のんびりする日
「さて、ユウゴ」
「おう」
「ここんところ忙しくしておったお主じゃが、ようやく少し、落ち着いた感じじゃな?」
「……そうだな。俺、日本じゃのんびりしたいってずっと思ってたんだが、何故こうなってしまったのか……」
流石に異世界にいた時程ではないが……それでも結構な頻度で、斬った張ったに遭遇している気がする。
何故日本で、緋月を振るう機会がそこそこあるのか。これがわからない。
すると、怪訝そうな表情を浮かべるウタ。
「いや、台風の目がいくら平穏無事を願ったとて、暴風が止まる訳無いじゃろ」
「誰が台風の目だ、誰が。それに、本当に台風の目だったら俺は安泰のはずだろ」
「細かいところは良いんじゃ、細かいところは。お主はそういう星の下に生まれたんじゃ、諦めい」
「いいや、絶対に諦めない。俺は平々凡々に生きるんだ。日々を安寧に過ごし、のんびり穏やかにな! それに、金ならある!」
「全然平々凡々に生きようとする者の言葉ではないな、金ならあるは。……いや、そんなことはどうでもいい。それより、じゃ」
「どうでもいいで片付けてほしくないところではあるが、何だ」
「つまりお主は今、暇をしているということ!」
「いや、色々作業しようと思ってるから暇するつもりは無いんだが」
「つまりお主は今、暇をしているということ!」
「おぉ、その通りだ! 暇過ぎてもう、欠伸が出るぜ」
「じゃろう? そんな哀れな旦那のために、今から儂が骨を折って、相手をしてやろうではないか!」
「おう、正直に言ったらどうだ。暇だから遊びたいって」
「暇だからユウゴをおもちゃにしたい!」
「本当に正直にどうも。じゃ、俺作業するから」
「いーやーじゃ! 儂に構え! 儂の相手をしろ!」
……こうやって、己の欲望を正直に口に出せるのは、コイツの強みなのかもしれない。
「ええい、引っ付くな! 熱いっての!」
「儂も熱い! つまりこれでお相子ってことじゃな!」
「いやお前が離れれば全て解決するんだが!?」
「駄目ですー! 今日一日、儂はこのすたいるで過ごすと決めたのじゃ!」
「俺の意思は!?」
「旦那の意思より、全ては妻の意思が優先される! 世の中とはそういうものじゃろう!」
「すげぇ暴論言いやがったコイツ!」
「ふふん、今日はもう逃がさんからの! 大人しく儂に付き合え!」
そういうことになった。
◇ ◇ ◇
「……! お姉ちゃん、お兄ちゃんに抱っこしてもらってる! いいなぁ」
「かか、悪いのぉ、リン! 今日の此奴は、儂専用じゃ! 代わりに、儂が抱っこしてやっても良いぞ?」
「……んふふ、じゃあ、そうする!」
本当に離れようとしないで、ソファに座る俺の膝の上に座っていたウタの膝上に、さらにすてんとリンが座る。
「ぐえ、お、おい、流石に二人は重いって」
「重くなーい! 男ならばそれくらい我慢することじゃ!」
「……ん。お兄ちゃん、女の子に、重いって言っちゃ、メッ!」
「いやこの状況は流石に言っても許されると思うんだが……というかウタ、お前やっぱ熱いだろ。それ」
「うむ! 熱い!」
「……凛も熱い!」
「だろうよ。クーラー付けてるけど、もう夏だしなぁ」
季節は、すでに夏。
色々あって、色々やっている内に、気付いたら気温は高くなり、陽射しは強く。
ジジジ、というセミの声が、今も外から聞こえて来ている。
扇風機では誤魔化せず、クーラーが無いともうキツい。一日中付けっ放しだ。
「……凛、夏、苦手。しなしなになっちゃう。このお家は、涼しいけれど」
「まあ、リンはモコモコしてるもんなぁ。とりわけ夏は辛そうだ」
「リンも、夏と冬で毛が生え変わったりするのかの?」
「……気にしたこと無かったから、わかんない。でも、変わってる、かも?」
「はは、冬毛のリンもモコモコで可愛いだろうな、きっと」
「……んふふ。冬の時に、見せてあげる」
ニコニコと笑顔を浮かべるリン。可愛い。
