犠牲と覚悟《4》
男は、俺からの攻撃を全て避けるように動いていた。
刃で受ける、ということもしない。近接戦闘において、防御せず全て回避だけというのは結構なハンデだろうが、それで戦闘を組み立てられるだけの実力はあるということだ。
あっちの右手の剣も逸品のようだが、まともに緋月と打ち合わせたら、一刀で両断されるということをわかっているのだろう。
この支部に残されていた情報でも入手して、緋月の性能をすでにある程度理解しているのか。
数度の斬り合いを行っていたその時、一瞬息苦しくなるが、これが敵の魔法であると即座に判断して、空気を緋月で斬ることで無効化する。
そんなこちらの動きを隙と見て男は突っ込んでくるが、逆に俺もまた一歩を踏み込み、敵の動きに合わせて無理やり緋月を振るう。
全く体勢が整っていない、体重も乗っていない一撃であるが、それで構わないのだ。
どんな角度であろうが、どんな太刀筋であろうが、触れさえすれば緋月は全てを斬り裂ける。止められるのは、ウタの剣のみ。
それが、俺の剣術だ。
「っ」
こんな無茶苦茶な動きで攻撃を仕掛けてくるとは流石に思わなかったようで、ギリギリメインウェポンらしい長剣を逃がすことには成功した相手だったが、代わりに左手のマインゴーシュを真っ二つにすることに成功し、そのまま軽く胴までを薙ぐ。
致命傷には程遠いが、緋月の刃が触れた以上、幾らか魔力は奪ったことだろう。
よろけ、相手は一度大きく俺から距離を取った。
「……その異常な剣、魔力を吸うのか。よくそんな剣を握っていて、平然としていられるな。常人ならば、己の魔力を吸い尽くされて一分もせずに息絶えることだろう」
「そっちは増幅とか、そんな感じの効果か? その類の魔剣は普通、能力発動の際に魔力を消費するもんだが、お前の魔力は特に変わりがない。使ってるのは……寿命か」
ゼロから一は生み出されない。それは、物理法則を超越している魔法であっても同様である。
基本は魔力を消費して発動する訳だが、代わりに血だったり、命だったりを削って発動することもある。
俺が緋月を代償無しで使えているのは、相当特殊な事例なのだ。
「さてな。……それにしても、躊躇が無いな。我々がこの支部を制圧済みであることは理解しているだろうに、人質等がいるとは思わないのかね?」
「これが目的だろうに、思ってもないこと言うんじゃねぇ」
「ほう、と言うと?」
「お前は最初から、俺の接近に気付いてここで待ってた。外の監視カメラでもハッキング済みなんだろう。――つまり、すでに俺の情報を得ているってことだ」
コイツが探っているのが、言動からして異世界関連の事柄なのは間違いない。
恐らくだが、以前にもいたのだろう。異世界からの来訪者か、異世界へと行った者が。異世界産の物品、魔物なんかも考えられるか。
その記録が、コイツらの組織には残ってる。何があったのかは知らんが、だから危険視してるし、何らかの手段で俺とウタの存在を知った瞬間、こうしてこの国にすっ飛んできた。
「こうして戦って、俺の戦闘情報を集めることもまた、仕事の一つ。人質なんて取って、俺の行動を無力化出来るならまだしも、その人質に価値があるかわからない上に、こっちの逆鱗に触れる可能性もある。それよりは全力で戦わせて俺の技術を知った方がいいって判断だ。だから、一人なんだろう。無駄な被害を出さないために、仲間はすでに撤退済みなんじゃないか?」
異世界の魔法。
技術。
それを確認したいのだ、コイツは。
「……一つ解せないのは、何でお前らの動きが、最初から最後まで強硬手段一択なのかって点だ。こんな風に襲ってきて、俺が『コイツらの国を滅ぼしてやる!』ってなるくらいキレるとは考えなかったのか?」
偵察。
失敗後、即強襲。
そこに、こちらに対する接触も対話も無い。全てをすっ飛ばして、コイツらは襲撃を選択した。
危険視しているにしても焦り過ぎだし、一旦立て直す判断をしても良かったはず。
何故こうも急いて、強硬手段に出て来たのか。
……まあ、大体こういう時は、こちらの事情がどうの、というより、向こうの組織事情による動きである可能性の方が高いんだがな。
