二日目
――旅行二日目、朝。
昨日はシロちゃんの庵に泊まり、そこでワイワイと夜を過ごした。
ぶっちゃけ、庵は狭いのでギュウギュウにはなったのだが、女性陣はそれがむしろ楽しそうだった。
アヤさんは流石に自分の家に帰ったのだが、シロちゃんは当然一緒にいて、なので俺も一緒に寝起きして良いのかと思ったのだが、「一度やってみたかったのです。ぱじゃまぱーてぃ」と彼女が言うので、パジャマパーティをすることになった。
軽くお菓子と飲み物、大人は酒を用意し、ワイワイと話は弾んだ。
いやはや、流石シロちゃんが用意してくれたお酒だけあって、別に大して舌が優れている訳でもない俺でも「あ、美味ぇ」と思えるような味だった。
夜遅くまで起きて、お菓子を食べたりすることが何だかとても楽しかったようで、リンはずっとはしゃいでおり、シロちゃんもニコニコしっぱなしで、お狐様組がご機嫌なのが尻尾の振られ具合でよくわかり、和んだ。
勿論、華月もご機嫌にふよふよと漂っており、そんなみんなの中心でウタが会話を回していた。キョウは、基本的に相槌を打つのみだったが、それでも機嫌が良さそうにみんなを見ていた。
まあ、一日はしゃいでいたこともあって、早々にリンがウトウトし始めたので、歯を磨かせてすぐにみんなで寝たんだがな。
そして、二日目の今日は、地元のお祭りに遊びに行く日である。
現在開催されているのは、『白狐祭』というお祭りだそうで――まあ、名前からわかる通り、シロちゃんを祭るためのお祭りなのだそうだ。
この地方では、彼女が昔から住み、そして人々を守り続けてきたため、魔法社会を知らない一般人達の間でもお狐様信仰が盛んだそうで、旧本部の者達が何かをした訳でもないのだがいつの間にかこのお祭りが行われるようになっていたのだそうだ。
シロちゃんのことだ。実際、目についた不幸な人へと、それとなく手を差し伸べてきたのだろう。
ただ、今日はそのシロちゃん本人は来ないそうだ。てっきり一緒に祭りを回るのかと思っていたのだが、綾さんが笑いながら「恥ずかしいんだよ、シロ様。自分を讃えるお祭りだから。あとで顔を出すとは仰ってたから、気にせず遊んでいいよ」と教えてくれた。
「……んふふ、お祭り!」
「リン、ちゃんと尻尾と耳、消すんだぞ? 華月は、バッグから出ちゃダメだからな。気になるものがあったら、ちゃんと見せてやるからさ」
「……わかってるー」
リンの返事の後に、華月もまた「はーい」と言いたげな様子で片手を挙げる。
「そういう時は儂が、カゲツに『隠密』の魔法を掛けてやる故、問題ないぞ。ただ、この魔法は姿が見えなくなるだけで、仮にぶつかれば感触がある。その点は気を付けねばならんな」
「……凛が、このバッグで運んであげるから、大丈夫!」
「かか、そうか。ではカゲツ、ぬいぐるみの真似の練習じゃ!」
ウタがそう言った瞬間、シュピン、と固まってただのぬいぐるみになる華月。
「……おー、完璧! これなら、きっとバレない!」
「はは、そうだな。それで頼むわ、華月」
ピシッと片手を挙げて返事をする華月である。可愛い。
「緋月はー……まあ、好きに出て来てくれてもいいが、人がいっぱいいるだろうから、出て来る時は注意してくれよ?」
「にゃあ」
と、一瞬だけ身体を出し、「人多いなら出ないけど、美味しいものがあったら自分の分もちゃんと用意するように」という感じに鳴いて、再び消える緋月。
今、アヤさんの車に乗って移動中なのだが、コイツ車嫌いっぽいからな。
「緋月、何だって?」
そう、横から聞いてくるキョウ。
「美味いものあったら自分にも寄越せってよ。祭りで美味いものと言うと……何だ? 綿あめか?」
「……綿あめー?」
「ふわふわの、雲みたいな飴だ。祭りなら絶対あるだろうし、定番っちゃ定番だろうな」
祭りの食い物と言えば、焼きそばとかたこ焼きとか、あとチヂミとか? そういうものになってくるだろうが……うん、まあ、ぶっちゃけ美味いかどうかで言うと疑問符が付くところがあるだろう。
