庭バーベキュー《1》
ウタ達がスーパーから戻って来た頃には、俺達の方の準備は終わっていた。
四時を回ったくらいの、晩飯には少し早い時間だが、炭に火を入れて調理を始める。
みんなで野菜を洗って切り、そして焼くところはウタとレンカさん、あとキョウにお任せだ。料理となると、女性陣が大分張り切るので、俺は出しゃばらない程度に手伝うことにしよう。
正直、ウタがこんなに料理好きになるとは思わなかったな。
最近はもう、家で俺が飯を作ることは少なくなっている。幾つか手伝う程度で、基本的にはアイツが作ってくれているのだ。新しい料理に挑戦した時は、時々失敗もあるが、そうじゃない時は普通にメチャクチャ美味い料理を作ってくれている。
どんどん腕が上がっており、こういうところで元魔王様のスペックの高さを感じるものだ。
ちなみに、焼き始めた女性陣の横を緋月がウロチョロし、根負けしたレンカさんが餌付けしていた。
新顔故、簡単に折れるだろうという小狡い計算の下、レンカさんに狙いを付けたようだ。
「……むむ。緋月、ずるい!」
「にゃあう」
「ふふ、それじゃあ凛ちゃん。はい、あーん」
「……! あーん。……ん、美味し!」
「良かった良かった。お腹空いてるだろうけど、もうちょっとで第一陣が出来上がるから、待っててね」
「全く、そうじゃぞ、お主ら。もう少しじゃから、我慢せぇ。ばーべきゅーなんて、すぐに食べられるんじゃから」
「……はーい!」
「にゃあ」
――そして、網に目一杯乗せた分の全てが焼け、それぞれの皿に分けたところで、一旦料理の手を止め。
「それじゃあ、いただきます!」
『いただきます』
俺達は手を合わせ、食べ始めた。
「……んんん! お肉、最高!」
「ほれ、野菜もしかと食わんといかんぞ。ぴーまんもきゃべつも、よく焼けて美味いでな」
「……ちゃ、ちゃんと食べるもん。最初に、お肉食べてただけ」
「ほう、そうか? 言われなければ肉だけ食うつもりではなかったか?」
「……そ、そんなことないもん」
「はは、そうだよな。ちゃんと食べるつもりだったもんな?」
「……ん! 当然」
ピンと胸を張るリン。同時に耳と尻尾もピンとしている。可愛い。
「わかったわかった。とりあえず頬にタレ付いておるぞ。拭ってやるから、ちと動くでないぞ」
「……ん、ありがと」
そんな俺達の横で、緋月が「にゃあ!」と一心不乱にガツガツ肉を食っている。さっきまではもっと焼けと俺達に催促していたのだが、もはやその催促も面倒くさくなったようで、念力を使って自分で焼き始めた。
うむ、お前ホント、お猫様Lv:100って感じだな。いっぱいあるからゆっくり食えって。
「ふふ、みんな良い食べっぷりだねぇ。焼き甲斐があるよ。あ、優護君、ビール取って!」
「ユウゴ、儂も!」
「はいはい。キョウ、お前は酒ダメだからな。代わりにこの、ちょっと高級ジュースをくれてやろう!」
「わかってるっての。……あ、このジュース、本当に美味しい」
傍らに置いた、氷満載のクーラーボックスから、キンキンに冷えた缶ビール二本とガラス瓶入りのちょっと高いフルーツジュースを取り出す。
普段はあんまり酒を飲まないウタだが、それでも日本のビールは気に入ったらしい。
こういう、ちょっと特別な時にはビールを求めるようになり、いつも美味しそうに飲んでいる。
コーヒー、ビール。大人になると、何故かすごく美味しく感じる二大巨頭だな。
「……お兄ちゃん、ビールって、美味しいの?」
「リンが大きくなったら試して――って言おうと思ったが、リンなら別に、飲んでもいいのか」
ウタがオーケーなら、リンもオーケーのはずだろう。年齢的に。
「じゃあ、俺のをちょっと試してみるか?」
「……ん!」
リンは、少しだけワクワクした顔で、ビールを舐めるようにちびっと飲んでみるが……。
「……苦い」
顔を顰め、そう言った。
「はは、そうだな。苦いな」
「……んぅ。全然美味しくない」
「ほら、凛。あたしのと同じジュース飲みな」
「……ん、ありがと、杏お姉ちゃん」
キョウにジュースをもらい、両手でコップを掴んでこくこくと飲むリン。
「……ぷはっ。ん。凛は、ずっとジュースでいい。ジュースの方が美味しい」
「かか、リンにはまだちと早かったか。大人になればこれが美味しいんじゃがのぉ?」
「……嘘。そんな苦いの、美味しい訳ない」
リンの言葉に、レンカさんが笑ってビールを呷りながら、言葉を返す。
「確かに苦いんだけどねぇ。大人になると、アルコールの入ってるものがとっても美味しく感じるようになるんだよ。凛ちゃんも、社会の荒波に揉まれることがあったら、わかるかもね」
「……凛、お兄ちゃん達とずっと一緒に過ごすから、社会の荒波には揉まれないもん。だから、ビール、いらない」
「フフ、そっか。ま、そうだね」
「……その話だと、あたしもビール飲んだら、美味しく感じるのかね」
そう、隣でポツリと呟くキョウ。
「よし、それならキョウには美味いものを食いまくってもらって、ビールを美味しく感じる機会を無くしてやろう! ほら、肉食え、肉!」
「いやそれ、あたしが焼いた奴なんだが。……でもまあ、サンキュー」
苦笑を溢し、キョウは俺が皿に乗せた肉を食うと、「美味い」と呟いた。
ちなみに、椅子に座る俺の膝上に華月が座っており、何だか楽しそうにしながら、みんなのことを見ている。
ゲームをしてる時とかもそうだが、この子は自分がどうのというより、みんなが楽しんでいる様子を見る方が好きなようだ。
一緒の空間にはいるが、一歩引いたところでみんなを見ている。そんな印象だ。
少し、ウタと話したのだが……多分華月は、人間から『ミミック』に変化した際、その存在の在り方も大きく変化したのだろう、ということだ。
家とは、己一人だけでは成立しないもの。誰かが住むことで、初めて意味を成す。
その在り方が、今の華月にはありありと表れているのだろう、と。元が幼女でも、今の彼女は幼女のままではないのだろうと。
彼女が今の姿となってから、二十年が経ってるからとか、そういう意味ではなく、だ。
一緒に美味しいものを食べられないのは少し残念だし、申し訳ない気分になるのだが……その分、この子には他のところでいっぱい楽しませてあげないとな。
出来ないことは出来ない。
だから、出来ることをしてあげよう。
「華月、楽しいか?」
こちらを見上げ、大きく頷く華月の頭を、俺は撫でた。