犠牲と覚悟《5》
「――着いたぞ。海凪優護」
岩永に乗せてもらったバンが、やがて停止する。
彼の部下が数人、同じバンに乗っているのだが、全員魔力が扱えるようで、魔力総量自体はそこまで飛び抜けていないものの、よく訓練されていて淀みなく肉体を巡っていることがわかる。
己の魔力が少ないことを理解して、だからこそあるものを最大限に利用しようとする、割と俺好みの戦士達だ。
足るを知る、ではなく、足りぬを知る。格上とも戦わねばならないことがあるこの業界にて、その意識は本当に大事なものである。キョウにも見習わせたいくらいだな。
ぶっちゃけ、同じ立場だと言えよう局のバックアップチームよりもかなり強い。
その辺りは流石ツクモ、と言うべきか。特殊事象対策課に思うところがあるだけあって、己の部下にはとりわけ有能なのを揃えているのだろう。
ちなみに、リーダーらしい岩永は、さらに一段階上のレベルにあると思われる。
というか、普通に田中さんレベルはあるんじゃなかろうか。この実力のテロリストがツクモの部下にいるという事実は、割と脅威な気がするんだが。
奴の大妖怪としての力の一端を、垣間見たような気分である。
あのお狐様コンビを見ている限り、恐らく表はシロちゃんが守り、裏はツクモが守るという布陣で動いてるんだろうけどな。
「飛鳥井玲人から情報が届いた。やはり敵部隊もここに入って行ったようだ。偽装も少なかったところを見るに、恐らく今日中には日本を後にするつもりだったのだろう」
「ここまで来てトンズラか。舐められたもんだな」
俺を殺すつもりで来たくせに、中途半端に逃げ出すのか。
ふざけるな。何のために俺が、魔剣使いのあの男を殺したと思ってやがる。
奴は憎き敵であり、キョウ達を怪我させた張本人だが、信念に基づいて行動していた。
己の生の全てを、軍人としての己が生き様のために捧げていた。
奴を殺した身である以上、敵であれどその死を無駄にするような動きを許す訳にはいかない。
やるなら最後まで、俺を殺しに来い。
「しかし、海凪優護。良いのか?」
「何がだ」
「我々は元々無法者だ。局のブラックリストに入っている者ばかりで、今更罪状が増えようが何も変わらんし、気にすることも無い。逮捕されようが、死のうが、それが運命だと受け入れるのみ。だが、君は違うだろう。大使館襲撃とは、なかなかの大犯罪であるが」
「知るか」
大使館襲撃。
これで責を負うのは、俺ではなく日本そのものだ。だから、そこは上手くやる必要があるかもしれない。
思うことがあるとすれば、それだけである。
俺の言葉に、岩永は何故か楽しそうに笑う。
「クク、なるほど。ツクモ様が気に入られる訳だ。目的のためならば手段を選ばず、己を貫き通すためならば、前科が付こうが関係無いということか。海凪優護、特殊事象対策課ではなく我々の組織に来ないか? 向いてるぞ、こちら側が」
「一緒にすんな、俺はテロリストじゃない」
「そうか。まあ今から名実共にテロリストになる訳だが」
……それもそうだが。
ウタには……後で謝んないとな。
ただアイツの場合、ここでひよった方が怒るだろう。「何故、やられっぱなしでいる?」、と。
それだけは、間違いない。
「あぁ、それと、一応顔を隠すための仮面の予備があるが、いるかね?」
「……その前に聞きたいんだが、何故に狐面?」
岩永がこちらに見せた仮面は、狐面だった。
民芸品でよく見るような奴だが、質感からして、恐らく防弾仕様だ。特注品なのだろう。
「我々の所属を表す上で、これ以上に相応しいものは存在しないだろう」
「わかりやす過ぎて、顔隠してるのにツクモの部下ってバレそうだが」
「我らが主様は、己の悪名が轟くことを欲している。むしろ、喜ぶだろう」
……確かに、ニヤリと笑みを浮かべそうだが。
「いらん。そんなのしてたら悪いことしてるみたいだろ。――んじゃ、俺は俺で動く。そっちはそっちで好きにやってくれ。警察機関の妨害は任せたぞ」
「簡単に言ってくれる。だが、任せろ。それでこそテロリストの面目躍如というものだ」
そうかい。
……流石、ツクモの部下ってところだな。
俺は小さくため息を吐くと、バンから降りた。
――当然ながら、道路に隣接した大使館の正面ゲートには、警備がいた。
「君、何か用か?」
「その腰の刀らしきものは何かね?」
すでに緋月は腰に差しており、魔導リボルバー『RSー10』も念のため装備しているので、瞳に強い警戒心を見せる警備達がすぐに声を掛けてくるが、無視する。
そして、緋月を抜き放ち――俺は、一息にゲートを斬り捨てた。
