再会《2》
感想で「アルヴァストがないヴァストになっちゃったのか」ってもらって、「? 誤字ってたか。直そう。……あれ、誤字ってない」と思ったところで、ようやく意味に気付いて爆笑しました。
それから「アルヴァスト」の苗字がそれにしか思えません。訴訟。
「ウグッ、うっ……ゆ、勇者ぁ!」
そのまま魔王は、ダムが決壊したかの如くびゃあびゃあと泣きながら、ひっしと抱き着いてくる。迷子の子供がようやく保護者を見つけたかのような反応である。
何で魔王が地球にいるのかとか、何でこんな縮んでいるのかとか、さっきの魔力はいったい何をしたんだとか、とめどない疑問が浮かんでくるが……しかし今、俺にはそれより何より、思ったことがあった。
――コイツ、臭っせぇ!
少女の良い匂いに、洗ってない野良猫みたいな臭気が合わさり、とんでもなく酷い臭いだ。
……恐らくだが、この世界に来てからずっと、路地裏生活だったのだろう。
「もう、何じゃここはぁ! 人間ばかりじゃし、よくわからんモンも走っておるし、魔力はどんどん霧散していくし! うぅ、ひもじぃ……」
「あー……ほら。とりあえずこれでも食え」
俺は、またお狐様と会った時用にアイテムボックスの中に入れていたドーナツを取り出し、魔王に食わせてやる。
「! 美味い、美味いぞ! ウグッ、ヒグッ、一週間ぶりの飯……」
……あの、食べながら泣くの、やめてくれません? 見ていて居たたまれなくなるんで。
これが、向こうの世界で俺が、全てを賭して戦い続けた最大の敵の姿なのか……。
◇ ◇ ◇
その後、とりあえず田中のおっさんに「問題は解決しました」とだけメールを入れた後、子供みたいに俺の服の裾を掴んで、ぐずぐずと泣きじゃくる魔王を連れて帰宅する。
思いっ切り頭から角が生えているが、普通にしていれば意外と気にされないもので、泣いている魔王の姿で微妙に注目を集めはしたものの、特に声を掛けられたりすることはなく家に帰ることが出来た。
とにかく汚いので、湯の出し方とかを軽く教えてすぐに風呂に放り込んで、着ていた服は洗濯機にぶち込み、その間にインスタントの味噌汁と白米、あと軽く野菜炒めを作っておく。
数十分経って出て来た魔王は、出来立ての料理を見て「おぉ……! 飯! 温かな飯じゃ! こ、これ、儂が食うてもいいのか!?」と言うので、俺がいいと答えると、礼を言って噛み締めるように食べていた。
軽いものだったが、作った身としては悪い気はしない。食いながら泣かれるとちょっと困るのだが。
「――儂、復活!」
そうして食い終わったところで、ようやく落ち着いたらしく、両手で力コブを作ってそう言い放つ魔王。
全然関係ないのだが、スプーンとフォークで食っていた魔王は、相当な空腹のはずなのにすごい綺麗な食い方をしていて、ちょっと感心してしまった。コイツやっぱ、育ちが良いんだな。
「おい、薄着なんだ。あんまり変に動くと色々見えるぞ」
女子用の服など当然ながら持ち合わせていないので、とりあえず今は俺のTシャツと運動用の短パンを着せているのだが、あまりにも無防備に動き回るせいで、素肌が裾からチラチラと見えて目のやり場に困る。短パンも、全然サイズが合ってないで緩々だから、ズリ落ちそうになってるし。
明日にでも服を買ってやらんと。
「ほう、儂の艶姿に興奮したか? 良かろう、一飯の礼じゃ! ほーれ!」
すると、魔王はニヤリと笑って、シャツの裾をわざとヒラヒラとさせる。くびれと、可愛らしいへそが見え、胸の下乳部分までが――。
……大分縮んで、子供そのもののサイズになっている魔王だが、そのスタイルは変わらず非常に良い。
スラリと長い手足に、白い肌。出るとこは出ていて、引っ込むところは引っ込んだ肉体。
それに、風呂に入ってしっかりと身体を洗ったからか、その銀髪は輝きを取り戻し、宝石のような銀の瞳が、挑発的な色を宿してこちらを見ている。
俺は、コイツ程整った顔立ちをした奴を他に見たことがないし、コイツ程『美しい』という言葉が似合う奴を他に知らない。
身長が縮んでも、彼女の色香は全く変わっていないのだ。むしろ、少女の肉体にその色香が合わさり、妖艶さが増しているかもしれない。
――が、ここで調子に乗らせたくない俺は、言った。
「いや、別にお前のちんちくりんな身体見ても何にも思わないけど」
「ちっ、ちんちく!? おい、流石に言葉が過ぎるぞ、勇者! もっと他に言い方があるじゃろう!」
「じゃあ、チビ」
「よし、戦争じゃ。今こそ勇者を滅ぼし、我が魔王軍が世界を制してくれるわ!」
「もう勇者も魔王も滅んでるから無理だな」
「……それもそうじゃった」
スン、と落ち着く魔王である。
「そもそも、何でそんな縮んでんだ。前は俺よりちょっと低いくらいの背丈だったろ」
元々魔王は、百六十くらいあったはずなのに、今じゃあ百四十あるかどうかといったところだろう。大体レンカさんと同じくらいだと思われる。胸以外。
俺の問いに、彼女は寛ぐように足を前に伸ばし、答える。
