人形兵
これで四体目か。
「フッ――」
今はアップル――じゃなく、エミナの人除けの魔法がないので、一息に緋月で急所を斬った後、アイテムボックスに人形兵の残骸をしまうことで隠蔽を図る。
多少怪訝に思われるかもしれないが、わざわざ個々に魔法を掛けて騒ぎを抑えるような余裕はないからな。
緋月は思いっ切り腰に差しているが、日本においてこういうのは、あんまり本気にされない。堂々としていれば、見られはするものの、意外と何も言われないのだ。流石に警察とかがいたら、声を掛けられるかもしれないが。
平和ボケと言われるだろうが、俺はこの平和ボケが悪くないと思っている。
実際に平和だからこそ、そのような意識になるのだ。どう考えても悪いのは、それを脅かす者だろう。
軍人ならば常に危機に備える意識を持たねばならないだろうが、一般人ならそれでいいと思うのだ。
「人形兵は、人形だ。だから、潰すには動力源を壊す必要がある。胸部にそれがあることが多いが、虚をつくために他の位置に存在することもあって、一概にどことは言えない。魔力の流れを見極める必要がある。あと、人間を模してるが、だからこそ人間じゃあり得ん攻撃をしてくることもあって、そこは気を付けろ」
人形兵の特徴を無線で話すと、すぐに言葉が返ってくる。
『ふむ、具体的には?』
「人形である以上、首落としたところで死なんから、そこで倒れたように見せかけて、敵が去ろうとした瞬間に後ろから不意を突く、みたいなプログラムがされてることがあんだ。まあ要するに、人間の見た目だからって、『人間』の枠に当てはめて考えるとマズいぞって話だ。あれだ、生物兵器的な感じのが原因のゾンビじゃなくて、黒魔術的な感じのが原因のゾンビ』
『いや海凪君、最後の説明でむしろよくわからなくなったけど』
『なるほど、わかった』
『あ、わかったんだ。……なんか、僕だけ疎外感感じるなぁ』
『……あなた方は、いつもそんな感じなのですか?』
『ふふ、仲が良いんですねぇ』
何と言うか、結構な緊急事態なのだが、微妙に気が抜ける無線の会話である。
「あと、人形兵ってのは、基本的に攪乱が目的だ。一般人に被害を出して混乱させ、その間に本命の攻撃を行う。単体で運用することはほとんどない。である以上、今回のこれも、別に本命がある可能性が高いと思ってんだが――鵺ってのは、何だ?」
俺の質問に答えたのは、岩永。
『鵺とは、ツクモ様が長年追っている敵だ。海凪優護が討伐した、五ツ大蛇を造り出したのも、その者だと我々は考えている』
「へぇ?」
『古来より、この国では幾度か大妖が現れ、暴れ回ってきた。その度にツクモ様とシロ様が協力して打ち倒し、日本を守り続けてきた。そんなお二人方だからこそ、気付いたことがあるのだ。その魔物達の出現の仕方が、何かおかしいということに』
「……ソイツらを生み出したのが、鵺と」
『恐らく、だがな。――鵺。正体が全くわからぬ、はっきりとせぬ故に、そうツクモ様が名付けられた。そのため、本質は違うのかもしれん。わかっていることは、その者は生きている限り、混沌をばら撒き続けるということ。今までは、狙いは日本なのかと思われていたのだが……聖女殿。貴殿は、その情報を探る目的もあってこの国にやって来たのでは?』
『さて、どうでしょうか。少なくとも、今この時にこの場所にいること。それが我々にとってプラスになるだろうと判断して、この場にはやって来ましたが』
……なるほどな。
その鵺とやらは、欧州にまで手を伸ばしている可能性がある程、手広く悪意をばら撒いている、ということか。
と、次に口を開いたのは、ガーネット――じゃなくて、イータ。
