仕事完了
キャッ党……まさか先達がいたとは……いや流石に知らん(笑)。
……鎧袖一触だったな。
今のウタでも、あの程度の魔物が相手ならば、この結果になるか。
使ったのも結局、『魔刃』と『ニブルヘイム』のみ。
……いや、のみって言っても、『ニブルヘイム』の方は普通に対軍殲滅用の奥義クラスの魔法なんだが、アイツ足止め目的でしか使わなかったしな、今。
魔法の規模感はやはり、向こうの世界の頃と比べて大幅に縮小していたが、そうして出力を下げた分、ピンポイントに絞って行使している感じだった。
魔力量が落ちても……最強は、変わらず最強か。
はは、これこそが『魔王』か。
「……なんか、嬉しそうだな、優護?」
何だか不思議そうな様子で、俺を見上げてくるキョウ。
「そう見えるか? とりあえず……うん、アストラル系の魔物をいったいどう倒せばいいのか、参考になったな、キョウ!」
「なるかバカ!」
「いてっ」
キョウに軽く足を蹴られた。……なんかすまん。
少しして、海に下りていたウタがぽーん、と船の上に跳び上がり、戻ってくる。
そしてその表情は、どことなく不満げだった。
「お疲れ。どうだった、日本での初実戦は」
「消化不良じゃ」
フンと鼻を鳴らし、焔零を肩に担ぐウタ。
「全く、張り合いの無い……久方ぶりじゃから、もっと試したいことがあったというに、早々に逃げに入りおって。それに、おかしな気配じゃったわ」
「おかしな?」
「うむ。魔力の質がの。随分と人工的くさい魔力をしておった。自然に生まれた個体ではないじゃろう」
俺はわからなかったが……コイツが言うのならば、間違いないな。
「使い魔か」
「恐らくの」
ツクモ……じゃ、ないな。
アイツがやった悪事ならば、もっとわかりやすく、ド派手に、「対処しなきゃマズい」と思わせるような悪事にするはずだ。
なんかよくわからん魔力異常がある、というだけでなく、自衛隊の艦船にでもバッチリと目撃させて、どうにかこうにかこちらに全力を出させて退治させるものにするだろう。そうでないと、意味がない。
こんな、潜ませるような悪意を見せることは無いのだ。それはもう、わかっている。
すると、先程まで満足そうにウタの戦闘を見ていたレイトが、表情を切り替えて問い掛けてくる。
「それはちょっと聞き捨てならないね。ウータルトさん、何か手掛かりとかあったりしないかい?」
「残念じゃが、痕跡も何も消えてしもうたからのぉ。質は覚えた故、似たような存在が現れたら気付ける、ということくらいかの」
「お前、丸ごと全部凍らして消し飛ばしてたもんな」
「しょ、しょうがないじゃろう。逃げようとしておったんじゃし」
少し考える素振りを見せてから、レイトはこくりと頷く。
「……わかった、田中さんには僕の方から詳細を伝えておくよ。後程、また詳しく話を聞かせてもらうかもしれないから、その時はお願いしていいかな」
「うむ、構わん。話せるところは話してやろう。――それよりユウゴ!」
「おん?」
ウタは、言った。
「お主、相手せい! 儂の消化不良を解消してもらう!」
「えぇ、今からか?」
「今からじゃ! この昂った感情……ユウゴが受け止めてくれんと、壊れてしまう!」
「なんかアレな感じに言ってるが、それ向けてるの暴力だからな?」
受け止める(斬撃)だろ、それ。
ただ、今のウタがいったいどれくらい戦えるのか、俺自身で知っておいても良いかもしれないな。海坊主じゃスパーリングの相手にもなんなかったようだし。
『にゃあ!』
「おっと、緋月もやる気のようじゃぞ?」
焔零より、自分の方が格上だと証明する、と言いたげな様子で、やる気な感じの鳴き声を溢す緋月。
「……レイト――」
「こっちは気にしないでくれていいよ。想像以上に早く依頼が終わったからね。当初の予定なら、あと数時間は海の捜索を続けるところだった訳だし。船さえ壊さないでくれれば」
俺が問う前に、レイトはそう言った。
「……わかった。しょうがない。船の上、は危ないな。キョウ、レイト、じゃあ俺ら、ちょっと訓練してくるから。悪いがレイト、自衛隊の人らにはよろしく頼む」
そういう訳で、ウタと久しぶりに戦うことになった。
◇ ◇ ◇
船を降りた俺は、小さな結界を足元に張って、その上に。
ウタは素で海に着地し。
少し距離を取って、対峙する。
「かか、お主と剣を交えるのが久しぶりで、何だかわくわくしてくるのぉ!」
「おう、人を斬りたくてしょうがない危ない奴みたいになってるぞ」
「ユウゴを斬るのが楽しみじゃのぉ!」
「言い方悪化してるんだが?」
子供がおもちゃを前にして喜んでいるかのような、本当に楽しみな様子で、焔零を構えるウタ。
……向こうの世界でコイツは、こんなに俺との戦いを楽しんでくれていたのか。
何だか少し、嬉しくなってしまったが、ウタとやるのならば気を抜いている暇は無いので、一つ意識を切り替える。
――ウタは、最強だった。
全ての相手が、挑戦者。彼女の下に存在している。
幾人もが彼女に挑み、そして破れ、屍を晒してきた。
ただそれは、強者が力のままに振舞ったから、というだけではなく、そこに天才的な頭脳が合わさり、相手を分析しながら戦ったからだということを俺はよく知っていて――つまりコイツは、最初は様子見をすることが多いのだ。