「あぁ、楽しみだ。――よし、この夏は、みんなで楽しいこといっぱいしようか! まずは……バーベキューだな!」
「……ばーべきゅー?」
「あぁ、外で肉とか焼いて、タレを垂らして食べるんだ。炭火で焼くことで、普通にフライパンで焼いて食べるよりも美味しくてな。野菜は勿論、海鮮なんかを焼いても美味しいんだ。締めに焼きそばとかを焼いて食べるのも美味しいし、マシュマロとかを焼いても美味い。きっとリンも気に入るぜ」
俺が話すにつれて、ブンブンとリンの尻尾が振られる速度が増していく。
この子は、狐だからかは知らないが、やっぱり肉が大好きだ。晩飯で肉が出ると、すごいニコニコしている。まあ一番テンションが上がるのは、変わらずお稲荷さんが出た時だが。
うむ、やっぱりバーベキューは絶対やろう。今キョウは学校行っているのでいないが、アイツも喜ぶだろう。
華月は物を食べられないから、少し申し訳なくなるんだが……その分、いっぱい俺達の魔力を食わせてやるとしよう。
緋月はー……まあ、その時で食べたいものをちゃんと自己申告するか。
「……ばーべきゅー、やりたい!」
「はは、あぁ。幸いなことに、もう数日で庭も完成するし、その記念パーティ的な感じで庭でバーベキューしよう。ついでに庭キャンプしても楽しいかもな」
「かか、庭きゃんぷか。お手軽なことじゃが、確かにこの広さの庭ならばそれも可能じゃし、楽しいかもしれん。何より、庭ならばカゲツが参加出来る」
「だろ? よーし、そうと決まれば、キャンプ用品を一式買わないとな!」
さっそくスマホを取り出して調べ始めると、ウタが微妙に表情を動かす。
「お主、気を付けんといかんぞ? そうぽんぽん何でもかんでも買っておっては、金などあっという間に……無くなりそうと言うところじゃったが、よく考えたら、今のお主の貯金額を使い切ったら、それはそれですごい才能じゃな。お主、いわゆる富豪の仲間入りはしたじゃろうが、別に贅沢などしておらんし」
「え、結構贅沢してるつもりなんだが」
スーパーで値段とか気にしないで買うようになったし。
「今、すーぱーで値段とか気にしないで買うようになったから、己は贅沢しておると思うたな?」
「な、何故わかった……!?」
「ふふん、その程度、儂の目に掛かればお見通しじゃ。まあ、その程度で贅沢したと思うておる内は、何も問題は無いか」
「……でもお兄ちゃん、凛達の何かを買う時、お財布の紐がゆるゆる」
「そうじゃな。思えばこの家も、儂らのために買うたようなものじゃもんな。本人はあの小さなぼろあぱーとで満足しておった故」
「……ん。気を付けないと」
「金を気にすべきは、ユウゴではなく儂らの方じゃったか。安易に何か欲しいなどと言うと、此奴本当に買うじゃろうからな」
「……い、いや、欲しいものがあったら、ちゃんと言ってくれていいんだぞ? 二人とも、別に無駄遣いなんてしてないんだし。むしろ相当無欲な方だろ」
「生活費の全てを出してもらって、家も用意してもらって、服もよく買うてくれて、さらに娯楽も十分にあって。この環境におったら誰でもこうなるじゃろう。無欲なのではない。欲が生まれる前にお主が全部用意しておるんじゃ」
「……いっぱい良くしてもらい過ぎてて、ちょっと、困っちゃうくらい」
「俺はリン達と一緒にいると幸せで、それでトントンだから、全然気にしないでくれていいんだぞ?」
そう言うと、ウタはニヤリと笑みを浮かべる。
「聞いたか、リン? この男は儂らと一緒にいると幸せらしい! だからもっと、ぎゅーってして一緒にいてやるぞ!」
「……! ん!」
「わっ、ちょっ」
一旦膝上からそれぞれ下りた二人は、笑ってこちらを向くと、飛び掛かってくる。
そのまま一緒にソファに倒れ込み、もみくちゃになる俺達。
熱い、二人分の熱。
重み。
楽しそうに笑う二人を見て、俺もまた、自然と笑みを浮かべていた。
この笑顔のためならば、きっと俺は、何でも出来るのだろう。