『イワナガ殿、でしたね。あなたの仰る通り、欧州魔法社会にて発生している幾つかの騒動において、外部からの干渉が存在していることはすでにわかっております。情報があるのならば、お聞かせ願いたい。無論、タダでとは申しません。こちらでご協力出来ることがあるのならば、そうさせていただきますので』
『ほう、そんなことをここで決めてしまって良いのか?』
『構いません。私はあくまで聖女様の護衛でありますが、業務に関する権限ならばある程度有しておりますので。それに、テロリストは必ず殺さねばなりません』
『クク、そうか。その意見には完全に同意する。テロリストは必ず殺すべきだ』
『うわ、言い切ったよ、この人』
『……? 何でしょうか?』
『いやぁ、僕からは何とも』
イータさん、あなたが話してるその人、実はテロリストなんですよね。
◇ ◇ ◇
――優護からの電話が切れた後。
「優護、何だって?」
「敵じゃ。先程より、妙な気配が混じり始めておると思うておったが、やはりか」
「……さっきの二人か?」
「いや、どうやら違うらしい。儂も同感じゃ。あの者らからは、変な悪意は欠片も感じんかった。別口じゃろう」
ウタと杏は、凛達に聞かれぬよう、こっそりとそう話す。
「……アンタらって、そういう星の下に生まれてんのか」
「儂より多分ユウゴの方じゃろ。こんな頻繁に面倒ごとに巻き込まれるなんぞ、儂もなかったぞ。……ま、それは皆が彼奴を頼るからじゃろうがの。その分だけ、問題にも巻き込まれる」
「今日出先なんだが」
「……やっぱり、ユウゴがそういう星の下に生まれただけかもしれんの。それより、ほれ」
人目のない場所で、ウタはアイテムボックスから二本の刀、『焔零』と『雅桜』を取り出し、雅桜の方を杏へと渡す。
杏のみならず、ウタもまた、今では刀を使用している。
そのため、どれだけ着飾っていても、二人は必ず腰に鞘を差せるような服装をしているのだ。
「……ここ、人多いぞ。真剣なんて差してて大丈夫か?」
「堂々としておれ、堂々と。変に気にするから注目を集めるんじゃ。それに何か言われたら、儂が『あのね、お姉ちゃんと一緒に、店でお父さんに買ってもらったの!』と言うてやるから」
「お、おう、そうか。……まあじゃあ、そん時は頼むわ」
「うむ、任せよ」
「……? お姉ちゃん達、どうしたの?」
そんな二人の様子に、不思議そうな顔で彼女らを見上げる凛と華月。
「ちと、とらぶるがあったようじゃの。ま、しかし大丈夫じゃ。今、ユウゴが対処しておるからの! あっという間に、解決してくれるじゃろう」
「……! ん! お兄ちゃんがいれば、すぐに解決!」
「かか、その通りじゃ。じゃから、お主らはあんま気にせんでええ。それよりほれ、二人が気になっておった仮面が売っておるぞ! これも、お祭りの醍醐味なんじゃろう? 全員で付けようではないか」
「……ん、私、あのヒーロー面! 華月は、こっちの少年探偵面だって!」
「かか、ならば儂はこの、オニの面にしよう! キョウはどうする?」
「え、あ、あたしも?」
「勿論よ。ほれ、恥ずかしがっておらんで、お主も一緒に選ぶんじゃ!」
「……ん、一緒!」
「じゃ、じゃあ……そこの狐面で」
「よし、ではユウゴには、あの変な顔の面を買っておいてやるとしよう! 店主、この五枚をくれ!」
「はい、まいど!」
そうして買ったお面を、それぞれ頭に付ける。
「……んふふ、似合ってる?」
「うむ、リンもカゲツも、よく似合っておるぞ! このままならば、お祭りますたーになれる日も近いのう!」
「……目指せ、お祭りマスター!」
