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赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜  作者: くびのほきょう
15歳

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シウコアトルはすうっとオリーブの方へと向かって飛んできて、目の前へ着地した。


空とも海とも思わせる鮮やかな青緑色の鱗、稲穂のような黄金の瞳、尻尾の先の突起はまるで剣の柄のよう。シウコアトルはその美しい体を渦巻き状に丸めとぐろを巻き、トントンと細かく尻尾を地面に打ち付けながら、金色の瞳を細めてオリーブを見てくる。


ラルフはオリーブが乗るマレンゴの前へと素早く移動し、シウコアトルからオリーブを守るように警戒体制を取った。


オリーブはシウコアトルの金色の瞳に惹きつけられる。不思議とシウコアトルからの敵意は感じない。


ーーー我をこの山へ留めた母娘の娘と、側だけはよく似ている……が、お前は本物だな。我に歌を聞かせ、何がしたい。ーーー


頭の中だけに響いてくる声に驚く。風のささやきのような不思議な声の主はシウコアトルに違いない。


「ただ歌を……」


たちまち、拡声の魔道具によってオリーブの声は周囲へ響き渡った。自分の声に驚いたオリーブは、慌ててマイクになっているイヤリングを外す。


「ただ歌を聞いて欲しいと思って歌ったら、“歌を聞いて”以外の命令を忘れてました……」


ーーーマーメイドが愚かなのは変わらずか。そんなだからマーメイドの国だけ根絶やしにされたのだ。ーーー


シウコアトルは命令に従いオリーブの歌を聞いてくれたが、それ以外の命令をしていなかったオリーブへと呆れて声をかけてくれたようだ。言葉の端々に毒はあるものの、やはり敵意は感じない。


聖獣と会話が出来るとは思ってもいなかった。

テイムすることなく対話で解決できるかもしれない。


それならばドミニクの力を借りたいところだが、まだ会議中かもしれないし、そもそも、通話の魔道具は王都とパレルモ領だと遠すぎて使えない。


オリーブはマレンゴから飛び降りてラルフの横へ立ち、シウコアトルと正面から向き合った。


小声でラルフへ「何て答えたらいいと思う?」と聞くと、「オリーブには何か聞こえているのか?」と言われてしまう。

シウコアトルの声はオリーブにしか聞こえていないのかもしれない。


……私1人でなんとかしないと……。


そんなオリーブの決意に気付いたのだろう。ラルフがそっとオリーブの手を取った。

オリーブはラルフの手を強く握り返す。


勇気が湧いてくる。


「私たち人間のせいで13年も番と離れ離れにしてしまい、申し訳ございませんでした。シウコアトル様へ償うには何をしたら良いですか?」


ーーー“私たち人間”とは笑わせる。こうして我と話をしている時点でお前は人とは言えぬ。しかもあの歌声、お前、マーメイドの長だろう。その顔、自覚してないのだな。あの母娘は我の声が聞こえていなかったが我を従えた。おかしいと思っていたが、長のテイムを奪っていた賊だったのだな。……その歌声に魅入られた者たちによって滅ぼされたと思っていたマーメイドが、このマーマンの国で生き延びていた。それでもなお、歌を聞いて欲しいからと歌うその頭の弱さ。マーメイドらしい。ーーー


シウコアトルはオリーブのことを“マーメイドの長”、マーメイドの国“だけ”根絶やしにされだと言い、そして、このガルブレイス王国を“マーマンの国”と言った。


人魚は聖獣で、マーメイドは女の人魚、マーマンは男の人魚。男女で呼び方が違うだけかと思ったが、シウコアトルの話だとマーメイドとマーマンで異なる生き物のように聞こえる。


我が国の貴族は、誰しも祖先を辿ると人魚の血が流れていると言われている。そのために、稀に歌姫の力を持つ女性が現れていた。

その人魚とはマーメイドなのか、マーマンなのか、いや、両方かもしれない……。


昨晩の話し合いで、ドミニクは王族のことを『周囲の人間よりも抜きん出て高い能力を持っているから王国を統べているだけ』『過ぎた力を持つ者は崇拝されるか迫害されるかの2択』と言っていた。


強力な歌姫のテイムが効かず、魔道具なしで他人を自分に依存させる魔法を使える、ガルブレイス王国の王族。彼らは“過ぎた力を崇拝された”マーマンの家系。

そして、歌うことで聖獣すらテイムすることができるオリーブや母は“過ぎた力を迫害された”マーメイドの家系。……なのだろう。


テイムの力を持って生まれた者を“歌姫”と呼ぶことから分かるが、歌ってテイムする力は女性にしか現れない。マーメイドのテイムは女系継承の力ということ。

女は嫁に行くことで家名が変わる。女系継承は外からは分かりづらく、マーメイドは隠れて生き延びていた。


母の祖母と、ジョナの祖母は姉妹で、ジョナとマールムは遠い親戚。それにも関わらず、ジョナとマールムにはシウコアトルの声が聞こえなかった……。

つまり、母がしているペンダントは直系にしか力が引き継がれないための魔道具なのだ。


高位貴族の家にはその家の直系血筋しか使えない魔道具があり、傍系に家独特の力が広がらないようにする役割も兼ねていると習った。直系にしか特殊能力を引き継がないようにする、そんな魔道具があってもおかしくない。


