庭完成
とうとう、その日がやって来た。
「うおー! 完成したぞー!」
「……うおー!」
両拳を天に突き上げる俺の横で、同じようなポーズを取るリンと華月。可愛い。
重機等が全て撤去され、覆い等も無くなり、完成した我が家の庭。
広さはテニスコートの一面程で、基本は日本庭園。
枯山水があり、それに繋がる形で大きな普通の池もあり、小さな滝もあり、綺麗な柄の鯉が数匹、池の中を泳いでいる。
鯉用の餌はすでに買ってあり、リンが「……餌やり、凛がやる!」とワクワクした顔で言うので、いつもという訳ではないが基本は彼女に世話を任せることにした。
池には小さな、だがちゃんと渡れる橋が架かり、造られた離れ小島に行けるようになっている。華月の要望通り、彼女用の墓もそこにある。
非常に立派で、奥の林にまで続く道も合わさるとかなり奥行きのある造りをしているのだが、ただ
どことなく温かみもあり、寝転がれるような綺麗な芝生もあって、端では家庭菜園も出来るようになっている。
ちなみにこの家庭菜園は、ウタの希望だ。どうも、料理を作るようになって己で野菜も育ててみたくなったのだそうだ。
少し前にシロちゃん達がウチに来た時、シロちゃんがやっている家庭菜園の話を聞いていたのだが、それもあってやりたくなったのだろう。
縁側からすぐに庭を歩けるようになっていて、日当たりは良く、だが涼しげな空気が漂っている。
荘厳であっても派手ではなく、とても居心地が良い。そういう造りをしているのだ。
流石、シロちゃんがわざわざ派遣してくれた建築士さんが整えてくれただけはある。
「うわぁ、すごいねぇ。家だけでもかなり立派だったけど、庭まで合わせると紛うことなき豪邸だねぇ」
今日、遊びに来てくれていたレンカさんが、完成した我が家の庭を見て、そんな感想を溢す。
「ふぅむ、これがニホン庭園というものか。なるほど、落ち着いた感じの良い庭じゃな。見ていて疲れん。よし、ここからここまで儂の陣地ー! 入ったら罰金な!」
「子供か。まあお前が求めた家庭菜園エリアだから別にいいけど」
傍らの家庭菜園用エリアにて、両手を横に広げて宣言するウタである。
「……むむむ。お姉ちゃん、凛もお野菜、育てたい」
「かか、良いぞ! 特別にリンと華月は許してやろう! ヒヅキは荒らしそうだから駄目!」
「にゃあ!」
その評価は不服だと言いたげに緋月が鳴くが、実際コイツのお猫様な部分が出たら普通に荒らしそうなので、全然フォローは出来ない。
ウチの刀、自由気ままなので。全く刀を形容する言葉じゃないな、自由気まま。
「……んふふ、やったぁ。何植える? お姉ちゃん」
「では、夏じゃから、植えるのはー……わからんから、ユウゴ、シロを呼べ、シロを! 庭が出来たら呼んで、色々教えてもらう約束じゃ!」
「え? お、おう、わかった」
……そう言えば、彼女の方の庭で夏に野菜が取れたら、お邪魔させてもらう予定だったな。
ん、その約束も果たさないとか。
「……ウタ、本来巫女様ってそんな、気軽に呼べる相手じゃねぇんだが」
「キョウにとってシロがどういう存在かは知らんが、儂にとっては一人の友人よ。である以上、何故そんな遠慮せねばならん?」
「……そっか。アンタ、本当に大物だな」
少し感心したような、そんな声音のキョウ。ソイツ、そんなでも元魔王様なので。
「ま、何はともあれ――するぞ! バーベキュー! はいドーン!」
「うわ、すごい。立派。料理しやすそう」
「……漣華さん、もっと他に感想があったのでは? 例えば急にポンって一式出て来た点とか」
「え? うん。じゃあ、急に出て来てビックリした」
「…………」
「おうキョウ、残念だがこの人にお前じゃ勝てねぇよ。俺も勝てない人だからな!」
「優護君、それ遠回しに私のこと、変人って言ってないかなぁ?」
「レンカさん。残念ながら、あなたは紛うことなき変人です」
「あー、店長にそんなこと言うんだ。君の給料って、私の一存で決まるんだけど」
「レンカさんは最高に可愛くて、メチャクチャ頼りになって、料理もマジのガチで美味い最強の店長です」
「よし、来月の給料倍」
チョロい。
「ならユウゴ、儂は?」
「アホ」
「天誅!」
「ぐえっ」
どうでもいいけどお前、天誅なんて日本語まで覚えたのな。いったい何で学んだのやら。
と、いい加減慣れてきたためか、そんな俺達のやり取りを完全に無視し、機材の説明書を読み始めるキョウ。
「ん、本当に立派なの買ったんだな、優護」
「そりゃお前、こういうところでケチってちゃあダメさ。美味いものを食べるなら、機材からしっかりしないとな! ――それじゃあ、準備していくぞ!」