ズゥン、と崩れ落ちる鉄の塊。
後ろの方から「……派手にやるな」という声が聞こえたが、それもまた無視して、俺は敷地内への侵入を開始。
少し先にある建物に向かって歩いていくと、不審者の撃退をせんとすぐにやって来る警備の人ら。
無関係の人に怪我をさせたら流石に可哀想なので、峰打ちで斬ったり、緋月の刀身で意識を失うギリギリまで魔力を吸い取って昏倒させていく。
日本人と敵対するつもりは無いからな。
やがて表の警備を全滅させたところで、俺は大使館の建物本体に辿り着き、玄関扉を斬り裂いて突破。
瞬間、こちらに向かって放たれる、無数の銃弾。
俺は、避けない。
今の俺は、身体強化魔法を最高出力で発動している。この守りを突破したいのならば、戦艦の主砲でも持ってくることだ。
まあ、そのレベルのが本当に来ても、緋月で斬ればいいだけなので、無力化は簡単なのだが。
あれ、というか日本の大使館の警備って、銃の武装してるんだったか?
……いや、見た限り、銃撃しているのは日本人じゃないな。敵の子飼いの部下か。
じゃあ、遠慮しないで良さそうか。
銃撃を正面から食らっているにもかかわらず、全く気にした様子の無い俺に、敵集団から感じられる若干の狼狽。
埒が明かないと思ったのか、手榴弾が転がってくるが、爆発する前に信管を切ってただの丸いゴミに変える。
そのまま、銃弾が乱舞する只中に俺は、真正面から突っ込んだ。
現在戦っている相手は恐らく、ウチの局を襲って撤退した部隊なのだろう。
全員魔力が扱えるようで、俺が踏み込むと同時に銃器を捨てて近接戦闘の構えを見せているが――遅い。
人間相手ならば銃で殺せると判断していたのだろうが、室内戦である時点で、最初から近接戦闘を選択するべきだった。
だからこうして、俺に先手を取られる。
「アンタらはもっと、自分らの隊長に戦い方を学ぶべきだったな」
銃器から近接武器に切り替える、という隙を見逃してやる程俺はお人好しではない。
今更の話ではあるが、殺してしまうとさらに日本国に迷惑を掛けることは間違いないので、ここまでと同じように峰打ち等で無力化していく。
が、日本人警備員とは違って、コイツらの方には全然手加減をしていないので、普通に骨折とかはしていることだろう。しばらく入院生活を送ってもらうことにしよう。
入口付近で待ち構えていた敵部隊全員を、三十秒程で壊滅させた後、恐れるように端っこで固まっている大使館職員達の顔を確認しながら、内部を探る。
事前に、岩永が大使館内部の図面を入手して見せてくれていたので、目的の部屋を見付けるのはそう難しくなかった。
「ここか」
二階に上がり、恐らくホシがいるであろう目的の部屋を見付けた俺は、扉を斬り捨て――同時に、目の前に迫り来る刃。
階下の奴より実力が上だな。一番の精鋭だけは己の手元に残しておいたのか。
俺は、即座に緋月でその刃を斬り捨てると、武器が簡単に斬られたことにほんの一瞬だけ動揺を見せた目の前の奴に向かって、ハイキックを繰り出す。
頭部を蹴り飛ばし、一撃で意識を刈り取った後、ソイツを盾にしたまま室内に跳び込んだ。
戦闘員は残り二人。
誤射を避けるためだろう、一瞬攻撃を躊躇した近場の奴を、緋月の峰で頭部を殴り飛ばして戦闘不能にした後、飛来する銃弾を普通に食らいながら、残る一人に近付いていく。
銃弾は、俺にとって、恐れるものじゃない。
いや嘘。『RSー10』並のは普通に痛いから食らいたくない。
『ば、化け物……ッ!!』
「ここ日本だぞ。日本語喋れ」
恐れるように後退りしたソイツもまた、緋月でぶん殴って行動不能にし――最後に俺は、室内にもう一人いた、スーツ姿の壮年の男に向かって、突きを繰り出した。
「ぐっ……!?」
男の右腕に緋月を突き刺し、そのまま貫通させて無理やりソファに縫い付ける。
俺は、そこで一旦攻撃の手を止めると、ゆっくりと我が愛刀を抜き去り、対面のソファに腰を下ろした。
「本当は右胸にしようかと思ったが、お前は根性無さそうだし、そのまま死にそうだから腕にしておいてやった。――さて、どうやら俺に用があるらしいな。しょうがないから、直接話を聞きに来てやったぞ」
「……貴様の国は、一度相手を刺してから対話を行うのかね」
「まず襲撃を選択した奴がよく言う。二枚舌は、お前らの海を挟んだ隣国の十八番だと思ってたが、そういう訳でもないのか?」
痛みから脂汗を滲ませながらも、俺の挑発に一瞬苛立ったような表情を見せる男。
この程度で表情を変えるとは、コイツ本当に外交官か?
