報告
――海坊主討伐が完了した、その日の夜。
特殊事象対策課、第二防衛支部の執務室にて、玲人と田中は向かい合っていた。
「飛鳥井殿。報告をお願いしたい」
田中の言葉に、玲人は心底楽しそうに答える。
「いやぁ、凄かったですよ、ウータルトさん。やはり怪物でした。本当に人間なんですかね、彼女。シロ様と同じものを感じましたよ」
「……やはり、そのレベルか」
「えぇ、間違いありません。ただ、どうも実戦からは遠ざかっていたようです。本人の言でもそのようなことを言っていましたし、実際動きを見ても、色々と試している様子が僕でもわかりました。全盛期がいったいどんなものなのか、気になるところですね」
「馴染みの自衛隊員から話は聞いている。どうやら凄まじい訓練を行ったようだな。傍から見ると、殺し合いにしか見えないような、天変地異と見紛うやり合いをしていたと」
「はは、本人達は、あれでも軽くやっていたようですがね。あんなに仲良い様子で、一つ間違えれば互いに死んでいるであろう必殺の攻撃の応酬でしたが、あの程度は彼らにとって殺し合いに入らないのでしょう。仮に僕が相手していたら、簡単に死んでいたでしょうが」
「天才の君でもか」
「元々綾様にも勝てたことが無い身です。剣の道に関して僕は、凡才なのでしょう。……まあ、ウータルトさんの剣術には溢れんばかりの才能を感じましたが、海凪君のあれは、もっと違う何かが強いんでしょうね。彼は、僕が綾様に『やるな』と言われていたことを平気で動きに取り入れていたように思います」
鬼族の現当主、綾。
シロの筆頭護衛であり、玲人に刀の振り方を教えた女傑。
人間では不可能な、数百年という期間を剣の道に捧げており、頭脳明晰さに加え、剣の道に関しても「百年に一人の天才」と謳われる玲人であってもまだ一度も勝てたことの無い師匠。
人間の尺度で「百年に一人」などと言っても、まあこんなものなんだろうなと、そう思わさせられた存在。彼女らの基準で見れば、才能などというものはきっと、ただプラス要素の一つでしかないのだろうと身体で理解させられたものだ。
ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァストという少女からは、そんな己の師匠と同じようなものが感じられ、才能という土台からさらに長い年月を掛けて磨き上げた、凄まじい技量が今日だけでも見て取れた。
そして、海凪優護にそれは無い。
彼には多分、剣の才能は然して存在していない。ゼロではないのかもしれないが、超人的なレベルのものではない。
にもかかわらず、勝つ。
武器の性能は確かにあるだろう。彼が愛用しているらしい刀は、怖気を覚える程の斬れ味を持つのが見ているだけでわかる。あの刀ならば、それこそ今日乗った護衛艦程度であれば、バターのように斬り裂けることだろう。
だが、決してそれだけでないことを、玲人の観察眼は捉えていた。
そうでなければ、今日のあの訓練でも、普通にウータルトの方が勝っていたはずだ。お互い、軽く流し気味であっても、手を抜いていた訳ではないのだろうから。
異質で、歪な、訳のわからない存在。
ますます、面白い。
「今回の本題だったはずの海坊主討伐が、彼らにとっては本当に片手間で出来る、移動が面倒くさいだけの楽な仕事だったということがよくわかりましたよ。……あぁ、あとその海坊主ですが、ウータルトさん曰く、誰かの使い魔だったようですね」
「……ふむ」
田中の顔を見て、ピクリと玲人は反応する。
「その顔、心当たりが?」
「情報提供があった。表に出せないルートのものだが」
彼の言葉で、玲人の頭脳は即座に裏を察する。
「大妖怪ツクモ、ですか」
「その部下、だがね。全く、君に隠しごとは出来んな。以前君とも一度会ったと聞いている。岩永という男だ」
「あぁ、あの……」
ツクモは特殊事象対策課とは派手に敵対しているものの、玲人はシロと個人的に付き合いがあるため、その思想や在り方を知っているが故に、特段彼女らに対して思うところは無い。
何故なら、旧家に対して思うところが数多存在するのは、玲人も同じだからだ。
「君にも是非、話に参加してもらいたい」
すると、田中は一台のスマホを机の上に置く。
そのスマホは、すでに通話が繋がっているようだった。
