仕事日和
今日はレンカさんの店で仕事の日だったのだが、珍しく忙しかった。
「優護君、これお願い」
「了解です」
いつもは、お昼時を過ぎればお客さんがほとんどいなくなり、ゲームしてても問題無いくらいになるのだが、今日はそんな余裕が無いくらいお客さんが入り続けている。
満席という訳ではないのだが、珍しくレンカさんがタバコを吸うのをやめて、冗談も言わず料理を作るのに集中しているくらいだ。
ぶっちゃけ、俺がこの店で働き始めてから、初めての混み具合である。
正直、ちょっと困惑している。何だろう、近場で何か人の集まる行事でもあったのだろうか。
この店、料理はすごい美味いが、如何せん立地が良くない上に、特に宣伝とかもしていないため、普段は近所の人しか来ないのだが。
「時期によっては、これくらい混むこともあるよー」
その俺の疑問に、手を動かしながらレンカさんが答える。
「そうなんです?」
「近くにちょっと大きめの公民館があってね。こういう日は大体、そこでイベント事があるんだよ。特に今は夏だから、何かやってるところも多いだろうしね」
なるほど、時期故か。
まあそもそも夏は、書き入れ時か。
よし、俺も社員になったことだし、この夏はシフト増やしておくか。最近は特殊事象対策課の方がバタバタしてたし、引っ越しのこともあってレンカさんがシフトを減らしてくれていたが、その分は働かないと。
……何かあっても、困るしな。
そうして気合いを入れて働いている内に、だんだんとお客さんも捌けていき、仕事が楽になってくる。もう、三時も近くなってきたからだろう。
余裕が出来たので、俺とレンカさんも交代で昼飯を食うことにし、先に俺がパパッと軽食を食って仕事に戻り、次にレンカさんがバックヤードに入って食事を始める。
その間で俺は、洗い物を行い、軽く店内の掃除を――おっと、お客さんだ。
「いらっしゃ――」
瞬間、俺は緋月を抜きかけ、だが途中でやめる。
明らかに堅気の肉体と魔力をしていないため、思わず警戒してしまったその客が、知り合いであると気付いたからだ。
「……岩永。何でアンタがここに?」
そこにいたのは、少し前の大使館襲撃の際、俺の手伝いをしてくれた男。
ツクモの部下のテロリスト、岩永だった。
「君への顔見せと、事情説明だ」
「……昼の客に混じってた、魔力使える奴ら。もしかしてアンタの部下か?」
「やはり気付いていたな。その通りだ」
昼の客には、数人だけ、魔力を扱える者が混じっていた。つまり、俺達側の存在だ。
普通に飯を食って帰っていったので、軽く警戒をしておくだけで、特に俺も反応はしなかったのだが……。
「いつもという訳ではないものの、こういう客の多い日には時々、我々で様子を見に来ているのだ。そして、海凪優護ならばこちらの気配に気付くだろうからな。故に誤解が生じないよう、私が直接説明に来た」
「いや何でアンタらがそんなことしてんだ」
「いいか、我々はツクモ様の部下だ」
「おう」
「だが、あの方は色々と忙しくされており、実際に我々に指示を出すのは、彼女の右腕であることが多い。ツクモ様の意思を実現するために、組織の全体を差配している女傑だ。そして、直接の面識は無いだろうが、向こうは君のことをよく知っている」
俺のことを知っている、ツクモ達の組織の人間。
「……もしかして、レンカさんの母親か?」
岩永は、頷いた。
……なるほど、レンカさんの護衛代わりなのか。
過保護と言いたくなるところだが、彼女らの出自と、種族を知っている以上はそうも言えないところがある。
裏社会に参加などしているのだ。多分、レンカさんの母はレンカさん以上に様々な苦渋をなめたことだろうし、人間社会の恐ろしさも知っているのだろう。
だからこそ、娘に同じ思いをさせないために、こっそり人を手配しているのか。
「つまりなんだ、アンタら、その人には逆らえないと?」
「逆らったら給料がカットされるな」
「いや給料制なんかい」
