ウタの初出勤
久しぶり、という程ではないのだが、田中のおっさんから連絡が来た。
仕事の依頼である。
そして今回は俺だけではなく、ウタにも同時に連絡が来ていた。
というか、俺への連絡はついでのようなもので――つまりは、実質的にウタへの依頼ということだろう。
「とうとう来たか……儂の仕事でびゅーの日が!」
「……そこはかとなく不安だ」
「……そこはかとなく不安だな」
「そうか! では安心するがよい、この儂が付いておるでな! 大船に乗ったつもりでおるがよいぞ!」
思わず本音を溢す俺とキョウを見て、ばばーん、といった様子で胸を張り、一人だけ得意げな顔をするウタである。
横に並んだリンと華月が、ウタの真似をして遊んでいる。超可愛い。
その足元で、全く興味が無さそうに緋月が毛繕いしていた。
「てか、キョウにも連絡が来たんだな?」
「あぁ。……二人だけだと隊長、ちょっと不安らしい。あたしも付いて行けってさ」
……まあ、あの人としちゃあ、そういう反応にもなるか。
「その仕事だが、今回俺達が特に何も感じなかったのに連絡が来たってことは、新しく出現した魔物って訳じゃないだろうし、どういう感じの依頼なのかね」
ここ最近では、特に近場で嫌な魔力を感じたことは無かった。遠くは流石にわからんが、今すぐにどうこうという依頼ではないのだろう。
俺の言葉に、心当たりのあるらしいキョウが答える。
「ん、緊急連絡じゃなくて、仕事の依頼って形で連絡が来たってことは多分、調査系かな」
「調査系?」
「あぁ。あたしはそういうの出来ねぇし、専門の知識が必要だったりするからやったことねぇけどな。多分異変自体は元々確認されてたけど、原因が特定出来なくて、一帯を立ち入り禁止にすることで対処したとか、そういう感じの奴だと思う」
「五ツ大蛇みたいな?」
「あれは極端な例じゃああるが……まあそうだな。あと、心霊スポットとか」
幽霊大嫌いなためか、微妙に顔を顰めながらそう言うキョウ。
あぁ……俺達からすれば心霊スポットって、レイス系の魔物の出没地域って意味合いしか無いしな。
レイス系、狡猾な奴だと逃げ隠れするのも上手いし、そういうものの調査をする可能性もあるか。
「そん時は守ってやるから安心しろ」
「ホントに頼むぞ? ホントにだからな?」
すがりつくような必死さでそう言うキョウである。可愛い奴め。
近い内コイツにホラゲーやらせたい。ホラー映画鑑賞でも可。
「なるほど。つまり、ばりばり専門知識のある儂の出番ということじゃな!」
「……確かに、お前に誰よりも専門知識があることはよく知ってるが。程々で頼むぞ、程々で」
「わかっておるわかっておる」
「本当にわかってんのかコイツは……って、何だ、キョウ」
「いや? 前、隊長もアンタに、同じようなこと言ってたなって思って」
「俺は程々だ。何故なら日本人だからな! 日本の過ぎたるは及ばざるが如しというマインドを、ちゃんと受け継いでいるのだ……」
「ユウゴが何か言っておるが、此奴がその気になった時は、儂より酷いから信用してはならんぞ、キョウ」
「真顔で言わないでくんない?」
そんなことを話しながら、家を出た俺達は、第二防衛支部に向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「――君達には、海へ行ってもらう」
田中のおっさんは、そう言った。
「海、ですか」
「ふむ。海洋系の魔物か?」
「恐らくは、といったところだ。ここ数週間程、太平洋側の日本近海にて、魔力異常が観測されている。急激に魔力が高まり、しかし数瞬後には消滅するという、明滅のような現象だ。局員が自衛隊を伴って調査に赴いたのだが、異常の感知が出来ず、しかし数日後別の地域にて同じ異常が発生する、という事態が起こっている。日本への被害が出ないのならば、放置でも良かったのだが……」
「その言い種だと、被害が?」
「うむ。これを」
俺の言葉に彼は頷き、数枚の写真をテーブルに並べる。
死体の写真を。
と言っても、人間のものではなく、恐らくはクジラだ。
