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03

「申し訳ございません。お嬢様に移すといけないからと、奥様からお見舞いは断るように言われています」

「わかったわ。お母様にゆっくり休んで養生してって伝えてくれる?」


母の部屋へ来たオリーブは、ドアの前で母の侍女グレタに入室を断られてしまった。ここは諦めて、夜にこっそりと忍び込もうと決めたオリーブは自分の部屋に戻ろうと踵を返す。


「お嬢様、そのアネモネは奥様へですよね。きっと喜びます。私が責任を取りますから奥様へ会っていってください」


そんなオリーブの背中へ声をかけたのはジョナだ。


「ちょっと、ジョナ!何勝手なことを言ってるの?奥様がお嬢様が来ても断るようにって言ったのよ」

「グレタや私が看病してても大丈夫なのだし、何よりもお嬢様がかわいそうだわ」


ジョナはまるでオリーブと母のことを思いやって提案してくれたかのように言っているが、オリーブがお見舞いに来たために母の流行病が移ったことにしたいのだろう。


母の部屋のドアから手招きしているジョナ。何も知らなかったオリーブなら素直に従うはず。一瞬躊躇したものの、オリーブは黙って母の部屋に入った。

ジョナへお礼を言った方が自然なのだとはわかっているが、ジョナへ違和感を持たれずに”ありがとう”と言える気がしなかったため、オリーブは何も言わなかった。ジョナはそんなオリーブを気にすることなく、ニコニコと母の元へ案内してくれる。


「奥様は今、眠ってるんです」


グレタがオリーブを追い返そうとしたのも母が寝ていたからだろう。どこまでも自分の都合で動くジョナに呆れる。

3日ぶりに見た母は、血の気のない青白い顔色で眠っていた。苦しそうな息遣いが聞こえるたびに、父とジョナへの怒りが沸き起こり、後ろに控えているジョナを怒鳴りつけたくなる。

母が倒れたのは孤児院の慰問で市井で流行っている肺病に感染したせいだと聞き信じてしまっていたが、本当はジョナが盛った毒のせいだった。それにも関わらず、先ほどから母が心配だと言い甲斐甲斐しくオリーブの世話をやいているジョナの姿を見ていると、オリーブは怒りを通り越し恐怖で鳥肌が立つ。


「お母様が起きるまでここで待つわ」


オリーブはそう言ってジョナに枕元へ椅子を運ばせた。グレタが持ってきてくれた花瓶へアネモネを生け、枕元のテーブルへ飾ってもらう。


オリーブはジョナが用意した紅茶に手をつけずに、母の寝顔を見守りながらどうしたら良いか考える。


父が直接オリーブに毒を盛ることはない気がする。それはどう考えても不自然になるし、不自然な状況の後にオリーブが倒れるような手段は選ばないだろう。家令やオリーブの侍女を介して毒を盛るはずだ。ジョナが”死亡時に診断書を書かせる医者を手配している”と言っていたことから、二人は協力者を用意することに抵抗がないと思われる。

幼いオリーブはどの使用人が信用できるのか判断する材料を持っていない。オリーブは母の意見を聞くまでは誰も信用しないと決めた。


「オリーブ?」


一人考え込んでいたオリーブは母に声をかけられるまで母が目を覚ましたのに気付いていなかった。オリーブは思わず寝ている母の胸に覆いかぶさる。


「お母様っ」

「あらあら、そんなに心配をかけてしまったのかしら。ゴホッ、ゴホッ……」


咳き込みながら上体を起こした母を、オリーブは慌てて支え、咳が治るまで背中をさすった。


「オリーブの顔を見れたのは嬉しいけど、移ったらいけないわ。もう部屋に戻って手洗いとうがいをしなさい」


いつものオリーブなら逆らわずに部屋へ戻っただろう。ジョナは母が目を覚ましたことで水を取りに行った。グレタしかいない今が正念場だ。


「お母様が元気になるように歌を歌いたいの」

「ゴホッ……ありがとう。じゃぁ1曲だけお願いしようかしら」


そういって母は防音魔道具を起動した。母とオリーブだけが入ることができる小さな結界が張られ、結界の外へ音が漏れなくなった。


オリーブは母から人前で歌を歌うのを禁じられている。オリーブの前世は歌手だった。オリーブは幼い頃、何も考えずに前世の歌を口ずさんだ。それを聞いた母に、歌いたい時は母に言うようにと、そして防音魔道具を使った時にしか歌わないようにと厳しく言われてしまったのだ。


3日と開けず母の元で歌を歌っているオリーブ。そのせいで使用人からは歌が好きだが貴族令嬢としては恥ずかしいほどに音痴なのだと思われていることを密かに不満に思っていた。でも、今そのおかげでこうやって違和感なく母へ内緒話ができる。


「ごめんなさい。歌を歌いたいんじゃなくて伝えたいことがあるの。具合が悪い時に負担をかける話をしてごめんなさい。お母様は肺炎じゃなくて毒を盛られたの。……私の話を信じてくれる?」


不安で目を閉じギュッとスカートを握りしめたオリーブの手に、母は優しく手を添えた。


「もちろんオリーブが私に嘘を付かないと信じているわ。どうして私が毒を盛られたことを知ったの?」


オリーブは泣きそうになるが、今はジョナが部屋に戻ってくる前に話すことを優先しないといけない。涙が溢れそうになるのを必死に抑えながら、オリーブは迷い込んだ四阿で聞いた父とジョナの会話をそのまま母へ伝えた。母は私は嘘を付かないと言ってくれたが、それは父とジョナへの信用よりも勝るのだろうか。


「信じられない」


母の第一声にオリーブは金縛りにあったように動けなくなる。


「あの男、優柔不断で日和見で腰抜けだけじゃなくてとんだドクズじゃないの。ジョナも私に密かに対抗心を持っているのは気付いていたけど、ここまで拗らせているとは思っていなかったわ……ゴホッゴホッ」


続いた言葉でオリーブのことが信じられないのではないと分かり、オリーブは安心して体の力が抜けた。怒りながら咳き込んでいる母の背中をさするが、母の怒りは収まらない。


「政略結婚だからお互いのことを信用できるようになりたいと努力していたけど、無駄だったみたいね。……オリーブは傷ついたわよね。オリーブにとっては父親だから悪く言わないようにしていたし、気が弱いだけで害はないと思っていたけれど油断していたわ。オリーブに残酷なことを聞かせてしまってごめんなさい」


オリーブは頭を横に振った。


「流行病に倒れたことになってるのに3日たっても実家から見舞いが来ないのはおかしいわ。きっと連絡もしていないのね。実は、政略結婚することで利益を得る予定だった事業がなくなってしまったの。だから、ジョナが私を殺す計画を止めないのよ、あの男は。でもそのおかげで私は離婚出来ると思う。……オリーブが私についてくるにはパレルモ伯爵家の継承権を放棄するしかないの。オリーブはそれでもいい?」


「パレルモ伯爵家の継承権なんていらない。お母様について行く」


オリーブが答えると同時に、水を持ったジョナが入室してきた。防音魔道具を起動していたため、ノックの音に気付かなかったのだ。ジョナに気付いた母とオリーブは歌っていたかのように見せかけて話を終わらせる。防音魔道具を切る直前、母はオリーブへ問いかけた。


「夜寝る前、侍女が退室してから誰にも気付かれないようにまたここへ来てくれる?」


オリーブは黙って頷いた。


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