恋愛相談局
「あーあ……何が悪かったんだろ。しつこくしてなかったつもりなんだけどな……。嫌われるようなことしたか?いやこうやっていちいち考えてるメンヘラみたいなのがいつの間にか伝わったのか?それとも単純に俺の顔か……」
振られた原因も分からなければ、それを聞く勇気もない。そんな事をしたらより一層嫌われることは目に見えているからだ。
分かっていることは、自分が数年間その子に片想いをし続けたこと。そして、年一程度でSNSで会話をしその度に自分の想いを伝え、今年もそうしようと思ったら既にブロックされ話しかけることすら出来なくなってしまったということ。
「別に嫌なら嫌ってはっきり言って欲しいんだよな。そしたら流石に諦めるって。でもそれを察して欲しいで曖昧にしてるから、希望を諦めきれない未練タラタラの奴が行動を起こしてストーカーになったりするんじゃないのかよ……。あー今ならストーカーの気持ちちょっと分かる気がする……」
彼はスマホを置き、今日はもう寝ようとベッドに倒れ込んだ。
「――まあそれで寝れるほどショックは小さくないわな。あークソ……俺と同じような境遇の人でも探してみるか……」
彼は再びスマホを手に取り、適当にネットで自分と同じような人間を探していると、こんな質問が目に入った。
"ストーカーと一途の違いってなんですか?"
それに対し、回答者は何やらURLを貼りこれを参考にしろと書いていた。
「ふーん……こんな事今まで考えもしなかったけど、言われてみればその違いってよく分からないし、ちょっと気になるな」
彼はそのままURLを押すと、その先には対談形式の動画が記載されていた。どうやらとあるインフルエンサー同士が視聴者からの質問に答えるような形で会話が進行しているらしい。
「――さて、続いての質問は〜……おっと、これはなかなか新鮮な!恋愛相談ですよ奥平さん!」
「えぇ?こんなしがないおっさん同士の会話に恋愛相談ですか?随分物好きというか何と言うか……」
「いや〜でもこれ、なかなか面白そうな内容ですよ!さっそく読み上げますね!19歳学生女です。私は数ヶ月前、告白して振られました。でも、その人のことが本当に好きで全く諦める気にならず、その日からいつか必ず振り向いてもらおうと自分磨きを始めました。ただ、こうしている間にも相手には好きな人が出来たり、既に付き合って幸せそうにしてるかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになって苦しいです。そうなるとこの自分磨きも本当に意味があるのか不安になり、何もやる気が起きなくなってきます……。なにか私を前向きにしていただけるアドバイスがあればよろしくお願いします。だそうです!」
「あらま……なかなかお辛い状況にいらっしゃるようですね」
「みたいですね〜。前向きになれるアドバイス、か。ん〜」
割とどこにでもありそうな質問だが、それだけ多くの人が悩んでいる証拠でもある。そんな質問に対しこの2人は一体どう答えるのか。そしてその答えが自分にも響くのだろうかと思い続きを待った。
「まあ僕としては、別に無理して前向きになる必要も無いと思いますけどね」
「というと?」
「不安で何もやる気が起きなくなってしまうということは、貴方の心は今休みたいんですよ。だからそうさせてあげればいいんです。学校だって、行きたくないほど辛ければ少しくらい休んでみてはいかがですか?1日や2日休んだって何も影響ありませんよ」
「あ〜確かに、自分もそれには賛成です。なんなら1日中布団の中から出なくてもいいんじゃないですか?私も若い頃、落ち込んだ時はご飯も食べずに2日3日くらいず〜っと布団の中にうずくまってた時がありましたよ。懐かしいなぁ〜」
彼はうんうんと頷き感慨深そうな様子だ。
「2日3日布団にうずくまってると、嫌でもちょっと前向きになってきませんか?」
「なりますなります!なんか自然と気付いたらなってるんですよ!本当に不思議なんですがね。でもその間はめちゃくちゃちゃんと落ち込みますよ。四六時中その事を考えて、どよ〜んってしてます」
「でも恋愛の場合、その落ち込みに耐えられなくて闇堕ちしちゃいがちなんですよ」
「え、闇堕ち……?何ですかそれ」
聞き慣れない単語だったのか予想外の言葉に、男は目を丸くして聞き返した。
「いやね、行動しちゃうんですよ。自分をこの苦しい生き地獄から救って欲しいと言わんばかりに、一度振られた相手とどうにかしてもう一度くっついて幸せになろうと、盲目になってその一心で再びコミュニケーションを図ろうとするんです」
「あ〜、でもそれって相手からしたらついこの前振ったばかりの相手にまた話しかけられるほどウザいものはないでしょうし、ますます嫌われそうですよね〜」
「そうして本当に取り返しがつかなくなってしまい、それでも諦めきれなかった者達が、ストーカーと呼ばれる悲しき化け物になってしまうんですよね……」
「悪循環も悪循環。そうなったら本当に言葉が出ないくらい悲しいですよね〜……。まあどちらの気持ちも分かりますけども」
「なのでこの人には本気でストーカーにだけはならないで欲しい。一途のままでいて欲しいです」
「――ちなみに今ちょっと気になったんですけど、ストーカーと一途の違いって、奥平さんはどう考えていらっしゃるんですか?」
と、ここでようやく本題とも言える質問が一人の男から飛び出してきた。
