?
岩永や田中のおっさん辺りなら、違和感を覚えることが出来るだろうが、つまりはそれ程の実力者でなければ、存在の欠片すら感じ取れない程の隠密術ということだ。
これなら、何が出て来たとしても、己を隠し通すことが可能だろう。あの二人は、俺が気にしなくても良さそうだな。
「二人とも、多分敵はこっちだ。一気に向かおう」
「ミナギさん、少しだけお待ちを」
「何だ」
「実はですね。私、足が遅いんです」
でしょうね。
「すぐに息も上がっちゃうので、二人に置いて行かれちゃうでしょう。ので、フォルムチェンジ! さあイータ、私をおんぶか抱っこするのです」
「……あの、聖女様。それならば、安全地帯で待っていてほしかったのですが……」
「嫌です。それでは、せっかくの彼の戦闘を、見逃してしまうではないですか。それはもう、はっきりと政治的損失です!」
本人がいるところで、政治的損失とか言うのやめてくんない?
なんか、無性に手を隠したくなるんだけど。
「……わかりました」
「イータさん、あなた大変ですね」
「残念なことに、慣れておりますれば」
……何となくだが、ツクモを思い起こさせるな。
上に立つ人間っていうのは、大なり小なりこういうところがあるのだろうか。ツクモ人間じゃないけど。
そうしてイータは、きっと裏では色んな感情があるのだろう、押し殺したような無表情で、上司たるエミナを片腕で抱えるように抱っこする。
抱っこされたエミナは、何故か少し満足げである。
「ミナギ殿。私はこれで手が減りました。あまり加勢は出来ないものとお思いください」
「……まあ、そっちがそれで問題ないなら、こっちも問題ないです。じゃ、付いて来てください」
そうして俺達は、襲いくる影法師達を蚊でも払うように斬り捨てながら、鳥居の道を登っていく。
それにしても、弱い。神経を張り巡らせる必要もなく、テキトーに緋月を振るうだけで蹴散らせる。
ただ、こういうのは結構パターンがあって、大体最後に……。
やがて、鳥居の道を登り切り、神社のような場所へ辿り着き――そこに、ソイツはいた。
デカい、黒い影。
顔は見えない。まるで闇に浮かぶようにして、祭祀用に使われるような面が一枚張り付いており、それだけがくっきりと輪郭を露わにしている。
フォルムは四足歩行で、恐らくはさっきまでの影法師達の親個体だと思われるが……一つだけ、明確になったことがある。
コイツらは、犬だ。
「イータ」
抱っこから下ろされたエミナが、薄い笑みを浮かべたまま、部下の名を呼ぶ。
「はい」
瞬間、イータの剣が、淡く発光し始めた。
そこに含まれる、莫大な魔力。
それが振り下ろされ――る前に、俺が射線を遮った。
「……何でしょうか、ミナギ殿」
「あれは殺しちゃダメです」
「何故です? どう見ても敵の親玉でしょう。この空間を形成している核だと思われますが」
「わかるでしょう。――アレは核だが、敵じゃない。敵にされてるんだ」
敵は、狛犬だった。
獅子というよりは、もっとスラッとしていて、それこそ狼みたいなフォルムではあるのだが、まあ狛犬は狛犬だろう。
神域の守り神。
最初からそういう風に設計された魔物、という可能性もあるが……そもそも俺は、このダンジョンには違和感を覚えていた。
敵の悪意と、清浄な気。
相反する二つがここにはあり、せめぎ合っていたからだ。
リンを思わせるような清浄な気だ。敵が作ったダンジョンならば、そんなもの存在しないだろう。
あの狛犬を捕らえ、その魔力を利用して作り変え、今回の事態に利用したのだろう。
また、今までの朧げだった影法師達と違って、狛犬だとわかるくらいにコイツの輪郭はくっきりと見えるのだが、恐らくそれは元々の肉体があって、その上に影を纏っているからだろう。
で、その影を発生させているのが――。
「俺の実力を見に来たんでしょう? だったらあとは、俺に任せてください」
イータと、真っすぐ目を合わせる。
彼女は、険しい表情をしていたが……。
「イータ、構いません」
「……わかりました、あとは任せます」
「じゃ、そこで見ててください。――で、お前もだよ、お前」
俺は、狛犬に向けて――仮面に向けて、真っすぐ緋月を向けた。
「見てんだろう、そこで。いいぞ、見せてやる。しっかり見て、感じろ。その内、お前を斬る剣だ」
そう言うと、すぐだった。
――笑う。
仮面が。
無機質なはずのそれが、生命を宿したかのようにニィ、と大きく笑みを浮かべ――次の瞬間、狛犬が、俺へと向かって突撃を開始した。
安全圏で笑ってんじゃねーぞ、この仮面野郎。
お前、殺すからな。
最近更新遅めなので、ここで自分を追い込むために宣言を。
メッチャ更新するぞ!