接触
「……こんにちは、アップル、ガーネット!」
「ほほぉ、こうして近くで見ても、本当によく似ておるのぉ……こんにちはじゃ、アップル、ガーネット」
「はい、こんにちは! 元気な挨拶、素晴らしいです。三人とも」
「こんにちは」
我が家の面々と、アップルになり切っている少女との会話。ガーネットはキャラ設定を守って――というより、多分元の性格が堅物なんだろうな、アレ。
アップルは、三人とも、と言った。つまりは、華月の存在にも気付いているということだ。
その後に交わした言葉は多くなかったものの、しっかりと握手もして、一緒に写真まで撮ってもらい、三人は満足した様子でこちらに戻ってくる。
ただ、ウタだけは、俺が警戒し始めたことに気付いているようだった。
「ユウゴ」
「……ウタ、ちょっとの間みんなを頼む」
ウタは、俺を見上げる。
「ふむ。問題ないのじゃな?」
「問題ない」
「わかった、こちらは任せよ。――よーし、お主ら、こっちじゃ! アップル達とも挨拶出来たし、さっそく祭りに行くぞ!」
リンと華月は不思議そうに、キョウは何かを問いたげに、だが何も言うことはなく、ウタと共にこの場を去って行った。
少女もまた、残っている周りの子供達へ声を掛ける。
「さあ、名残惜しいですが、この辺りで。バイバイ、みんな」
――変化は顕著だった。
二人の周りにいた子供達やその保護者達は、突然、その場から散っていく。
まるで、二人の存在が、見えなくなったかのように。初めから、そんな二人組などいないかのように。
……人除けの魔法か。大した強度だな。透明人間になるどころか、自分達の存在は初めからなかったと、存在情報の書き換えまで行ったのだろう。発動したのはアップルの方だな。
ガーネットは、少女の護衛か。無手の自然体だが、いつでも俺の懐に飛び込み、こちらを斬り捨てられるような体勢を取っており、かなり警戒しているのが見て取れる。
だが、それは俺も同じだ。
緋月はアイテムボックスの中だが、俺は無手の状態から我が愛刀を引き抜き、相手を斬るアイテムボックス式抜刀術の技術がある。こうして正面から対峙している以上、仮に不意を突かれたところで、負けることはないという自負がある。
俺が、先に緋月の刃を叩き込める。そして、相手もまた同じように思っているのだろう。
そんな、互いへの警戒がある中で、アップルのコスプレをした少女だけはにこやかに笑みを浮かべ、警戒など微塵も感じさせない様子で一礼した。
「私は、エミナ=ウェストル。こちらは私の護衛の、イータ=パーシヴァル。欧州魔法協会に所属する者です。ただ、今はアップルとガーネットでもいいですよ?」
「ご丁寧にどうも。一応名乗っておくが、海凪優護だ。よくまあ、こんなところまで来たもんだな。わざわざいったい、何しに来たんだ」
「さあ? 何をしに来たのでしょう」
「は?」
思わず俺がそんな声を漏らすと、少女――エミナはくすくすと笑う。
「実はですね。私、少し特殊な魔法が使えるのです。元は占星術の一種だったのですが、私の一族はそこに様々な改良を加え、結果出来上がったのが――『未来視』という魔法です」
「…………」
「そう、私は未来が見えるのです!」
「そうか」
「……おや、思っていたよりも反応が薄いですね。てっきり、何かツッコミが入るものと思っていたのですが」
「ツッコんでほしかったのか?」
「いや、別に」
何なんだ。
「まあ、未来が見えると言っても、そんな確かなものではありません。その時その時で、ふとこっちの方が良いかな、あっちの方が良いかな、なんてことが何の脈絡もなく、何の根拠もなく頭に浮かぶ程度のものですので」
「勘が良いってことか?」
「勘……そうですね、そのようなものでしょう。あれです、ゴーストが囁くんです」
こうしてコスプレしているところからもわかることだが、どうやらなかなか我が国のオタク文化を嗜んでいらっしゃるらしい。
「恐らくですが、得た情報を基に、まだ私自身も気付いていない、表層には上がって来ない潜在意識のみに存在するような気付き、そこからの推理、それがこの『未来視』の魔法によって発現するのだと思っています。だから私自身も、それが何なのか、ということに答えを出すことは出来ません。結果を得てから、そう行動した理由を逆説的に知るのです」
……未来視、ね。
その言葉が真実かどうかは、俺にはわからない。
だが、魔力とは、未知の力だ。軍事に組み込める程、かなり体系化された技術が存在している向こうの世界でも、それは変わらない。
――原初の魔法。それは、『願い』であったとあちらでは言われていた。