「あたし、お面なんて初めて買ったわ」
「ほほう、ではお主も一緒に、初めてを楽しめるということじゃな――っと」
――瞬間、目にも止まらぬ速さで焔零を引き抜いたウタは、ビュン、と一瞬だけ振るう。
弾丸の如き鋭さの、突き。
そこから放たれた『魔刃』は、物の見事に人々の間をすり抜けると、何やら暴れ出そうとしていた人間――いや、『人形兵』の動力部を打ち抜き、その一撃で破壊に追い込んでいた。
人形兵の残骸が崩れ落ちることで、「人が倒れた」と騒ぎが起きる――かと思いきや、それより先にウタが座標を指定し、その場にアイテムボックスを開いて中に突っ込むことで、事態の隠蔽を図る。
多少怪訝に思った者はいたかもしれないが、しかし怪訝に思うだけで特に声をあげる者が出ないような、早業であった。
「すげぇ……」
「別にすごくない。この程度はお遊びじゃ。ユウゴならば後ろを向いてても、完全に不意を突いても防御出来る。多分寝てても対処してくるじゃろうの」
「い、いや、その後の隠蔽の速さも合わせて驚いてたんだが……優護以外なら?」
「一流の剣士ならば、ギリ防げるかの? 儂の魔力に押されて吹っ飛ぶかもしれんが」
「それ十分すごくないか?」
「お主も強くなりたいんじゃろう? ならばこれくらいは出来るようになってもらわんとの」
一瞬杏は、「無茶言うな」とか、「どんな超人を想定してんだ」とか、言いそうになったが……全てを飲み込み、代わりに一言だけ言う。
「――あぁ」
「かか、良い顔じゃ。安心せい。お主は強くなっておるよ。ユウゴと一緒に、朝素振りをして、軽く打ち合ってもらっとるんじゃろう? 彼奴は『剣は教えられない』とか言うが、戦場作法は誰よりも知っておる。身体で直に動き方を覚えることじゃの」
「まあ、剣が教えらんないってのは、今はよくわかるけどな。アイツ、デタラメな振り方してるし。あたしが初めて剣術を習った際に、絶対にやるなって言われたこと、平然としてるし」
「緋月がおるからな。である以上、どんなふざけた角度からであっても、刃さえ当てられれば斬れるし、魔力を奪える。どんな体勢からでも、必殺の一撃を繰り出すことが可能な訳じゃ。そしてそのデタラメさが、正規に剣を学んだ者にとって、何よりも捉え難いのよ」
「ウタもか?」
「そうよ。お主は雲を斬れるか? 水を斬れるか? まあ儂は斬れるが、そのためには一つ手順を挟まねばならん。お主も、彼奴の剣技は覚えんでも、相手の意識の間隙を突く動き方は学ぶことじゃ。戦いとはつまり、どれだけ相手を騙せるかよ」
「……そう言う割には、ユウゴのウタの評価って、『バカ正直』だが」
「つまり儂程の実力となれば、そんな小細工など必要とせんということじゃな!」
「今までの会話、全部ひっくり返したな、今ので」
ウタは笑いながら肩を竦め、そして少しだけ真面目な顔になる。
「それより、敵の気配は覚えたか?」
「……妙な感覚はあった。あたしじゃあ、敵っつー確証までは持てなかったが……」
杏の言葉に、ウタはコクリと頷く。
「ならば次はお主がやれ。安心せい、何があっても儂が見ておいてやる。――お主は、己の感覚を信じよ」
優護達と共におり、優護達に色々と教わり、杏が鍛えているものは剣術だけではない。
魔力に関する知識。
そして、魔力感受性。
剣士が、魔法を用いる敵と相対する時に、必ず必要となる能力。
あまり多くの魔力は持っていない杏であるが、彼女の才能は本物であり、それを今、優護達によって磨かれている。
彼女の能力は、はっきりと、大きく伸びていた。
「……わかった」
一つ息を吐き、杏は頷いた。