旅行に行こう《2》
旅行当日、朝。
ブロロ、と俺達の家の前に停まる、一台のミニバン。
どこにでもある――と言うには、造りからしてどことなく高級な雰囲気が漂っているが、まあとにかくそこまで特別な車両にはぱっと見で思えないものの、しかし俺達ならばわかる。
車体全体に掛けられている、強固な結界。普通に、戦車よりも硬いだろうな、この車。
なるほど、魔法社会のVIP用車両か。
中から降りてきたのは、子供のような背丈の女性と、背の高い女性の二人。
「へぇ、ここが海凪君達の家ですか。……なるほど、独特の気配ですね。風景に完全に溶け込んでいながら、内に渦巻く強大な魔力。この近辺には、一切の魔物が生まれないし、近付かないでしょうね」
「家自体に加えて、海凪優護とウータルトさんの気配が入り混じっていますから。その内、この家を中心に異界化してもおかしくないでしょう」
シロちゃんと、彼女の護衛である鬼族の当主、綾さんである。
……割とあり得そうだからちょっと困る。
まあ、我が家に漂う魔力――つまり、空気中の魔力と、俺達が生活する上で必ず発生する余剰魔力、これらの使い方は明確に定めていて、まず第一が華月の食事。これが大部分だな。
で、残りを防音防護等の結界に割り振っている。と言っても、こっちは基本魔力バッテリーで稼働しており、自然分で補うのは不可能なので、一か月に一度程度充電する必要はあるがな。流石にそこまで低燃費なものは、効果も相応になるし。
常に消費続けている状態で、異界化する程魔力がその場に留まることはないだろうから、普通に暮らしていれば問題はない、だろう。多分。
とにかく、ウチに来たのは二人だった。シロちゃんはワンピースに麦わら帽子姿で、綾さんはぴっちりとしたスーツ姿で、どこぞの御令嬢とその使用人、という雰囲気である。
俺達に足が無いことを知って、わざわざ迎えに来てくれたのだ。
と言っても、本来なら綾さんだけが来てくれる、という話だったのだが……。
「おはようございます、二人とも。すみません、わざわざウチまで来てもらって。それに、シロちゃんも来てくれたんですね」
「こんな機会でなければ、どらいぶに出ることも出来ませんので。ふふふ、例の一件があったため、あなた方をもてなすため、という名目があれば、私が出ることにしても誰も何も言ってこなくなるんです」
「シロ様、ぶっちゃけ過ぎです」
「シロちゃん、ちょっと黒いです」
「狐ってそういうものですので」
腕を組み、どことなく得意げな様子で胸を張るシロちゃん。
……まあでも、こういう時じゃないと、この人はこの人で気を遣ってしまって外出しにくいんだろうな。気晴らしが出来てるんなら何よりだ。
と、俺達で挨拶を交わしたところで、次にウタが会話に参加する。
「この前ぶりじゃ。今回は世話になるのぉ。じゃが、儂の目は厳しいぞ? 果たしてお主に儂らを満足させられるのかどうか、見極めさせてもらおうか!」
「いや何で偉そうなんだ、お前」
「前回は儂らが心からもてなした訳じゃからな! ならば友人として、期待させてもらってもよかろう!」
そんな挑発的な物言いに、だがシロちゃんは、むしろどことなく嬉しそうな顔だった。
「ふふふ、えぇ、任せてください。狐はそういうの、実は得意ですから。いっぱい楽しませてあげます」
「ふふん、言うたな? 是非とも楽しみにさせてもらう!」
……そうか。
シロちゃんとこれだけ対等に、ざっくばらんに話せる者は、世界広しと言えどそうはいないだろう。
それこそ、ツクモとかくらいなのではなかろうか。綾さんとは親しいのだろうが、そこにあるのは、完全な主従の関係だろうしな。
だから、シロちゃんとしても、これだけ気安く話してくれると嬉しいのか。
わかってやっているのか、それとも素でやっているのか。
「……むむむ。なら、凛も歓待上手、なれるかな……?」
