庭バーベキュー《2》
杏は、自身の紙皿に取った肉を食べる。
美味い。
炭火特有の美味さと言うのだろうか。表面はよく焼けているのに、中は肉汁がたっぷりで、一噛みごとに肉の美味さが溢れ出てくる。
単純に、肉自体も良いものを買ってきたのだろう。スーパーで適当に買った半額のものなどと比べると、別に舌が優れている訳でもない己でも違いがわかるくらいだ。
肉以外の野菜、キャベツやピーマン、かぼちゃなどもよく焼けていて美味く、あと海鮮もあるのだが、イカがとても美味い。
漣華が調理したものだが、焼き加減が絶妙で、特製のタレがよく合っていて、幾らでも食べられそうだ。
……果たして、バーベキューなどやるのは、いつぶりだろうか。少なくとも数年以来だろう。
この家での食事は、いつも美味い。
味がとか、料理がとか、そういうことではなく……美味いのだ。
食事をするということの喜び。楽しさ。
それを、よく思い出せるのだ。
「……見て見て。焼きお稲荷さん! 焼き肉が美味しいなら、焼きお稲荷さんもきっと、美味しいはず!」
「はは、試してもいいけど、ちゃんと食べるんだぞ?」
「……当たり前。お稲荷さん、無駄にはしない。じゃあ、実食! ……あちち。むむ、なるほど」
「おう、どうだ、焼きお稲荷さん」
「……お稲荷さんは、それだけで完成されてるから、余計なことする必要無し! また一つ、お稲荷さんの真理を解き明かしてしまった……」
「かか、お稲荷さんの真理は他に何があるんじゃ?」
「美味しい」
「うむ、確かにそれは真理じゃな!」
「あれだね。何だか凛ちゃんの言い回しに、優護君の影響をそこはかとなく感じられるね」
「そうですか?」
「……そうかな?」
「うん。そっくり」
「それはちとマズいの。リンがユウゴみたくならんよう、儂が矯正してやらねば!」
「いや、お前に寄ったらそれはそれでマズいだろ。世界征服するとか言い出したらどうすんだ」
「リンに征服されたら平和じゃろうから、その手足となって手伝うのみじゃな!」
「……それもそうだな!」
「あ、納得するんだ、そこ」
「……んふふ」
皆の会話を聞いて、ニコニコと楽しそうに満面の笑みを浮かべる凛。
ピコピコと耳を動かし、ブンブンと元気良く尻尾を振っており、動くものを見てか凛の椅子の縁に器用に座っていた緋月がちょいちょいと腕を伸ばして猫パンチしており、その様子を横から華月が見て笑っている。
可愛いで溢れ過ぎていてちょっとヤバい。あの一人と一匹と一体は仲が良いようで、家でもよく一緒にいて遊んでいる様子を見掛ける。良いことだ。
――そういう土壌なのか、日本では昔から全国で妖狐が生まれるそうだが、彼女らの在り方は二極化される。
人々を守護する存在になるか。
あるいは、歴史に残る程の大悪党となるか。
一筋縄ではいかない、いたずら好きで、二面性のある存在。それが、妖狐である。
ただ、この子がこの家で成長していくと……もしかすると、巫女様のようになるのかもしれない。
まあ、優護とウタの、この二人に育てられているのならば、どうであるにしろとんでもない子になることは間違いないだろう。
ウタの方がどれだけ強いのかは、戦っている姿を見たことがないため知らないが、優護の口ぶりや、魔法に関する深い知識からして、まず間違いなくとんでもない強者なのだろう。
今も時々、ウタには魔法を教えてもらっているのだが、優護が散々「魔法を学びたいならウタに学べ」と言ったのもわかるくらい魔力操作技術がずば抜けていて、教え方も上手く、彼女のおかげで己の技量が以前より数倍上がったと自覚出来る程なのだ。
優護の方は言わずもがな、である。
例の、第二防衛支部の襲撃事件。
結局あれを解決したのは優護であり、さらにその後の、とある大使館での騒動。
何が起こったのかは裏で全てが処理されたため、杏にまでは情報が下りて来ず、優護自身も軽く何があったかは話していたものの、そこまで詳しく教えてくれた訳ではなかったのだが……少なくとも、日本にいるはずの大使の情報が一人分、全く表に出て来なくなっているのは確かで、しかしそれを日本に訴えることも無く、完全な平穏が保たれている。
流石に隠せなかったのか、大使館の正門が壊れた、という軽いニュースだけは出ていたが、それだけだ。多分優護が突入の際に斬ったのだろう。
つまり、彼は己の意思を敵に対しても貫き通し、納得させたということだ。
恐らく、相手側の組織と何かしらの交渉をしたのだろうが、結果としてこちらの良いように終わったということは、優護たった一人の要求を敵は飲んだということになる。
いったい何をどうしたら、個人の要求を敵組織に飲ませることが出来るというのか。
そんな二人の薫陶篤い凛は、果たして今後どんな成長をするのか。末恐ろしいものである。
「…………」
ふと杏は、優護を見る。
戦いの時の、雷のような荒々しさと、刀のような鋭さを感じさせる、呼吸が止まりそうになる程の圧迫感を放つ笑みとは違う、穏やかで安心し切った笑み。
優護と言えば、常に飄々としていて、だが強烈で、何を相手にしても不敵に笑って堂々としているような印象が強いが……もうわかるが、彼はこちらが素なのだ。
戦いが無ければ、彼は、これだけ無邪気に笑えるのだ。
ウタや凛と一緒にいる時、彼は、いつもとても楽しそうだ。
己の前でも……彼は、素でいてくれているのだろうか。
最後に杏は、漣華を見る。
彼女とは、まだ会って二回目であるため、まだそこまで人となりを掴めている訳ではないのだが、少なくとも優護と相性が良い感じだな、というのは感じられる。
ウタとはまた別な感じで、息の合った掛け合いをしているのだ。
相変わらず彼女も背が低いため、優護はやっぱり……という思いも少しあるが、しかし性格はとても大人だ。
本人曰く、人間じゃないらしいので、背の低さや桃色っぽい髪の色はそういう面が現れているのかもしれない。
ウタも、優護とふざけている時はともかく、普段はとても大人びているし、彼は外見が幼めで、しかし精神的には大人びているような女性が好みなのだろうか。
己は、果たしてどうだろうか。……優護には子供扱いされることが多いので、少なくとも大人とは見られていない、か。
…………。
「おう、どうした、キョウ。ボーっとして」
「いや、別に。……優護」
「ん?」
「……やっぱ楽しいな、バーベキューは」
「はは、あぁ」
彼は、嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべた。
その笑顔を見るだけで、何だか杏は、胸の奥が温かくなるのを感じていた。