そうして俺達は、バーベキューの準備を始める。
まだ食材は買っていなかったので、車を出してくれるというレンカさんに甘え、買い出しをウタとレンカさんの二人に任せ、買ったばかりでぶっちゃけ使い方がまだわからんバーベキューセットの組み立てを俺とキョウで行う。
その横ではリンと華月が、同じく買った屋外用の組み立て式テーブルおよび椅子を、二人で手分けして準備している。
そして緋月は、縁側でごろーん、としながら「私のご飯のためにお前ら頑張れよー」と言いたげにのんびりしていたのだが、その途中でそろりそろりと近付いてきたリンに両手でガシッと掴まれ、「……働かざる者、食うべからず!」と言われたため、渋々といった様子で二人を手伝い始めた。
うむ、リンも立派になったなぁ。
「はは、自由過ぎる緋月も、リンには勝てないか」
「姉は緋月の方らしいけどな」
「刀が姉って、これもうよくわかんねぇな」
「それを言ったらお前、今日の集まり、人間は俺とお前だけだぜ? お、そのパーツくれ」
「了解。――ホントにな。何でこの家だけ人間の方が少ないのか。前に巫女様やツクモも来てたし。アンタも、人間に含んでいいのかどうか、ちょっと疑問なところあるし」
「まあこの業界、突き詰めていくとどうしても人外ばっかになるんで」
「おう、とうとう自分が普通じゃないって認めたな?」
「……俺は平々凡々な、普通の一般人の青年だ!」
「平々凡々な普通の一般人は、わざわざ自分で一般人だって宣言しないんだわ」
「俺は奇抜で特殊な、一般人からは逸脱した青年だ!」
「全くその通りだな」
「ハメられた……!?」
「いや自分からハマりにいったろ、今の。逆張りしたって意味は無いからな、別に」
逆張りしても意味は無かった。
「……んふふ、お兄ちゃんと杏お姉ちゃん、仲良しで、面白い」
「今ので仲良しって言われるのはちょっとアレな気分になるが、凛が喜んでくれたなら良かったよ」
「だってさ。良かったな、リン!」
「……ん!」
「優護、アンタ二重人格になってないか? お、華月、サンキュー」
ワイワイと話しながら、俺達はバーベキューの準備を進めて行った。
◇ ◇ ◇
「――へぇ~、それであの子もあの家の一員になったんだ。何と言うか、優護君らしい話だねぇ」
「うむ、彼奴は昔からああよ。儂に何のかんのと言うことはあるが、全くどの口が、という話よ。何より、ポンポン女を誑し込みおって!」
「あはは、なんかごめん。まー、優護君、気安いし面倒見が良いからねぇ。でもそれは、ウタちゃんも一緒じゃない?」
「儂のは、ある程度計算もあってのことよ。感情だけではなく、理性の面で判断しておることも多い。彼奴とは別よ」
「ふぅん? でも優護君の前だと、素のまんまな気がするけど」
「……ゆ、ユウゴを相手する時は、真正面から行かんとならんからな! 隙を見せたらやられる以上、取り繕っておる余裕など無いだけじゃ!」
「そっか」
「……何じゃ、その反応は」
「いや? すごい可愛いなって思って」
「……う、うるさいぞ、レンカ! 儂の方が年上なんじゃ、もっと敬え!」
「その見た目で年上って、もうほとんど詐欺だよね」
「いやお主も似たようなもんじゃろ。ろり巨乳じゃし」
「まあ、ウタちゃんよりは私の方が、胸は大きいね?」
「……い、言っておくがな! 儂が真の姿を取り戻せば、そこそこには戻るんじゃ! そこそこには! そう、今の儂は仮の姿! 儂が元に戻れば、その威厳と覇気にレンカは恐れ戦き、自然とひれ伏すことになるじゃろう!」
「じゃあ、真の姿になったらもう友達になれない?」
「……そ、そんなことは無いが。いつでもお主は友人じゃ」
「あはは、そっか。ありがと。私、ウタちゃんのそういうところ大好き」
「……ほ、ほれ、すーぱー着いたから、さっさと買い物を終わらせるぞ! ウチで腹ぺこもんすたーどもが待っておるからの!」
「はーい」
併設されている駐車場に車を停めた後、二人はスーパーへと入る。
勝手知ったる様子でウタはかごとカートを手に取り、野菜コーナーから順に見て回って行く。
「で、どうなんじゃ」
「? 何が?」
「ユウゴよ。何の話かわからんとは言わせんぞ? 今も、週に一度魔力を貰っておるのじゃろう? 今まで、他の者からは間接的にしか得ようとしなかったものを、直接に」
「……まあね。お陰で、自分でもわかるくらい肌艶が改善されたけど。でも、それこそウタちゃんはどうなのさ。優護君の周りに、自分以外の女がいるのは」