いやまあ、それもまたお祭りの風情として楽しむべきものなのかもしれないがな。誰しも、具が少ない焼きそばを祭りで食ったことがあるはずだ。
他には、リンゴ飴とかチョコバナナとかも祭りの定番だろうが、俺、正直あんま好きじゃないんだよな、祭りの甘い食い物……最初の一口二口はまあ、美味しく食べられるのだが、あまりにも甘過ぎて全部食べ切れたことがない。綿あめくらいの甘さなら、何だかんだ食べられるのだが。
子供の頃ですらそう思ったのだ。今ならもっと食べられないかもしれん。
「あ、あとかき氷も祭りの定番か。だよな、キョウ」
「そうだけど、定番なら焼きそばとかの方が先に来ねぇか?」
「焼きそばならウタが作った奴の方が絶対美味いだろ。綿あめとかき氷なら、どこで食べても味の違いなんてないだろうし」
「いや元も子もないこと言うなよ。……その通りだろうけど」
ウタの焼きそば、美味いからな。マジで。
今じゃあもう、ウタの料理は大体全部美味いんだが、昼に手軽に作ってくれる焼きそばとかラーメンとかが、なんかすげー美味いように感じるのだ。
もう、俺より料理上手なんじゃなかろうか、コイツ。
「……おー。綿あめ! かき氷!」
「かか、嬉しいことを言ってくれるではないか。少しその、微妙焼きそばが気になってきたの」
そんな俺達の会話に、アヤさんが運転席で笑う。
「あはは、確かに、お祭りの料理はちょっと微妙かもね。ただ、ここのは、屋台に地元の料理とかを出してるところがあるから、そういうのを食べると美味しいと思うよ。特に地ビール! 海凪君とウタさんだけしか飲めないけど、一回飲んでみるといいと思う。美味しいから」
余程おすすめらしい。いつもよりちょっとテンション高めに話すアヤさんである。
「ほほう、良いことを聞いた。ユウゴ、びーる飲むぞ、びーる!」
「いいな、楽しみだ、地ビール」
「大人は全く……凛、華月、祭りは食い物とか酒だけじゃねぇぞ? 射的とか金魚すくいとか、あと、ヨーヨーすくいとか。二人とも、一緒にやろうな」
「……ん! 杏お姉ちゃんと、一緒にやる!」
まだ消してない尻尾をぶんぶん振るリンと、大きく万歳する華月の頭を、笑ってキョウは撫でてやる。
はは、お姉ちゃんぶりが板に付いてきたな、キョウは。
元々、面倒見が良いのだろう。俺が特殊事象対策課に入ってしばらくも、田中のおっさんに言われていた部分はあるのだろうが、しばらく面倒見てくれてたしな。
と、そう話している内に、だんだんと周囲は人通りが多くなっていき、そこで車は停止した。
「さ、着いたよ! それじゃあ、私は一旦戻るから。また後でね」
「はい、ありがとうございました」
「楽しんでおいでー!」
皆で礼を言って、去っていくアヤさんの車を見送り――俺達は、白狐祭が行われているメインストリートを歩き始めた。
延々と連なる、屋台と提灯。
人混みと、喧騒。
祭りの、独特の空気感。否応なしに高揚するような。
悪くない。
さて、まずはテキトーに屋台を、と思った俺だったが、それより先に、ふとリンが声をあげた。
「……! 魔法少女アップル!」
「おぉ、魔法少女アップルじゃ!」
二人がそう言い、同じように華月が「あっ」と言いたげな様子で指差している。
魔法少女アップルは、日朝にやっている少女向けアニメの主人公だ。ウタとリンと華月が特に大好きで、毎回必ず観ているのだが……。
不思議に思い、そちらに顔を向けると――あぁ、なるほど。
そこにいたのは、魔法少女アップルと、その敵組織の女幹部ガーネットのコスプレをした、外国人らしい二人組がいた。
非常に良く似合っていて、まるで本物を思わせるような完成度の高いコスプレであり――淀みなくスムーズに魔力が肉体を巡っている。
つまり、魔法が使える、ということ。
特に敵意や悪意みたいなものは感じられないし、ウタも気付いているはずだが警戒を見せていない以上、敵とは判断しなくても良いだろうが……退魔師、なのか?
