ドライヤーを掛ける
「凛の髪は触り心地最高だな……この耳も最高の感触だし」
「……んふふ、ありがと」
「よく気付いたな、キョウ! リンの毛並みは、世界最強だぜ!」
「いや何で優護が偉そうなんだ」
リビングのソファに座ったキョウが、リンを前に座らせ、ドライヤーで髪を乾かしながら梳かしてやっていた。
今日は、二人で一緒に風呂に入ったらしい。やっぱ広い風呂に改装してもらって正解だったな。俺が我が家で最も気に入っているポイントかもしれない。
キョウが、こうしてリンなどとのんびりやっている姿を見ると、何だか安心するものだ。
二人とも寝間着姿で、非常にラフな恰好である。キョウなど、動きやすい恰好を好むのか緩いハーフパンツにシャツを寝間着にしているので、ぶっちゃけ色んなところが見えそうになることがあり、最近は目のやり場に困ることが多い。
多分、我が家で気を抜いてくれているのだろうが、変に見たら信頼を損ないそうなので気を付けている。女子高生だし、そういうのには敏感な年頃だろうしな。
ちなみにウタは、俺に全裸を見られてもいいと思っている節があるので、俺がいるところでも平気で脱ぐし、着替える。
奴の肉体は、劣情を催すというより……見惚れる。
あんなに美しいものを、俺は他に知らないのだ。
「はい、終わり。せっかく綺麗な毛並みなんだし、しっかり手入れしないとな」
「……ん! キョウお姉ちゃんもね。だからー……はい! お兄ちゃん」
そう言って、キョウから受け取ったドライヤーを、俺に渡してくるリン。
「あ、俺なんだな」
「……ん。凛がやってあげるより、お兄ちゃんの方が上手いから」
「よしわかった。いいか、キョウ?」
「あ、おう。好きにしてくれ」
すると、リンは何だか含みのある笑みを見せ、「……歯を磨いてくる!」と言ってこの場を去って行った。
「じゃ、前、座ってくれ」
「あぁ」
そうして俺は、キョウの髪を乾かし始める。
ウタとリンとは、また違った手触り。
スッと指が通る、心地の良い感触。
ちょっとアレな感想かもしれないが……こういう時、やってる俺の方が、ぶっちゃけ良い気分かもしれない。
女子の髪とは、何故こんなにも触り心地が良いのか。
「……ホントに手馴れてんな。まあ、ウタとリンの髪、結構やってあげてるもんな」
「頑張ったんだぞ? 俺、男だしドライヤーの掛け方とか、髪の梳かし方とかテキトーにやってただけだったからさ。けど、二人の髪を傷付ける訳にいかないから、ちょっと調べたりとかもして、正しい髪の手入れの仕方を学んだんだ」
「はは、ま、あの二人の髪と毛並みは綺麗だもんな。それを扱うってなったら、気も遣うか」
「特にウタとか、髪の手入れを面倒くさがって、ほっとくとテキトーにやり始めるからな。リンのをやってあげる時は丁寧なのに、自分のだと雑なんだよ、アイツ」
「あたしも気持ちはわかるけどな。髪長いと面倒くせぇんだよ。洗うのも乾かすのも。そこまで伸ばしたこと無ぇだろうから、男の人はあんまわかんねぇだろうけど。だからあたしも、今以上に伸びそうになったら切るな。短い方が面倒が無くていい」
「あー……そうか。長いとそれだけ、手入れの量も増えるだろうしな。けど、お前も綺麗な髪してるし、ロングヘアでも似合いそうだが」
「……そうか?」
「おう。いや、でも短めでも似合うか? 今の長さも良い感じだし……」
「結局どれがいいんだ」
「わからん。まあお前は何でも似合うか」
「テキトーじゃねぇか?」
「本心さ」
「……そうか」
それから、少しだけ互いに、無言になる。
悪くない無言。
ゆったりと、時間が流れるような。
「……なあ、優護」
「ん?」
「優護は……どうして、戦い始めたんだ?」
ポツリと、キョウはそう言った。
「どうして、か」
「言いたくないなら、言わなくてもいいが……」
そう言うも、キョウの表情には、強い興味の色が浮かんでいた。
俺は、苦笑を溢しつつ答える。
「そうだな。最初は、逃げられず、だ」
「逃げられず?」
「あぁ。戦うことを強制されて、逃げらんなかった。戦うか、あるいは死ぬか。監視されてたとかじゃあ無いんだが、逃げ出したところで、逃げ場所が無かったんだ。周囲を全部、敵軍が囲うように展開してたからな」
「…………」
「だから最初は、ふざけんなってずっと思ってた。何で俺がって。けど、そんなこともすぐに考えらんなくなった。余計なことに思考を割いてたら死ぬからだ。生きていようが死んでいようが、誰も俺のことなんて気にしない。俺を守れるのは、俺だけだった。だから、戦った。死にたくないから、死に物狂いで生き延びた」
余計なことを考えていたら死ぬ。戦場とはそういうものだ。
頭の中にあるのは、ただ一つ。
生き延びるための方策。大して頭が良い訳でもない俺だが、あの時はマジで知恵熱出そうな程ずっと考え続けたものだ。
「ただ、それでも途中からは俺の意思で、だな。強制されて始まった戦いでも、色々、戦う理由ってのは出来てくもんだ。俺を助けられるのは俺だけだったが、かと言ってそこにいるのは俺だけって訳でも無かったしな」
「……もしかして、その時にウタと出会って、助けてもらったりとか?」
「いや、ウタは俺を殺しに来てた奴の一人だ。というか、敵集団の親玉」
「は?」
「はは、まあそういう反応にもなるよな。俺は何度も死に掛けた経験があるが、そのほとんどがウタに殺され掛けたからだ。生き延びられたのは、ほぼ運だ。何か一つ間違えれば、俺はもう死んでるよ。まあ、死に物狂いだったからこそ、運も引き込めたんだろうと今は思ってるが」
「……殺し合ってたのに、今そんな、仲が良いのか」
「俺もウタも、戦いたくて戦ってた訳じゃないからな。どうしようもなくて、それ以外に手段が無くて、戦ってた。それを互いにわかってた。だから、殺されかけたっつっても、別に恨みとかがあった訳じゃないんだ。痛ぇなコンチクショーぐらいは思ってたが」
「…………」
色々、考えているのだろう。
ドライヤーを止めた俺は、再び無言になった彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、言った。
「さ、ほら、乾かし終わったぞ」
「ん、ありがと、お兄ちゃ――」
そこまで言って、ハッとしたように固まるキョウ。
「? 何だって?」
「な、何でもない。気にすんな」
「そうか。どういたしまして。これからもお兄ちゃんが髪乾かしてやるからな」
「思いっきし聞こえてんじゃねぇか!? ぐああああ!! 忘れろおおお!!」
「はっはっは、何を恥ずかしがってるんだ? お兄ちゃんは全然気にしてないというのに」
「黙れ!! このっ、このっ!! ニヤニヤすんな、アホ!! バカ!!」
ニヤニヤと煽る俺に、顔を真っ赤にしてペシペシ叩いてくるキョウ。
うむ、本当にウチではもう、大分気を抜いてくれているようだ。
お兄ちゃんは嬉しいぞ。
流石にそろそろ戦闘させたいので、次回ウタの初仕事回!