一日目《1》
「……見て見て、お兄ちゃん。おっきな、とうもろこしさん!」
ウタ達が張り切って野菜の収穫に臨んでいるのを、シロちゃんが住む庵の縁側で眺めていると、収穫したとうもろこしを持ってリンがこちらにやって来る。
華月も一つ収穫したようで、リンの隣で大事そうに両手で持ちながら、大きく掲げてこちらに見せている。
シロちゃんの畑は色々作っているようで、ウタなんかは今、それぞれの作り方と注意すべき点などを真面目な顔でシロちゃんに教わっているようだ。
ウチの庭の畑にも、この前園芸キットを片手に、ウロチョロする緋月に邪魔されながらウタとリンと華月で種を植えており、その内我が家でも自家製の野菜が食べられるようになることだろう。
「はは、本当に立派だな。すげー美味そうだ」
「……この後、これにタレを掛けて、焼いて食べるの! とっても、とっても楽しみ! それで、魔力たっぷりで作ってるから、少し手を加えれば、華月も一緒に食べることが出来るって!」
「へぇ、そんなことが……え、そんなこと出来んの?」
「……ん! 今、お姉ちゃんがその作り方教わってるから、家でも華月と一緒に、食べられるって!」
「マジか。……そっか。良かったなぁ、華月」
とうもろこしを持ったまま、大喜びの様子でぴょんぴょんと飛び回っている華月。可愛い。
魔力たっぷり食材となると、用意出来るものは限られてくるだろうが……そうか。華月と一緒に飯食うのも、不可能ではないのか。
んー……魔力たっぷり食材となると、定番は魔物肉か。ただ、向こうの世界だったらそれは腐る程手に入ったが、こっちの世界だと全部精霊種みたいに消えるからな……待て、そう言えば世代を重ねたことで、死んでも消えずに死骸が残る魔物も時々いるんだったか?
どっかにドラゴンとかいないだろうか、ドラゴン。狩りたい。……いそうだな。あとでシロちゃんに聞いてみるか。
そんなことを思っていると、次にキョウが、かごいっぱいのきゅうりを持ってこちらに見せに来る。
「見ろ、優護! 瑞々しい、美味そうなきゅうりだぞ。アンタ、きゅうりの浅漬け好きだったよな? あとでこれで、あたしが作ってやるよ!」
「はは、そりゃ楽しみだ。けどそれ全部で浅漬け作ったら、すごい量になっちまうぜ?」
「勿論他の料理も作るし、余った分は持って帰っていいってよ! アンタらのアイテムボックスとかってのがあれば悪くなることもないだろうし、しばらくあたしが、これで優護の好物作ってやるよ!」
そうして収穫物を縁側に置いて、再びみんなの下へ戻っていくキョウ。
ちょっと意外だったのが、彼女が結構楽しそうに野菜収穫をしていることだ。リン達と一緒になって、子供らしい笑顔で収穫を行っている。
キョウは、中学生の頃にこの世界に入ったと言っていた。そこからは訓練漬けで、『学生』という肩書きではなく『退魔師』という肩書きの下に生きてきた。
だから、今、こうして俺達の旅行に付き合い、無邪気な顔をしてくれているということは……少しは、彼女の重荷を軽くすることが出来ているのだろうか。
「ふふ……あの子は今、君の家で預かってるんだっけ。はい、お茶」
お盆でお茶を持ってきてくれた綾さんが、俺の隣に座る。
「ありがとうございます。……えぇ、少し縁があったので。色々あって、ほっとけませんでしたから」
「そんな感じで、ウタさんも凛ちゃんも華月ちゃんも拾ったんだって?」
「……ま、まあ、言葉にするとそうなりますね」
そう答えると、何だか生暖かいような視線を向けてくる綾さん。
「……な、何です?」
「いや? 別に。その子達全員と仲良くやれているようだし、私からは何も。今の時代は今の時代だけど、私の生きた時代なら、そういうのも普通にあったし。ねぇ?」
「いや、ねぇ、って言われても」