腹の辺りをガッツリと食われており、グロテスクではあるものの、それだけならば自然界の闘争に負けた個体といったところだが……。
「ふむ、随分と妙な捕食痕じゃな」
「野生生物によるもの、って訳じゃなさそうだな」
クジラの腹に開いた大穴は、ホオジロザメが食ってもこうはならんやろ、みたいな巨大さで、さらに、歯で捕食した形跡が無かった。
綺麗な断面をしているのだが、こう、指で抉り取った、みたいな……とにかく、何にやられたのか想像付かないような、妙な傷口だったのである。
「気付いたか。そう、この傷口は非常に綺麗な断面で、いったい何に攻撃されたのか、海洋の専門家に見せてもわからなかった。そもそも捕食ではなく、何かしらの事故によるもの、という可能性も考えられるが――」
「傷口に魔力の残滓でも残っておったか」
ウタの予想に、彼は頷く。
「その通りだ。よってこれを、我々は魔物による被害と推定した。そして、このクジラが浜辺に打ち上げられた前日に、その近海にて魔力異常を観測している。関連性が皆無だとは思えん」
「なるほどの。この傷口じゃと、そこらの艦船でも防ぐことは出来んじゃろうしの」
確かにそうだな。
物理的な力による捕食とは思えない以上、どれだけ分厚い鉄の船底でも、それを防げるかどうかはわからない。
そしてこのサイズの傷を残せる魔物に艦船が襲われた場合、それこそモンスターパニック映画みたいなことになりかねないだろう。
「では、儂らの仕事は、対象の同定、及び駆除か」
「そうだ。任務の性質上、いついつまでに、などと期限を切ることは出来ないが、人的被害が出ない内の早期解決をお願いしたい」
「うむ、まっかせよ! 儂とユウゴに掛かればこの程度、速攻で終わらせてやるからの!」
「……よろしく頼む」
無駄に自信満々なウタを見て、一瞬言葉を詰まらせてから、それだけを返す田中のおっさん。
最初この人のこと、何を考えてるかわからん人だと思ってたが、意外とわかりやすい人かもしれない。
「ま、お前の言う通り、海だと長丁場になりそうだしな。レンカさんの店もあるし、あんまりダラダラはやりたくないから、とっとと見つけてとっとと終わらせるとしよう」
緋月は必ず連れていくことになる以上、家にはリンと華月の二人だけを残すことになる。
二人とも、ずっと一人で生きてきた子達だから問題は無いだろうが……それでも、なるべく一緒にいてあげたいしな。
レンカさんには、あとで連絡してシフトずらさせてもらうか。埋め合わせは忘れずにしなければ。
「アンタらは相変わらずだなぁ……けど隊長、海なんですよね? 調査って言っても、どうすればいいんです?」
「その点に関しては――」
「――僕が説明しようか」
その時、ひょっこりと顔を見せたのは、飛鳥井 レイト。
「レイトか。よう」
「やあ、久しぶり――って程でもないか。そういう訳で、今回の調査は僕も参加するよ。調査用の船はもう押さえてあるから、海凪君達の予定はどうだい? 動けるなら、明日からでもお願いしたいところなんだけど」
「俺達はいいが……キョウ」
「あたしも問題ない。学校はあるが、あたし別に、もう行っても行かなくても関係ないし」
「すまないな、清水君。明華高校の方には、私の方から連絡して公欠扱いにしてもらっておく」
「わかりました、お願いします」
……そう言えばあの学校、キョウみたいな奴に理解のある学校だったな。
そういうところで融通が利くのか。
「ん、問題無さそうだね。それじゃあ、明日の朝七時頃にこの支部集合でお願い。今後、調査が長引いたらどうなるかはわからないけれど、とりあえず明日は泊まりとかの用意はしなくていいからね」
「んー……泊まりで仕事は流石に面倒だな。よしウタ、さっきは程々でって言ったが、前言撤回。やっぱ超本気でやってくれ。後始末は……まあなんとかなるだろ」
「任せよ! 張り切って行こうではないか!」
「あ、そこは俺がやるとか言わないんだな、優護」
ウタが仮にしでかしたら、その後始末とか出来る気しないんで。
そんな俺達を見て、無表情ながらも、やはりどことなく不安げな様子を見せている田中のおっさんであった。