余裕が無い。だから、強硬手段に出る。いや、逆に言えば、それ以外に選択肢が無い。
どの国でもどの世界でも、変わらない法則だ。
男は、少しだけ言葉を選ぶような様子で、口を開けたり閉じたりしてから、言った。
「……一つ、これだけはわかっておいて欲しいのだが」
「聞いてやる」
「私は、この作戦には反対し続けていた。君のような存在に下手に干渉しようとすると、良くないことになるとな。干渉するにしても、手段は選ぶべきだと」
「じゃあ、やめりゃあ良かったんだ。意思持った人間だろ、お前も」
「そうだな。しかし、私はそれ以上に一介の兵士だ。決定には必ず従わなければならない」
「そうか。だから手心加えてくださいってか?」
「いいや、だからこそ、本気でやってもらいたい。――『脅威度:Ⅴ』の魔物を斬ったという、君の実力はそんなものではないだろう。こちらを殺すつもりで動いてくれないか。でなければ、こうして残った意味が無い」
……そうか。
コイツ、死兵か。
初めから、そのつもりで待っていたのか。
己で俺を殺せるなら良し。無理なら死闘を通じて俺の実力を確認する。そういう考えか。
……もしかすると、剣に寿命を捧げ過ぎて、コイツは死が近いのかもな。
少し考えてから――俺は、言った。
「……いいぜ。望み通り、俺が、俺の手で殺してやる。その肩の小型カメラで、自分の死に様の情報を送るといい」
これで、俺の存在と力が、ある程度バレることになるだろう。
異世界帰りという経歴も知られることになる。
ただのんびりと過ごしたい、もうあまり戦いたくないと考えている俺にとってそれは、大きくマイナスに働くだろう。
知るか。
別に、男の立場に同情した訳ではない。そもそも、カメラに捉えられる程度の動きをするつもりも無いしな。
ただ、死を覚悟した戦士が相手ならば、相応の敬意は払ってやる。
払って――殺してやる。
俺は、構える。
いつもの、居合の構えを。
全てを一刀に賭して放つ、必殺の構えを。
男もまた、構える。
二刀流故、ここまでは右手一本で魔剣を振るっていたが、今は両手で握り、大きく上段に構えている。
――もう、両者に言葉は必要無い。
だんだんと、音が遠ざかる。
極度の集中で、視界から余計な情報が削ぎ落されていき、狭まっていく。
一秒が数十倍に引き伸ばされ、やがて、停止。
止まった世界にいるのは、俺と、男だけ。
針の一刺しで破裂しそうな、張り詰めた緊張感とは裏腹の、凪いだ世界。
――ピクリ、と相手の身体が動く。
その瞬間、俺は床を蹴り砕きながら、前へと踏み出していた。
わかっている。これは、誘いだ。
俺に先に一撃を出させ、躱して反撃するための動き。
だが――この程度、悪いがフェイントにもならない。
あまりにも、遅い。
刹那の後に、交差は終わった。
「――見事」
緋月を振り切った俺の後ろで、男が膝を突く音。
からんと、真っ二つになった魔剣が転がる。
「お前は、向こうの世界でも一角の戦士だ。誇っていい」
「ふ、ふ。嘘、つけ」
倒れ、男は、もう二度と動かなかった。
◇ ◇ ◇
やはり、敵部隊の他の者は、目的の情報収集を終え、撤退準備も終えて逃げる直前だったようだ。
レイト達が別口から踏み込んだ際、多少の戦闘はあったそうだが、彼らの姿を見て向こうはすぐに撤退に動き出し、そしてこちらの目的は第二防衛支部の解放であったため、敵を追い払うことに成功した時点で、無理せず一旦行動を止めたようだ。
と言っても、当然タダで逃がすつもりも無いので、レイトの部下の一人が、今使い魔を放って追跡しているらしい。
重軽傷者多数。幸い、余計な被害を出したくなかったのは本当のようで、敵は重傷者の治療を許していたため、本当に死に掛けなのは一名のみのようだ。
戦いとは命懸けのものだが……この被害を、俺は忘れちゃならないな。
そして――その死に掛けの一名は、俺もよく知る人物だった。
「……キョウ、怪我したのか」
血と煤で汚れた顔をしているキョウは、右腕が上手く動いていないようだった。
細かい傷も多く、多分激しく抵抗したのだろう。
「あたしなんてどうでもいい、それより隊長が……! あたしのせいで、あたしを庇って怪我して――」