そうなると、傍系のジョナとマールムが強力なテイムを使えたことが不思議だが、それもペンダントの力だろうか……。


シウコアトルの言葉である程度予想できてしまったが、まだまだ不明なことは多い。詳しいことは母に聞いたらわかるだろう。


今は、己のルーツについて考えている場合ではない。


ーーーお前の言う通り、我には番がいる。我は稚児が欲しいと言ってるのに、番にはまだ早いと言われた。喧嘩をして我だけで巣を飛び出したところを、赤毛の女の下手な歌で従わされてしまったのだ。13年か……仕置きには妥当だろう。ーーー


シウコアトルは番の仲が良すぎて、番2柱が合体して1柱の双頭になったり、分離して2柱に戻ったりする特性がある。

火を吹いている2つ頭を持つ1柱のシウコアトルの姿を描いた絵画が、夫婦円満のお守りになることで有名な炎の聖獣。

そんなシウコアトルでも夫婦喧嘩することと、13年を喧嘩の償いに丁度良いと思う時間感覚に驚いてしまう。


13年が妥当と言ったシウコアトル。


「許してくださるのですか?」


オリーブは、もう怒っていないのかと尋ねてみた。


ーーー仰山火を吐いて鬱憤は晴らせた。我は寛大だからな。十で良い。ーーー


「とお?」


ーーー10曲で許してやる。ーーー



「10曲……歌えということですか?」


ーーーお前は本に愚かだな。他に何がある。先の歌ももう一度は聞きたいし、賑やかな歌、暗い歌、流行りの歌、先と違う趣の歌も沢山聞きたいと、我はそう言っている。ーーー


『十』だけで分かるはずがないと呆れてしまうものの、要するに、シウコアトルはオリーブの歌を気に入ってくれたということだ。

胸に溢れてくる喜びに、オリーブは思わず目の前のシウコアトルに抱きつきたくなるが、不敬だと我慢する。


「歌わせていただきます!……ただ、その間に山の火を消したいのですが、よいですか?」


ーーー我はこの木のためにここへ連れて来られたのだろう?この木は全部燃やせ。それと、今から我の番を呼ぶ。歌うのは番が来てからにしてくれ。ーーー


シウコアトルはそう言い放ち、夜空へと飛んで行ってしまった。


ーーーーー


シウコアトルは山の上をクルクルと回旋しながら泳ぐように飛び回っている。山の炎で照らされ煌めく鱗がとても美しい。

炎を吐きながら山を焼いていた時と比べると、とても楽しそうだ。


少し離れたところから様子を伺っていたフレイアとフェリクスがオリーブとラルフのところへと来て、なぜシウコアトルをモラレスの実に入れないのかと聞いてくる。

やはりシウコアトルの声はオリーブにしか聞こえていなかった様子。

もしや王族には聞こえるのでは?と思っていたのだが、フェリクスは直系の王族ではないのかもしれない。


オリーブはフレイアとフェリクスとラルフへシウコアトルとの会話を詳しく話す。

ただし、マーメイドとマーマンについてはオリーブだけなく王家の根底に関わる内容だ。オリーブの独断で話すことはできない。

オリーブにはなぜかシウコアトルの声が聞こえるとだけ言い、誤魔化した。


「それって、ゴムの木以外は消火していいってことだよね?パレルモの消防団の人たちに伝えて消火を手伝ってくるよ!マワタのコンサートが始まるまでに戻ってくるから!僕もマワタファンになっちゃった!……ニコ、シウコアトルの番が来る前にここに来れるといいんだけど、間に合うかなぁ」


フェリクスはシウコアトルの言葉を勝手に解釈し、騎士を引き連れて行ってしまった。もしもシウコアトルが怒りだしたらオリーブが交渉したら良いだろう。


そして、なぜか転生者ではないはずのフェリクスに、オリーブがMAWATAだとバレていた。

前世でMAWATAの歌を聞いたことがあるフレイアならまだ分かるのに、と思いフレイアを見ると、顔を赤らめ両手を胸の前で擦り合わせてモジモジとしながら、恥ずかしそうにオリーブを見ている。


「フレイア様?どうかされたのですか?」


「どうしよう。オリーブはMAWATAなのよ!MAWATAと何を話したら良いの!どうしたらいいの!」


オリーブと目があった瞬間、フレイアは素早くラルフの背中へと回り込んでしまった。

普段から表情管理を徹底して他人にどう見られるか意識しているフレイアの見たことない姿に驚いてしまう。

オリーブはこれまで通りに接して欲しいが、もう無理なのだろうか。


未来の王妃を邪険に扱えないラルフは、フレイアに外套を引っ張られて首が苦しそうだが我慢している。


「フレイア様。……キャンプファイヤーの時のフレイア様の言葉でMAWATAは救われたんです。本当にありがとうございます。それなのに本当はMAWATAだと黙ってたこと、申し訳ございませんでした。」