「彼奴の判断次第じゃな。この国は一夫一妻のようじゃが、儂の元いた国は一夫多妻、一妻多夫も普通にあったからの。いや、この国の魔法社会も、普通に一夫多妻はあるんじゃったか。無論、ユウゴが勝手に女を作っておったら怒るが、お主ならばぎり許そう」
「ギリなんだ」
「ぎりじゃ。ユウゴ自身が、お主のことは気に入っておるしな。リンと同じくらいには、お主にも気を許しておると思うぞ」
「……そっか。それはとっても嬉しいけれど……まあ、この歳まで一人で生きていると、色々考えることはあるんだよ。自分のことも、将来のことも。特に考えるのは……年齢とか、寿命のことかな」
「サキュバスなら、二百年程度は生きられるじゃろう?」
「いや、私は生きるだろうけれど、優護君はそんな生きないでしょ。そういうこととか考え始めると、私はこのまま一生独身の方がいいんだろうなって。私の親族もそれで苦労したみたいだしね」
「ふむ」
レンカは、隣の少女を見る。
お出かけ用に、角を消しているその表情には、思案するようなものが浮かんでいる。
「……違うの?」
「お主、何故長命種が長命じゃと思う?」
「え? それは……魔力が豊富だから?」
「その通り。人の細胞と違い、基本的に魔力は劣化せん。『酸素』や『二酸化炭素』などが、劣化しないのと同じように。そして長命種は、全員が魔力に優れており、細胞がそれに置換されておる。逆に言うと、魔力に長けておらん長命種は存在せん」
「……細胞劣化の量が人より圧倒的に少ないから、長く生きられるってこと?」
「うむ、そう考えられておる。長く生きてもあまり肉体が成長せんのも、同じ理由じゃな。まあそこは種と個人差によるかもしれんが」
「でも私、魔力量は人並みだよ? 一般人よりちょっと多いくらいかな」
「それも種族差じゃな。お主は種として、そもそも最初から肉体が魔力に順応しておるから、別に莫大な魔力をしておらんでも、日々吸収出来る分があれば問題無いのじゃろう。故に、鍛えればもっと伸びるはずじゃぞ」
「……なるほど」
「で、ユウゴじゃがな。彼奴は純人間で、肉体も人間相応のものしか無かった。多少、魔力に適性があったくらいかの? それを、鍛え続け、戦い続け、他の生物の魔力を浴び、成長し――今では立派な怪物じゃな。未だ見た目が純人間のままであるのは、むしろ詐欺じゃろう、彼奴」
いったいどこで戦っていたのか、という疑問は、当然ながら漣華の中にも生まれていたが、それを聞くことはしない。
その内、教えてくれたら嬉しいが、多分この二人はその内容を一生秘密にするのだろう。
「……優護君って、そんな強いんだ?」
「うむ。間違いなく、この世界の人間達で、彼奴に匹敵する者はおらんじゃろうな。そこに緋月が合わさったら、まさに無敵じゃ。この国の軍隊……自衛隊、じゃったか? その陸海空が、丸ごと襲って来ても単身で勝てることじゃろう」
「そ、そんなに規格外なの?」
漣華にとって優護は、普通の青年だ。
綺麗で澄んだ魔力を持つ、話していて面白く、一緒にいると落ち着く空気を持った男の子。
……きっと、隣にいる少女も、彼の家に新しく居候することになった少女も、同じものを感じているのだろう。
「普段の彼奴を見ておると、全く想像出来ないかもしれんがの。――つまり、言わば人間の『上位種』になっておるんじゃ、ユウゴは。『ハイ・ヒューマン』と新たに命名しても良いくらいじゃと思うぞ」
「へぇぇ……じゃあ、彼も長生きするんだ」
「うむ。元が人間故、三百年は生きられぬかもしれんが、二百年は普通に生きるじゃろう。もう彼奴も人間の枠からはとっくに外れておるな」
「……そうなんだ。そっか、それなら……あんまり、寿命とかは考えないでいいんだ」
「うむ。じゃから彼奴にとっても、勤め先の店長がお主というのは幸運かもな。余計な気苦労が無い。一度務めた以上、お主にクビにされん限り、他のとこには行かんじゃろうし」
「え、でも魔法関連の仕事してるんだよね?」
「してるが、結構嫌々じゃぞ、彼奴。口癖は『のんびりしたい』、じゃしな。斬った張ったの生活を送るつもりは無いんじゃと。儂も同感じゃがな」
「……そっか。……とりあえず、色々考えるよ。そもそも、優護君とも、ウタちゃん達とも、出会ってまだ短いしね」
「ま、そうじゃな。それがいい。――お、稲荷寿司があるぞ! これも買うて行こう」
「お稲荷さんか。いいね、バーベキューだからこそ、みんなの好物でテーブルを満たさないとね。ウタちゃんは何が好き?」
「せんべぇ!」
「うん。出来ればおかずでお願いね」
アーティア?
あーてぃあああてぃあてぃあああああ――。
……ハッ、俺はいったい何を……(モンハンに脳まで焼かれた人間の末路)。