エピローグ
――大使館襲撃後、岩永達に第二防衛支部まで送ってもらい、そこで彼らとは別れた。
今回の件で岩永と知己を得られたのは、悪くなかったかもしれない。今後も色々ありそうだし、有能な裏社会の知り合いがいることは決して悪くない。
表じゃ得られない情報というものは、確かに存在するからな。あんまり近付き過ぎて、俺もテロリスト認定されたら最悪なので、付き合い方は考えないとならないだろうが。
俺の仕事は十分にやったと言えるかもしれないが、第二防衛支部の後始末はまだまだ終わっておらず、そのためその後も色々と処理を手伝うことになり。
結局、家に帰ることが出来たのは、すでに日付が変わった頃だった。
「……流石に、疲れたな」
「あたし、明日――というか、今日の学校は、流石に休んでいいよな……」
隣を歩くキョウが、疲労の滲む声音でそう相槌を打つ。
「そうだな、明日くらいはサボりゃいいさ。お前も怪我したのは間違いないし。田中さんの見舞いにでも一緒に行こう。一日経てば多分起きるだろ」
「ん、そうだな。……隊長の怪我は、大丈夫なんだな?」
「魔力を使う動きさえしなきゃな。肉体だけを動かす訓練等は、目が覚めたらやってもいいが……いや、田中さん並の戦士となると、クセで無意識に魔力を動かしそうだし、そうなるとヤバいから、やっぱしばらくは安静にしといてもらうか。一か月は安静に、ってことで」
そう言うと、キョウはこちらを見上げる。
「……その、冷静に考えるとあの薬、多分相当貴重なものだったんじゃないか? 一瞬で傷が塞がった訳だし。勿論、隊長の命を救ってくれて、本当にありがたいんだが……良かったのか?」
「まあ、実際すげー貴重なものだから、こんな薬は存在しないものとして扱ってほしいところだ。監視カメラの映像、あとで消したりとか、お願い出来ないかね」
「……隊長に頼めば、多分やってくれると思う。わかった、あたしもあの薬のことは、絶対に口外しねぇ。改めて、優護がいてくれて助かった。感謝する」
「おう、気にすんな。田中さんには、俺も色々世話になってるしな」
そう彼女と話している内に、やがて見えて来る我が家。
……あの家が見えると、すでに「あぁ、帰って来たな」と安堵を覚えるようになっているのが、我ながら面白いものだ。
多分、無条件に安心出来る場所として、もう己の中に刻まれているのだろう。
と、同じように我が家を見ながら、キョウが口を開く。
「……これで、あたしがこの家にお邪魔する理由は無くなった訳だな。短い間だったが、世話になった。つっても、家が黒焦げになったから、もうちょっとだけいさせてくんねぇか? 他の社員寮に移るだけだから、そう時間も掛からねぇはずだし」
冗談めかして肩を竦めながら、だが、どこか痛々しげな。
奥底に、感情を押し隠しているかのような。
………。
「――キョウ」
「ん?」
俺は、言った。
「お前、このままウチで暮らせ」
「え?」
「部屋は全然余ってるからな、今使ってる部屋、そのまま使ってくれりゃあいい。リンも華月もお前によく懐いてるし、これからも一緒にいてくれるってなったら、すごい喜ぶだろうよ。勿論俺とウタも大歓迎だ。緋月はー……好きにすればって反応かもしれんが」
「あ、えっと……」
「だから――キョウ。一人にならないでいい」
「――――」
「当然ながら、俺達にそれで負担なんて無いし、本当に嬉しいから、その点は何も気にしないでくれていい。――大丈夫だ。お前が望むなら、俺達は一緒にいる」
ポロ、と涙が溢れる。
それは、後から後から溢れてくるようで、だが少女は、それを拭いもせずこちらを真っ直ぐに見上げてくる。
美しい、煌めくその雫を俺は、軽く指で拭ってやりながら、笑って肩を竦める。
「つっても勿論、お前が『え、普通に嫌だけど……』とかって思ってるんなら、話は別だけどな? 俺がすごい勘違い男みたいで恥ずかしくなるが、次の家を見付けるまでは住まわせてやるさ」
「……でも」
でも、の後に、キョウの言葉は続かない。
彼女の濡れた瞳に浮かんでいるのは、遠慮と、不安。
「はは、お前は変なところで臆病な奴だな。普段は度胸あるのに。……いや、今考えてみると、戦闘中とかも結構驚くし、動揺する方だったか」
「……うっさい。あたしは普通だ」
「そうだな。普通の女の子だ」
「……ばか」
ぼふ、と俺の胸を軽く叩き――そして、ぐしぐしと己で涙を拭うと、不敵に口端を吊り上げて言った。
「いいぜ、優護が言ったんだ。このまま、アンタの家で暮らさせてもらう! ウタへの説得も、アンタにしてもらうかんな」
「おう、好きなだけいてくれりゃあいい。それに、ウタはウタでお前のこと、結構気に掛けてるようだったしな。受け入れるさ。アイツ程懐の深い女は他にいない」
