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人形兵《2》


 事態発覚から、早二十分。


 玲人は、海凪優護、岩永、欧州勢の二人とは別の方向へ走りながら、周囲の警戒を行っていた。


 その天才の観察眼で、場の全ての情報を脳内で処理していき、一つの異変も見逃さない。


 男、女。


 大人、子供。


 服装、癖、体勢。


 魔力的異常、身体的異常、空間的異常。


 常人ならば確実に見落としているであろう、欠片のような情報を余さず拾う程に、鋭敏に感覚を尖らせ――が、そうして五感を超えた第六感までをもフルに活用しながらも、彼は脳内で全く別のことを考えていた。


「全く、あの二人とも……いや、これは僕の経験不足なのかな」


 ――玲人は、欧州からやって来たあの二人組を、全く信じていない(・・・・・・・・)


 何故なら、欧州にて今、いったい何が起こっているのかを、よく知っているからだ。


 政治闘争。権力闘争。


 宗派の違いによるゴタゴタ。


 延々とそれらが続くような日常を、あの二人は生きている。


 それに、見ればわかる。彼女らは、一見するとのほほんとしているような――いや、のほほんとした様子なのは聖女の方のみであるが、とにかくあの二人は、どちらかと言うと策謀を巡らす側である。


 命令されて動く実働部隊ではなく、権謀術数が渦巻く世界を生業としている、息をするように謀を行う人種。


 政治闘争の世界で、周囲を引っ掻き回す側なのだ、彼女らは。


 にもかかわらず、こちら側の二人は、それを気にした様子がない。


 まず、同じ情報を得ているはずの岩永だが、彼が二人に対してあまり警戒を見せていない理由は、恐らく優先順位を明確に設定しているからだろう。


 先にすべきは、今回の事態への対処。それを終わらせてから、次を考える。


 そう割り切っているからこそ、あとで敵に回る可能性があったとしても、とりあえず今は味方としてカウントしているのだと思われる。


 裏の事情は何も知らないであろう海凪優護の方はもっと簡単で、彼は騙されることなど考えていない。基本的に相手を信じ、受け入れている。そういう性格なのだ。


 ただ、騙されたら騙されたで、あとで対処すればいいか、とでも考えているような節がある。


 何が起こったとしても、まあ何とか出来るだろうという自負があるからこそ、細かいことにこだわらないのだ。


 そして自分には、そんな自負もなければ、「これは割り切るべきこと」という判断を降せる程の経験も薄い。


 こういう時につくづく、才能なんてものはただの取っ掛かりにしか過ぎないのだということを実感するものだ。


 ……それにしても、大妖怪ツクモもまた、随分と有能な部下を持っている。


 あの岩永という男、戦闘能力もさることながら、情報収集能力、情報分析能力、指揮能力等の全てが一流だ。


 彼女の組織には、二人の大幹部がおり、その一人が岩永であるということはすでに調べが付いている。


 片方は常にツクモに付き従っているため、情報が極端に表へ出て来ないのだが、岩永の方は現場指揮官として部下達と行動を共にしていることが多いようで、それなりに情報があるのだ。


 大妖怪ツクモが、裏魔法社会に根を張るために作り上げた組織――『黒狐』。


 結束が固く、一度(ひとたび)動き出したのならば、己達のトップの意思を実現するまで止まることがない。特殊事象対策課より、余程しっかりした組織だと言えるだろう。


 そしてその屋台骨として、岩永という男は組織を大きく支えているのだ。


 仮に彼がいなくなった場合、『黒狐』の力は、半減するとまでは言わないが、三割は低下するのではなかろうか。


 意外と岩永に気を許しているらしい海凪優護の様子を見ても、その人心掌握能力――つまり、人を惹きつける才能があるのがわかるだろう。


 岩永の在り方は、己には無理だ。他者の心など考えない自分では、どうしても薄っぺらくなり、嘘がバレる。そして、逆に心が離れることになるだろう。


 己に合っているのは、彼とはもっと違う形の、部下達と接する時には明確にメリットデメリットを提示した、ビジネスライクの付き合いだろうか。多分、そっちの方が余程上手くいくだろう。


 ……まあいい、組織論を考えるのは今ではない。


「きゃあっ!?」


 あがる悲鳴。


 即座に駆け出していた玲人の先にいるのは、暴れる男と、襲われる女性。


 人形兵。


 玲人は、こういう時のために隠し持っていた棒手裏剣を取り出すと、瞬時に魔力を込め、手首の返しだけで放つ。


 狙いは、拳を振り上げた男の腕。


 刹那の後、ヒット。


 棒手裏剣という小さな質量では、本来ならば刺さったとしても痛みを覚えるだけで、痛覚など存在しない人形兵では意にも介さないだろうが、そこに込められた魔力によって、まるで剛速球でも当たったかのように大きく腕が弾かれる。


 そうして人形兵の体勢が崩れたところで玲人は、その懐に入り込んでいた。


 見る。


 ――腹部か。


 一瞬で魔力の集中している部位を見抜いた玲人が振るったのは、寸鉄。


 妖刀を作成するのと同じ手順で作成された、特別製のそれは、正確に人形兵の核を貫き、一撃で破壊に成功していた。


 棒手裏剣に、寸鉄。こういう人込みで、ロクに刀を振り回せないような環境で戦う時のため、一通りを綾に教わったものであるが、一度教わっただけで玲人は実戦で使える程の技術に昇華していた。