人々の強く、純粋な願い。それが形となり、魔法という現象となってこの世に現れたと言う。
そして、願いとは無形だ。何にでもなれる。
地球では絶対的と思われている、物理法則をも覆す力があるのが魔法であり、つまり『未来視』なんて力が実際に存在する可能性は、決してゼロではないのだ。
世界を超える力があるのである。因果律を見通す力なんぞがあっても、不思議はない。
「……じゃあ、アンタのゴーストは、いったい何を囁いたんだ」
少女は、笑みを浮かべる。
ここまでの、にこにことしたものとは違う、為政者のような笑みを。
「今日、この時に、ここに来ること。ただ、それだけです」
「……それだけの根拠で、わざわざこんな日本くんだりまで来たのか?」
「実際、こうしてあなたに会えたではありませんか。私は、あなた達の行動の予定など、何も知りませんよ?」
「…………」
「それに、今まで私は、この『未来視』を信じて生きてきましたので。逆に、これが信じられなくなった時は、もう私は終わりかな、という思いもあります。と言っても、未来視を信じて行動したけれど、何も起きなかったということもあるのですけれどね。そういう時は、得た情報自体が、どこか間違っていたのだろうと思っています」
……なるほどな。
俺が持つ、戦場を駆け抜けたことで得た勘と、同じようなものか。
「……俺に、そんな価値があるかね」
「当然でしょう。ニホンという国には古き力があり、そこに今回の異界騒ぎの大元だと思われる、あなた方がいらっしゃるのですから。誰でも注目はします」
「異界、ね。アンタらは、随分とそれを危険視してるそうだな」
確かこっちの世界だと、『ダンジョン化』のことも『異界化』って呼んでたな。
まあ意味合い的には、同じことなのだろう。
「人は、得体の知れないものを怖がるものです。先の見通せぬ闇を怖がる。だから、あちこちに照明を置き、物理的に暗闇を消し去った。それが、人間という種に備わっている防衛本能の一つなのでしょう。正しいことだと私は思います」
「へぇ? 自分らは間違っていないと?」
己の視線が鋭くなるのを感じるが、しかしエミナは動じない。
「誤解なさらないでください。別に、それで欧州魔法協会の在り方を肯定する訳ではありません。私もどちらかと言えば、その『得体の知れないもの』に分類されるのですから」
「…………」
「人とは、弱いのです。簡単に心に闇が生まれる。愚かでか弱く、はかない。だからこそ、愛おしい。――話が逸れましたね。まあつまり、今、魔法社会は変革を余儀なくされている、ということです。ニホン魔法社会も、欧州魔法社会も。その中心となりそうな人物を、実際にこの目で見ておくこと。それは、とても大きなメリットとなるでしょう」
……俺とウタという、戦略兵器。
俺達がどう思っているかは関係なく、それがあるというだけで、警戒に値する。そういうことなのだろう。
「異界に関する話。私達の考えていること。それらを詳しくお話ししたいところではありますが――残念ですが、後にした方が良さそうですね」
エミナがそう話を打ち切った、その時だった。
人が寄り付かない――いや、俺達を無視して横を通り過ぎて行く人々の中に感じられる、異様な気配。
瞬間、俺は過ぎ去ろうとした男の首を掴み、一息に圧し折った。
人間ならば、これで死ぬ。
だが、男は動いた。攻撃してきた俺を殺さんと、両腕を伸ばしてきたところで、その心臓に肘打ちを打ち込む。
たっぷりの、俺の魔力と共に。
浸透勁のように、それが男の肉体内部の魔力構造を破壊し、ようやくそこで、動かなくなる。
ドサリと地面に崩れ落ちるが、周囲は騒がない。エミナが、その魔法の発動圏内に俺をも含めているのだ。
……付近に現れるまで、この気配に気付けなかった。
ということは、この男には、一切の敵意も悪意も存在していなかったということ。
「人形兵か」
操り人形に、敵意も悪意も存在しない。ただ、定められた行動を行うのみ。
精密に造られた人形兵は、人間とほとんど変わらぬ気配を持ち、魔力の巡りをしており、それがどういうものか知っていなければ、見分けるのは難しい。
素体は様々。人形を使ったり、死体を使ったり。用途も様々で、相手の種族に化けさせて敵の後方で暴れさせたり、内部に爆弾を仕込んで、テロ染みた攻撃を行わせたり。
ウタはこういうのを絶対に使わなかったし、人間側の国家等でも倫理的に完全にアウトであるため、国際的に禁じられていた。だが、追い詰められた者というのは……得てしてそういう禁忌を侵すものなのだ。
だから、この手の『禁術』については、よく知っている。
