再会《1》
あるバイトの日。
「レンカさん」
「んー?」
「暇なのはわかります。お客さんいませんし、来る気配もありませんし」
「そだね」
「けど、流石に仕事中にテレビゲームをやるのはどうなんです……? 携帯ゲームならまだしも、ガッツリ遊び過ぎじゃないですか?」
「だって、優護君と遊びたいんだもん」
もんって。
「……まあ、バイトの身としては楽だから別にいいんですが。あ、メテオ決まった」
「むっ、やるね、優護君。こうなったら漣華スペシャルを決めて、地に沈めてあげよう!」
「何です、レンカスペシャルって」
「ステージ端で飛び道具連打コンボ」
「それ別名害悪戦法って言いません?」
「そうとも言う」
「いや認めるなや」
カウンターで二人、コントローラーを握り、壁に設置されているテレビ画面を見ながらそう言葉を交わす。
こんなんで給料貰うの、なんか申し訳なくなるんだが……雑用とか全部しなければ。
ちなみに、現在我々が遊んでいるのは、大乱闘でスマッシュなゲームだ。本当に久しぶりに遊んでいるものの、向こうの世界で鍛えた目があるので、フレームに差し込んでどうにかダメージを稼ぐことが出来ている。
が、コントローラー捌きが俺は普通に下手なので、意外と良い勝負だ。レンカさんこれ、かなりやり込んでるな。
「お客さん来たら流石にやめるよ。あ、他のソフトやりたかったら言ってね。一人用の以外だと、友情破壊ゲームと協力ゲームがあるよ。私のおすすめは友情破壊ゲームの方」
「レンカさん、意外とバチバチに勝負するのが好きなんですね?」
「優護君相手ならそんな遠慮しなくても良さそうだし、二人で遊ぶならやっぱり対人で遊んだ方が面白いでしょ。――おっ、良いコンボ決まった!」
「あの、流石に飛び道具連打し過ぎじゃありません? どんだけAボタン連打してるんですか」
「私のキャラ、そういうキャラだから。よし、良い感じに勝てたから大乱闘は終わり! 店長命令だから拒否権はないよ。あ、ビール取って。優護君も飲んでいいよ」
「レンカさん、もう一回言いますけど、今仕事中ですよね」
「優護君は固いなぁ。……いや固くはないか。結構柔軟な子だし。優護君は真面目だなぁ」
「いや俺これで給料貰ってるんで。そりゃ流石に、これでいいのかってなりますけど」
「店長の暇潰しに付き合うのも給料の内だよ。よし、それじゃあ私は軽くつまみを作ろうか。今日は……デラックスサラダおつまみにしよう! お肉もしっかり乗せてね!」
ふふーん、と楽しそうに調理を始めるレンカさん。
相変わらず、掴みどころのない人である。
というかホントに、何でこの人喫茶店やってるんだろうな……料理はガチのマジで美味いから、常連さんもチラホラはいるし、お客さん来ると流石にレンカさんもしっかり接客はするんだが。
「優護君、お酒まだー」
「はいはい。どうぞ」
「ありがとー。……それにしても優護君は、本当に良い匂いがするねぇ」
「え、そ、そうですか? 初めて言われましたけど、そんなこと」
何だ急に。
すると、レンカさんは楽しそうに笑う。
「ふふ、そ。じゃあ勘違いだったかも」
「勘違いて」
……本当に、謎な人だ。
◇ ◇ ◇
その後、数人のお客さんが来たが、やっぱりほとんどの時間が暇だったので、ゲームしたり駄弁ったりしている内に閉店の時間となった。
土日や休日だと、もう少しお客さんも増えるのだが、ド平日の今日は全然である。
閉店後は、いつものようにレンカさんが晩飯を作ってくれ、いつものように最高に美味かった。
酒も入っていたので若干飲みの体を為していたが、そこらの店で酒を飲むよりは美味いし楽しい時間だったろう。
ちなみに俺は、割と特別製の肉体をしているので、量を呑めば多少酔うことは出来るものの、その気になれば一瞬でシラフに戻れる。スピリタス一気飲みも今なら出来るだろうな。やらないが。
なお、レンカさんは途中で寝た。
レジを除いた、皿洗いや掃除なんかの片付けを俺が終えた後もまだ寝ていたのだが、流石にこのまま放置して帰れないと思い、どうにか起きてもらったものの、大分酔ってぐでんぐでんになっていたため、自室として使っているらしい二階に肩を貸して連れて行くハメになった。
微妙に警戒心の足りない人である。信頼してくれてはいるんだろうけどさ。
彼女の掴みどころのなさにはまだまだ慣れないが、ただこの日々には、慣れてきた。
明日を生き残るための心配をする必要がなく、安全な場所で寝起きし、仕事をし……仕事をし? ま、まあ遊んでる時間も多いが、とにかく労働を行い、多くはなくとも生活には十分な金銭を得て、一日を終える。
レンカさんが色々飯を作ってくれるから、食費が浮いて余裕があるんだよな。臨時バイトである魔物討伐がなくとも、多分普通に生活は出来ただろう。
良い日々だ。
このまま、のんびりと毎日を過ごしたい――なんて、考えていた時だった。
――魔力の波動。
いつもの、チリリと来るような悪意ではない。
だが、その強大さに、俺の中の警戒心が自然と最大にまで上昇するような。
――ヤバい。
それは、数秒もしない内に収まったが……何だ、今のは。
あり得ない密度の、戦艦でもこんな出力は出せないだろうという凄まじい魔力だ。もしかすると、一般人でも今のは感じ取る人が出るんじゃないだろうか。
ただ、今の感覚、どこか懐かしいような……。
すると、すぐにポケットの中で震える、支給されたスマホ。
「はい、海凪です」
『海凪君、田中だ。現在、君のいる地点の付近にて莫大な魔力が検出された。一瞬で消えてしまったが……君が何かやった訳ではないね?』
「いえ、自分ではないです」
『わかった。では、出来れば異変の調査をお願いしたい。報酬は以前と同じだ。どうかね?』
「……わかりました。対応します」
これは、俺でないと対応は不可能だろう。
下手すれば、この地方が丸ごと消滅してもおかしくない規模の魔力だった。
言うならばこれは、起爆前の核爆弾に等しい。幸いなのは、そこに悪意や敵意が感じられなかったことだろうか。
『よろしく頼む。だが、今回は感じられた魔力量からして、脅威度『Ⅳ』以上の可能性が高い。十分に警戒してくれ。こちらでもすぐに対応チームを編成する。応援が必要な場合は即座に連絡を』
その会話を最後に、通話は終了した。
「……こっち、だったか?」
すぐに俺は、帰宅コースから道を外れ、感じられた魔力の方面へと歩き出す。
十分に警戒しながら、空間に残る魔力残滓を追っていき――やがて、その中心点に辿り着く。
路地裏。
人気の一切ないそこで、蹲っている少女が一人。
銀色の髪。
何故だか俺は、その姿に既視感を覚えつつ、声を掛けるか一瞬悩んだところで、先に向こうが反応した。
「! この気配……勇者か!?」
「……魔王?」
ガバリと顔を起こしたのは、額から一本角を生やした少女。
美しい銀色の瞳と、同じ色の銀髪は、だが今は汚れ、少しくすんで見える。
……普通の大人サイズだったはずの身長が子供そのものになり、着ている服はぶかぶか。
魔力など見る影もない程に減っており、向こうの世界での俺が知っている姿と比べると大違いだが――この気配、間違いない。
そこにいたのは、ウータルト=ウィゼーリア=アルヴァスト。
向こうの世界で俺と共に死んだはずの、魔王だった。