 暴力沙汰が発生し、周囲がザワザワとする中で、玲人は堂々としながら、襲われて腰を抜かしていた女性に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」


 若干顔を赤くしながらコクコクと頷く彼女に、玲人はにこやかに笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「うーん、酔っ払ってたみたいですね、この男。微かに酒の匂いがします。私、このお祭りの関係者でして、警察に連れて行きますので、あとはお任せください」


「は、はい、ありがとうございます!」


 嘘八百を並べ立て、そのまま人形兵に肩を貸すようにして連れて行った玲人は、人目が無くなったところでそれを放り捨てると、次に向けて走り出した。


 ――狙いは、いったい何だろうね。


 この祭りを狙ったということは、シロを狙っての――シロの評判を落とすことを狙っての攻撃なのだろう。


 で、それがいったい何になるのか?


 海凪優護も別に本命があるだろうと予測していたが、己もそう思う。


 ただ、戦略も何もない、こんな場当たり的な出現の仕方をしている人形兵から、いったいどんな攻撃に繋げるのか?


 もっと直接的なテロ攻撃に?


 それとも、全く別の動きが?


 この人形兵の出現のさせ方からでは、何だか敵の目的がよく見えないのだ。


 ――考えよう。


 まず……敵にとって想定外は、二つあったはずだ。


 海凪優護と、そして聖女エミナ=ウェストル。


 ただの旅行で巻き込まれただけの前者と、『未来視』などという謎の能力で予知し、この場に現れた後者。


 己も、聖女の行動に引っ張られてこの場に現れただけ。どちらかと言うと想定外になるだろうか?


 だが……『鵺』を追い続けていた、ツクモ達『黒狐』。


 それに関して言えば、鵺からすれば、見えていた敵なのではないだろうか?


 ――狙いは岩永達、なのかな?


 鬱陶しいから、引きずり出し、潰す。考えられないことではない。


 それならば、今のところ全く意味のない人形兵達の動きにも、納得出来なくもない。


 ……考え過ぎかもしれないが、警戒するに越したことはない、か。


「岩永さん。これ、シロ様狙いなのかもしれませんが、それ以外にも――」


『我々が狙いである可能性、か? 考えられなくはないな』


 恐らく同じことを想定したのだろう。


 岩永からもまた、肯定のような返事が戻ってくる。


『我々がこの攻撃を察知出来たのは、鵺の行動の足跡を見付けたからだ。だが、鵺とは、そのような痕跡を今まで一切見せずにいたからこそ、そう名付けられた存在だ。何故、今回だけ察知することが出来たのか。我々が、その輪郭を捉え始めることが出来ているからか? それとも――』


「わざと、ということですか」


『そうだ。だが、それでも敵が情報を残したことは確かな事実。人形兵の残骸も残る。何が目的であろうが、これは我々にとってチャンスと見るべきだろう』


「なるほど、それであなた程の重要人物が、直接この場に現れた訳ですか」


『さて、どうだろうな』


 ――と、そう話していた二人は気付く。


 同じ話を聞いているはずの他三人から、何も返答がないことに。


「海凪君?」


『聖女殿。イータ殿。聞こえるか』


 三人から、やはり返答はなかった。


 これがたまたまであると考える程、彼らは間抜けではない。


「岩永さん」


『……ふむ。この距離で無線が途切れることはまずあり得んし、電波的障害、魔力的障害も発生していない。となると問題は、機器ではなく彼らの方に発生したと見るべきだな』


 こちら側で電波的、魔力的障害が見当たらず、にもかかわらず繋がらない通信。


 考えられる可能性は幾つかあるが……。


 玲人は、脳裏に浮かんだ予想を口にする。


異界化(・・・)、でしょうか」


『可能性はあるな。あれは、こちらと地続きのように見えて、空間が断絶している。中に入ったのならば無線は繋がらないだろう。違うとしても、何らかの敵の本命の攻撃が発動したと考えるべきだ』


「……聖女達の動き、どう見ます?」


『海凪優護は、持ち前の観察眼で異変を察知し、巻き込まれたのだろう。だが聖女達の方は、聖女が未来視か何かで気付き、にもかかわらず我々に黙っていた可能性がある』


「海凪君の実力でも確認したいんですかね」


『そうなのだろう。君はわかりやすく二人を警戒していた。彼の情報を得ようとしても、邪魔される恐れがあると判断したのだと思われる』


「…………」


『フッ、まだ青いな、飛鳥井玲人。我々のような人種は、いついかなる時でも感情を見抜かれてはならん。ま、私もこうして出し抜かれている以上、偉そうなことは言えんし、君が感情を隠していたところで、同じように動いていた可能性は高い。どちらにしろ、ではあるだろうが』


 玲人は、思わず一つため息を吐く。


「で、出し抜かれた我々はどうします?」


『海凪優護がいる以上、どんな事態であろうが向こうは彼が解決してくれるだろう。ならば我々は、巫女様を讃えるためのこの祭りに、腹の立つ悪評が付けられんよう、人形兵を全て駆除すべきだな。幸い、私の部下の展開も完了した。こちらは我々で片付けるぞ」


「……わかりました。そのように」

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レイトが前作の若かりし頃の不器用な魔界の王らしさある
本命は誰ぞ
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