とにかく、操り人形ということは、その糸の先を握る者がいる、ということだ。
この、『白狐祭』という祭りを狙った以上、狙いはシロちゃん達だと見るべきだろう。引きずり出すつもりなのか、それとも他に目的があるのか。
あの二人は、今回の祭りに敵が来そうだということを知っていたのか? ……いや、知らないと見るべきだ。
シロちゃん達は、どう見てもそういう腹芸が出来るタイプではないし、わざわざ俺達からの信用を損なうような真似はしないだろう。それくらいの友好関係は築けていると思っている。
今回俺達を呼んだのは、たまたまだと見るべきだ。
あと、コイツらが最初からそこらをウロウロしていたのなら、流石に俺も――いや、俺以上にウタが真っ先に気付いただろうし、気配に敏感なリン辺りなら危険を察知していてもおかしくない。
ちょうど今、このタイミングで放たれたのだろう。
「心当たりは?」
「さて、我々には。そちらはどうです?」
「少なくとも俺にはないな」
俺は、アイテムボックスから緋月を取り出しつつ、ポケットから仕事用のスマホを取り出し、外に出る時はウタに持たせている俺のプライベート用のスマホへと電話を掛ける。
『――ユウゴか』
「ウタ、敵だ」
『……ふむ、やはりか。アップル達か?』
変な気配が混じり始めたことには、流石に気付いてたか。
俺は、チラと二人組を見る。
「いや、多分別だ。俺は排除に動く。そっちも用心してくれ。リン達のことを頼む」
『わかった。……全く、無粋な敵じゃな。せっかくの祭りじゃと言うのに』
珍しく、憤りを感じさせるウタの声音に、俺は苦笑を溢す。
「はは、そうだな。だから、さっさと片付けてくるよ」
『うむ、そうせい! 長くなっても、昼過ぎくらいまでには合流するように!』
「えー、鋭意努力するということで。また後でな」
そう言って電話を切り、再び二人へと顔を向ける。
「二人は、手伝ってくれると思っていいのか?」
「私達に出来ることはいたしましょう。――イータ」
「私はこの方の護衛です。出来ることは限られますが、出来る限りでは協力いたします。テロリストは滅殺せねばなりません」
流石欧州人。言うことが違うな。
「ありがたいね、ならテロリスト駆除を――」
と、俺が話している途中で、人込みの向こうから、こちらに向かって走り寄ってくる人影が二つ。
現在張られている、人除けの魔法の効果を受けていないということだ。
警戒する俺と、そしてイータだったが、俺はその気配に覚えがあったため、すぐに警戒をやめる。
「レイト、岩永」
やって来たのは、レイトと、ツクモの部下の岩永だった。
「……少し遅かったか。海凪優護、敵だ。この白狐祭に、敵が入り込んだ。つい数時間前に得られた情報だ」
「僕は別の用事のつもりで来てたんだけど……うーん、海凪君のいるところは、本当に……」
「何だよ」
「いや、別に。とりあえず……岩永さん、これは、『鵺』が?」
「恐らくは。一つ出し抜かれた。危ういところだった」
鵺?
「鵺って、妖怪の?」
「あとで説明するよ。それで、そちらさんも協力してくれるのかな? ――聖女様」
レイトは、エミナを見ながらそう言った。
聖女? 欧州での呼び名か?
「協力出来ることがあれば協力いたしましょう。ただ、『未来視』の能力のことを仰っているのであれば、アテにはなさらぬよう。これは、能動的に発動出来るものではありませんので」
レイトは何かを言いたそうにしていたが、出来る男、岩永がそれを遮る。
「すまないが話は後にしてもらおう。海凪優護、飛鳥井玲人。そして、そちらのご婦人方。まずはこれを」
岩永が手に持っていたアタッシュケースから取り出したのは、トランシーバー。
「……そのアタッシュケース、他には何が入ってんだ?」
「人様には見せられん、非合法作戦用アイテム一式だ」
「そうか」
なんか、やっぱコイツ、面白いな。
受け取ったトランシーバーのイヤホンを耳に嵌め、チョーカー型マイクを首に巻きながら、俺は片手に持ったままだった緋月を腰のベルトに差す。
「緋月、行くぞ。――悪いが、俺は遊びに来ている最中なんだ。さっさと終わらせて、祭りを楽しみたいから、先に行かせてもらうぞ。何かあったらこれで伝えてくれ」
「あぁ、海凪優護はそうしたまえ」
「そうだね、君はその方がいいだろうね」
「うふふ、不謹慎ですが、楽しくなってきましたね」
そして俺は、行動を開始した。
……全く、本当に無粋だ。せっかく、皆で祭りに遊びに来たというのに、その時間を奪いやがって。
敵が何なのかは知らんが、しっかり後悔してもらうとしよう。