「うむ、恐らくじゃが、こちらの世界の魔力と適合出来んかったんじゃろう。儂は精霊種ではないが、精霊種並に肉体が魔力と適合しておったからな。そのことはお主も知っておろう?」
「あぁ、アホみたいな量の魔力があったな、お前は」
たった一人で都市を灰燼に帰す魔力があったもんな。
「つまり、儂の肉体は大なり小なり魔力に置換されておった訳じゃ。呼吸をすれば、勝手に魔力が肉体に宿っておった。それがこの場所では、適合出来んかったせいで、逆に呼吸をすればする程肉体から魔力が抜け出ていって……うぅ、こんな経験は初めてじゃぞ」
……なるほど、それで最終的に、この状態になるまで魔力が抜けて行ったのか。
確かに今の魔王からは、俺が知っている姿の、千分の一くらいの魔力しか感じられない。
魔力が少なくなると縮むなんて、なかなか謎な生態ではあるが、「そういうこともあるか」と思ってしまうくらいには向こうの世界の生態は多様性に富んでいたので、特にそれ以上を疑問に思うことはない。
「むしろ、何でお主は以前と変わらぬ魔力を宿したままなんじゃ! ずるいぞ!」
「いやずるいと言われても。元々俺はこの世界出身だからな。それで維持出来てるんじゃないか?」
「む……ここはお主の故郷なのか?」
「そうだ。お前と殺し合った後、死んだと思ったんだが、気付いたら何故かここにいた」
「それは儂もじゃ。あの時、確かに死したと思うたんじゃが……気付いた時には、路地裏に転がっておった。最初は黄泉の国かとも思うたが、それにしては俗世の感が強うでな。今日勇者と出会うまでの日々は、ほんに心細かったぞ……」
そう言って、再びちょっと泣きそうになる魔王。
……縁も所縁もない地に、金もなく身一つで放り出されたら、魔王でも心細くはなるか。
しかもこの世界は、人間以外が存在しない。魔族であるコイツにとっては冗談だろうと思う世界だろうし、まだ語っていない苦労なんかもありそうだ。
この様子からすると、俺と同時期にこの世界に来た可能性は高いだろうし、となると二週間くらいは野宿をするハメになっていたのかもしれない。
コイツの魔力はもう、骨身に染みる程よく知っているのだが、お互い普段は気配を抑えているから、そのせいで今日まで気付けなかったのだろう。
「そういや俺、何かお前の魔力っぽいものを感じて存在に気付いたんだが、何かさっきやったのか?」
「む? うむ。このままでは魔力を消費し切って、どうにもならなくなりそうじゃったでな。そうなる前に、肉体を維持するための結界を体内に一枚張ったのよ。じゃから、正直に言うと、この姿になったのは少し前じゃの。この世界に来てから、徐々に縮んではおったんじゃが」
……サラッととんでもないことしてるんだが。
普通は、肉体の内側に結界を張るなど出来ないし、俺もそんなこと不可能なのだが……コイツならそんなことも可能なのかもしれないと、納得出来ちゃうんだよなぁ。
魔法技術に関しては、俺よりも圧倒的に格上なのが魔王なのだ。
「……大丈夫なのか?」
「これは効率良く魔力を吸収するための結界である故、時が立てば改善するじゃろう。ま、それを使うために残りの魔力のほとんどを消費したため、こんな姿にまで縮んでしもうた訳じゃが。――ありがとうの、勇者。お主がこの世界にいてくれて……儂は、ほんに救われたぞ」
ニコリと、美しい顔で微笑む魔王。
…………。
俺は、視線を逸らしてポリポリと頬を掻きながら、誤魔化すように言葉を返す。
「……それより、魔王。いや、そろそろ魔王って呼ぶのやめるか。――ウタ」
「かか、うむ、何じゃ」
「今後、どうする? 一応、お前のことを面倒見てくれそうな組織は知ってるが……とりあえずこの世界のことを理解するまでは、ウチで暮らすか?」
田中のおっさんに放り投げれば、あとはあっちで上手くやってくれそうな気もするが……流石に、この状態のコイツを放り出す気にはならない。
知らない仲じゃないしな。それこそ、腹の内側まで物理的に見せ合った仲だ。
コイツを殺した者として、しばらく面倒を見てやるくらいは、するべきだろう。
「ほう、つまりそれは……内縁の妻になれ、ということじゃな!?」
「よし、今すぐ出ていけ」
「かか、じょーだんじゃ、じょーだん! うむ、では、お主のところで暮らしたい!」
ニコニコと笑みを浮かべ、ウタは頷いた。
「……おう。言っておくが、ウチで暮らす以上は、お前にも家事とかやってもらうからな?」
「任せよ! 儂は魔王じゃからの! 儂が本気になれば家事程度、余裕も余裕よ!」
無駄に自信満々にそう言い放つと、ウタは楽しそうに辺りを見渡す。
「……かか、それにしても、期せずしてじゃが、お主の家に遊びに来るという夢が叶ったの。思うておったより狭い家じゃが」
それは、最期の約束。
あぁ、コイツも……覚えてたんだな。
「うるせ、日本はどこもこんなもんなんだよ。一人暮らしとしちゃあ、ウチは標準サイズの部屋だ」
「かか、そうか。ここはニホンと言うのじゃな。では、これからよろしく頼むぞ、勇者――いや、ユウゴ!」
そう言ってウタは、華のような笑顔を見せたのだった。