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犠牲と覚悟《2》


 ――田中達の部隊と、『聖アルマ騎士団』の戦闘は、監視カメラのハッキングに成功して相手の位置情報を得ていた、騎士団による魔法の先制攻撃で始まった。


 銃社会である現代において、あまり遠距離攻撃系の魔法は使われない。


 銃を使えば良いからだ。対魔物戦においては一線級とは言えない武器なのは事実であるものの、それがこと対人戦に限定された場合、変わらず大きな脅威である。


 一流の戦士であれば、銃弾程度は簡単に防御したり、見切って躱したりすることが可能であるが、食らえば重い傷を負うことは間違いない。


 故に、現代の魔法戦闘において、主流は『身体強化』から派生する魔法技術となっており、それ以外の魔法は使えないという者も少なくない。

 

 だが、明確に一つ、銃器よりも魔法の方が優れている点が存在している。


 それは、奇襲性だ。


「!」


 部隊を率いる田中が、一階のフロアに辿り着いたその瞬間、ドン、と壁が爆ぜた。


 直前で魔力が高まる兆候に気付いた彼は、咄嗟に振り抜いた『瞬閃』で、迫り来る爆風を斬る(・・)


 魔法によって発生した物理現象――たとえば、爆発によって砕かれた床や壁の破片等は、当然ながら消すことが出来ないが、しかし魔力によって構成されている純魔法現象である爆風だけならば、技術は必要とするものの魔力を込めた刃で斬ることが可能である。


 どうにか初撃を防いだ田中であったが、しかし、機先を制される。


 消えかかる爆風で視界が悪い中、突如として目の前に伸びてくる刃。


 ――重い!


 ギリギリで防御には成功するものの、予想以上の一撃の重さに思わずよろけ、その隙を逃さず次々と連撃が繰り出される。


 慌てて味方部隊が助けようとするが、両者の距離が近過ぎるせいで田中に誤射する危険性が拭えず、上手く援護が出来ない。


 その状況を見て、田中は即座に指示を出した。


「私はいいッ、散開しろッ!」


「応戦を」


 そして、戦闘が勃発する。


 銃弾が乱舞し、魔法が乱舞し、刃の煌めきが乱舞する。


 一瞬にして一階フロアの内装がグチャグチャに変貌し、瓦礫と埃、ガラスの破片が室内を舞う。


 それら全てが、スローモーションで動いているように見える程の、極限の集中状態の中で行われる、田中と相手――ナカガワによる高速戦闘。


 軍用ナイフと、二刀流。


 たったの一秒の中に込められる、幾つもの攻防。


 必殺の刃が殺し、殺さんと、交わされる。


 体術を交え、二刀流から繰り出される激しい攻撃を捌いている最中(さなか)、ふと相手が一瞬力を抜いたと思いきや、正面に出現する火炎弾。


 それが、三つ。


 流石に全てを斬り裂くことなど出来ないため、田中は迎撃ではなく回避を選択。


 だが、彼が避けるのと同時、それを見越したナカガワがこちらに踏み込み、目で追えぬような速度で突きを放つ。


 どうにか身体を捻ってクリーンヒットは免れるも、浅く刃が胴を斬り裂き――そこに刻まれる、深い(・・)裂傷。


 肉を、軽く抉り取られる。


 ――今のは。


 痛みで動きが鈍るような技量はしていない田中であるが、状況を形勢不利と見て、一旦大きく距離を取る。


 ここで両者は、初めて互いの顔をまともに認識し合った。


「第二防衛支部の支部長、田中健吾だったな。随分と良い短剣をお持ちのようだ。まさかこの剣とまともに鍔迫り合いが出来るとは」


「私も驚いているところさ。まさかそちらと互角に斬り合うことが可能とは。その剣、聖剣だな」


 優護から貰った軍用ナイフ『瞬閃』の性能は、把握し終わっている。


 まず特筆すべきは、そのバランスの良さだ。


 重心が安定していて非常に取り回しが良く、故に『斬る』という動作が他のものよりも圧倒的にスムーズに行える。


 そして、触れればそのまま指が落ちてしまいそうな、凄まじい斬れ味。そこに桁違いの『魔力浸透性』が合わさり、少しこちらが戸惑う程簡単に刃に魔力が乗る。どうにか慣らしはしたが、近接戦闘の組み立てを、このナイフを前提としたものに変更せざるを得なかった程である。


 『刀身延長』という固有能力も強い。武器の間合いを誤魔化せることは、それだけで脅威だ。


 正直、人にくれてやるような短剣ではない。彼は土産でも渡すような気軽さでポンとこちらに渡してきたが。


 実際、聖剣を防げるということは、このナイフもまた聖剣クラスということになる。


 いったいこの世に、同じレベルの剣が何本存在していることか。


 ――ふむ。やはり一億五千万では安かったか。


 田中は、話す。


「調べはすでに付いている。諸君らは、『聖アルマ騎士団』だったな。欧州魔法社会における聖女アルマの名を冠した騎士団。このような仕事に従事させられるような者には思えんが」