シロちゃんの言葉を真に受け、ちょっと悩むような素振りを見せるリン。今はまだ消していない尻尾もまた、悩むようにぐりんぐりんと揺れている。可愛い。
「はは、何を言ってるんだ。もうすでにリンは歓待上手だぜ?」
「……ほんと?」
「ホントもホントさ。だって、リンと一緒にいると、俺はいつでも嬉しくなるからな」
「……んふふ、なら良かった」
ニコニコと笑顔になる凛の頭を撫でてやると、ぶんぶんと元気良く振られる尻尾。可愛い。
そんな俺を、横からジト目で見てくるキョウ。
その肩に、今は華月を乗せている。
「? 何だ、キョウ」
「アンタ、ホント凛と華月にはゲロ甘だなって思って」
「そうか? 普通だろ」
「……まあ、案外と他の部分はウタがバランス取ってるから、問題ねぇのか」
「何だバランスって」
「バランスはバランスだ。な、華月。――ほら、華月も頷いてるぞ」
「いや今華月、微妙に首傾げつつ頷いてたが」
絶対わかってないぞ、それ。
と、シロちゃんと話していたウタがこちらを見る。
「ほれ、リン、華月、キョウ、緋月。内輪で話すより先に、しかと挨拶せぇ」
「……ん! シロお姉ちゃん、綾お姉ちゃん、お世話になります!」
元気良くピョコンと手を挙げてそう言うリンの横で、華月が真似するようにピョコンと手を挙げる。一緒に緋月もまた、「にゃあ」と一声だけ鳴く。
「え、えっと、お世話になります、巫女様、綾様」
「ふふ、シロちゃんでいいのです、清水杏。みんな変わらず、仲が良さそうで何よりです」
「それじゃあ、海凪君達。車に乗ってくれ」
そうして俺達は、車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
車内で揺られること、二時間。
俺は窓の外の景色をぼうっと眺めたり、リンや華月の相手をしていたのだが、それ以外の女性陣はなんかメチャクチャ会話が弾んでおり、終始楽しそうにしていた。
生まれた世界も違えば、年齢も全くバラバラな訳だが、女性はやっぱり話好きらしい。
というか、こういう時のウタの会話を回す能力よ。大体アイツが主体になって話しているのだが、かと言って自分だけがずっと話している訳ではなく他にもさりげなく話を振ったりしていて、皆を飽きさせないようにし続けていた。感心するわ、マジで。
リンは最初、車に興奮していて窓に齧り付いて景色を眺めていたのだが、揺れが心地好かったのかだんだんウトウトし始め、気付いたら寝ていた。
華月は、ふよふよ漂ったりもせず、俺の膝の上でずっと外を眺め続けていた。何だか嬉しそうで、こっちまで嬉しくなってしまった。
なお緋月は、なんか車に揺られる感覚が嫌だったのか、珍しく全く猫フォルムを出さず、アイテムボックスの中で大人しくしていた。あんまり乗り物は好きじゃないようだ。
「――さあ、着いたよ」
やがて、見覚えのある風景と建物が見え始め、車は停止。
以前は表の玄関口に停まったが、今回はそのまま奥まで乗り付けて、シロちゃんの庵がある付近で停まった。多分、余計な人目に晒されないようにしてくれたのだろう。
現れるのは、我が家の庭の何倍もある、美しい日本庭園と、小さな庵。思えば、俺が自分の家にも日本庭園が欲しくなったのは、ここを見たからだったな。
「ほほう、綺麗な庭じゃな! そしてあれが、お主の畑か!」
「ちょうど収穫の時期なのです。私が自分でやっても良かったのですが、せっかくですので、一緒にやりませんか?」
「……お野菜収穫!」
「おっと、リン。お主は野菜、そんなに好きではなかったはずじゃがの?」
「……自分で採ったら、きっと美味しい!」
「かか、そうじゃな。きっとその通りじゃ。ではシロ、是非ともやらせてもらおう!」
「はい、こっちです」
「シロ様、畑なんかもやってるのか」
「この人の一番の趣味だよ、杏ちゃん。自分で野菜を育てて、料理するのが好きなのさ。私もよくご馳走になってる」
「……料理か。あたしももっと、覚えねぇとな」
二泊三日の旅行が始まった。