旅行に行こう《1》
「……うむむ!」
唸るリン。
彼女の真剣な表情に呼応するように、耳と尻尾もまた悩むようにぐりんぐりんと動いている。真面目にやっているリンには悪いのだが、なんかすごい可愛い。
そうして唸りながら、彼女は己の魔力を練り上げ、それをどうにか形にしようと動かし続け――。
「……! 出来た!」
ピョン、と両手を万歳させた彼女には――今、耳と尻尾が生えていなかった。
ずっと教わっていたウタの人化魔法を、とうとう習得することが出来たのである。
「おぉ、やったな、リン! すごいぞ!」
「……んふふ、頑張った! とても! 苦節百数十年くらい!」
「そうかそうか、今日はお祝いだな!」
思いっ切り頭を撫でてやると、満面の笑みで喜ぶリン。今は見えていないが、きっとブンブンと尻尾を振りまくっていることだろう。
「おぉ……すげぇ。もう完璧に人間の子供だ。今、尻尾と耳の感覚とか、どうなってんだ?」
そんなリンの様子を、興味深そうに見るキョウ。
「……んーと、んーと……わかんない!」
「そっか、わかんねぇか」
元気良くそう言うリンの頭を、キョウは和むような顔で撫でる。
二人の組み合わせ、見てて微笑ましいな。
「かか、感覚はあるはずじゃぞ。言わば、耳と尻尾のみに幻惑の魔法を発動しておる状態じゃ。見えておらずともそこに部位はある故、リンもその点は気を付けねばならんぞ?」
「……ん、わかった! でもこれで、一緒にお祭り、行けるね!」
「あぁ。キョウももう、夏休み入ってるみたいだしな。みんなで旅行だ」
「旅行か……あたし、いつぶりだろうな」
「うむ、儂も久方ぶりじゃな! ニホンをさらに知れる良い機会じゃし、楽しみじゃのぉ」
「そっか、ウタはあんま日本のこと、知らねぇのか」
「ねっとで見られるものは結構見たがの。それで知れることは限られるじゃろう?」
「なら、色々案内してやらねぇとな。なあ、優護?」
「おうよ。祭りの楽しさを、俺達で教えてやらんとな!」
そう、元々頑張ってはいたが、最近リンが人化魔法の習得に精を出していたのには、理由がある。
実は、シロちゃんに「こちらへ遊びに来ませんか」と誘われており、我が家の全員で旧本部へ遊びに行くことになったのだ。
前回はまあ、色々あってアレな経験になってしまったが、流石にもう向こうもその点は気を遣ってくれるだろうしな。
で、旧本部のある地方で近い内に結構大きな祭りがあるらしく、それにも一緒に行かないかということで、泊まりで遊ぶ予定なのである。
宿泊場所に関しては、シロちゃん達の息の掛かった旅館に泊まる予定なので色々誤魔化せはするだろうが、一般人も参加するお祭りに行くとなると、そうもいかないだろうからな。
夏にお祭り。いいね、夏を満喫って感じだ。
と、そうリンを褒めていると、華月が俺達の周りを、いつも以上のテンションの高さでぐるんぐるんと漂っており、俺は彼女の頭も撫でてやる。
「はは、良かったな、華月。ちゃんとウタに礼を言うんだぞ?」
俺の言葉に、ぶんぶんと大きく首を縦に振り、そしてピトッとウタに抱き着く。
「かか、良い良い。儂に頼み込んだのはユウゴじゃし、貴重な材料を用意したのもユウゴじゃ。礼なら此奴の方に言うことじゃの」
ウタはポンポンと華月を撫でてやり、すると華月はやはりぶんぶんと大きく首を振って、次に俺にピトッと抱き着く。
泊まりで遊びに行くのはいいが、皆で外出するに当たって、一つだけ問題があった。
華月だ。
最近はもうずっと、この人形フォルムでいる彼女だが、本体は家そのもの。この姿は、仮の姿でしかない。
家というものが、その場所から動く訳がない以上、華月も庭より先へ出ることは出来ないのである。
だから、俺達が外出するとしても、必然的に彼女だけは留守番してもらうことになり、俺はそれが嫌でどうしたものかと悩んでいたのだが、ウタが解決してくれた。
要するに、魔力の繋がりが切れ、人形フォルムが消失してしまうから外に出られないのであって、それが保てば、行動範囲は広がる訳だ。
だから、今回の旅行のため、華月用の『外付け魔力バッテリー』とでも呼ぶべきものをわざわざウタが作ってくれたのである。
今、華月が頭に付けている花柄の髪飾り――の、ように見えるワッペンがそれだ。人形用のものなので。
俺のアイテムボックスに入っていた、『魔力織布』という、戦闘用の衣服を作る際によく使われる素材を使用し、そこにウタが魔法式と魔力を組み込んで、針と糸でワッペンに加工したのである。
当然ながら裁縫の経験なんてなかったようだが、華月のために『YourTube』などを見て一から学び、何度も練習して、作ったのだ。
ただ、このワッペンもあくまでバッテリーなので、これがあればずっと行動出来る訳ではない。人間の尺度で言うのならば、海中で酸素ボンベを付けて動いている状態、だろうか?
五日程で魔力が切れてしまうし、一度使うと充電に結構時間が掛かってしまうのだが、ぶっちゃけこれ一つで生計が立てられるどころか、十年くらい生きられるだろうな、というくらいには、こちらの世界では貴重な品だろう。
まあ、素材自体が割と良いものを使っているので、そこに魔法効果が乗ったらそれくらいにはなるだろうな。
ちなみにだが、リンがいつも首から下げている、我が家の鍵が通されているミスリル合金製紐にもウタが手を加えており、何か危機が迫った際、一度だけ自動で高出力結界を発動する魔法が掛かっている。
意外とウタは、そういう魔道具とかに使えるような――つまり、戦場では使わないような魔法も色々と覚えているようだ。好奇心旺盛な奴だし、色々と手を出していたんだろうな。
俺は余裕がなかったのでそういうのは全く知らない。……出来れば俺も、そういう系統の魔法が学びたかったものだ。
「さ、そんじゃあ、旅行準備するか! スーツケース――は、別にいらんな。二泊三日分の着替えと旅行アイテムを用意して、女性陣はウタのアイテムボックスの中に入れるように! 足りないものがあったら、買いに行くからちゃんと言ってくれな」
「いつも思うんだが、アンタらのその、アイテムボックス? って奴、反則だよな」
「結構難しいが、その気になれば覚えられるぞ?」
「言うておくがキョウ、この収納魔法は、その気になったら、というくらいで覚えられるれべるではないからな。ユウゴがおかしいんじゃ。儂とて、数十年掛けて覚えたものじゃぞ」
「俺、他のはあんまりだが、空間魔法系は結構得意だからさ」
「得意、という言葉で片付けて良いような次元ではないし、お主が使える他の魔法も、全然やばい威力しておったがの」
「あー……とにかくアンタら二人とも規格外なのはわかった。ま、とにかく準備してくか。着替えと、化粧品類と……あとなんか他にあるかね」
「万が一の時のためのサバイバルキットだな!」
「よし、優護の意見はあんま聞かねぇようにしよう」
何でや。
「かか、駄目じゃのぉ、ユウゴ! 旅行に必要なのは、ただ一つ! はぷにんぐが起こっても動じない、強き心よ!」
「ん、ウタも役に立たねぇことがわかったな。これ、あたしがちゃんとしねぇとだな」
「何でじゃ!」
そうして俺達は、やいのやいのと話しながら、旅行の準備を進めていった。