外国人の退魔師が、魔法少女アップルのコスプレをして、この祭りにいる?
……なんか、よくわからんな。
それに、あの女幹部。彼女の方は、相当やるだろう。恐らくはアヤさん並の実力があると思われる。そういう、精鋭特有の魔力の巡り方をしている。
アップルの方は、不思議な魔力の巡りだ。近接戦闘が出来る筋肉の付き方はしていないので、恐らく戦闘要員ではないのだろうが、魔力の質がおかしい。
まるで、大地と繋がっているかのような……。
その二人組は、何やらファンサービスみたいなことをしており、アップルの方はノリノリで握手をしたりポーズを取ったりしているが、女幹部の方は微妙に「何でこんなことに……」感が出ている。
子供達に囲まれ、大人気な様子だ。
「……お兄ちゃん、私もアップルとガーネットと握手、してきていい?」
「え? あ、あぁ。まあいいぞ」
「儂も行ってくる! 華月も共に来るとよい、人形の振りをして『この子とも握手を』とお願いすれば、きっと大丈夫じゃ!」
「……ならその役、凛がしてあげる!」
そうして、ピューッとそちらに向かう三人。
「あれって確か、あの三人が、日曜日の朝に仲良く見てるアニメのキャラか?」
「そうだ。魔法少女アップルだな。隣が敵女幹部のガーネット、だったはず。お前は握手してもらってこなくていいのか?」
「アンタ、あたしを何歳だと思ってんだ」
「別にいいんじゃないか、興味があるのなら、何歳でも。そんなこと言ったらあの三人、お前より年上だし。俺よりも年上だし」
「……そういやそうだった。何だ、長命種ってのは、無垢な人が多いのか? シロ様もそんな感じだったし」
「まあ、俺達とは時の感じ方が圧倒的に違うから、感性も全く違うのは確かだろうな。華月は元人間だからわからんが、多分リンは百年後もあんな感じだと思うぞ。ちょっとは変わるかもしれんが」
「ウタは?」
「ウタはただの性格だ」
「あ、やっぱそうなのか」
そうなのです。
「せっかくなら、優護も握手してもらってきたらどうだ? 興味があるなら何歳でもいいんだろ?」
「いやお前、俺が行くのはどう考えても怖いだろ。成人済みの男性が突然若い女の子に握手してくださいって」
「おう、その時はあたし、通報するわ」
「やめろ」
けらけらと楽しそうに笑うキョウに、俺は苦笑を溢し――。
「――うふふ、可愛い子達ですね。アップルが皆に、ちょっと良いことが起こる魔法を掛けてあげます!」
瞬間、自然と肉体が警戒態勢に入っていた。
「……優護?」
その俺の異変に、隣のキョウが気付く。
「……いや、何でもない」
キョウにはそう答えるも、しゃがんで小さな子をあやすように撫でていたアップルは、ふと立ち上がり。
スッと、俺を見た。
「――初めまして。ようやく会うことが出来ましたね、ユウゴ=ミナギ」
喧騒の中でもよく通る、綺麗な声。
――それは、俺が大使館を襲撃し、敵の親玉を斬り殺した際に電話を掛けてきた者と、同じ声だった。
いや何でコスプレしてんだ。