でなければ、魔族達がああも団結出来るものか。
彼らは、『魔族』と一括りにされているが、内部は雑多だ。
角のある奴がいて、尻尾のある奴がいて、外骨格を持ってる奴がいて。
ソイツら全員が、同じ王に傅く姿。
ウタでなければ、決してそんな光景は、生み出されなかったことだろう。
「まあ、俺に文句を言うことはあるかもしれんが、少なくともお前に文句を言うことは無いな」
「優護には文句言うんだな?」
「俺とアイツは、常に互いの隙を見付けんとしてるからな。相手に隙があったら、そこを攻める。油断したら負けだ」
「いったい何の勝負をしてんだアンタらは」
「プライドバトルかな」
元宿敵同士の。
キョウは笑い、それからはにかむように、言った。
「……優護」
「おう」
「……ありがとう。これからもよろしく」
「おうよ。んじゃ、キョウ」
「ん」
話している内に辿り着いた我が家の玄関の扉を開け、後ろを振り返り、俺は言った。
「おかえり」
キョウは、再び少しだけ泣きながら、だが笑みを浮かべる。
「ただいま」
「――にゃあ」
ぽん、と俺達の横に緋月が現れ、ぽふぽふとキョウを軽く叩く。
仕草だけ見ると歓迎しているような感じだが、実際のところ言っている言葉は「お前も私の下な」である。
うむ、まあお前はそういう奴だ。全く、お猫様だな。
で、感じからしてキョウもそれがわかったらしく、苦笑を浮かべて我が愛刀を撫でてやっていた。
「緋月は、相変わらずだな。まあ、それがこの子は可愛いのかもしれないが」
「お前も緋月がわかってきたか」
「にゃあう」
――家に帰ると、廊下の電気等は消されていたが、リビングとダイニングの明かりだけまだ点いており。
「おかえり、お主ら」
俺達を出迎える、ウタ。
「ただいま。ウタ、起きててくれたのか」
「待つと言うたろう? 結局何か食べはしたのか?」
「いや、本当にそんな暇も無かったから、腹ペコペコだ。な」
「あぁ。まあでも、あたしは眠気の方が強いが……」
「かか、ま、今日はあと風呂入って寝るだけ故、軽くにしておくことじゃ。残りはまた明日食べればよい」
「今なら白米三杯食えそうなんだがな」
「食うても良いが、あと三時間は起きておくことじゃの」
「無理。絶対に寝る。しょうがない、程々で我慢しておくか。――そうだ、ウタ。キョウも、これからはウチで過ごしてもらうことにしたから」
そう言うと、それだけである程度事情を察したらしい。
「やはり家は燃えてしもうたか」
「あぁ、丸焦げだったよ。ウチは部屋が全然余ってるし、だったらこのままウチに住んでくれればいいと思ってさ」
「全くお主は、ポンポン女を拾ってきおって。本当にしょうがない奴じゃ」
「ほら見たか、キョウ。コイツやっぱ隙を見付けて攻めてきたろ。……キョウ?」
「スゥ……スゥ……」
見ると、やはり一日色々あり過ぎて、限界だったのだろう。
キョウは、椅子に座ったまま、いつの間にか器用に寝落ちしてしまっていた。
「かか、此奴はもう、このまま寝かせてやるか。どうやらなかなか大変だったようじゃな?」
「割とな。支部が一回完全に制圧されたし、田中さんも死に掛けてたし」
「ふむ。当然、やり返して来たんじゃろうな?」
「あぁ。敵の親玉までしっかり斬り殺してきた」
「ならば良し。――ま、この小娘を我が家に住まわせるのは、儂も賛成じゃ。時折、寂しそうな顔をしておったからの。この平穏が、己のものではないと思うておるかのような」
……やっぱり、人をよく見てる奴だ。
「お主がそうと決めたのならば、儂らは従うのみ。リンとカゲツも、何だかよく懐いておったし、喜ぶじゃろう。ヒヅキは勝手にせよという感じかもしれんが。が、わかっておるな?」
「第一夫人は自分、か?」
「うむ!」
俺は苦笑を溢し――だが、否定せず。
「……あぁ」
ただそれだけを返した。
ウタは不敵に笑い、切り替えるように言葉を続ける。
「さ、詳しいところは、明日にでも聞こう。ほれ、温め終わったぞ」
「サンキュー。いただきます」
話しながらテキパキと晩飯の用意をしてくれたウタに礼を言い、俺は食べ始める。
「ウタ」
「うむ」
「美味い」
「かか、そうか」
対面の椅子に座ったウタは、頬杖を突いて、小さく笑みを浮かべ。
料理を食べる俺を、ずっと見ていた。
三章終了!
真面目な展開を書き過ぎて流石に疲れた……しばらくまたほのぼのしてもらおう。せっかくキョウも優護家に来たことだし。
ここまで読んでくれてありがとう、ブクマ、評価等いただけると幸いです!
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