「我々の業界には、色々と都合が発生するものだ。そちらとて大して変わらんだろう」


「ふむ、確かに。ただ、部隊はともかく、聖剣を国外に持ち出す程、切羽詰まった状況であるとは、こちらとしてはとても思えないのだがな」


「さて、前提条件が違えば、認識も違うものだ。私が言えるのはこれくらいだな」


「そうか。ところで『アルマ』とは、魂、心、恵み等を意味する言葉だったか。――その聖剣、効果は『増幅』だな」


 そこで初めて、ナカガワの表情が少し変化した。


 本来ならば、それはきっと、恵みを増やすために使われたのだろう。


 一の恵みを、二にする。


 それを慈悲深き者が行っていれば、なるほど、聖女の一人や二人、誕生することだろう。


 だがそれが、戦闘に使われれば、ここまでの脅威となる。


 一撃の重さが、倍以上に。


 一つの魔法が、三つに。


 一つの斬撃が、一つどころではないものに。


 恐らく、このビルに張っていた防御結界を破壊したのもあの聖剣だ。供給される魔力、あるいは魔法式を桁外れに増幅させられたことでパンクし、破裂したのだと思われる。


 通信障害に関しても、恐らくは信号を増幅したことで回線をパンクさせ、一時的に機能停止に追い込んだのではないだろうか。


 無限に増幅出来るとは思わない。それが可能ならば、極端な話、一撃食らった際の斬撃をこちらが死ぬ程の数に増やすことで、即死させられたはずだ。何かしらの制限があることは間違いないだろう。


 が、仮にも聖剣である。


 いったいその限界は、如何程であろうか。


「……この数度の斬り合いで、そこまで見抜くか。やはりこの国は凄まじいな。己がどちらかと言うと精鋭だろうという自負はあったが、この国に来てからというもの、少々その自信も揺さぶられたよ」


「ならば帰国したまえ。外交的に解決可能であろう間にな」


「そうもいかん。――知っているか。魔法社会における、ニホンという国の評価を」


「…………」


「我々欧州魔法社会は、中世暗黒時代における酷い混乱のせいで、古き魔法や技術が大きく失われた。とてつもない損失だ。現代に入って、ようやく立て直しが図れた程のな。対しこの国は、古くからのものを、ずっと残し続けている。さらにトップに至っては、人間では及びも付かない力を持つ『人外』だ」


 ナカガワは、言った。


恐怖(・・)、だ。第二次世界大戦で、この国が攻撃された理由の一つでもある。さらにそこに、のっぴきならない情報が入ってきた。我々が派遣されてくる程の、特大の情報が」


「被害妄想も甚だしい。その情報とやらが何なのかは知らないが、勝手に妄想して、勝手に恐怖しているだけではないか。いつ、我々がそちらへの侵略など考えた。いつ、我々がそちらへ手出しなどした」


「私も妄想だと思いたいものだ。しかし、残念ながら歴史がそれを否定する。下手をすれば、世界が(・・・)崩壊する(・・・・)可能性(・・・)もある以上、何もしないでいるなど、土台無理な話。私の上役達は、そういう可能性の芽を摘むのが仕事であり、その手足が我々だ」


「世界崩壊とは、大きく出たものだ。笑えてくるな」


 そう言葉を返しつつも、しかし田中の脳裏には、すでにとある二人組の姿が思い浮かんでいた。


 ――狙いは、海凪君達(・・・・)だったか。


 いや、正確に言えば、今はまだ本人達そのものではなく、二人に関する情報、だろう。この支部には確かにその情報がある。狙われたのは、それが理由だったか。


 突如として現れた、超絶的な実力を持つ二人。


 彼らが現れてから、日本の魔法社会の動きは大きく加速しており、だからこそ田中もまた、しばらくは彼らを警戒していた。


 手の者を送り、周囲をそれとなく観察し、情報を集め、そして思ったのは、彼らがその気になれば、日本程度(・・・・)簡単に滅ぼせる(・・・・・・・)であろう(・・・・)、ということだ。


 彼らは恐らく、それが出来る。だから、手出しをやめた。


 彼らの望むままに、彼らのやりたいようにやらせる。


 幸い、本人達が善性であることはとっくにわかっている。ならば余計な手出しをせず、このまま良き関係を築けていければいいだろうと、そう考えたのだ。


 触らぬ神に祟りなし。


 ――田中は、気付いていない。


 圧倒的な存在は、崇め、奉ることで――それこそ『神』に据えることで、怒りを鎮めたり、力を借りたりする。


 それは、古くから日本で当たり前に行われてきたことだ。


 そして特殊事象対策課は、表のトップはともかく、実際に人々を守り、この国の絶対的守護神として君臨してきた者が『人外』であり、そもそもとして、人間では抗えぬ隔絶された力を持つ存在には慣れている。