「――キョウ」
見たことのない狼狽え方で、悔しそうな、後悔するような、泣き出す一歩手前のような表情をしているキョウ。
そんな彼女の頭に、俺はポンと手を乗せ、くしゃりと撫でてやって、言った。
「安心しろ。大丈夫だ。そのために俺はこっち来たんだから」
「…………」
何か言おうとして口を開け、だがやめて、口を閉じるキョウ。
こちらを見上げる、綺麗な瞳。
そして、そんな俺達の目の前のベッドに横たわっているのが、田中さん。
傷を負った者の中でも、一番重いのが彼であるようで、現在意識が無い。
容体は……右胸が貫通か。ナイフ辺りで刺されたのだろう。
多分、ギリギリで致命傷を避けんとして、身体を反らしたのだ。そういう貫通の仕方だ。
死んでたらどうにもならないが、生きててくれるのなら、やりようは幾らでもある。
俺は、アイテムボックスから一本の瓶を取り出すと、彼の包帯を取り払い、激しく出血している部位に向けて瓶の中身の液体を振り掛けた。
一本全部は……この傷だとちょっと多いな。田中さんには悪いが、ケチらせてもらおう。
――効果は、劇的だった。
まず、出血が数秒で止まった。
体内の血が全て出そうな勢いの血の溢れ方だったが、それが無くなり、傷口が徐々に盛り上がっていき――気付いた時には、どこにも傷が無くなっていた。
容体が安定したためか、幾分か彼の表情も和らいだように見える。
「キョウ、ちょっと失礼するぜ」
「え、あ、あぁ」
そう言って俺は、目の前の劇的な変化に固まっていたキョウの右腕を手に取ると、数滴を振り掛け、ツー、と軽く塗り込む。
すると、彼女の腕の怪我もすぐに治っていき、数秒後には普通に動かせるようになっていた。
今の瓶は、いわゆる『エリクサー』と呼ばれる秘薬である。
外傷に垂らした場合、形状記憶合金みたいな感じで変化して、損傷した血管や肉に成り代わり、傷を癒すのだ。内部疾患とかにも効果がある。
が、物語とかみたいに、すぐに完治という訳ではなく、あくまで魔力で構成された仮の臓器等が形成されるだけであるため、それが実際の肉に置換されるまでは、安静にしていないとならない。治ったからと油断して、魔力を扱う動きなどをしてしまうと、その傷口に成り代わった分の魔力も消費されてまた穴が開いたりするのだ。
あと、貴重過ぎて、俺も五本しか持っていない。俺は色んな品をアイテムボックスの中に放り込んでいるが、その中でも群を抜いて価値があるのはこれだろうな。
まあ、田中さん相手に使うんだったら、別にいいだろう。この人死んだらキョウが悲しむだろうし。
「これで、死ぬことはないだろう。けど、この人起きたら、魔力を使わんように言っといてくれ。また傷口が開く可能性がある」
「優護……優護!」
本当に安堵したのだろう。
ぶわりと瞳に涙を浮かべ、感極まった様子で、しかし少しだけ遠慮したような様子で俺の片腕に縋り付いて来る彼女の頭を、俺は笑ってもう一度ポンポンと撫でてやり――そして、周囲を見る。
まるで野戦病院さながらでの様子で、満足に動けるのは後から来た俺達くらいだろう。
……レイトは、巻き込まない方がいいな。コイツには表の立場がある。
手伝わせるなら、非合法作戦に慣れているであろう、ツクモの部下達の方か。
俺は、周辺警戒を行っていた、燃えたマンションにて顔を合わせた男に声を掛けた。
「岩永とかって言ったな。アンタら、まだ動けるか?」
「無論。この程度で失態を帳消しに出来たなどとは、到底思えん」
「なら手伝え。動ける奴らを全員連れてな」
「海凪君?」
「レイト、お前はこっちをやれ。まだまだ後始末は必要だろうからな。お前の部下が追ってる敵部隊の新しい情報が入ったら、教えてくれると助かる」
「それはいいけど……」
「優護、何するんだ……?」
こちらを見上げてくるキョウ。
「キョウ、お前もこのまま、ここにいろ。大丈夫、すぐ戻ってくるから」
彼女にそう言葉を掛けて最後、俺はツクモの部下達を連れ、第二防衛支部を出た。
「海凪優護、作戦目標は?」
俺は、言った。
「――お礼参りは大事だろう? 行くぞ、大使館に」