裏の人間っぽいし、肩書だけで本当の仕事はやっぱ別だったのかね。
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか、ユウゴ=ミナギ。貴様の身元はすでに割れている。大使館襲撃など、とてつもない罪だぞ! 貴様の蛮行は全て、この国が贖うハメになるだろう」
「そうだな。全然良くないし、この後どうしようって内心頭を抱えたい気分だよ。――が、お前が気にすることじゃない」
「ぐあああッ!?」
俺は、数秒だけ男の右腕の穴に指を突っ込み、抜く。
「お前が気にするべきは、生きるか死ぬか。それだけだ。いったい、どうしたら俺に殺されずに済むのか。それだけに頭脳を集中させるべきだ。こんな仕事やってんだ、お頭の出来は悪くないんだろう?」
「私を、殺す、だと? 大使館に強襲、暗殺! 立派なテロリスト様だな」
「その通りだが、人の職場に押し入りした奴に言われると腹が立つな。――話せ。何が目的で俺達を探っていた?」
男は、腕の痛みに顔を引き攣らせながらも、フン、と鼻を鳴らし、言った。
「いいだろう、そんなに聞きたいのならば、聞かせてやる。――貴様は、『ヨハネの黙示録』をどの程度知っている?」
「知らん」
「フン、異教徒が。まあいい、ヨハネの黙示録には、『赤き龍』の記述が存在する。七つの頭と十の角を持つ怪物だ。調査の結果、その存在は過去、実在したと我々は考えている。そして――恐らくは我々の世界の魔物とは、異なる次元の魔物だということもな。『脅威度:Ⅴ』は間違いないだろう」
……まあ、俺達が異世界を渡って来たくらいだ。
魔物が世界を渡ることも、過去にはあったのだろう。
「まだ調査の過程であるが、突如として発生した、例えば最大脅威の魔物などは、この世界ではなく異世界由来の生物である可能性が高いことは、研究結果としてわかっている。――黒死病に関する話は?」
「ペストか? それで欧州が壊滅し掛けたのは知ってるが」
「その通りだ。凡そ欧州人口の半分程が死亡したとされるこの細菌は、これもまた『脅威度:Ⅴ』の魔物によって発生したものだった。そしてこの魔物もまた、魔力の質等からして、我々の世界の存在であったとは考えにくい。――異端の書も合わせ、世界各国の神話を紐解けば、そこには数多の怪物が存在し、さらには『終末論』が存在する。この、『終末』とは何か。様々な議論が行われているが……異世界との本格的な衝突。その可能性は、大いにあり得るのだ」
……コイツらは、そういう風に考えているのか。
もしかすると、異世界という場所は、俺達の想像以上に近い場所に存在しているのかもしれない。
この地球の、一つ次元を挟んだすぐ隣に、異世界はあるのかもしれない。
「異世界との衝突が発生した場合、予言の通り、生き残りをかけた『最終戦争』が勃発する可能性は非常に高い。技術レベルの異なる世界など、より優れた文明を持つ世界からすれば、カモでしかないのだから。そうしてカモとなるのが、異世界側ならば何も問題は無いのだがな。――話を戻そう。最後に、近年で最悪の事象が、ヒトラーだ」
「ヒトラーが?」
「そうだ。奴がオカルトに傾倒していたという話は、表では都市伝説のような、笑い話だ。――冗談ではない。いったい我々と奴とで、どれ程の闘争があったことか。最後は自殺と歴史に残されているが、あの男が大人しく自殺するようなタマか。国民を巻き込んだ大規模な魔物召喚魔法を発動しようとし、その前に我々で殺したのだ。そして奴の力の源泉は、異世界から由来したものであった」
男は、言った。
「わかるか。異世界の事象が地球に現れる度に、この世界は揺らぎ、破滅の危機を迎えている。我々は、危うい均衡の上で、辛うじて生存しているに過ぎない。地球が滅んでいないのは、ほとんどたまたまだろう。未だ『終末』が訪れていないのは、それこそ、神の御業と言う他無い」
「…………」
「故に、誰かがコントロールしなければならないのだ。無秩序のままに任せ、世界を滅ぼせるような存在をそのまま放置しておく訳にはいかない。その技術を解析し、習得しなければならない。――調べは付いているぞ。貴様らがこの国に現れてから、日本魔法社会は大きなうねりが生まれている。異世界という、異なる因果律の登場により、カオスが形成され始めているのだ」