『――このような形で失礼する。岩永だ。盗聴等に関しては気にしないでもらって構わない。ツクモ様が構築した、妨害魔法を利用して現在通話を行っている。記録も残らないはずだ』
聞こえてくるのは、玲人もまた以前に一度会った男。
体内に巡る魔力の洗練具合や、立ち居振る舞いからして、今目の前にいる男と、同程度の実力を持っているであろう大妖怪ツクモの部下、岩永。
『さっそくだが、本題に入らせていただこう。――現在、日本は内憂外患の状況にある』
「……その内憂は、特殊事象対策課、という訳ではなさそうですね」
外患は、わかる。恐らくは、つい最近海凪優護と対峙した、『欧州魔法協会』のことだろう。
あちらの組織は、特殊事象対策課以上に混沌としていて、様々な勢力が内部で渦巻いているため、一概に敵とも言えないが、かと言って決して味方とも言えない、全く信用出来ない組織だ。
海凪優護との一件以来、玲人は部下を用いてあちらの情報をさらに探っているが、届けられる報告はカオスそのもの。
功績を求めて、こんな極東の地にまでわざわざ訪れた者がいるのも、わかるくらいには権力闘争が激しくなっており、迷惑極まりない話である。
今後も、あちらの組織のさらなる情報収集は行っていくつもりだ。
もう、受け身になるつもりは無い。敵の行動を逐一察知し、先手を打って、対処していく。
田中と共に、それが出来る体制を、現在構築しつつある。
『ツクモ様であれば、それもまた内憂として判断するかもしれないがな。その話ではない。――古来より、この日本では度々凶悪な魔物が現れている。それらは、ツクモ様とシロ様によって退治されてきた訳だが……それ故に、二人だけが気付いた事実がある。その魔物達は、ほとんどが使い魔であったそうだ』
それは、日本の魔法戦力のトップとして戦い続けた、二人だからこそ気付けた事実。
この国を蝕む、強大なる敵。
ツクモが裏社会に潜ることにした、大きな要因の一つである。
「……海凪君も言っていたな。五ツ大蛇は、恐らくは人造であると」
「……なるほど。今回の海坊主も、その一環である可能性が高いということですか」
『確証は無い。まあ、確証があったのならば、すでにツクモ様が対象を特定し終えて討伐に向かっているだろうがな。我が主様は今、その敵を追っている。五ツ大蛇討伐戦で、ようやく尻尾を掴めたらしく、故に今後はそちらに全力を尽くし、必ず殺すと仰せだ。つまり、今我々には、外患に手を回している余裕があまり無い』
彼の言いたいことを理解し、田中が言葉を返す。
「ふむ、諸外国の対応を我々に、ということか」
『無論、外部からこの国を脅かす存在に対し、我々としても容赦はしない。協力出来るものがあるのならば、協力しよう。逆に、こちらが協力を求めることもあるだろう。特に、海凪優護には。彼は、かなり価値観が我々寄りだからな』
「あぁ……確かに海凪君、必要とあらば普通に法も犯すでしょうからね」
彼は、良くも悪くも、目的のためならば容赦はしない性質だろう。
そういう意味では、確かにツクモ達の在り方とよく似通っているのはわかる。
それが必要であるのならば、誰に恨まれようが、指名手配でもされようが、全てを一顧だにせず剣を振るうのだ。
「……我々は、国の組織だ。法を犯すことは出来ない」
『わかっている。それが必要な時は、我々が行おう。重要なのは、協力体制だ。そちらとこちら、表と裏で、いがみ合わず動く。そのための協定が欲しい。ツクモ様が、そちらの組織を毛嫌いしているがこそ、な』
「…………」
田中は、少しの間押し黙る。
岩永も、玲人も言葉を発さず、彼の答えを待ち――そして、田中は言った。
「――良かろう。この件の解決まで、そちらとの秘密裏の協力関係を」
『ありがたい。ツクモ様も喜ばれよう。こちらでさらなる情報が得られたならば、都度この回線で共有させていただく』
「了解した。よろしく頼もう。こちらとしても、動きの進捗は伝えさせていただく」
そうして話が纏まったところで、ふと玲人は問い掛ける。
「岩永さん。大妖怪ツクモが追い掛けているその敵、名前はあるので?」
『正体不明の怪物故、我々が内々に呼んでいる呼称だがな。ツクモ様が、こう名付けられた』
岩永は、言った。
『――鵺』