「全然大丈夫よ!全然!全然気にしてないから!今はMAWATAに緊張してるだけなの!慣れたらまたオリーブに普通に接するから、少し待ってて!……ラルフ!私、キャンプファイヤーの時に変なこと言ってなかったわよね!?」


「フレイア様、キャンプファイヤーはご一緒してないので分からないし、さすがに苦しいです……」


フレイアはラルフの外套を力の限り引っ張って顔を隠し、オリーブの方を見てくれない。ラルフの首も苦しそうだ。

どうしたものかと思っていたその時、ラルフが起こした竜巻によって山が抉れて出来た平地へ、シウコアトルが降りてきた。


2つの頭を持つ1柱のシウコアトル。いつの間にか番と合体している。


ーーー我の気は済んでいないが、姫が歌で許すと言っているからやむを得ない。つまらぬ歌だったら途中で焼き殺す。ーーー


シウコアトルの雄は番のことを“姫”と呼んでいるようだ。離れ離れだった2柱が再会できて本当に良かった。

2柱のシウコアトルに満足してもらえるように、全力で歌おう。


オリーブは拡声の魔道具のイヤリングを付け、シウコアトルの正面へと立った。


ここにはシウコアトルだけではない。ラルフも、フレイアも、騎士たちも、避難していたゴム工場の人たちや領民もいる。

でも、もう怖くない。


オリーブは大きく息を吸い、歌い出した。


MAWATAの歌、前世で好きだった歌手の歌、悲しい恋の歌、鎮魂歌、童謡、今世の歌、そして『コットンキャンディ』。


1番手前で聞いてくれたフレイアとニコラスは、前世のコンサートのように曲が終わる度に歓声と拍手で盛り上げてくれた。

オリーブとフレイアとニコラスにとって、今晩は、MAWATAの福岡公演のやり直し。


ゴム工場の人や、集まってきた領民も、曲が終わるたびにフレイアとニコラスの歓声に合わせて思い思いに拍手や声を上げてくれる。シウコアトルまで『シャー』と噴気音を上げていたのにはオリーブだけでなく皆驚いてしまった。


約束は10曲だったはずなのに、どんどん増える観客の声に応え、結局オリーブは1時間以上15曲も歌ってしまった……。


ーーーマーメイドよ、名は何と言うのだーーー


オリーブはマイクになっているイヤリングを外し、シウコアトルの問いかけに応える。


「オリーブ・ホワイトです」


ーーー我はイニセテ、姫の名はチニタだ。オリーブ、これは我らの鱗。我らがまた歌を聞きたくなったらこれを目指して会いに行く。持っておけ。……姫を助け我と再会させてくれたこと、感謝する。ーーー


オリーブは目の前に飛んできた鱗を受け取る。見ほれてしまうほどに美しい、半透明なターコイズブルーの一枚の鱗。


雄のシウコアトル・イニセテは、テイムされパレルモ山に連れてこられていたチニタをオリーブが助け出したと思っているようだ。勘違いを正した方が良いか迷うが、後でチニタから正しい情報を聞くだろう。


ーーーマーメイドを攫う者の気持ちが分かる。オリーブはテイムが下手くそなのだから、これからは無闇矢鱈に歌うのではないぞ。とはいえ、歌うときはその鱗に魔力を込めろ。その鱗越しにこちらへ歌声が届く。……それと、何かあったらその鱗に魔力を込めて我らの名を呼べばいい。助けに来る。ーーー


「ありがとうございます」


ーーーではな。ーーー


チニタとイニセテは2柱に別れ、夜空高くへと飛んで行ってしまった。


歌っている間にゴムの木は燃え尽き、黒い煙はすっかりと消えていた。

大きな満月を背に星空を飛ぶ2柱のシウコアトル。その幻想的な光景をオリーブはこの先一生忘れることはないだろう。


こうしてオリーブの長い長い一日が終わった。


1時間近く歌ったことで疲れ果て、シウコアトルを見送ったと同時にその場へ倒れたオリーブを受け止め抱きしめてくれたのは、ラルフか、母か、フレイアか、分からない。

誰かわからないほどに、オリーブのことを愛してくれている人がたくさんいる。


……それは、とても、とても、幸せなことだ。


オリーブの瞳から涙がこぼれた。








あと1話か2話で完結予定です!

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消火活動してる間にゴム男爵来るのかと思っちゃった…無念 偽物たちは本物を聞かなかったんだねえ… まだ何かやること残っていたかな? 最終回待機 くびのほきょうさんのお話、音楽がキーワードになっていて素…
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