「……カオスか。そうかもな」
「理解したのならば、君と、あともう一人女がいたな。どちらも我々と共に来ることだ。核もまた使い様、貴様らという危険物を、我々が適切にコントロールしてやる。まあ、このまま逃げた場合はテロリストとして指名手配され、どちらにしろ我々の本国の部隊に捕まるだろうがな。あるいは、死ぬか」
その表情に見えるのは、この状況であっても己が優位であると信じてやまない傲慢さと、欲。
俺は、判断した。
――あぁ、コイツはダメな奴だ。
「……少し、同情するよ」
「? 何がだ」
「俺が斬った、アンタの部下さ。こんな上司を持って、奴も苦労したんだろうな」
次の瞬間、俺は緋月を振るい、男の首を斬り飛ばしていた。
ブシュウ、と血が爆ぜ、ポンと飛んだ首が、ゴロンと転がる。
その表情にはまだ、己が斬られたことを理解していない、怪訝そうなものが浮かんでいた。
「……ハァ、結局斬っちゃったなぁ」
『にゃあ?』
「いいや、全然良くはない。良くはないが、コイツはダメだ。話し合うだけ無駄だし、害悪だ」
何だかんだ、色々と言っていたが……結局コイツが求めていたのは、異世界産の技術だった、ということだ。
自分の欲望を、よくもまあこうもつらつら、正義面して捲し立てられたものだ。
俺を攻撃した結果、己の所属する組織や祖国がどうなるかなど考えていない、アホ。
コイツにとって重要なのは、俺の異世界産の情報だけであり、それ以外はどうでも良かったのだろう。荷物が突っ込まれ途中のスーツケースからして、逃げ支度を整えていたのは間違いないだろうが、つまり後始末は他人にやらせるつもりだったのだと思われる。
全く、呆れたものだ。
「悪いな。これで俺も、立派な犯罪者だ」
「にゃあ」
ポン、と現れ、俺を励ますように頭を擦り付けて来ながら、鳴く緋月。
「……はは、そっか。確かに今更の話だな。戦い続けて、ここまで来た。犯罪者かどうかなんて、どうでもいいことか」
向こうの世界の魔族達からすれば、俺なんて魔王を殺した大罪人だろうしな。緋月の言う通り、大使館職員の一人や二人、殺した程度で大して差は無いだろう。
ただ、理由はどうあれ、外交官を俺がこの手で殺したことは確かな事実。
これからどうしたものかと、半ば現実逃避気味に緋月を撫でてやりながら考えていると――首を失った男の懐から、ブブブ、とスマホの振動する音が聞こえた。
少し考えてから、俺はそれに手を伸ばし、応答した。
「はい、もしもし」
『――こんばんは。私の声が、聞こえていますでしょうか』
聞こえてきたのは、女性の声。
流暢な日本語だが、スマホに表示されていた名前からして、日本人ではないのだろう。
「あぁ、聞こえてる。このスマホの持ち主じゃないがな」
『そちらの状況は、監視カメラを通じて理解しております。あなたは、ユウゴ=ミナギですね?』
かなり若い声だ。俺より下だと思われ……もしかすると、キョウとかと同年代の可能性もあるだろうか。
しかし、その落ち着いた声音から、何だかシロちゃんを思い起こさせるような、あまり年齢がはっきりしないような印象だ。
「そうだ。この男の関係者か? 悪いがコイツは、話が通じそうに無いから斬った。これでそっちには、大義名分が出来たな」
そう言うと、電話先の女性は、何故かクスリと笑う。
『えぇ、まあ、確かにその通りです。はっきりと物を言う方ですね』
「正直者で通ってるんでな。で、報復に来るのか?」
『とんでもない。その男を斬っていただいて、感謝したいくらいです』
「へぇ?」
『あなた方が、同じアジア人で見分けが付かないからという理由で、日本、韓国、中国を一纏めにされたら怒るように、同じ欧州勢力で、同じ神を信奉しているからという理由で、その男の仲間扱いをされても困ります』
「……なるほど? じゃあ、アンタはコイツの敵対派閥か何かってことか?」
『そのようなものですね。ナカガワが密かに連絡をくれていたおかげで、迅速に事態を把握することが出来ました。あなたに、その男と我々を同一視され、丸ごと敵対されるという最悪の事態を避けることが出来ます』
ナカガワ? ……名前からして、もしや俺が斬った日系人のことか?