この話題に深くツッコむと火傷しそうだったため、俺は誤魔化すようにズズ、と茶を飲みながら、話を変える。
「それより綾さん、その後は、どんな感じです?」
「その後とは、曖昧な質問だね。ま、聞きたいことはわかるよ。――変化はあったよ。大きな変化が。飛鳥井玲人が本気になった」
綾さんは、そう言った。
「……アイツ、やっぱそんな天才なんですね」
「うん。君っていう、人間の枠での『特異点』が現れちゃったけど、間違いなく百年に一人の逸材さ。歴代の陰陽師――退魔師の中でも、かなり突出した力を持ってるね。あと十年くらい力を磨けば、それこそ『S級』に手が届いてもおかしくない」
特異点。言い得て妙だな。
……そう言えば俺の退魔師としてのランクって、何だったっけか。なんか、上がってたような気もするんだが……まあいいか。俺は田中のおっさんに言われた仕事をするだけだし。
俺は、俺の意思で力を振るうのみだが、あの人が持って来る仕事なら変なことにはならんだろうしな。もう、それはわかっている。
「天才故に、この組織に呆れて怠惰なところがあったけれどね。君と出会ってからは、精力的に動き始めた。旧家の者は、みんな我が強くてプライドの高い狸ばっかりなんだけれど、飛鳥井玲人ならそれを纏め上げるのも無理じゃないだろうね。それだけの能力と強さがある」
「へぇ……有能なのはわかりますが、そこまでなんですか」
「そこまでさ。今、田中と飛鳥井玲人が画策しているのも、それだね。飛鳥井玲人が旧本部を纏め上げ、田中と二人で新本部と繋ぎ、『特殊事象対策課』という組織の強化を図る。色々動き出している今、そうすることが必要なんだとさ」
色々動き出している、か。
「……そういや俺、旧本部は知ってても、新本部の方は何も知らないんですが、そっちはどういうところなんです?」
「新本部はもう、普通に政府の施設だから、多分君が関わることは少ないんじゃないかな? 人間のお偉いさん達が色々と話し合う、言わば政治のための施設なんだよ。人間社会にはどうしても必要なものだけれどね。まあ正直、私も面倒だなって思ってるよ」
なるほど、政治用の施設なのか。確かに、必要なものじゃああるな。
よく言う話だが、軍隊とは国家に繋がれた暴力装置だ。国の意思に基づいて、適切に拳を振り下ろすための力。である以上、仮に国家という頸木が外れてしまったら、無軌道に拳が振り下ろされることになる。
退魔師も同じものだ。むしろ、単体で都市とか滅ぼせたりする以上、より強固な鎖が必要だと、そう考えることも出来る。
抑圧と言われれば全くもってその通りだが……国の命によって、適切に暴力が振るわれる。その形は、大事なのだろう。
これに関しては、シロちゃんも同じように思っているはずだ。でなければ、彼女を頂点とするこの旧本部が、特殊事象対策課に組み込まれることは無かったはずなのだから。
ただ、それに反発を覚える者も当然おり……それがツクモ、か。
……いや、ツクモの場合は、それよりもっと、旧家とかって奴らに対して悪印象を抱いているような、シロちゃんに頼り切りの人間達に対して思うところがあるような感じだったか。
旧家、ね。いつか絡んできたアホみたいなのがいっぱいいるとかじゃなかったら、いいんだが。
まあ、どうでもいいか。俺には関係の無い話だ。関わりが出来そうになったら、田中のおっさんが代わりにシャットアウトしてくれそうな気もするし。
悪いな、田中のおっさん。色々頼んだわ。この旅行でちゃんとお土産を買って行ってあげるとしよう。
「――ほれ、ユウゴ! サボっとらんで、こちらを手伝えー! 結構量があるんじゃ!」
「別にサボってた訳じゃ……わかったわかった、今行く! それじゃあ綾さん、話はまた」
「ふふ、うん、行っておいで」