 だから、それが無い、人間の力しかない組織において、『人外』というものに対する恐怖がいったいどれだけのものなのか。


 その視点が、田中もまた欠けているのだ。


「そちらが被害妄想激しいのは理解した。誰の手によって派遣されてきたかは知らぬが、現場を理解出来ていない上司とは辛いものだな。代わりに部下が死ぬことになる」


「それが任務というものだ。仮に本人が反対と思っていたとしても、一度下された以上、たとえ死のうともそれに従事するのが軍人だろう。――それに、今死ぬつもりはない」


 言葉尻と共に、攻撃を再開するナカガワ。


 迎撃に動く田中であるが……途端に感じる、息苦しさ。


 ――空気成分を弄られたか!


 恐らくは、こちらの周りの二酸化炭素辺りを増幅したのだろう。それらは、当たり前に空気中に存在するものの、成分バランスが崩れれば一気に猛毒と化す。


 こちらの動きが鈍った隙を見逃さず、繰り出される聖剣の重過ぎる一撃。見た目の何倍もの威力。


 どうにか防御しても、左手のマインゴーシュが繰り出され、次々に傷が増えていく。


 劣勢。


 息苦しいせいで身体が上手く動かず、一方的に攻撃されるがままになり、しかし田中の瞳は至極冷静なままだった。


 仮に死が目前に迫っているとしても、その最後の瞬間まで冷静に状況を見極め、一瞬の隙を窺い続ける。


 切り札は、まだある。


 それをわかっているからこそ、ナカガワもまた、圧倒的に有利な状況であっても、決して力押しをしない。


 詰め将棋のように、一つ一つ丁寧に攻めて行き、周囲の状況を全て利用する。


 具体的には、冷静でなくなった者(・・・・・・・・・)の動きを待つ(・・・・・・)


 ――全ては、一瞬の出来事だった。


 まず、跳び込んできたのが――杏。


 恐らくは、田中が劣勢なのを見て、居ても立っても居られず、というところだろう。


 完全な死角からの、完璧な跳び込み。見惚れる程の、これ以上無いという奇襲。


 この土壇場において、杏のそれは、最高の攻撃だったと言えるだろう。


 田中は、見ずとも彼女の存在には気付いており、その動きに合わせることが可能だったが……もう一つだけ、気付いたことがあった。


 相手もまた(・・・・・)杏の存在を(・・・・・)認識している(・・・・・・)、と。


 杏もまた、幾度かの死線を潜った経験がある。本人は己の強さを懐疑的に思っている面があるが、若くして『C』ランクというのは伊達ではなく、そこいらの退魔師と比べれば格段に優れた実力を持っている。


 努力で花開いたその才能は、紛うこと無き本物なのだ。


 しかし、彼女は対魔物戦の経験は豊富であっても、対人戦の経験は訓練以外ほとんど無く、対してナカガワは対人戦のエキスパート。


 音や臭い、風、魔力。


 たとえ死角からの攻撃であろうと、気付くための要素は数多存在し、そして気付かれた奇襲程、()に使いやすいものは存在しない。


 見ずに、だが正確に杏へと振るわれようとする聖剣。


 それを見て田中は、自然とその刃を迎撃せんと身体が動いており――そして、事前調査が完了していたことで相手がそう動くだろうと予想していたナカガワは、途中で聖剣を止める。


 代わりに放たれたのは、左手に握られたマインゴーシュ。


 敵の意識が聖剣に割かれたのを感じ取り、だからそれを囮に使う。ナカガワの、最も得意とする攻撃の一つであった。


 突き。


 杏の方向へ身体が流れている田中は、それを防御出来ない。


 ――血飛沫。


 気付いた時には、彼の胸を刃が貫通していた。


「ぐ……っ!!」


「隊長ッ!?」


「すまないな。これも仕事だ」


 引き抜かれる短剣。


 なおも戦おうとする田中だったが、しかしグラリと身体から力が抜け。


 やがて、膝から崩れ落ちた。





 ――最高戦力たる田中が撃破された影響は大きく。


 残存部隊はそれでも抵抗を行ったが、ナカガワに抵抗出来る程の実力者は他に存在せず、聖アルマ騎士団による第二防衛支部の制圧が、程なくして完了した。

 百話!!

 みんなここまで読んでくれてありがとう!!

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― 新着の感想 ―
100話おめでとうございます!! 大人だからこそ、親代わりだからこそ避けられない動き… ここで庇わないのは手段と目的が逆転してしまう
人として尊敬出来るけど、最高戦力で指揮官な人がやっちゃいけない行動を取った田中さん。 プラスとマイナスな感想を同時に抱いちゃいますね。
相手の国を後悔させながら滅ぼしてくれると信じて続きを待ちます
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