まさかの給料制だった。
「しかも我々は裏社会の人間だからな。上の事情で給料が無くなったところで、どこにも泣きつくことなど出来ん。場合によっては口封じで殺されるだろう。我々の業界にも労基が欲しいところだ」
すごい世知辛い事情を淡々と語る岩永である。
給料制の悪党ども。何だかすごく嫌だ。
「無論、ツクモ様はその辺りをしっかりしているため、真面目に仕事をしている限りはちゃんと支払いをしてくれるがな。そもそも羽振りも良い。作戦に失敗したら逮捕、あるいは死ぬが、その危険を冒そうと思えるだけの報酬は得ている」
「が、レンカさんの母親に逆らうと給料カットされると」
「その通りだ」
超強いじゃん、レンカさんの母親。裏社会の人間を普通に顎で使っている件について。
「君が来てからは、あまり刺激したくないが故に近寄らず、使い魔から送られてくる情報で様子を窺うのみにしていたのだがな。これからは、我々も普通に店へ来させてもらおう。と言っても、君がシフトで入っている日は、警護の必要など欠片も無いと思うのだがな」
「……そうか。この店の数少ないお客さんの、一割くらいはアンタらだったのか」
「勘違いするな、海凪優護」
「何だ」
「別にサクラという訳ではない。彼女の料理は、本当に美味いのだ。正直、ひいき目抜きにして、そこいらの飲食店より遥かに美味いだろう。故に、この警護任務は我々の中でも人気だ。楽だしな」
「料理が美味いのは俺も同感だがな。如何せん立地と店長のやる気のせいで繁盛しないが、料理だけは普通に一級品だと俺も思う」
と言っても、あんまり繁盛して忙しくなられるのは、ぶっちゃけ俺も嫌なので、程々で良いとは思うのだが。
「そうだろう。故に、我々はこの店のファンなのだ。加えて、彼女の料理をテイクアウトで買い、我々の上司に渡すと、ボーナスが出る」
「すげぇチョロいじゃん、レンカさんの母親」
確かに一応、テイクアウトなんかもやってるが。この店。
愛されてるのな、レンカさん。
……裏社会の存在だからこそ、安易に娘と会わないようにしているのだろうが、それでちょっと拗らせ気味なのかもしれない、レンカさんの母親。
「ちなみに君は、その女傑に娘を誑かす悪漢だと思われている」
「悪漢て」
「そんな彼女より伝言がある。『娘を泣かしたらブチ殺す』、とのことだ。是非とも気を付けてくれたまえ、激怒した彼女はツクモ様ですら一歩引いてしまう程だ。いつか、ツクモ様が無駄遣いして戦車を一輌勝手に買った時など、正座させて小一時間説教していたからな」
「超強いじゃん、レンカさんの母親」
あの大妖怪に正面から説教か。
母は強し、ということなのだろう。
「ま、正直私の意見としては、君程の男ならば、娘御も嫁いだ方が幸せだとは思うがな」
「それレンカさんの母親には絶対言うなよ」
「私に自殺の趣味は無い。心得ている」
さいで。
「さ、それではすまないが、テイクアウトを頼む」
「今頼むと俺の料理になるが、いいか」
「構わん。これは、私が食べる分なのでな。娘御に作っていただいたテイクアウト分は、すでに部下が確保済みだ」
「そうか。アンタ別に、裏社会じゃなくても十分生きていけそうだな」
「フッ、残念だが私の経歴は真っ黒だ。とても人様に誇れる生き方はしていない。だが、誉め言葉として受け取っておこう」
そして彼は、俺の作った料理を受け取ると、「ではな」と言って去って行った。
……まあ、裏社会の人間と言えど、腹は減るし金もいる。
そういうことなのだろう。
どんな悪逆非道を成して来たのかは知らないが、あの男、人間味が感じられて、あんまり嫌いになれないな。
ちなみに全然関係無い話だが、この後レンカさんもバーベキューに誘って、オーケーしてもらったので、近い内に開催予定の庭バーベキューには彼女も来てくれることとなった。
レンカさんの母親にはまた睨まれるかもしれないが、まあこれからもこの人とは仲良くさせてもらうつもりだし、ある程度は諦めてもらうとしよう。