「あぁそれは簡単で、私はネガティブな気持ちで行動を起こすか否か、だと思っています」
「ネガティブから......それは具体的にどんなものですか?」
「例えば、こうしている間にも相手に恋人が出来てしまうかもしれないといった不安や、誰かとお付き合いだけでなく結婚までしてしまい、いつの間にか取り返しがつかなくなってしまうかもしれないという焦り。他には相手が自分に対しどう思っているのかはっきり分からず、いっそのこと嫌われる覚悟で本音を聞き出そうとする気持ち。などですかね」
「はぁ~なるほど」
「これらは当然相手のことが好きだからこそ不安や焦りを感じてしまうのであって、それ自体は別に悪い事ではないですし、自然なことだと思います。ですが、そういった気持ちから行動を起こすと本当にろくなことにならないんですよ」
「そうなんですか?まあ確かにそういった気持ちで行動して上手くいってる人ってあまりいなそうな印象というか、それで上手くいった話を今までにまず聞いたことがないというのはありますけども」
「これは不思議なものでしてね、どういうわけかネガティブな気持ちで行動するとことごとく失敗してしまうんです。それで失敗しても認められず、相手にしつこくしてしまって気付いたらストーカー認定されてしまうわけです」
「逆に一途の場合は、不安や焦りがあっても行動しないんですか?」
「そうですね。それがあった際には何か気分転換や他のことに集中してその想いを手放したり極力考えないようにし、ただひたすら自分の気分を良くすることに力を注ぎます。ただ、自分のその人と一緒になりたいという想いまで忘れる必要はありません。あくまで手放すのはネガティブな気持ちで、願望は残しておくのがポイントです」
「でもそれだと結局その目的に向かって行動しない時点でその人とはそれきり何も発展せず、寧ろ半ば諦めのようにも感じるんですが......」
「そうなればそれでいいんです。本当の意味で諦められれば気持ちは楽になるでしょうし、それで諦められなくても、そうやって願望を思い浮かべあとはひたすら好きなことや趣味、していて気分が良くなるなら自分磨きなど、自分の気分を良くすることに注力することで自然とそれらは実現に向かっていきますから。願望に向かって行動しようが何をしようが、結果を左右するのは全て日々送っている瞬間瞬間の気分の良し悪しです」
「はぁ......。なんだか随分スピリチュアルな話ですね。ただ、奥平さんのおっしゃるその考えもなんとなく有り得る話にも感じます」
「実際今ここに私がいるのは、過去私がそう願ったからですからね。ただ、こうなりたいと願望を思い浮かべ、そのための手段や方法は考えず、ひたすらその日その瞬間の気分を良くすることを心掛けていたら、いつの間にかその願いが叶いこうして皆さんの前で喋ることが出来ています」
「え!?そうだったんですか!それは凄いですね......」
まさかこの奥平という男がその考えを既に実践していて、あろうことか願望実現までしていたとは知らず、もう一人の男は彼に驚きの目を向けた。
「説得力の塊というか......でもそうなると、例えば本当に絶妙な差でこれは不安や世間体などを意識したネガティブな感情から来るのか、それとも自分の本心がそう思っているのかが分からず、身動きが取れなくなってしまう時ってあるんじゃないですか?奥平さんはこの場合どうなさっているのでしょうか」
「エゴか本音か、みたいなことですよね」
「あ~、そうです。それが分かれば迷うことも減るような気がするんですけど......」
「今考えていることがエゴか本音が分からなくなってしまった時の判断方法は簡単で、その物事や行動した自分を思い浮かべて、気分が悪い、またはなんとなく嫌な気分というか、モヤモヤしたら大体それはエゴです。逆に、気分が良くなったり軽くなるように感じれば、それは本心です。なので、それを思い浮かべた自分は今気分が良いか悪いかを考えれば答えは出ると思います。勿論気分が良いなら行動して大丈夫ですよ!」
「へぇ~そうなんですね」
「ただその判別も慣れないと最初は難しいと思うので、日々意識することが大事です」
「話を聞いていると、なんだかこれは恋愛に限らずすべての物事に当てはまるような気もしなくもないですね」
「まあ生き方の話ですよ。本当はまだまだこれ以上に話したいことが沢山あるのですが、時間もあまりないので今回はこの辺にしておきます」
「分かりました。ということで、いや~質問者さんの想いが成就するといいですね!」
「不安から行動を起こさず、日々の気分を良くしていれば思いもしない形で願いは必ず叶いますよ!頑張ってください」
その後はまた別の質問者の回答となり、自分とは無関係なためそこで動画を中断した。
「そういうもんなのかな......。いや、そう思いたいというか......。でも確かにストーカーの想いが成就してる話なんて聞いたことがないから、まあそんなもんなのかもな」
それからしばし沈黙し、物思いにふける。
「でも人ってなんとなく、不安になればなるほど行動しがちだよな。その不安を無くしたいから行動するんだろうけど、この動画を見る限りそれが命取りになると。俺も危うくそうなるところだった......。ただそう考えると一途の奴って本当凄いんだな。そんな不安が湧き上がるたびに、それでも希望を信じて前向きに生きてるんだもんな......。そういう奴には幸せになってほしい。他人事じゃなくて、ね」