元々動体視力と観察眼が非常に良い奴である。その性なのか、相手の力量を推し量ってから、実力を理解してから対処しようとするクセがある。
……と言っても、その様子見が強烈なんだがな、コイツは。
「では、まずはいつも通りの感じで、肩慣らしから入るとしようかの!」
瞬間、海が牙を剥いた。
まるで生き物が如く、ガバァ、と俺の足元の海水が大口を開き、こちらを食わんと迫り来る。
海坊主が操っていた海とは比較にならない、洗練された魔力の流れと動き。食われたらそのまま死ぬな、これ。
俺は即座に緋月でそれらを斬るが、これで止まらないのがウタだ。
斬って爆散する海水で、俺の視界が少しだけ奪われた次の瞬間、刹那の間で周囲に展開されていた数十の氷の槍が、一斉に襲い掛かってくる。
コイツが俺とやる時の攻撃は、大体こうだ。
魔法を斬って無力化出来るとしても、俺が緋月を振るう腕は一本。
ならば、処理が追い付けない飽和攻撃をする。威力が高過ぎて、俺が割と得意としている結界魔法では、コイツの魔法を防げないのだ。
こういうことをしてくる敵は他にもいたので、そういう時は多数をコントロールしている根本の魔力を斬ることで対処するのだが、ウタの場合、浮かんでいる数十の全てを一本一本別々でコントロールしているため、狙いが非常に正確で、しかも途中で軌道が変化してくる厄介さがある。
……いや、いつか聞いた時は、「流石に儂でもそんな数を同時処理は出来ん。予め決めてあるぱたーんの幾つかを組み込んで、それを操作しているだけじゃ」とか言っていたが、十分神技っていう。
このままここに留まっていたら死ぬので、俺は自分から動き出し、最低限を斬って抜けることで魔法の包囲網を抜け――目の前にいるウタ。
俺の避ける方向を先読みしていたのだろう。眼前に迫り来る焔零の刃。
ウタの動きはちゃんと見ていたため、ギリギリで緋月を挟ませることには成功したものの、そんな俺を休ませんと、彼女の連撃が続いていく。
焔零ならば、緋月とギリギリ刃を打ち合わせることが出来るのだ。あとコイツ、自前の魔力で刀身強化してやがんな。
刀を握ってから日が浅いとはとても思えないような、洗練された剣技。
かと思いきや、こちらの意識の間隙を突くような、無視出来ない魔法の数々。無力化のためにそちらを緋月で迎撃すれば、ウタ本人が物理攻撃を仕掛けてくる訳だ。
「随分飛ばしてんな! そんなに魔力消費して大丈夫なのか!?」
「今ならばある程度問題ない! 魔力吸収の魔法式が、もう大分儂の肉体に馴染んだからの!」
「そうかい! そりゃあ良かったよ!」
気を抜けば、簡単に命を落とすであろう攻撃の応酬。
これは訓練だが、ウタの攻撃には、この程度では俺は揺るがないだろうという信頼が見て取れる。
ただ――ん、大体わかったな。
今のウタは、魔力が大幅に減っている。向こうの世界のコイツならば、息をするのと同じように大魔法を発動し続け、それが止まることなど無かったが……今のウタは、そのレベルで魔法を操ることが出来ない。
つまり、魔法に息継ぎのタイミングがあるのだ。
焔零での攻撃によってそれを誤魔化しているが、向こうの世界でのコイツとの差は明白だ。
また、背丈が変わったことによる、間合いの変化。それに少し苦労しているように見える。
こちらもまた、ウタの今の状況を観察し終えたため――一つ、仕掛ける。
「うぬっ――」
魔法の息継ぎのタイミングを見計らい、少し強引に間合いを詰めると、少しだけ窮屈な様子で動くウタ。
やはりまだ、今の肉体での戦闘には慣れていないようだ。まあそれも、コイツならばあと何戦かすれば慣れるだろうがな。
一つ、拍子をずらすことが出来た。
俺達の戦いは、それで十分だ。
窮屈な動きを見せているウタに対し、俺はさらに強引に緋月を振るう。
速度を意識した一撃。
海上という足場の悪さも相まって、受けるのは悪手と判断したのだろう。
他の相手ならばこの一撃は避けられず食らっていただろうが、目が良過ぎるが故にウタは咄嗟の回避に成功し、しかしそう動くだろうと読んでいた俺は、その途中で足を差し込む。
ウタは回避し切れず、引っ掛かってよろけ――俺は、倒れる前にその背に手を回して、軽く彼女を抱っこする体勢となった。
俺の勝ちである。
「はい、俺の勝ち。お前、弱体化したなぁ」
「かか、弱体化したのぉ。やはり敵わんか」
「今のお前には勝たないと、だ。じゃないと、向こうの世界でのお前に申し訳が立たない。だろ?」
するとウタは、何だかとても嬉しそうに、楽しそうにニッと笑うと、ぐりぐりと俺の胸の辺りに頭を擦り付けてくる。
温かな感触と、良い匂い。
「やはり、この世界の儂は脆弱故、ユウゴに守ってもらうしかないな!」
「……まあ、守ってやるけどさ。今のお前でも、地球の大体の生物はぶっ殺せるだろうけども」
「いやいや、儂は手弱女ぞ? 殺しなどとてもとても」
今しがた一体ぶっ殺しましたけどね。
「まあでも、お主が困った時はしかと言うように! 手弱女でも、夫が困っておったら真の力を発揮して、助けてやるからの!」
「はいはい、そん時は頼むよ。そんじゃ……満足したろうし、帰るか」
「うむ、大満足じゃ!」
――こうして、ウタの初仕事は終わった。