……そうか。アイツ、「自分は軍人だから」という理由で命令には従っていたが、それ以外のところでは、己の意思を貫いていた訳か。
……ますます、殺すには惜しい男だったな。
奴を、ただ一人の戦士として死なせてやれたことは……果たして良かったのか、悪かったのか。
まあいい。どうであるにしろ、『ナカガワ』という名前だけは、胸に刻んでおくとしよう。
俺が、この手で殺した者の一人として。
『取引をしましょう。そこでの出来事は、ニホンにいるこちらの部下を送って、全て無かったことにします。あなたの名が、明日の朝刊に載ることは無いでしょう。あぁ、いや、今ならば「YourTube」のニュース速報でしょうか』
「条件は?」
『今後、我々と対等な対話を。対等ですので、当然その時のお話等に、強制力はありません』
「つまり、全て水に流して、一から関係構築をし直そうってことか?」
『端的に言うと、そうなりますね』
数秒だけ押し黙ってから、俺は言葉を続ける。
「信用出来ない。何故なら俺のアンタらへの第一印象は、今のところ最悪だからだ。――『欧州魔法協会』、だったか?」
それは、この男が所属している組織名。
国やイデオロギーを超え、ただ『魔法世界』を守護せんとするための欧州組織。
まあ、言わば、俺達の『特殊事象対策課』の欧州版だ。向こうは単一の国で組織を構成している訳ではなく、EUみたいな感じで複数国で構成され、運営されているらしい。
そこにぶら下がる形で、各国の騎士団やら何やらがあるのだそうだ。
「この男は、異世界のものに対する悪印象があった。多分に己の欲の混じった話し方をしてたが、それはアンタらの組織が元来持っている思想なんだろう。で、俺は――俺達は、異世界と関わりがある。具体的に何が、みたいなことは教えないけどな」
俺は、まだいい。元々日本生まれだしな。
問題は、ウタだ。
バリバリの異世界人であり、そもそも人間ですらない。
こちらを危険視しているらしい欧州勢力と下手に関わりを持って、そこにメリットなど果たしてあるのか。
『別に、あなた方が我々の敵という訳ではないのですが……ふむ、わかりました。それに対する解答を、我々は有しておりません。信頼というものは、言葉で表すものではありませんから。ですのでまずは、そちらの後処理を完璧に行うことで、あなたとの関係回復の一助とすることにしましょう。その後のことは、その後にまた別でお話しするという形で。少なくとも、我々とその男が別派閥の存在であるとだけ認識していただければ、それで構いません』
「俺としてはありがたいが、いいのか?」
『先程も言ったように、その男は我々にとっても厄介な存在でしたので。それに、今回の件は、我々にとっても大きな汚点になってしまいますから。秘密裏に処理出来るのならば、これに越したことはありません』
「……わかった。どちらにしろ、この後片付けをしてくれるならありがたい話だしな」
『では、そのように。今回はこれだけで、後のことは後に、ちゃんと対話を行って、関係を築いていくとしましょう。――あなたと直接お会い出来る日を、楽しみにしております』
そして、男のスマホは切れた。
……俺としては、あんまり会いたくない気分だがな。
言葉巧みな感じだし、上手く言い包められそうだ。
……ん、その時はちゃんと、ウタを連れて行くことにしよう。
用が済んだので、ポンと男のスマホを放り捨てた後、次に俺は、己のスマホで予め聞いていた番号に電話を掛ける。
「――岩永、こっちは片付いた。相手組織と話が付いた。そっちも撤退してくれていい」
『話が付いた……? 手打ちにした、ということか?』
「いや、敵の親玉は斬り殺した」
『……斬り殺したのに話が付いたのか?』
「まあな。詳しいことは後で話す、そっちも捕まらんように逃げてくれ」
『ふむ、まあ了解した。では、後程』
――その後俺は、正面から堂々と、大使館を後にしたのだった。
今回、ツクモの部下達には世話になっちまったな。
あの少女に借りを作るのは、何だか恐ろしいところもあるのだが……借りは借りだ。
一つ、覚えておくとしよう。